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記憶の絵本  作者: 霜月鈴
序章
13/19

12、世界はこんなにも美しい

きた。ついにやってきた。待ちわびた時がやってきた。ミラは鼻歌を歌いながらアメリアと共に実習場へ向かっていた。今日は実技魔法を教わる日。今日ばかりは1年生達が朝から浮足立っていた。

実習場に入った生徒達を迎えたのは、水の入った大きな水槽だった。生徒達は何に使うのだろうと思いながら、水槽を取り囲むように置かれた椅子に座ると、実技魔法の教師オーウェン・ラッセルとその助手達が現れた。


「皆さん。今日から実技が始まります。楽しみにしていた人も多いでしょう。今までの授業で万物と仲良くなれましたか?」


オーウェンはそう言ったあとに後ろにある水を指さした。


「では、水の上に()()()みましょうか。」


生徒達はどうやってやるんだという顔をしていると、私がお手本を見せますねと言いながらオーウェンは階段を上った。


「まずはですね、自分の体を軽くすることから始めます。」


こういう風に高い所から飛んだら落ちるでしょう?と言いながらオーウェンはその場から飛び降り、生徒達のいる地面に着地した。


「はい。これでは水の上で足を進めたら落ちてしまいますね。ではどうするのか。」


オーウェンはそう言いながら再度階段を上った。


「体の重さを無くせばいいのです。万物に心があるという考えは、授業で習いましたね。君達は約1か月間、様々なものと触れ合い心を通わせてきました。今回は私たちを地面へ引き寄せようとしているものにお願いするのです。【浮きたい】と。」


そしてオーウェンは、またその場から飛び降りた。しかし、今回は地面に着地することなく体が宙に残されたままだ。これが出来ると、水の上に立つことができますと言ってオーウェンはそのまま空を飛び、水面の上で着地した。いとも簡単に行われたその魔法とその仕組みを見て、魔法とは簡単なものだったのかと生徒達は思った。ミラもまた、その例外ではなかった。


「では、1回やってみましょうか。」


生徒達は階段を上がり、先程オーウェンが行ったようにその場から飛び降りた。だが、そのまま地面に着地した者、地面に着地した後バネのように天井へ向かって跳ねた者、軽くしすぎて綿埃のように飛んでいきそうになった者と、現実はそう簡単に魔法を使わせてくれず、魔法を失敗した生徒達から悲鳴が上がった。


「やったわ!」


1回でできた者は、アメリア・ホワードただ1人だった。オーウェンとその助手達は魔法が誤発動してしまった生徒を助け、オーウェンはそこまで!と生徒達が魔法を使おうとするのを静止した。


「実践してみた通り、自分の思い通りに魔法を使うのは難しく鍛錬が必要です。毎年実技魔法の授業は魔法習得に個人差が生まれるため、1つの魔法を習得したら次の魔法に進み、いずれ個人で応用魔法を研究する授業となります。リリー、ホワード君を水槽まで案内してください。では皆さん、もう一度やってみましょう。いいですか。目に見えないからと、私たちを地面へ引き寄せようとしているものの存在を疑ってお願いしては、魔法は使えませんよ。」


アメリアが、リリーと呼ばれた助手の1人に連れられて水槽の側に行くのが、ミラの視界の隅に入った。アメリアに負けていられないと、ミラは精一杯浮きたいとお願いするも、ミラの足は地面と仲が良く、ミラを宙へと放ってはくれない。何度挑戦しても、結果は変わらなかった。


その授業時間で魔法を正確に使えた者は1年生の6分の1。まずまずな結果だとオーウェンは言った。


「今日の授業はこれで終わりです。ああ、1つだけ忘れていたことがありました。魔法を使えた人も、そうでなかった人も、まだ1人で魔法を使ってはなりません。あなた達はまだ正確に安定して魔法を使うことができません。何か大事故に繋がる可能性もあります。ですから、魔法の練習をする時はパートナーと一緒に行ってください。先生との約束ですよ。」


授業が終わると、アメリアは多くの1年生に囲まれ称賛の声を浴び、アメリアは誇らしげに強気な笑顔で笑っていた。ミラはアメリアのことを凄いと思う一方、どうしてアメリアはできて私はできないのかと思ってしまった。しかし、キャベンディッシュさんに練習の協力をしてもらおうと気持ちを切り替えて、アメリアを囲む輪の中に入っていった。



授業が終わりミラはアメリアと共に一度談話室に戻ったが、まだ上級生達は授業が終わっていないようで、1年生の姿しかなかった。いい機会だというように、ミラはアメリアに魔法のコツを聞いてみた。


「コツは分からないわ。魔法の原理を知って呼びかける私のお願いを叶えてくれるすべてのものが、なんて愛しいのかしらって思っていたの。万物と会話しているみたいで、魔法って素敵だわって。それだけよ。」


「そっか……。」


魔法が素敵という気持ちは、ミラだって昔から持っている。なのになぜ、魔法はミラの気持ちに応えてくれないのだろう。ミラは心の片隅に黒い小さな塊が生まれたことに気付いたが、見て見ぬ振りをした。



アメリアと何気ない会話をしていると、外がだんだん騒がしくなってきたことに気付いた。どうやら上級生達も授業が終わり、続々と寮に戻ってきているようだ。すると可笑しそうに笑っているイーサンと不機嫌そうなエドワードが談話室にやってきた。


「2人とも聞いてよ。エドワードが珍しく廊下を早歩きしているのを見かけたから、思わずどこに行くんだろうって付いて行ったらさ、まさかの寮でね。しかも談話室にミラがいるって他の人に確認までしてて!それで談話室入る前に深呼吸しているから、面白くって!」


イーサンはエドワードの肩を叩きながら、なお笑い続けている。


「べ、別に可笑しいことじゃないでしょう。あー……。ブラウン、今日の実技魔法の出来はどうだ?」


エドワードは少しバツの悪い表情をして、ミラに問いかけた。その瞬間ミラの顔が曇った。


「なんだ。やっぱりミラの実技魔法の結果が気になっていたのか。」


「少し貴方は静かにしていてください。で、どうだったんだ?」


「……。魔法使えませんでした。」


「なに?」


「ですから!魔法が使えなかったんです!!……使えなかったから、ここでキャベンディッシュさんを待っていたんです。魔法の練習に付き合って欲しくて。」


ミラはできなかった悔しさをエドワードにぶつけるように、大声を出した。そして、今にも消えそうな声で呟いた。きっと、優秀なエドワードにできない自分の気持ちなど分からないのだ。ミラはそんな風に思ってしまう自分が恥ずかしくて、ここから逃げたくなっていた。エドワードはそんなミラを見て驚いたような顔を一瞬して、3人に背を向けた。


「まだ初めての授業だろう。……いくぞ。」


「え、どこにです?」


「練習場に決まっているだろう。」


エドワードはそう言ってどこかに向かって歩き出した。ミラは一瞬ポカンとしたが、エドワードの言葉の意味を理解して、はい!と言って笑顔で後を追った。そんな2人を、残された2人は温かく見送っていた。そしてイーサンは、本当にあいつは不器用だなぁと小さく笑うのであった。




温かく見守られていることを知らない2人は、寮にある魔法練習場にきていた。ミラは今日授業で行った空中で静止する魔法をエドワードの前でも実践した。しかし、やはり何度行ってもミラは魔法を使うことができない。ミラはエドワードと共に毎日授業後に特訓を行ったが、1週間経っても結果は変わらなかった。


エドワードの渋い顔を背に、ミラは自室へと歩みを進め、部屋の前でため息を吐いた。アメリアのことは大好きだが、ミラの何歩先も行く彼女のことを見るのがミラには辛いものとなっていた。自分が出来損ないという現実を、アメリアに劣等感を抱いていることを嫌でも自覚してしまうからだ。意を決して部屋に入ると、アメリアはすでにベッドの中にいた。規則正しい寝息が聞こえたため、ミラは忍び足で自分のベッドへ向かい、そのままゆっくりとベッドに倒れこんだ。



ミラは、何故か自分は出来るといった見当違いな自信を持っていた。だって、魔法使いにずっと憧れていたから。キャベンディッシュさんに、きっと優秀な成績を収められると言われたから。上級生達や先生達が簡単そうに魔法を使っていたから。


「あー……。」


ミラはそれらを考えたあとに違うと首を振った。そうだ、洗礼式で女神様が魔法使いになりなさいと微笑んでくださったから、まるで自分は女神様に選ばれた人かのように勘違いしていたのだ。ここにいる人は全員、女神様が選んだ魔法使いだというのに。


ミラは嫌な気持ちをぐるぐると考え続け、かえって暗い気持ちを増幅させていた。

こうして長い、長い夜が過ぎていった。




朝早く目覚めたミラは、アメリアが起きた時に心配しないように置き手紙を残し、魔法の庭園でぼーっとしていた。目を瞑って、深く呼吸をする。ミラは日の光の眩しさを瞼の裏で感じ、暖かな空気はミラをどこまでも優しく包んでいる。そういえば、もうずいぶんと外に出ていないなぁと、ミラはまどろみの中で思った。門に背を向けて魔法学校を眺めたあの時から、純粋に魔法を思っていた気持ちが少しずつミラの心から零れ落ち続け、魔法の世界はミラにとって灰色の世界へと変わりつつあった。この場所だけが、唯一ミラが綺麗だと感じられる場所だった。



何分そうしていただろうか。自分を呼ぶ声がするためミラが目を開けると、アルフィー・クルスが目の前に立っていた。ミラを呼んだのは彼らしい。アルフィーは魔法学校入学前からアメリアの友人で、2年生だ。ミラと彼は挨拶程度の仲であった。


「偶然通りかかったら君がいて、元気無さそうな雰囲気だったからつい声をかけてしまったよ。迷惑だったかい?」


「ううん、迷惑じゃないです。」


アルフィーは隣いいかな?と声をかけ、ミラの隣に腰かけた。


「どうしたんだい?最近会ったアメリアは以前より生き生きとしていたけれど、君は逆だね。」


「私……魔法が使えないんです。毎日キャベンディッシュさんに付き合って貰って練習しているのに。努力しているのに……。どうしても、魔法が使えないんです。」


ミラの言葉に、アルフィーは自虐気味に笑った。


「ミラ、比べる相手が悪いよ。昔からアメリアは天才だ。あの子は才能の神様に愛されているんだよ。だから僕たちのような凡人は努力なんてせずに、なんとなく日々を過ごせばいいのさ。魔法もそのうち使えるようになるから、のんびり構えていればいいよ。」


「……。」


ミラが返答に困り固まっていると、アルフィーは立ち上がった。


「じゃあ僕は行くね。実はこの庭園苦手なんだ。……ここは天才が作った場所だから。」


アルフィーの去っていく背中を見届けたあと、ミラは目を瞑って自分に問いただした。努力をしなくていいのだろうか。本当に、それでいいのだろうか。才能がないからと、投げ出していいのだろうか。


「それは嫌だな。」


ミラはそう呟いて、まだ諦めるのには早いと自分に言い聞かせた。そして気分転換は終わり!と立ち上がり、紅茶が大好きな優しい友人の元に向かって行くのであった。






「今日の授業でも、ダメでした。」


もはや恒例となったエドワードとの特訓の前に、ミラはエドワードにそう伝えた。エドワードは相変わらず、渋い顔をしている。その表情がミラの気持ちを更に沈ませた。しばらく2人の間に沈黙が流れる。今日は隣でイーサンが魔法の練習を行っているようで、ミラの耳にイーサンの声がやけに大きく聞こえた。


「初めの授業を、真面目に取り組んでいたか?」


エドワードがぽつりと言った。


「え?」


「あの頃に魔法が使いたいと言っていたが、その時に受けていた授業を真剣に取り組んでいたかと聞いている。」


「もちろん、真面目に受けていました。」


「なら、なぜできないんだ……?」


エドワードの小さな呟きは、ミラにとって雷のような衝撃だった。ミラは一瞬頭が真っ白になったが、エドワードをきつく睨んで叫んだ。


「なぜできない……?そんなの、私が一番知りたいよ!!!」


むしゃくしゃする気持ちを、言葉に出来ない苛立ちを振り払うかのように、ミラはその場から逃げ出した。1人残されたエドワードが立ち尽くしていると、隣にいたイーサンがエドワードの肩を叩いた。


「上手くいかないみたいだね?」


イーサンの言葉に、エドワードは少し苛立ったような表情をした。


「貴方には関係ない事です。」


「ミラは私の寮の後輩であり、私のパートナーだった君のパートナーとなった子だ。大いに関係がある。」


エドワードはイーサンの言葉に沈黙した。イーサンは1回ため息を吐いた。



「ねぇ、エドワード。なぜ魔法学校は、親から子どもを引き離して、空中の建物の中に閉じ込めて、色々なことで忙しくさせるんだろうね?」


エドワードは今更何を……という顔をしたが、すぐにこう答えた。


「魔法を学ぶ環境を最適にしようとした結果では?」


「それもあるだろうね。でも周りの子を見てごらんよ。権利意識が高くて、自信に満ちている子が多いけど、自分や他人の感情を処理するのが苦手な子が多いと感じないか?」


「……。」


「君もそうだよ、エドワード。君は優秀だが足りないことも多い。もっと自分や他人の気持ちにも目を向けてごらん。見えなかったものが見えてくるかもしれないよ。」


「……。」


「……全く。どこまでも不器用だなぁ。私は昔から君のことを知っているからいいけど、ミラは知らないんだ。自分から、彼女に歩み寄る努力をしてみたらどう?」


「……はい。」


しょぼくれたエドワードを見て、イーサンは少し強めに背中を押した。


「今、直ぐにすることがあるよね?」


エドワードは顔を上げて、ハッとした表情をした。そして勢いよく走り出した。


「おーい!エドワード!!ミラに優しくするんだぞー!!」


イーサンはそんなエドワードの背中を見て、少しおちゃらけて叫んだ。


「分かってますよ!!!」


エドワードはイーサンの方に1度振り返り、聞いたこともない大声で叫んでまた走り出した。そんなエドワードの姿が新鮮で、イーサンは楽しそうに笑うのであった。




「さて、可愛い子達の為にひと肌脱ぎますか。」


闇雲に探しても時間を無駄にするだけだ。しかし、自分でミラを探す手間や時間は、今のエドワードにとって必要なことだとイーサンは思っている。


「どれどれ、どこにいるかな?」


イーサンは、意識を深く、どこまでも深く潜らせた。この魔法を使っている時のイーサンの集中力は凄まじく、誰の声も耳には入らない。地面に呼びかけ、手がかりを探す。


「お、いたいた。」


ミラはどうやら外に向かっているようだ。エドワードは魔法の庭園に向かっている。見事に違う場所だ。イーサンは2人を探している途中で、ある人物を見つけて声をあげた。丁度いいところにいるじゃないか、と。イーサンは不敵な笑みを浮かべてエドワードに魔法をかけたあと、ミラの元へ向かった。





エドワードの声がミラの中で鳴り響く。なぜできないのかと、エドワードの影がミラを責める。私だって、皆みたいにできるようになりたいのに。ミラの心が黒く染まっていく。

外に向かって走っていると、ミラはあの門の前に辿り着いた。今日は何故か門が開いている。ミラは、一目散に門をくぐり抜けた。


門の外は真っ暗な闇が広がっていた。ミラは明かりを持っていないため、真っ暗闇に対処する術がない。草むらで横になり、無意識のうちに耳飾りを触っていた。少しの間そうしていると、ミラの視界の端にぼんやりと人影が映った。


「こんばんは、ミラ。」


影の正体はイーサンだ。イーサンはにっこりと笑うと、光の玉を数個生み出し、ミラの周りにまとわせた。その光景を目にして、ミラは入学式を思い出した。あの時も、暗闇の恐怖と不安を魔法が消し去ってくれた。魔法が素晴らしいものだと、純粋に思えていたのだ。


「ミラ。今から君を特別な場所へとご案内いたしましょう。」


イーサンはミラに跪き、手を差し出した。まるで、入学式前のエブリンのようだとミラは思った。これに逆らえる者など、いるのだろうか。ミラはそっと、イーサンの手を取った。



イーサンが歩きながら、光の道を作っていく。淡い光が、静かな夜を彩る。こんなにも静かな場所にいるからか、2人は1言も話すことなく歩き続けた。数分後、2人の進む先に光が見えてきた。イーサンの光とは、別のようだ。その光に近づくと、誰かがいることが分かった。


「やっと動けるようになったか……。イーサン、何を考えているのですか。こんな場所に私の足を向け、て……。」


エドワードは、ミラの姿を見て固まった。そう、イーサンはとある人物を見つけてから作戦を変更し、エドワードの足がここに向かうように魔法をかけたのだ。ミラはエドワードの姿を見て、反射的に逃げようとしたが、エドワードがそれを止めた。


「ブラウン……!待ってくれ!私が悪かった!」


まさかエドワードに謝罪されると思ってもいなかったミラは、驚きその足を止めた。エドワードは何かを言いたそうにしているが、上手く言葉に出来ないようで、3人の間に沈黙が流れる。


「えっと……。私も、いきなり叫んで逃げ出してごめんなさい。キャベンディッシュさんが毎日私のために時間を作ってくれていたのに、応えられなくてごめんなさい。」


ミラは沈黙に耐え切れず、エドワードの言葉を待たずに謝罪をした。この言葉はミラの本心からだ。エドワードが自分に時間を割いてくれるのに、できない自分を情けなく思っていたのだ。エドワードの時間を貰えば貰うだけ、ミラの精神的な負担になっていた。


「それは良い。私も最初は魔法が使えなかったから、魔法が使えずに悩む気持ちをよく分かっている。……分かっていたはずなのに、君に強く当たってしまった。申し訳なかった。」


ミラはエドワードの言葉に驚愕した。なぜなら、ミラの知るエドワードは完璧を絵に描いたような人だったからだ。ミラはついイーサンを見たが、本当だよとイーサンは言った。


「私は実技魔法が始まって、1か月は魔法が使えなかった。私の場合、最初の万物と仲良くなる授業をバカにして真面目に行っていなかったのが原因だった。だから君が真面目に受けていたと聞いて、つい自分と重ねて、なぜだと思ってしまった。人によって魔法が使えない原因は違うだろうに、苦しむ君に酷いことを言ってしまった。」


自分の出来なかったことを自分のパートナーに言うことは、プライドの高いエドワードにとって辛いことだろう。しかし、エドワードはミラに打ち明け、謝罪をした。これはエドワードが人として成長するいい機会だったなと、イーサンは思った。


「つい茶化してしまったけれど、実技魔法初日にエドワードが早足でミラのところに行ったのは、心配だったからだよ。自分が出来なくて悔しい思いをしたから、ミラはどうだったか心配で、授業が終わるや否やミラに会いに行ったんだ。」


イーサンの言葉にエドワードは、余計なことを……!と慌てている。その様子がなんだかおかしくて、エドワードが実はミラを思いやっていたことが嬉しくて、ミラは少し笑ってしまった。


そうだ、エドワードは最初から万物と仲良くなるための授業を疎かにするなと言っていた。それは自分の経験からの言葉だったのだ。魔法が使えなかったミラに、まだ初めての授業だろうと言っていたのは、エドワードなりの励ましだったのかもしれない。


「……分かりにくいなぁ。」


「なんだと……?」


なんて不器用で可愛い人なんだろうとミラは思った。エドワードとミラが言い争っているが、お互い言葉に棘はなく、2人のまとう雰囲気は以前よりも柔らかいものとなっていた。

良くも悪くも自分に素直なミラと、偏屈で不器用なエドワード。まるで正反対な2人だが、案外相性は良いのかもしれないなと、イーサンはそんな2人を見て思った。




「さてさて。2人が仲直りしたことだし、そろそろ本題に移ろうか。」


イーサンは軽く手を叩き、2人の意識を自分に向けた。


「ミラをとっておきの場所に案内すると言ったでしょう。実はこの先なんだ。」


2人共ついて来て、と言ってイーサンは歩き出した。

ザクザクと草を踏みしめる音が、辺りに響き渡る。イーサンは一体どこに案内するというのだろうか。ミラはエドワードの顔を見てみたが、何も知らない様子で首をかしげた。しばらく歩くと、水の音と人の声が聞こえてきた。


「この声……。」


「ミラ、君を案内したかった場所はここだよ。」


ここは、魔法学校の校舎に辿り着く前に横を通った、限りなく澄んだ池だ。その池の上で、アメリアが立っている。3人が来たことにアメリアは気付いていないが、池の側にある椅子に座っていたアメリアのパートナーであるリズが気付き、3人に声をかけた。


「珍しいお客さんだ。こんな時間にどうした?」


「私が連れてきたんだよ、リズ。」


「モラレス会長が。……私とアメリアは最近ここで魔法の練習をしているんだ。彼女は自然の中にいる時の方が、より魔法の精度が上がる。だから、ここで秘密の練習をしている訳だ。」


「見学しても?」


「どうぞ。今アメリアは集中しているから、彼女がこちらを向くまでは彼女に声をかけないでくれよ。」


リズに促され、3人は椅子に腰かけた。何かを呟きながら、アメリアは集中しているようだ。そんなアメリアの姿を見てミラは焦燥感に駆られた。今、見ているだけで良いのかと。そんなミラを見て、イーサンがミラに声をかけた。


「ねぇミラ。魔法、楽しい?」


ミラはイーサンの問いに、すぐに答えることができなかった。今、ミラを苦しめているものが魔法だからだ。魔法が楽しいと思えていたのは、いつまでだっただろうか。


「今は……楽しいとか、楽しくないとかそういうものでは……。」


固く握りしめているミラの手の上から、イーサンは自分の手を軽く重ねた。温かい手の感覚が、ミラの心をも包む。


「ミラが魔法学校に来た時のことを、私は昨日のことのように思い出せるよ。凄く輝いた瞳で魔法を見つめる子が入学して、とても嬉しかったんだ。」


「……。」


「ミラは真面目な子だから、きっと難しく考えすぎなんだろうね。……魔法はね、これなんだろうっていう好奇心とか、楽しいとか、そういう気持ちが大切なんだ。魔法はミラを苦しめるものではなくて、もっと自由で楽しいものなんだよ。」


「……。」


「ミラ。魔法が使えるとか使えないとかを差し置いてみると、君にとって魔法はどんなものかな?」


「……キラキラで、憧れです。」


なんで忘れていたのだろう。

私の大切なもの。

私は自然が好きだ。

魔法使いの体から生まれる、想像を超えた魔法が好きだ。

私を楽しませ、時に驚かせ、癒してくれる、そんな魔法が大好きだ。


ミラは、もう一度アメリアを見た。

アメリアが楽しそうな声を出すと、池の魚がそれに応えるように池からジャンプする。光の粒がふわふわと舞う。池という舞台で生き物達と踊るアメリアを、光がキラキラと照らしている。


「きれいだなぁ……。」


魔法は、私の心を震わせる。憧れが、焦りや嫉妬に変わり、ミラの視野を狭めていたのだ。ミラの灰色だった景色が、色を取り戻していく。空いていた心の隙間が、じわじわとふさがっていく。

そうだ、私のいる世界はこんなにも美しかったんだ。


アメリアの集中力が切れ、4人の方を向いた。アメリアは、なぜ皆いるのと驚いた顔をした。そして、アメリアとミラの目線が合った。ミラはアメリアに導かれるように、池に近付いた。


「私も、アメリアと一緒に踊りたい!」


アメリアは、久しぶりに見る友人の輝く笑顔を見て、顔をほころばせ、ミラに手を伸ばした。ミラは、失敗したとしても凄い魔法使いが4人もいるのだから今この時を楽しもうと、アメリアの手を目指して池に足を踏み入れ、願った。浮きたいと。


1、2、3。


ミラはステップを踏むように、アメリアの元に辿り着き、アメリアに抱き着いた。


「ミラ!!今貴女、自分で池の上を歩いたわ!」


アメリアは興奮収まらないといった様子で、ミラを抱きしめ返した。ミラも興奮して、信じられない!と言って、一旦アメリアから離れて自分の立つ姿を見た。光が照らす水面に、確かにミラが立つ姿が映し出されている。誰かの魔法かと後ろを振り返ってみても、全員が使っていないと首を振った。


「ミラ!踊りましょう!」


「うん!!」


2人は、満面の笑みで楽しそうに踊り出した。エドワードはお祝いだというように、風で雲を払い、隠れていた月を出現させた。月の光が、自然と遊ぶ2人の姿を幻想的に照らす。


「にくい演出をするねぇ。」


「からかうな。」


リズはエドワードをからかって笑った。


「魔法が使えるようになった瞬間は、いつ見てもいいものだね。」


イーサンの言葉に、3人はまた池にいる2人を見た。そこには時を忘れて、はしゃいでいる2人の姿があった。


こうして、短い、あまりに短い夜が過ぎていくのであった。

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