11.ジニアの心
親愛なるリースへ
リース!魔法学校は凄い場所だよ!皆息を吸うように魔法を使うの。
それに驚きすぎて疲れちゃったくらい!
パートナー制とかいう仕組みがあって3年生のキャベンディッシュさんが生活を支えてくれるみたい。
アメリアっていうお友達もできて、楽しい生活が始まる予感しかしないの。
魔法学校での生活はどうなるだろうって思っていたけど、何とかやっていけそうな気がする。
だから私は元気だよ!リースはどうかな?
商人のお勉強頑張ってね!お返事楽しみに待ってる。
ミラより愛を込めて
「これでよし!」
昨日より少し強くなった雨音で早くに目を覚ましたミラは、アメリアを起こさないように談話室に来ていた。エミリー・カーター・リースの3人に手紙を書くためだ。元気にしているかなと、それぞれのことを思い浮かべて書き上げた渾身の作を眺めてミラが満足そうにしていると、談話室にやってきたアメリアから声がかかった。
「おはよう、ミラ。なんだか嬉しそうね。口元が上がっているわ。」
「おはよう、アメリア。今、大切な人達への手紙を書き終えたところなの。」
それは素敵ね。私も書こうかしらと言いながら、アメリアは紅茶の入った器をミラの前に差し出した。細かい装飾のなされた、カーターの家にあるような高級な器だ。ミラはアメリアにお礼を言って恐る恐る器に口を付けると、ほっと顔を綻ばせた。
「美味しい……!なんだか頭がスッキリとした感じがする。」
「そうでしょう。これを飲まなきゃ私の朝は始まらないわ。ミラさえ良ければ毎日一緒に飲みましょう。」
ミラが笑顔で了承すると、アメリアは嬉しそうに微笑んだのであった。ミラは紅茶をもう1口飲もうと器を手に取ると、何かを思い出したかのように深刻な顔でアメリアを見つめた。
「ねえ、アメリア。私、貴族の礼儀とか知らないの。アメリアやキャベンディッシュさんに、知らず知らずのうちに失礼なことをしていたら嫌だなって思うんだ。」
「失礼なことなんて、他人行儀で嫌だわ。ミラには普通に接して欲しいの。」
ミラの言葉にアメリアがそう返事をすると、近くで話を聞いていたらしい上級生がミラの肩にそっと手を置いてにっこりと笑った。
「あら。そんなことを気にしていたの?この学校に入学したのだから、貴女も同じ身分になるのよ。だから貴族の礼儀とか気にしなくていいの。ここにいる人間は皆平等。平等にえらいのよ。」
そう、卒業後は約束された栄光を皆が手にするのよ。と綺麗な笑顔でその上級生達は笑った。ミラはその言葉に違和感を感じつつも、ここについてよく分からないため曖昧にうなずくのであった。その様子に上級生達は満足気な顔をした後、その1人が机の上にある手紙に気付いた。嫌な空気だと思ったアメリアが辺りを軽く見回すと、イーサンが気付いてこちらに近づいてきた。
「これは?」
ミラが故郷に宛てた手紙だと答えると、上級生達は顔をしかめた。魔法学校は外部との接触を断っている。手紙を送るのは出来ない、そしてそのまた逆も然りだと。ミラは驚き、村の皆と交流が取れないことが悲しくて、涙を流した。そんなミラをアメリアは優しく抱きしめ、私がいるわと囁いた。上級生達はミラが泣くとは思っておらず狼狽していると、近くで手を鳴らす音が1回鳴った。音の主はイーサンだ。
「皆、そろそろ朝食の時間だ。食堂に行こうか。ミラ、アメリア。君達は私と一緒に行こう。」
鶴の一声とはこういう事を言うのか。談話室にいた学生達は一斉に食堂へと向かい出し、談話室にはミラ、アメリア、イーサンの3人だけとなった。ミラは出すことの出来ない手紙を手に取り、また涙を流している。アメリアはどうすることもできず、悔しそうに唇を噛みしめていた。
「辛い思いをしたね。ままならないことは、これからも何度も起こるよ。」
イーサンの声に、ミラは顔を上げた。イーサンはミラの零れる涙を指ですくい、小さな雫から花の氷細工を作り出した。それを見たミラの顔にも、小さな笑顔の花が咲いていた。
「でも、そんなに人の言うことばかり聞いていては息が詰まるだろう?しょうがないと自分に言い聞かせ続けていると、あきらめ癖もついてしまうし。だから作り出すのさ。他の人には分からないような、秘密の抜け道を。……実は僕なら手紙を出すことができる。他にも色々とね。今の君達には教えないよ。だって何も学んでいないし、何も出来やしないからね。」
イーサンはさらに顔を歪ませたアメリアを横目に言葉を続けた。ミラの手にある氷の花もドロリと溶けてしまっている。
「悔しいなら、これからたくさん知恵をつけるといい。そして上手く人を使うんだ。まずはこれから始まる授業を頑張ってね。」
それでは遅くなるから食堂に行こうかとイーサンが歩き出そうとしたため、ミラは一度部屋に手紙を置いてくると2人に声をかけて部屋に戻った。出すことの出来ない手紙を机に置き、溜め息を1回吐く。窓の外は今日も雨だ。鬱々しい気持ちも青空を見れば少しは晴れるのにと、ミラは空に悪態をついた。イーサンのように力があれば、晴れを作る事ができる。今こんなにも気分が晴れないのは、何もできずに泣くことしか出来ない自分が嫌だからだとミラは思い、顔を軽く叩いて2人の待つ談話室へと歩みを進めた。
食堂に向かう途中でエドワードに出会ったため、ミラは朝の挨拶をした。目が腫れていることに気付いたエドワードはミラに何があったのか問いただしたが、ミラは先日のイーサンとエドワードの確執を思い出し、これから頑張りますとだけ言った。エドワードはイーサンを訝しげに見たが、イーサンは肩を竦めるだけだ。アメリアは私も頑張るわと息巻いている。状況は良く分からないが後輩達にやる気があることは良いことだと思い、エドワードは適当に頷いた。そして今後はイーサンの動向に注意しようと思うエドワードであった。
初めての授業は動植物の管理についてや魔法の歴史を学んだ。また水に触れたり、火を眺めたり、野原に寝そべって風を感じる等の、全身でありとあらゆる物質を感じる授業を行った。それから2週間経ったがそれらを繰り返すのみで、無から有を生み出すような事は何も行わなかった。魔法学校に来てから何もなせていない事に、焦りばかりがミラにつのる。それに加えて慣れない生活はストレスが溜まる。食欲不振に睡眠不足で日に日にミラは余裕が無くなっていた。
「キャベンディッシュさん!魔法はいつ教えて貰えるんですか!?」
授業後に魔法の庭園で本を読んでいたエドワードを見つけたミラは、勢い良くそう詰め寄った。急に大きな声を出さないでくれと少し嫌そうな顔でエドワードはミラを見ると、本を閉じて隣に座るように促した。
「で……魔法だったか?今の授業が大切だ。前にも話したが、魔法は生きとし生ける自然の力を少し借りて発動させるもの。今の授業を疎かにして魔法など使えるものか。」
「でも!早く魔法が使いたいんです!」
「なぜそんなに焦っているんだ。あと1か月もすれば魔法は使えるようになるだろうに。」
「1か月!?」
「大きな声を出さないでくれ。だから君はなぜそんなに……。」
エドワードが話をしている途中でミラは走り出した。君!人の話は最後まで聞きなさい。失礼だとエドワードは言ったが、ミラにはもちろん聞こえていない。一体何なんだとエドワードは溜め息をついた。
ミラは夢中で走った。長い回廊を抜け、レンガ造りの階段を駆け下り、向かった先は入学式で入った門の前。当然のことながら、鍵がかかっていてミラには開けることができない。何度も何度も門を叩いても、門は開いてはくれなかった。諦めるように門を背に座り込むと、武骨な要塞が視界いっぱいに広がる。日々自分の前で繰り広げられる魔法。あんなにもキラキラして見えた物が、今はなんだかムカついてしょうがない。憧れの場所にいるのに、ミラの心の器に幸せの雫は溜まらない。ポッカリと開いてしまった穴から、ミラの大切な気持ちが砂のように少しずつ零れ落ちていった。
ポツポツと雨は降り注いでいる。
「ミラ!ずぶ濡れじゃない!」
食堂に現れなかったミラを部屋で待っていたアメリアが、戻ってきたミラを見てそう叫んだ。温かい水を浴びようとミラを脱がせて、風呂場にミラを放り込む。ミラは貯めてある温かい水を頭から被って、体を洗ってから風呂場から出ると、アメリアが着替えを準備してくれていたのが目に入った。アメリアにお礼を言って新しい服に着替えると、アメリアにズボンのポケットが膨らんでいることを指摘された。ミラはポケットに手を入れ取り出すと、リースから貰ったハンカチがぐしゃぐしゃになっていた。どうやらハンカチを出さずに、洗濯をしてしまったらしい。ハンカチを覗き込んだアメリアが何かに気付き、ミラに笑いかけた。
「あら、それジニアの花ね。素敵じゃない。贈り物?」
「うん。大切な友達から貰ったの。……なんで贈り物って分かったの?」
「だってジニアの花だもの。友情といえばジニアよ!花言葉は不在の友を思うなの。」
【長い長い時を経ると、人は過ぎ去った日々のことをふと振り返って思うようになるものだ。その時、強く思い出すのは、友との絆だ】これがジニアの花言葉の由来らしい。商人を目指すリースなら、そのことを知っていて、あえてジニアの花が描かれたハンカチを渡したに違いない。ミラはハンカチを強く抱きしめた。そんなミラを見てアメリアは、温かい紅茶を持ってくるわと言って部屋を出ていった。
村を離れて約2週間経って、ミラは初めてリースの気持ちに気が付いた。いつも側にいた人がいないこと、心を許している人がいないこと、これがこんなにも寂しいだなんて思いもしなかったのだ。それと同時にズーマ村が、ミラにとってどれだけ大切な場所であったかを思い知った。
「魔法使いになれることが嬉しくて、嬉しくて、こんなことにも気づかないなんて……。離れて初めて気づくなんて、私はバカだなぁ。」
村にいる時に、リースに思いを込めたプレゼントすれば良かった。おばあちゃんやリースと過ごす時間をもっと大切にすれば良かった。ミラは後悔で胸がいっぱいになった。
側にあることが当たり前すぎて、それがいかに大切なものであるか気付かず、日々を過ごしてしまう。大切にされていることが、相手の優しさで許容されていることが、いつの間にか当然のことのようになり、甘えた態度を取ってしまう。それは、決して当たり前ではないのに。
「ミラ。紅茶が入ったわ。」
アメリアが部屋に戻ってきた。ミラの目の前に、温かな湯気が漂う優しい香りのする紅茶を置いて、アメリアはどうぞと言った。ミラは紅茶を1口飲んで、ほっと息を吐いた。
「これは私のとっておきの紅茶なの。今日は特別なんだから。」
アメリアは自分で淹れた紅茶を飲んで、あれ!?と声をあげた。なんでも毎朝飲んでいる紅茶はお湯を注ぐだけで簡単に飲めるタイプだが、今回のは茶葉を計ってポットで蒸らして淹れるタイプの物らしく、家では時計塔でアメリアと一緒にいた人が淹れてくれていたらしい。自分では初めて淹れるから上手く茶葉を抽出できなかったと、アメリアは申し訳なさそうに言った。ミラは紅茶をもう1口飲んだ。ほんのり甘くて、後味が渋く苦い。しかし、これはアメリアが心病んでいるミラの為に淹れてくれた特別な紅茶だ。美味しくないからいつものを淹れてくるとアメリアは言っているが、ミラは器にある紅茶を一気飲みした。アメリアの優しさが、じんわりと心に沁みる。
「アメリア。とっても美味しかったよ。ありがとう。……ありがとう。」
アメリアはどういたしましてと言ってにっこりと笑った。そして次はもっと美味しく淹れるからと、少し拗ねたように言った。
ミラの目から涙が零れた。私は本当にバカだ。今も、こんなに想ってくれる優しい人がいるのに、それにも気付かなかったのだから。
魔法が使えるようになったら、この気持ちを綴った手紙を大切な人に送ろう。大切な人に、心からあなたのことが大切だと伝えよう。そして自分を大切に想ってくれている人に、自分も大切だと伝わるように接そう。ミラは自分の心に、深く今日の気持ちを刻んだ。
「あ、雨が止んだね。」
長い雨は止み、厚い雲の切れ間から光が差し込み、地上を照らす。雨が止んだことを喜ぶかのように、鳥達が美しい歌声を響かせて飛んでいる。ミラは窓を開けて、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ミラのホームシック回です。書いていて、故郷の友人が恋しくなりました。
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