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記憶の絵本  作者: 霜月鈴
序章
11/19

10.スピーリトゥス・ベナフィシア魔法学校2

スピーリトゥス・ベナフィシア魔法学校には4つの寮がある。グノーム、ウンディーネ、シルヴェストル、ヴルガンだ。これらは地・水・風・火の4大元素の中に住まう目に見えない自然の生きもの、精霊の名前からその名をとっている。寮の選考は、選ばれたパートナーと同じだ。パートナーとは勉学のみならず、生活も支えあうことが求められている。よってパートナーと良い関係を築くことが、円満な学校生活を送る上で大切になるのだ。


ミラは学園生活を1対1でサポートしてくれる存在がいることに心強く思う一方、その相手が王族であることに不安を抱いた。ミラは貴族ではない。貴族の常識や礼儀を知らない為、知らず知らずのうちに失礼を働いてしまう可能性だってある。相手が真面目な人柄というのであれば尚更だ。カーターに貴族や王族について聞いておけば、相手が嫌な気持ちになる可能性を少しは減らすことができたのに、と後悔するミラであった。



ミラがそんなことを考えていると、会場が再びざわめいた。1年生全員に手紙が行き渡ったことを確認した3年生が、自分の手紙を受け取った人の元へ、バルコニー席からふわりと下りてきたのだ。快活そうな女がアメリアに話しかけたのを確認したミラは、緊張で手汗を滲ませながら、落ち着かない様子で辺りを見回した。ミラの耳飾りが不安そうに揺れた。


「君が私のパートナーか。」


そんな時にミラの前に1人の男が立ち、そう声をかけた。長身の男がミラに影を落とす。この立ち姿は、カーターと同じものを彷彿とさせ、ミラを懐かしい気持ちにさせた。


「私は、エドワード・キャベンディッシュ。1年間君のパートナーを務める。私との相性が良いと判断された君だ。きっと優秀な成績を収めることが出来るだろう。」


エドワードはそう言い、ミラに握手を求めるように手を伸ばした。ミラは同じように手を伸ばしたが、何かに気付いた顔で、手汗を服で払った。そして恥ずかしそうな顔で再度エドワードに手を伸ばし、その手を両手で握った。



「ミラ・ブラウンです。魔法やこの学校について何も知らないのでとても不安でした。でも、パートナーがいることを知って少しほっとしました。学校生活頑張ります!これからよろしくお願いします!キャベンディッシュさん!」



ミラの返事を満足そうに聞いたエドワードは、これから学園を案内すると言って歩き出した。入学式会場を出て、美しいガラス細工の施された回廊を抜け、辿り着いた先は魔法学校の端。正方形に造られた魔法学校の4隅にある塔が、それぞれの寮だとエドワードは言った。中に入ると、水の精霊をかたどったとみられる像がミラを出迎えた。像は美しい羽根を持ち、無邪気な笑みを浮かべて水の塊と遊んでいる。ウンディーネが実在しているのならきっとこんな姿をしているんだと、妖精の存在を信じずにはいられないミラであった。


「ここが談話室。消灯時間までは自由に出入りして良い場所だ。学年問わず、皆が憩いの場としている。私が君に勉強を教えると言ったらここに来ること。談話室の先に階段が2つある。右が男子寮、左が女子寮だ。階段を上がると各自の部屋がある。1年生は2人部屋だ。3年生から成績の良い者には1人部屋が与えられる。」


歩きながら、端的にエドワードが説明を行う。勉強も教えてくれるのかとミラが嬉しく思っていると、談話室の椅子に座り談笑していた男3人組のうちの1人が、2人の元にやってきた。エドワードを敬称無しの名前で呼び、肩を気安く叩く様子から、2人が親しい間柄であることを容易に想像させる。しかし、エドワードのまとう空気が少しだけ静かな緊張感を帯びたことにミラは気付いた。たまらずエドワードに声をかけようとすると、その男がミラの方を向き、人好きのする笑顔を見せた。


「君がエドワードのパートナーかな?ウンディーネ寮へようこそ。私はイーサン・モラレス。5年生で生徒会長と寮長をしている。ちなみにエドワードのパートナーだったんだ。困ったことがあれば、私の元においで。できる限り力になろう。」


ミラは自己紹介をして、イーサンと握手をした。ミラは生徒会長がどんな意味を持つのか知らなかったためイーサンに尋ねると、5年生になるまでの成績が良い者の中から生徒達によって選ばれる生徒の代表だと答えた。



「エブリンの案内で入学したのは君だろう?雨を遮る魔法で、僕も案内のお手伝いをさせてもらったから知っているんだよ。とても輝いた目で魔法を見ていたね。ああ、そう。そのエブリンも生徒代表の一員だよ。」


あの凄い魔法の使い手がイーサンだと知ったミラは、尊敬の眼差しでイーサンを見つめた。そして生徒代表になれる人は素晴らしい魔法使いなのねとミラが思っていると、エドワードが軽く咳払いをしたため、ミラの視線はエドワードに戻った。


「貴方の手を煩わせることはありません。では、失礼します。」


エドワードはそう言って、次の場所へ行くとミラに声をかけて歩き出した。ミラは慌ててエドワードの後ろに付いていこうとしたが、イーサンのことが気になり後ろを振り返った。イーサンは可笑しそうに笑いながら、ミラにまたねと手を振っていたため、ミラは軽く会釈をして小走りでエドワードの後を追った。足早に去る2人を見送ったイーサンは、全く可愛いやつだと笑い、また輪の中に戻るのであった。



他の1年生もパートナーから案内を受けているため、学校内は音で溢れている。エドワードも先ほどのように説明を行いながら学校内を案内するが、気持ちここにあらずといった様子でより淡々としている。イーサンと何か確執があることに間違いないが、易々と人の気持ちに踏み込んで良いものではない。特にミラはパートナーになったばかりで、信頼関係も築けていないため尚更だ。少し重い空気を何とかできないかと、ミラは思考を巡らせていた。

そんな時、ふとミラの視界に美しい庭園が目に入った。ミラが急に立ち止まったため、エドワードも何事かと立ち止まりミラの目線の先を見た。



「不思議だろう。これはノア・エヴァンスのかけた魔法の庭園だ。永続的に太陽の光が差し込み、清浄な川が流れ、穏やかな風が吹く。学校の外の自然も見事だがここのはまるで違う。生命の息吹を、自然の力の存在を感じずにはいられない場所だ。……椅子に座って少し休憩するとしよう。」


エドワードはそう言い庭園にある3人掛けの椅子に腰をかけたため、ミラも1人分空けて椅子に座った。空気の少し悪い2人の間に、暖かな風が吹く。目をつぶってお昼寝したくなる気持ちの良い場所だとミラは思った。


「いい場所だろう。ここに座ると気持ちが落ち着く気がしないか?」


「はい。なんだか柔らかい布に包まれているような感覚になります。私もこんな魔法が使えるようになりたいな。」


「それは不可能だ。」


「どうしてですか?」


「魔法は生きとし生ける自然の力を少し借りて発動させるものといわれている。だから魔法使いは直接自然にお願いして、魔法を発動させているのだ。しかし、ここには発動者たる人がいない。発動者がその場にいないのに53年持続して魔法がかけられている、本来ならば有り得ない場所だ。ノア・エヴァンスがどのような魔法を使ったか、今でも分かっていない。だから不可能というわけだ。」


「なるほど……。」


自然の力は魔法使いにとって無くてはならないもの。だからこそ魔法使いは自然を愛で、とても大切に扱う。魔法学校の自然が美しいのはそんな理由あってのものだったのだ。この庭園を創ったノア・エヴァンスはどんな人なのだろう、どんな気持ちでここを創ったのかなと、ミラは53年前に思いを馳せた。こうして2人は、無言で思い思いの時間を過ごすのであった。



「休憩は終わりだ。次の場所に行く。」

しばらくすると、エドワードはそう言って立ち上がった。座る前に感じていた重い空気はどこかに消え、出会った時の雰囲気に戻っていると感じたミラは、胸をなで下ろし、笑顔で返事をした。そして2人はまた歩き出すのであった。



数刻後、全ての案内を終えたエドワードと共に寮に戻った2人は、談話室にてミラの同室者がアメリアに決まったとイーサンから報告を受けた。ミラは近くにいたアメリアに抱き着き、喜びの声をあげた。アメリアは急に抱き着いてきたミラに驚いたが、私も嬉しいわと言ってぎこちなく抱きしめ返した。


エドワードとイーサン、アメリアのパートナーであるリズ・マルティネスに挨拶をして言われた部屋に行くと、必要最低限の家具が置かれているのが目に入った。アメリアが質素な部屋だと鼻を鳴らしてベッドで横になったのを横目に、ミラは部屋を物色した。飾り気はないが、使いやすそうな家具だ。ミラは一通り物色を終えると、窓の外を見た。見えるものは雨と雲と自然のみ。地上から遥か彼方上空にいることを思い出したミラは、もう簡単には帰ることの出来ない場所にいることを実感した。しかしそう思ったことも一瞬で、今日は疲れたなとアメリアのようにベッドで横になった。


分厚い雲から絶え間なく雨が降り注いでいる。雨はまだ止みそうにない。2人はいつの間にか眠りにつき、静かな部屋に雨が窓を叩く音だけが響いていた。



エドワードのことを、ミラがどう呼ぶのかで迷いました。1人では埒が明かない為知人に、もしも国1番の身分の人と同じコミュニティの中に入ったらどう呼ぶのかを聞いてみました。答えは「コミュニティが同じなら様とか付けず、普通に呼ぶ」と。腑に落ちたので、本文でミラは普通の先輩に接するようにしています。


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