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記憶の絵本  作者: 霜月鈴
序章
10/19

9.スピーリトゥス・ベナフィシア魔法学校1

スピーリトゥス・ベナフィシア魔法学校。ここは、この国で魔法を学ぶことが出来る唯一の場所である。現国王、光の魔法使いリアム・キャベンディッシュが卒業した学校であり、災厄の魔女オリヴィア・ブラウンを育てた学校だ。王侯貴族が多いことや隔離された場所にあることから、魔法使い以外にその実態を知る余地もない。


世界の理を捻じ曲げた魔法の道を歩き、1人の少女が今、閉ざされた未知の世界へと足を踏み入れた。



遠くから見た魔法学校は武骨な要塞のように見えるが、実際の姿はまるで違う。

ミラが足を下したのは、小さな花々が点々と咲き草原と共に爽やかに揺れている場所だった。ミラはエブリンと共に、草原の中にある石畳の1本道をのんびりと歩きだした。むせ返るような土と草の香りがミラの鼻孔をくすぐり、ズーマ村を想起させる。虫が跳ね、鳥がさえずり、木々が涼しげな陰を落とす。限りなく澄んだ池は、中で暮らす生き物の姿を鮮明に映し出していた。

ミラはしきりに辺りを見回していると、エブリンが突然立ち止まった。ミラはどうしたのかと前を覗き込むと、エブリンの前をカルガモの親子が横切ろうとしている所だった。エブリンは穏やかに笑ってその姿を眺め、親子が全員無事に渡り終わるのを待つと、また歩みを進めた。

ここは、想像していた奇想天外な事象が飛び交う場所とはまるで違うとミラは思った。桃源郷はここだと言われても納得してしまうような、豊かな自然が絵にも描けない美しさで存在し、優しい空気の流れる静かな場所だったのだ。



しばらく歩くと、遠くに見えていたあの要塞が2人の目の前に現れた。エブリンが門に触れると、解錠された音と共に門がひとりでに開いた。ミラはエブリンに促されるまま門を通ると、途端に門の外側に雨音が響き出すのであった。

校内のレンガ造りの階段を上がり、広間のような場所に着くと、ミラと同じ背格好の子ども達が期待と不安を滲ませた顔で集まっていた。エブリンはここで立ち止まり、ミラに向き合った。


「到着!1年生は呼ばれるまでここで待つように言われているから、他の子と一緒に待っていてね。」


「はい!エブリンさん、ありがとうございました。」


いいのよ、と手を振ってエブリンは校舎の中に消えていった。その様子をミラが眺めていると、不意にミラを呼ぶ声がした。声の主はアメリアだ。久しぶりねと2人は握手を交わし、ミラはほっと息を吐いた。勝手知らぬ場所はとても気を張るため、見知った顔を見て安堵したのだ。


「ミラ!エブリン・パーカーと一緒に登校なんて凄いわね!」


「今日初めて会ったよ。アメリアはエブリンさんのことを知っているの?」


もちろんよ!とアメリカは嬉しそうに言った。なんでもパーカー家は侯爵家であり、エブリンは社交の場で華だったという。エブリンの大らかな人柄とその美しい立ち居振る舞い、魔法使いとしての才能を聞き、憧れずにはいられなかったとのことだ。これから彼女と一緒の学校で過ごせることをアメリアはとても楽しみにしていた。彼女のようになりたいと目を輝かせるアメリアを見て、ミラは純粋に素敵だと思った。また先程までのエブリンの姿を思い出して、確かにとても良い人そうだったなとぼんやり思った。



「皆さん、時間になりました。入学式がこれから始まります。そのまま2列になってこの扉の中へ進んでください。順番は関係ありません。扉に近い者…貴方達から入ってください。」


広間の近くにあった大きな建物の前に初老の男が立ち、話を始めると、1年生は会話を止めて声の主に体を向けた。男の話が終わると、扉に1番近かった生徒2人を先頭に、1年生は順に列を成した。男は特に問題なく列が形成されたことを確認し、重い扉を開けた。その瞬間、煌びやかな音楽が辺りに溢れ出し、ミラの胸は再び高鳴るのであった。


扉の中に入ると、そこには何もなかった。詳しくは、真っ白な空間がただ存在するだけだった。先に入った者達も困惑し辺りを見回している。しかし、ここに辿り着くまでに見た魔法の数々が、これから何かワクワクするようなことが起こる未来を容易に想像させた。

1年生が全員中に入った瞬間、音楽が止み、扉が閉まり、室内の明かりも消えた。暗闇の中でざわめきだけが木霊する。何も見えない真っ暗闇のなんと怖いことか。誰かが叫び出しそうになった時に、光の筋が上空に打ちあがった。それを合図に四方八方から光が打ち上がる。真っ黒な世界は、あっという間に星の煌めく夜空へと姿を変えたのだ。その光景を見た1年生の顔も不安が晴れ、笑顔が浮かんだ。



「新入生の皆さん。驚かせてしまい申し訳なかったね。」


落ち着いた声の主が1年生に語りかけるのと同時に、中に明かりを灯した丸い水の塊が星空から落ちて、淡くその声の主を照らした。声の主は銀髪でアクアマリン色の瞳を持つ、姿勢の美しい初老の女だった。暗闇で光る水の塊がゆっくりと波打っている姿と、女の瞳が淡い光を反射して煌めいているのが、まるで波打ち際の水面のように綺麗だ。女はゆっくりと辺りを見回すと、また話を始めた。



「知らない場所、知らない者達、急な暗闇。人はこんな状況に置かれた時に、何を思う?…ワクワクする者もいるだろう。しかし多くは恐怖や不安で満たされる。では、その恐怖に打ち勝つにはどうすればいい?」


女はまた辺りを見回した。1年生の顔は興奮を隠し切れない様子で、目を見開いている。魔法だと誰かが叫んだ。


「魔法!そう、魔法だ。我々は万物の力を借りて、人々の想像の域を超えた事を成すことができる。」



女は立ち上がり、両手を大きく広げた。その瞬間、水の灯が円を描くように上空に広がった。灯と水が分かれ、水のみが円の中心に集まる。女が手を握ると、水は龍の姿に形を変えた。その様子に1年生から歓声が上がった。



「未来の魔法使い達よ、スピーリトゥス・ベナフィシア魔法学校へようこそ。校長のエマ・スペンサーだ。君達を歓迎しよう。」



龍が上空を飛び回ると、魔法が解けていくように、光の粒子を撒きながらバルコニー席のようなものが現れた。そう、ここには初めから上級生が座り、1年生の様子を見ていたのだ。



「彼らは君達の2つ年上の者だ。ここでは3年生が1年生の手助けを1年間する。今、天井にある無数の星々は、彼らが打ち上げた物だ。これらが君達に降り注ぎ、相性の良い相手の手の中に収まる。これは皆にとって良い出会いとなるだろう。さぁ、1年生!両手を胸の前へ!」


1年生は期待に胸を躍らせた表情で、両手を胸の前へ差し出した。全員がそうしたことを確認すると、3年生は片手を上に挙げた。その瞬間、星々が降り注ぎ、1年生の手の中に収まった。


ミラの元にも、1つの光がやってきた。それは徐々に光を失い、便箋が姿を現した。全ての光が消え失せると、部屋の明かりが付き、白い世界に戻ったのであった。



「君達には様々な未来がある。今は真っ白だが、これから如何様にも染まる。自分で考え、より良いと思う方に進みなさい。これで入学式は終わりだ。便箋を開け、各寮長の元へ行きなさい。」



校長の話が終わると、1年生は一斉に便箋を開けた。ミラも便箋を開けると、簡素な文が綴られていた。



私のパートナーへ

私の目的は、首席になること。君の評価も私の評価となる。勉学に励み、より良い魔法使いになることを期待する。

エドワード・キャベンディッシュより



「わぁ……。」


固い人そうだとミラは思った。ミラが思わず声を零すと、エブリンがミラの肩を叩いた。


「ミラ!その紙の色はウンディーネ寮ね。私もよ!嬉しいわ!へんな声出しちゃって、そんなにパートナーが変な人だったのかしら?」


ミラの持つ手紙の紙は水色だ。水の精霊ウンディーネを象る寮が、ミラの今後の家らしい。

エブリンはミラの手紙を見ると、驚きの声をあげた。



「ミラ……。貴女大変ね。パートナーは現王リアム・キャベンディッシュの孫よ。堅物で真面目が服を着てるような男って噂もあるわ。まぁ……頑張って。」


それを聞いてミラも声をあげた。英雄、光の魔法使いリアム・キャベンディッシュ。その孫がこの学園にいて、しかもパートナーだなんて予想外だったのだ。



ミラの波乱の学園生活の幕が上がる音がした。

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