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夕凪神社……
そんなに大きくはないが、閑散としていて、
オレ達の砂利を踏む音しか響いていない。
「いないね、三条君」
千夜はキョロキョロとあたりを見回す。
捜索願まで出ているんだ。そう簡単に見つかるかよ。
「……それで、三条はこの神社のどの辺で目撃されてるんだ?」
「私もまた聞きだから、詳しいことは知らないけど……
あ、あそこの木あたりが一番多いって話だよ」
そういって、千夜は駆け出していく。
好奇心旺盛なのはいいが、危ないぞ?
オレの中のざわめきがだんだん大きくなっていくのを感じながら、
千夜の後を追った。
「弥っくん、ここ、ここ」
神社の中心にそびえ立つ、くすの木の前で千夜が手を振っている。
「ったく……なんか出てきそうだな」
《軽井の者よ》
千夜に近づこうとした瞬間、突然頭の中に声が響いた。
「……聞こえたか?」
「……うん」
ということは少なくとも空耳や幻聴の類ではない。
《軽井の者よ、早くあやつを止めるのじゃ》
……止める?
オレ達は辺りを見回した。
くすの木から数メートル離れた岩の陰に人影が見えた。
「……三条!」
間違いないと思って叫ぶと、
三条はくるりと振り返って応じた。
「誰かと思えば……」
そして表情ひとつ変えずに岩の方に向き直る。
「見てるがいい、お前たちの罪の重さを!」
三条は岩に向かって蹴りを入れた。
奴の力が強いのか、岩が脆かったのかはわからないが、
岩は真っ二つに割れ、いくつもの黒い影が飛び去って行った。
《止めろ、と言うたに……》
また頭の中に声が響く。
「弥っくん、あそこ」
千夜の指差した方向に二つの人影があった。
筋肉質な大男と日本人形のような着物姿の少女が対峙していた。
「悪鬼払拭!」
「ウガァァァァァァ……」
大男は雄叫びをあげながら、少女から放たれた青白い塊を砕くように薙ぎ払った。
「見たか、この圧倒的な力を!!」
「……お前の力じゃねぇだろ」
なぜ三条がこんなに自信たっぷりなのか。かなり疑問だ。
「何をぼーっとしておる。軽井の者よ、力を貸すのじゃ!」
「貸せっていわれても……」
オレ達に何ができると?
「弥っくん……」
いや、だからそんな不安そうな目でこっちを見られても。
「ウガァァァァァァ!」
やばい。
こっちへ突進してくる。
とっさに千夜の手を取り大男の進行方向から外れるように逃げた。
「オレ達にあんな奴の相手は無理だ!」
少女に向かって苦し紛れに言い放ってやった。
「……おぬしら、退魔術を使えんのか?」
「退魔術?」
「オレ達にそんな力……いや、待てよ」
そういえば、小さい頃にオレ達の死んだ爺さんが化け物退治みたいなことをしていた、と
聞いたことがある。
……だとしてもだ。
そんな術の使い方なんて教えてもらったことがない。オレが覚えているのは……
「確か……」
左の手のひらを地面に平行に置いて、目を閉じ、大きな壁をイメージする。
ゴゴゴゴ………
オレ達の目の前に地面を割るように厚い土壁が出現し、
再びこちらに向かってきていた大男は勢いよく壁にめり込んだ。
「千夜、あの札投げつけろ」
「札?」
「お前がいつも習字の練習している紙だよ」
「……わかった」
千夜はカバンから達筆な文字の書かれた長方形の黄色い紙を壁に向かって投げつけた。
「グワァァァ……」
大男はもがきながら、煙を噴出して消滅した。
「やればできるではないか、さすがは軽井の者じゃ」
「昔、爺さんの家の庭で走り回ってたのをこうやって止められたことがあるだけだ」
動きを止められればいいと試してみたが、倒してしまうとは思わなかった。
「弥っくんはおじいちゃん子だったからね」
「お前だって一緒に居たろうが」
千夜は子供の頃から爺さんの見よう見まねで護符のようなものを作れる。
といっても、今の今まで何に使えるのか知らなかったのだが。
「そういえば、三条は?」
あたりを見回すが、割れた岩があるだけで三条の姿はどこにもなかった。
「あの人間、おそらく刹那に利用されておるのだろう」
「刹那?」
「その岩に封印されておった香鬼の側近じゃよ」
「あの~話が見えないんですけど~」
もっともだ。オレにも何がなんだかわからない。
「まあ、無理もないかの。わしはこの社の主、夕凪様に仕える薙乃じゃ。
これからは名前で呼ぶがいい」
夕凪様……なぁ。この神社の主ってことは氏神様か。
なんかその時点で人間だけの問題じゃないのは理解した。
「……じゃあ、薙乃さん、なんで私たちの事知ってるの?」
「知るも知らぬも、香鬼を封じたのはおぬしらの祖父弥太郎殿じゃ。
二人とも目もとがよう似とる」
「ちょ、ちょっと待った。その香鬼は化け物なの?」
「正確には化け物ではない。夕凪様のご息女であるからの」
ますます訳がわからない。
つまり、爺さんは神様の子供をわざわざ封印したってのか?
「仕方なかったのじゃ。……とにかく、あの岩が割れたことで香鬼が現世に蘇ってしまった。
それにつられてこのあたりの有力な妖怪も目を覚ますじゃろうて」
「……もしかして、オレ達にどうにかしろ、なんて言わないよな」
オレがざわついていたのは軽井の退魔士の血によるもの、ってことなのか?
「安心せい。香鬼の部下だった刹那が動き出した時から準備はしておったわ」
「準備?」
薙乃は懐から2丁の拳銃を取り出し、一つずつオレと千夜に渡す。
「その銃は引き金を引くだけで退魔の波動が出る仕組みになっておる。
小物など一発で始末じゃ」
「おいおい、オレたちに丸投げかよ」
「いいじゃん、面白そうだし」
千夜には好評なようで、構えて打つ練習まで始めている。
「まぁ……全くの無関係、ってわけでもないからな。
……で、これからオレたちはどうすればいい?」
「香鬼は強い。妖怪を退治しながら己の力を高めるのじゃ」
「ザコ妖怪倒して経験値上げろ、ってことじゃないの?私もおじいちゃんが残してくれた呪術書とかで使える札も増やすから」
「現実、なんだよな。一応」
薙乃にもらった拳銃を見つめながらオレはため息をつく。
この時のオレ達はよくあるテレビゲームみたいに勧善懲悪で事は済むと思っていた。
展開としては香鬼を倒すか倒さないかで分岐が変わるゲームの予定でした。
惜しむらくは和素材を手に入れる予算が無いことぐらいかな。