友人が書いている異世界小説の世界に来たらしいのだけど、生きて帰れるビジョンが見えない。
「…………はぁ」
ため息を一つ。
部屋着のスウェットのポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。
「君からボクに電話を掛けてくるなんて三年と百五十三日ぶりのことじゃないか。一体どうしたんだい?」
「やけに細かい内容なのが気持ち悪いけど、それどころじゃないから話戻すぞ」
電話の相手、西園寺美琴が発した言葉に若干引いて、冷静に考えればこいつがヤバイのはいつものことだったなと思い返して言葉を返す。
「随分と素っ気ないじゃないか。君からの電話に心踊らせて君が目の前に居るわけでもないのに少しでも君によく見てもらおうと思って居住いを正して君とどんなことを話そうかとドキドキしながら電話に出たボクの乙女心も少しは考慮してほしいものだね」
「呼び出し音が鳴る前に出た癖に嘘つくな。というか……本気で困ってる。西園寺しか頼れない。聞いてくれ」
「……ふむ。まぁ、そこまでいうなら仕方がないね。ところで君は今困っていると言った。その困った状況でボクに電話を掛けてきたということはそれはつまりボクに助けてほしいと思ったからという認識で間違いはないはずだ。世間一般の常識的な判断でいくと困ったときに助けてほしいと思う相手というのはつまり信頼している相手ということになるはずだ。これらを踏まえて考えると君はボクのことを信頼している。それもボクしか頼れないと君が口にしたことも加えて考えると君のなかではボクがもっとも信頼をおける相手ということに――」
「今、変なとこに居る。たぶん西園寺が書いてる小説の世界。これ西園寺の仕業じゃないのか?」
「…………ん?」
話が進まない。
そう思い話の核心に触れてみたのだが、西園寺から返ってきたのは俺が期待していた反応とはほど遠いそれだった。
以前、寝て起きたら体を拘束されてブラジルに運送されていた経験からの推測だったのだけど、どうにも今回の件に西園寺は少なくとも直接は関わっていないらしい。
「ざっくり説明すると今俺は凄い見晴らしの良い草原に居る。部屋で読みかけの小説を閉じて一眠りしようと思って目を閉じて開けたらこうなってた。他に何か聞いておきたいことはあるか?」
「……冗談、というわけでは無さそうだね。少なくとも地球に君は居ないらしい」
「……一応聞くけど、どうして分かる?」
「君につけている発信機は特別性だからね。地球上のどこにいてもボクに君の居場所を正確に教えてくれる。それで見つけられないのなら、つまり君は地球にはいないということになるのさ」
「……そっか」
二、三個は外したけど俺の部屋に仕掛けられた隠しカメラが十や二十では済まされないような数である以上、いくらでも西園寺は俺を捕捉できると考えておいた方がいい。
そんな西園寺の財力とストーカー力をもってしても俺の現在地を掴めないのだから、やっぱりここは地球ではないどこか。異世界と見て間違いない。
「けれど、どうして『異世界』なんてことを思ったんだい? 目を開けたら思わぬ場所になんてことはこれまでだってよくあっただろ?」
誰のせいだと思ってんだ。
「……変な動物に襲われた。火を吹きながら俺の下半身を噛み千切ろうとしてきた。たしか西園寺が俺に読ませようとしてきた小説にそんな怪物が出てきてただろ?」
「あぁ、一話で君の生殖器官を噛み千切る【子孫殺し】のことかい?」
「……」
今日の大学の講義中に聞かされた西園寺が書いている小説の内容を改めて聞いていて思うのだけど、一体その小説はどこに需要があるのだろうか。
冷静に考えてほしい。
一話から主人公の主人公が噛み千切られる小説とか読みたいか?
あと、そんなあからさまにヤバイ小説の主人公に勝手に俺と同じ名前をつけないでほしい。
「……とにかく。そいつに襲われた。不測の事態だったから殺させて貰ったけど、これって正当防衛認められるか? そもそもこいつは人のカテゴリーにいれていいのか?」
「異世界まで行って律儀に法なんて守る必要はないんじゃないかい? それよりボクは君が怪我をしていないか心配だ。ボクの想定ではたぶん君が部屋着にしているTシャツが大破して君は上裸になっているのではないかと思うのだけど、ビデオ通話にしないかい?」
俺の心配するくらいならそもそも一話で俺と同じ名前の主人公の将来性を断つようなことをしないでほしい。
というかこいつ心配してないな。
俺のこと視姦する気満々だわ。
「勘違いがあるかもしれないけれど、ボクはこれでも本当に君を心配しているんだ。ハァハァ。今すぐビデオ通話にしてボクに体を見せなさい。ハァハァ。ほら、君のおかれた状況を考えれば君はもしかすると冷静な判断ができていないのかもしれないだろ。酷い怪我なのにそれに気づいていないなんてことがあってもなんらおかしくはない。ハァハァ。うん……だから今すぐ見せろ。君の痛々しく傷ついた上裸を見せろおぉぉっっ!!」
「怖いから電話きってもいいか?」
「あぁ! そんな酷い!」
酷いのはお前の性癖だろ。
そんな言葉を呑みこみ周りを見渡す。
子孫殺しとやらの死体と緑以外は本当に何もない。
迂闊に移動してもいいものか。
「西園寺。小説だとこのあとはどういう展開になるんだ?」
「ん? なんだい、ボクの小説にようやく興味を持ってくれたのかい?」
「いや、全く。できることなら最初から知らなかったことにしたいくらいの悪い記憶だけど、今の状況だとそうも言ってられないだろ。攻略本みたいなものなんだから有効活用しないと」
憶測に過ぎないことではある。
西園寺がさらっと話していた彼女の小説に出てくる怪物と俺が殺した怪物に一致する点が多いこととここが地球以外のどこかであるという少ない情報から立てたに過ぎない憶測ではある。
もしかするとここは西園寺の小説とは一切関係のない別の何かという可能性ももちろん存在する。
ただ、少なくとも今の俺にとって西園寺の小説はこの訳の分からない世界を生き延びるための攻略本になりうる存在なのだ。
なら使わない手はない。
使いたくはないけど。
「あぁ、そういうことかい。まぁ、どんな形であれ君がボクに興味を持ってくれたのは喜ばしいことだね。講義中に話したときはまるで関心を持ってくれないからガッカリしたものだよ。一度読んでくれたらボクとしてはそれで満足だったのにさ」
「悪いけど俺は始まりが『俺は、金髪オッドアイゴスロリ美少女(西園寺)にしか興奮できない体になってしまった……』で始まる小説は読まないことにしてるんだ」
改めて開いて五秒でブラバして良かったと思う。
金髪オッドアイゴスロリ美少女なんて属性の欲張りバリューセットはきっとこの世界で西園寺ただ一人だし、明らかに実在する人物にしか自分と同じ名前をした主人公が興奮を覚えられなくなる話とか見たくない。
「一度読んでくれたらそれで良かったんだよ。君の深層心理に徐々にボクを定着させて最新話まで読んだ頃には本当にボク以外には興奮できなくなるように文字の並びや行間を考えて作ってあるから」
「強化版のサブリミナルみたいなのやめろ」
本当に読まなくて良かった。
「……西園寺」
「ん? なんだい?」
「さっき戦って分かったんだけど、たぶんこの世界の生き物は俺よりよっぽど強い」
「まぁ、魔法とか当たり前に使うからね。それがどうかしたのかい?」
「何とか帰る方法を見つけないと死ぬかもしれない」
「それは困る。新婚旅行はハワイに決めているんだから早く帰ってきてくれないと」
「俺の人生の予定にはない結婚が入ってるんだけど?」
「嫌かい?」
「どのみち拒否権ないだろ」
「そうでもないさ。ボクは君の望みはできる限り叶えたい。君の助けになりたいと常日頃から思っているんだよ」
「そうか。じゃあ――」
「分かっている。新婚旅行は熱海が良いんだね。任せておいてくれ」
「……結婚は確定なのな」
分かってたけど、譲歩する気はまるでない。
西園寺はこういう奴だ。
初めて出会ったときから、中学の入学式の日からずっと変わらない。
ずっと金髪オッドアイゴスロリ美少女で、校則違反で注意されたら次の日には注意した教師が居なくなる。
そんなめちゃくちゃな奴だ。
もし、中学生の自分に会えたのなら、教師のポイント稼ぎに西園寺の服装をなんとかしようとするのはやめておけと忠告してやりたい。
あれやこれやで結婚する羽目になるぞ。
「というか、帰ったら結婚って酷い死亡フラグだな……」
しかし、このあと町に行って試しに寝てみたらフラグは回収されず普通に元の世界で目が覚めてめちゃくちゃ結婚した。
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