9寵姫
シャングリラ宮殿。
王族や貴族が住まう豪華絢爛な宮殿の中では、常に派閥争いが絶えなかった。
正妃と側妃の対立は勿論のこと。
後見人同士の対立も絶えることがなかった。しかし、王妃は寛容な人柄で公妾だからといって陰湿な嫌がらせをするような女性ではない。
公妾の中に一人王妃に一目置かれる女性がいたからだ。
「ごきげんよう、モントワール夫人」
「ごきげんよう」
王妃、マリー・サングリアが一番に挨拶を交わしたのは寵妃のジャンヌ・モントワール。
元は平民であるがブルジョワ育ちで貴族以上の教養と美貌を兼ね備えている。
「今度の音楽祭は貴方も参加なさると聞きましたわ」
「ええ、実は音楽の天使を見つけましたのよ」
「まぁ」
とても正妃と公妾とは思えないほどの仲睦まじい様子だったが、他の公妾からすれば面白くなかった。
「音楽の天使だなんて…幼稚ですわね」
「仕方ありませんわ。元は平民ですもの」
離れた距離でクスクス笑う夫人達。
音楽の天使などという発想が、貴婦人とは思えないとこれみよがしに馬鹿にするのだが…
「あら?ごきげんようフォーカス公爵夫人」
「ごきげんよう」
にっこりと微笑みながらフォーカス公爵夫人に道を開ける夫人達。
「素敵なお話をしてらっしゃいましたわね。私も混ぜてくださいませ」
「ええ!」
「音楽の天使を見つけましたのよ」
楽し気に話をするモントワール侯爵夫人ににフォーカス公爵夫人は笑顔を浮かべる。
「まぁ、そうでしたの?私も先日音楽の妖精を見つけましたの。ミューズに愛されたとっても素敵な方ですのよ」
「まぁ、そうでしたの」
「ええ、素敵だと思いませんこと?皆様」
ちらりと話を振るフォーカス公爵夫人に、ビクつく夫人達は先程の会話を聞かれていたのだと知り真っ青な表情をする。
「そっ…そうですわね」
「天使様を否定なさることはミューズを否定する行為ですもの。皆様はそのようなことなさいませんわよね?」
「「「もちろんですわ!!」」」
相手が王族の親族に当たる人物ならば話は別だった。
くだらないと思っても口に出すことが許されず、内心では苛立つ。
(平民の分際で!)
(調子に乗って!)
扇を握りしめ唇を噛み締める。
ここでは感情を表に出すことすら許されない。
出来ることと言えば、ただひたすら自分よりも地位のある女性にすり寄るぐらいだった。
「そういえばクロード殿下はまた剣術の腕を上げられたようですわね」
「ええ、クロードは武芸に秀でています。だからこそ…」
「サングリア様」
王妃が惜しいと思ったのは、王族の中で誰よりも優秀なのに王位継承権がないことだった。
通常王妃が生んだ子供でなければ、王太子にはなれないと決まっている。
「王妃様、クロードは王としての資質はございませんわ」
「まぁ…何を申されますの?」
「クロードは王を支える者として私が教育しております」
モントワール侯爵夫人は王位継承権争いを何よりも恐れていた。
内乱で国が荒れることなどあってはならないと思い、クロードには厳しく教育して来た。
他の貴族どうであれ自分の目の黒いうちは許さない。
三人で団結し、内乱にならないよう常に周りに気を配って来た。
「一番の望みはクロードに聡明な妃を迎えることですわ」
「まぁ!」
権力争いをさせない為にも、クロードを守る為にも、有力な貴族の令嬢を妃に迎える必要がある。
ただ、その本人があの性格では難しいと思う王妃だったが。
「最近クロードは頻繁に姫君の所に通っているそうなのです!」
「えっ…」
王妃は驚きながら小声で話す。
「まだどこの姫君かは解りませんが、クロードが熱心に通っている様で」
「なんてことですの!」
普段からのらりくらりしているクロードは何事にも冷めている。
能力が高く大抵のことはこなせるおかげで執着心が薄く、異性への興味も薄かった。
「後ろ姿しか見ませんでしたが、素敵な演奏をする令嬢で…まるで音楽の天使のようでしたの」
「まぁ、素敵ですわ」
二人が盛り上がる中、フォーカス公爵夫人はどうしたものかと困る。
(知らない振りをした方がいいのかしら?)
天使の正体を知っているので、どうしたらいいか困る。
「王妃様、私はその天使様をどうしても見つけ出したいのですわ」
「見つけてどうしますの?」
「もちろん、いい方ならばクロードの妃に迎えますわ」
二人の会話を聞いて結論が出た。
(黙っていましょう)
触らぬ神に祟りなし。
踏み込まない方がいいと判断した。