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とある公爵令嬢の生涯  作者: ゆう
巻き戻った時間
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6厳しさの中の優しさ

サロンでバイオリンを弾いてからというもの、エステルは音楽家の目に留まりレッスンを受けさせてもらうことになった。



前世でもお世話になったラファエロ・サベール。

貴族ではないが貴族以上の教育を受け優れた音楽家として宮廷に出入りすることが許されてる。


宮廷管弦楽団の指揮者を務める程の腕前を持つ。



「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


前世でも音楽の才能を見出だしたガブリエルが紹介をしたのだ。




「サロンで貴方の評判を聞きました」


「はっ…はぁ」


「光栄ですな」



物腰柔らかく巨匠と呼ばれる指揮者のラファエロは変わらず優しかった。

人をとても尊敬し愛している一方で音楽への妥協は一切許さない完璧主義者だった。


「音がぶれています。もっとビブラートをしっかり」


「はい!」



演奏前の音ならしでも厳しく。

二時間に渡るウォーミングアップをさせられる。


「弦の弾き方を注意してください…音が割れて聞こえます」


僅かな音のズレでも聞き漏らすことがない耳はまさしく音楽家の耳だった。


「バイオリンに並行してピアノの練習もしっかりしていただきます」


「え?」


「音楽への世界を広げるにはピアノが一番です。貴方の音楽性をより広げる為にも」


音楽家の教本を渡される。


「あっ…あの」


「まずはこれ全部を読んでくださいね」


「全部…」



山のように積まれた分厚い本。

教本に曲の歴史背景が乗っているが量が半端ない。



「いいですか?すべて読んで暗記してください」


「暗記…」


「覚えるだけではありません。理解もしてください」



有無を言わさなかったラファエロに返事をするしかなかった。



音楽の勉強が終わり歴史、語学と次々に家庭教師がローテーションで足を運ぶ。

選ばれた家庭教師は前世でも顔なじみの人ばかりだった。



前世では厳しい言葉ばかりを言われ、できて当たり前だと常に咎められていた。


礼儀作法も同じく。


「顎を上げてはなりません。優雅に美しく」


「はっ…はい」


美しく着飾るよりも美しい立ち振る舞いをするように厳しく言われ。

エステルは出来が悪いのだと思い込んでいた。


「エステル様はヘレン様とは違います」


「はい…」


礼儀作法の家庭教師マチルダが鞭を持ちながら告げる。



「エステル様は気品あるお方です」


(え?)


厳しい言葉を放ちながらも告げられた言葉に驚く。


「美しさとは話し方、立ち振る舞いにも表れるのです。エステル様は淑女の品格を持ち合わせています」


常に礼儀作法を叩きこまれ、厳しいことばかり言われていた。

あの時はちゃんと耳を傾けなかったためマチルダが言いたいことを理解していなかった。


「花をご覧あそばせ」


「はい」


「薔薇のような気高さもあれば、百合のような気品もあり、マーガレットのような可憐さもあり、美しさの基準は異なりますのよ」


人が美しいと賛美する基準は色々ある。



「私はお嬢様に見た目だけの美しさを得て満足していただきたくありませんわ」



貴族の令嬢としての美しさを身に着けて欲しい。

礼儀作法はその一部に過ぎないのだ。



「社交界はとても危険な場所ですが、気品、教養を身に着けることで相手を笑顔で負かすこともできるのです。何か言われても常に笑顔で微笑みなさいませ」



貴族の令嬢たるもの感情的にならず常に笑顔で微笑む。

それは相手に抵抗するのではなく飲み込んでしまうということ。



「陰口など笑ってしまいなさい。貴方様は上の立場に立つお方なのです」


高貴な立場にいる者は決める権利を与えられている。

人の人生を決めることもできるからこそ責任を持たなくてはならない。



「侯爵令嬢として恥じない振舞いを心掛け下さい」


「先生…」


「いずれ貴方様が生きて行くための武器になりますように」



厳しさの中にある優しさを知った。



どうしてあの頃に気づけなかったのか。

自分が出来損ないだから厳しく言われているのだと思っていた。


マチルダがヘレンに対して優しかったのは期待をしていなかったのと、娘を溺愛し過ぎる両親に厳しくするなと咎められていたからだった。


必要最低限の礼儀作法だけでいいと言われ。

少しでも厳しくすれば暇を出されてしまっていた可能性もあったのだが、その事実をエステルは知らなかった。



「ヘレン様は立ち振る舞いもなってませんし集中力がありませんわ」


「そうなのですか?」


「あれではデビュタントしても恥をかくというのに」


両親が甘やかしすぎた結果だが、教える側の家庭教師は困り果てていた。



「私はやる気のない方に教える気はございませんわ」


「申しわけありません。ご無礼を」


まさか、そこまで酷かったとは思わず、謝るが‥‥


「エステル様、貴方様はもう伯爵令嬢ではありません」


「はい…」


「侯爵令嬢たる方が簡単に頭を下げることなどなりません。そしてヘレン様はもうエステル様の妹君ではございません」



本家に養女として迎えられた以上、分家の娘であるヘレンとは違うのだった。


「お従姉には当たりますが、ヘレン様は貴方様に仕える身となったのです」


「ですが…」


「当然です」


本家と分家の違いをきっちりしなくてはならない。

他所からも分家が本家よりも上だという認識を持たれなければ社交界の笑い者にされる。


「エステル様はもう、姉ではなく主でございます」



本家の人間となったエステルは、元の家族を分家の人間として扱わなくてはいけないのだと告げられる。



「そもそもエステル様は跡取り候補だったのです。それを…」


何かブツブツ言っていたが細かい話は聞かされていなかったのでエステルが知るはずもなく。



「入るぞ」


そこに乱暴に扉が開けられた。



「勝手に入らないでください」



「気にするな。俺は気にしていない」


((いやアンタが気にしろよ!))


使用人一同が心の中で叫ぶ。

相手が高貴な身分だったので口にすることができなかったのだが。



「殿下、はしたのうございますわ」


「ゲッ!マチルダ」


「何です?失礼な」


眼鏡をキラリと輝かせるマチルダは鞭を握る。



「待て待て!俺に向けるな」


「ちょうどよかったですわ。一緒にレッスンして差し上げますわ」


にっこり微笑むマチルダの微笑は悪魔のようだった。


「結構だ」


「いいえ、今日という今日は許しません!」



片方は伯爵夫人。


もう片方は王子殿下だというのにこのやりとり。



その日二人の恐怖の鬼ごっこによりレッスンは中断することになるのだった。



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