4.不良王子
アルスター侯爵家に養女として迎えられてしばらくして。
ヴィオラに連れられ大きなお邸に到着した。
「まぁヴィオラ!」
「お久しぶりでございます」
「元気になったのね…よかったわ」
少し年上の女性がヴィオラを抱きしめる。
二人の関係性からして親しい関係だと言うのが解る。
「この子は?」
「娘のエステルですわ」
「初めまして。エステルでございます」
貴族の令嬢としての挨拶をすると夫人は驚く。
「貴方のことは耳にタコができる程聞いているのですよ?ヴィオラったら自慢ばかりして」
「え?」
夫人会でエステルの自慢ばかりしていると聞かされ恥ずかしくなる。
「私はアリア・フォン・フォーカスです」
(え?)
フォーカスと言われ耳を疑った。
四大公爵家の内の一つでフォーカス公爵と言えば名門貴族で代々財務大臣をしている程に優秀な一族だ。
「ごっ…ご無礼をお許しください」
「まぁ、硬くならないでくださらない?貴方の演奏を楽しみにしていたの」
「はっ…はい」
エステルは無理だと思った。
財務大臣の妻ならばシャングリラ宮殿に自由に出入りできるはずだ。
いかに祖父母が公爵家であっても怖かった。
「実は今日集まってくださる方は音楽好きや思想家なのよ」
貴族絶対主義者に異論を唱え、実力主義を唱える貴族。
その中には地位の低い貴族も多くいるのだ。
「宮廷の貴族は堕落しています。教養の欠片もないのです」
「嘆かわしいことです」
シャングリラ宮殿に上がる貴族は自分の家柄と財の自慢をするばかりで政治の話などしない。
教養があるのか疑う程低次元な話をし、功績をあげる者がいればどうやって蹴落とすか考えているのだ。
エステルもそんな人間は何度か見て来た。
普通そんな場面は、両親が見せないように蓋をするのだが、それは妹のみでエステルは温室で可愛がってもらうような生活は送っていない。
「ですから宮殿ではなく我が家に音楽家を招いてサロンを開いているのです」
「ですが…私なんかが」
今になって怖くなって来た。
もし、粗相でもしたらどうしようとか、自分の演奏なんて耳障りでは?とネガティブなことを考えてしまう。
(どうしよう…)
エステルの不安なんて知らず二人が上機嫌で広間に向かう。
すると広間にてエステルと同い年ぐらいの少年がいた。
黒髪が特徴的で大人びた表情をしている。
(クロード殿下…)
第一王子殿下。
クロード・フォン・アルカディア。
国王と寵妃の間に生まれたので王位継承権は持っていないが、王子の中では誰よりも優秀だと言われている。
前世では音楽祭で何度か顔を合わせたことがあり、社交界では漆黒の騎士と呼ばれる程剣術の腕が立つ。
その傍らで女性関係の噂が後を絶たないとか。
視線が合いフォーカス夫人は直ぐに頭を下げ、クロードは声をかける。
「ご無沙汰しておりますフォーカス夫人」
「ごきげんよう殿下」
チラリと視線はエステルに向き気を利かせるヴィオラ。
「ああ…彼女は」
「娘のエステルでございますわ。クロード殿下」
エステルにとっては雲の上の存在の人だ。
「初めてお目にかかりま‥‥」
「堅苦しい挨拶はいらん。知っている」
「殿下!」
王族でありながらかなり砕けた口調だった。
貴族でもまずない。
「あっ…あの」
「お前の噂は聞いている。あいさつ代わりに弾け」
「は?」
いきなり何を言っているのか解らなかった。
「あっ…あの!」
「殿下!そのような乱暴なことは!」
フォーカス公爵夫人が止めるも強引に広間の方に連れて行かれる。
「去年の音楽祭で弾いた曲だ」
「殿下に聞かせる程では‥‥」
ガシッ!
頭を鷲掴みにされ一言。
「弾け」
「はっ…はい、すいません!」
本能的に察した。
クロードはかなりの俺様だ。
弾かなかったら後が怖い。
怯えながらもバイオリンを奏で始めれば演奏に集中するエステル。
最初こそは緊張していたが演奏に没頭すれば人が変わったように音を奏でバイオリンを歌わせることができる。
音を出すことと奏でることは別だった。
人が声を出すのと歌うぐらい差がある。
楽器を歌わせ曲と音色を使ってまるで音が生きているみたいに自在に操ることができる者は僅かだった。
一曲が終わり息をつく。
「フーン…腕は本物か」
「はい?」
「もう一曲だ」
「ええ!」
さらにもう一曲せがまれ、今度は一人ではなく伴奏もつけられる。
「オーケストラに伴奏させる」
「ひぃ!」
サロンに参加しているオーケストラの視線がエステルに向く。
「用意しろ」
今まで男性と接する機会はなかった。
蔑んだ目を向けるか甘い言葉を放ちヘレンに近づくための道具として扱われた。
カルロに至っては言うまでもない。
乱暴で俺様であるが、逆を返せば嘘がなかった。
自分の欲望にとても素直な人で前世でも素行の悪さを国王に咎められていたがそれ以外は完璧だった。
物語に出て来る王子様とはまったく違うが。
「今失礼なこと考えただろうが」
「むにゅー!」
クロードはエステルの頬を思いっきり引っ張る。
心の声を読まれてしまったと後悔しながらも、初めての気持ちに少しだけ心が和んだ。