6.乗馬
昼休みが終わり次の授業は乗馬だった。
「では、乗馬の訓練を始めます」
グループに別れて一人ずつ乗馬をすることになっていたがここでも嫌がらせは起こる。
「エステル様にお手本をしていただいたらどうです?俺達と違って乗馬だって上手いでしょうし?」
「女性で騎士科に入るぐらいですし。一番大きな馬で」
ニヤニヤと笑う男達はエステルを大勢の前で恥をかかせようとしている。
「しかし…」
教師は冷や汗を流す。
「私は構いません」
「では、誰か手綱を」
台を用意させ手綱を握らせるように言おうとするも。
「問題ありません」
エステルは補佐をすることになっている騎士科の上級生から手綱を受け取る。
「えっ…危ないですよ!」
「大丈夫です」
一番体格が大きく暴れ馬とされている馬は警戒心を持つ。
「ヒヒィン!!」
「危ない!!」
馬は暴れ出しエステルに襲い掛かろうとする。
「ブハッ…」
「いい気味だぜ」
このまま踏みつけられると思いクラスメイトは大笑いをしたが…
手綱をしっかり握り、即座に鐙に足を引っかけて乗る。
「どぉ、どぉ…」
「ブルっ…」
手綱を強く引いて落ち着かせる。
すると馬はエステルの指示に従って大人しくなり頭下げる。
「「「なっ!!」」」
学園内でも扱いが難しいと言われる馬を一瞬で乗りこなす。
「完璧です」
上級生が拍手を送る。
いくら経験者でも慣れていない馬を乗りこなすのには時間がかかる。
暴れ馬を従わせるのは至難の業だったが、エステルは近衛騎士に乗馬の訓練をしっかり受けていたので楽勝だった。
「嘘だろ…あの馬は上級生でも乗りこなすのが難しいんだぞ」
「何人も落馬しているのに」
他のクラスメイトは予想外の展開に驚く。
(クソっ!)
恥をかかせるどころか、上級生に拍手を送られあげく教師に賛美されてしまう結果になった。
「では、今度は君にお手本をお願いします」
「は?」
「君も乗馬に自信があるようでしたので」
エステルを態々指名したのだから当然だ。
「だよな?エステルにお手本をさせたんだからお前もお手本を見せろよ?」
「そうたい!早く乗って見せると」
「お願いします」
ユランに続きルークとサブローも促す。
「あっ…えーっと」
「まさか、馬に乗れないなんてことはないよな?剣術大会ベスト30位のアンタが」
「うっ!」
一限目の授業の時からエステルに突っかかっていたヒューバートは剣術大会でそこそこの腕前を披露して自信家であるが、乗馬の腕は微妙だった。
「さぁお願いします」
「はっ…はい」
恐る恐馬に乗る時に足が腹部に当たり馬は驚き走り去る。
「おい!止まれ!」
「ヒヒィン!」
止まるどころかそのままコースを突っ切って池の方に走り振り落とされる。
「わぁぁぁぁ!!」
池に落ちて無残な姿になったヒューバート。
「自業自得だな」
「本当です」
「げさっか男たいね」
三人は冷めた表情で一言言い放った。
一周回って障害物を乗り越えるエステルは元の場所に戻って来る。
「いやぁ、見事です」
「ありがとうございます」
「相当練習なさったのですね」
「え?」
馬から降りたエステルに告げたのは上級生の一人。
「僕はセス・アクロス。騎士科二年です」
「エステル・アルスターです」
互いに握手をし自己紹介をすると、何故か人が集まって来る。
「おいおいセス、ずりぃぞ!」
「そうだ!俺も姫君とお近づきになりたい!」
「俺も俺も!!」
詰め寄って来たのは授業のサポーターとして着いている二年生だった。
「あっ…あの」
「止めろ、馬鹿!」
セスに止められる上級生達は友好的だった。
「貴族で、しかも女性だと辛いでしょうが…」
「いいえ、この程度で根をあげていては騎士になれませんので」
セスの気遣いは嬉しかったが甘えるわけにはいかない。
(いい目だ…)
嫌がらせを受けても堂々と凛とした佇まいでいるエステルは相当な覚悟を持ってこの学園に来たのだろうと思った。
「そうですか、では頑張ってくださいね」
「レディー、苛められたら言ってください」
「男が女性に嫉妬など論外です」
騎士科としての誇りを持つ彼らはどんな理由でも女性に対して非道な行いを許さなかった。
ましてや年若い少女を大勢で嫌がらせをするなど騎士道に反する行いと思っていたのだが、その一方でエステルに一目置いていた。
まだ幼いのに一人で嫌がらせに耐えている姿や。
堂々としている立ち振る舞いは、既に騎士としての自覚を持っているように見えた。
この学園は不正が一切通じないように徹底されている。
特に騎士科は厳しく、実力がなければ進級も難しく、酷い時は退学になることも珍しくない。
厳しさゆえに自主退学する生徒も少なくない。
この先エステルが残れるかどうかはセスにも解らないがもしかしたらという思いがあった。
「セス、彼女はどう思う?」
「そうだな」
「男でも脱落者が多いんだ。女性には厳しい」
差別しているのではない。
実際、騎士科に入った生徒は半年で退学または自主退学になった生徒が多い。
一年間は予科として過ごしその一年後は本科として上がるが。
留年しないで二年に進級できる可能性は30%、その後卒業試験をクリアできた生徒は5%となっている。
「俺達には解らないが。上がってきて欲しいと願うよ」
「そうだな」
先はどうなるか解らないがセスはあの中で誰よりもエステルに光るものを見い出したのだった。




