28.認めてくれた人
円満に婚約解消が終わったが、王は胃が痛かった。
「くっ…胃薬を」
「陛下!」
「こんなに居心地の悪い宴は初めてだ…くっ!」
貴族達が盛り上がる中王は真っ青な表情をしていた。
「円満に解決できてよかったではありませんの?」
「何が円満だ。お前は鬼か!」
ガブリエルに王は文句を言う。
「上手く孫を操りおって」
「あら?私の優しさですわよ?」
ヘレンに優しく言い聞かせたガブリエルだが、王には優しさ所か容赦がないと思った。
「しかしカルロはあくまでアルスター家に婿入りする気でいるが」
「ええ…あり得ませんわね」
跡取りのエステルと結婚しないならばアルスター家に婿入りする必要はないのだ。
「どうしてエステルの補佐なんて考えにいたるのか」
「鬼だ」
普通に考えれば解るが、カルロは思慮が欠けているのでそこまで深く考えることはしていない。
「しかし…ラウルは知らぬのか?フレッツ家は多額の借金を背負っておることを」
フレッツ家はこの婚約話で、借金を肩代わりをしてもらう代わりに婿養子に出す約束だった。
「知らないはずはありませんわ。支度金を持たせて嫁がせ…慎ましやかな生活をするのでしたら問題ありません」
「酷いな…」
「あら?これも勉強ですわよ」
ちゃんとした教育を受けていないヘレンが解るはずはない。
贅沢な暮らしをして両親に欲しいものは何でも与えられていたが、借金のある侯爵家で実家と同じように自由に振る舞えるわけがない。
何より王家の分家筋の家では厳しいマナーレッスンを受けなくてはならないのだから。
貴族の令嬢としての振る舞いもできず教養もないヘレンが耐えきれるか、見ものだと笑うガブリエルは魔王のようだと胃を抑えながら思う王だった。
「お姉様!」
「ヘレン婚約おめでとう」
「はい、ありがとうございます!必ず幸せになりますわ」
無邪気に笑うヘレンと隣にはカルロがいる。
「エステル…」
「どうかお幸せに」
胸はもう痛まない。
心から二人を祝福することができる。
「お慕いしておりましたカルロ様」
「えっ…」
「だから、どうか幸せになってください。今度は本当に愛した人と」
恋ではなかったかもしれない。
あの頃は愛されたくて、誰かに優しくされたかった。
純粋な思いではなかったかもしれない。
カルロからすればエステルに優しい言葉をかけたのは社交辞令にすぎなくても。
(それでも私は…)
初めて好きになった人だった。
誰にも見向きもされない存在だったエステルに声をかけてくれたカルロに救われた。
(貴方と婚約したことで心を持ち続けたのだから)
例え代用品だったとしても。
最終的に見捨てられ裏切られても憎むことができない。
「さようならカルロ様」
「エステル?」
今まで見て来た作り笑いではなかった。
(あれ…どうして)
哀しい訳じゃない。
これですべて上手く行くはずなのに。
(笑わないと…笑わないとダメなのに)
ここで笑わなければと思った矢先だった。
誰かに目を隠される。
「もういい」
「えっ…」
涙が零れようとした時だった。
クロードが後ろから抱きしめるように目を隠す。
「何故クロード殿下がお姉様を…」
「悪いな、彼女は借りて行く」
「えっ?殿下!」
訳が解らないエステルはされるがままだった。
「次のダンスは俺と踊ってくれ」
「何を言っているんですかクロード殿下! 彼女は…」
「行くぞ」
カルロの言葉を聞くこともなく、クロードはダンスホールからエステルを連れだした。
「泣くな、あんな男の為に一滴でも流すな」
「殿下…」
「お前は最後まで立派だった」
恋をしていたわけじゃない。
もう割り切っていたのにどうして涙が流れたのか。
(前世の感情なの…?)
どうして胸がざわめくのか。
「情が消えてないなら当然だ。今すぐに切り替えるなんてできないだろう」
「でも…」
「お前はその苦しみを乗り越えられる女だ。ここで立ち止まっている暇はないぞ」
傷ついている暇はない。
これから先待っているのは険しい道なのだから。
「今は泣いてもいい…自分で苦しさを乗り越えろ」
「‥‥どうして」
クロードは何故ここまでしてくれるのか。
「殿下はどうして私にここまでしてくださるのですか」
思えばこれまで何度も手を差し伸べてくれた。
やることは無茶苦茶だったがすべてに理由があった。
(どうして?)
二人きりで庭園に入る。
「解らないのか?」
「何をです?」
クロードは強くエステルを引き寄せ囁く。
「殿下?」
誰も見ている人間はいない。
広間では音楽が奏でられダンスを踊りながら宴を楽しむ声が聞こえる。
クロードとエステルが抜け出しているいることすら気づいていないかもしれない。
「ワルツだ」
「え?」
「一曲願えますか?」
膝を折り手を差し伸ばす。
初めてサロンで出会った時も踊った。
すべての始まりはサロンでの出会い。
音を重ね、そしてダンスを踊った。
とても強引だったのに、伸ばした手を取ってくれた時温かみを感じた。
だから、あの時自然と手を伸ばせた。
「はい」
道化としてではなく今のエステルを見てくれたのはクロードだったから。




