26円満に
二人は最後のステップを踏み、ダンスを終えると大きな拍手が送られる。
「なんてすばらしいのかしら!」
「見事だ…」
大勢の貴族が賛美する。
初めて踊ったとは思えない程息がピッタリだった。
「ありがとう、エステル」
「王太子様…」
今まではエステル嬢と呼んでいたが今はっきりとエステルと呼んだ。
「ダメか?」
「いいえ…嬉しいです」
優しく紡がれた言葉に胸が温かくなり穏やかな春を迎えたようだった。
エステルにとってはエドワードは太陽だった。
鳴り止まない拍手の音が心地よく感じながらもエドワードはエステルをエスコートして両陛下の元に連れて行く。
「見事なダンスであったぞエステル嬢」
「勿体なきお言葉にございます」
「社交界では踊れないと聞いてましたのに」
隣で笑みを浮かべる王妃はちらりと見つめる。
「全く、こんな素敵なお嬢さんをどうして隠していたのかしら?」
「本当ですわ?知っていたらエドワードのパートナーに選んでいましたのよ?」
「それは…」
ジュリエッタの表情が引きつる。
エステルが夜会に行っても踊っている所なんて見たことがない。
何故ならいつも放置していたのだから。
「それにしても先程のダンスとても素晴らしかったわ。夜会に滅多に出なくてもレッスンを受けていたなんてすばらしいわ」
「サロンでも聡明さを発揮しているとか」
「ええ、哲学、経済、音楽にも知識をお持ちだとか」
夜会に出なくてもサロンで人脈を増やしているエステルは既に一目置かれていた。
「フォーカス夫人が主催するサロンは政治家の集まりでもありますの…サロンは言わば優秀な人材を育てる場でもありますの」
「ええ、夜会とは違い規模が小さいですけど…」
「主催者が申しておりました。夜会よりもサロンを重要視してくださる貴族の令嬢がいらっしゃると」
夜会では教養の欠片もない貴族が多いのでサロンこそ教養の高い貴族が集まり様々なことを議論し合える場所とされている。
その中に侯爵令嬢が熱心に参加しているとなればサロンの主催者は感激するだろう。
「私は若い方にもっとサロンを利用していただきたく思っているのですが…ヘレン嬢はサロンに関して否定的でしたのね」
「えっ‥」
「ヘレン嬢はサロンが嫌いと伺いましてね?」
さっきまでのやり取りをしっかり聞いていたのかモントワール侯爵夫人が尋ねる。
「アルスター伯夫人、サロンはただの道楽と思っていらしたのかしら?」
「いいえ、そのような!」
穏やかだった王の表情が強張る。
「我が国は貴族も平民も学べるようにとサロンを開放しているというのに…なんということだ」
「私も昔はサロンで勉強しましたのよ?道楽だなんて哀しいですわね」
哀し気に顔を伏せるモントワール侯爵夫人を支える王。
「どうなのだ」
「申し訳ありません、娘に他意はございません」
「まだ幼く…」
王の言葉に委縮するジュリエッタは謝罪の言葉しか思い浮かばず、ラウルは幼いことを理由にする。
「まぁ異なこと…エステル嬢は一つしか歳は変わりませんわ」
「聞けば彼女は五歳の頃からサロンに関心を持つていたそうですわね?幼いことは理由になりませんわ」
王妃がラウルの言い訳を却下し、泣いていたかと思えばいつの間にか泣き止み厳し言葉を浴びせるモントワール侯爵夫人。
「エステル嬢は跡継ぎとしての教育を受けていたのです!」
「カルロ、いくら婚約者が可愛くても庇い方が間違ってましてよ?」
「は?」
口を挟んだカルロに厳し言葉を浴びせる王妃だったがここではっきり断言する。
婚約者と。
「貴方は婚約者を正しく導かなくてはなりません。ヘレン嬢は貴方の妻になるのだから」
「王妃様…何を」
フレッツ侯爵夫妻も唖然とする。
婚約者はヘレンではなくエステルだったはずだ。
「まったく私は勘違いしてましたわ。てっきりエステル嬢が婚約者と思ってましたわ」
「噂とはあてになりませんわ。ねぇ陛下?」
困惑する彼等を放置し王妃とモントワール侯爵夫人は王に同意を求める。
二人の意図する行動に気づいた王は頷く。
「ああ、私も勘違いをしていた」
「陛下…?」
「夜会では常にカルロとヘレン嬢がともに参加していた時点で気づくべきであった」
この場に動揺が走るも王妃はにっこりと微笑む。
「まったくフレッツ夫人も人が悪いですわ?こういうことはちゃんと報告してくださらないと…ねぇ?」
「ええ、本来なら由々しきことですが。お二人は愛し合っているのですから」
「ええ…エステル嬢は姉として妹の幸せを考えて身を引くなんて」
「「なんてすばらしいのかしら」」
二人は声をそろえて賛美する。
既に引き返すことは不可能な状況になっていた。
「うむ、エステル嬢よ。そなたには気の毒なことをした」
「いっ…いえ」
完全に王妃とモントワール侯爵夫人のペースだ。
「お待ちください!そのような…」
ラウルが声をあげようとするがガブリエルが許さなかった。
「ええ、その通りですわ」
「母上!」
「当初はフレッツ家の方はエステルを望んでいたのですがヘレン嬢とカルロ殿が惹かれ合い、エステルは遠慮しましたの。夜会でも皆さんもご存知でしょうに?」
微笑を浮かべながら夜会や行事ごとでは常に二人は仲睦まじく、蚊帳の外だったエステルのことを話す。
「ではエステル嬢はあえて…」
「そうですわ。譲る気でしたの」
「なんと健気な‥妹の為に身を引くとは!誠に美しいではないか」
王は涙を浮かべながらハンカチで涙を拭く。
「本当なのかエステル嬢」
「エステル!」
カルロは否定してくれと言わんばかりに名前を呼ぶ。
「事実です」
「なっ…エステル!」
肯定するとさらにざわめく声があがる。
「なんていじらしい!」
貴族の令嬢や夫人達は痛々しそうにエステルを見つめた。
婚約者を妹に奪われながらも許し、二人の幸せを望む健気で優しい姉と誰もが思う。
「この婚約は政略結婚ですが、女は愛されて嫁ぐのが一番ですわ。私は跡継ぎですので…ですから妹には幸せになって欲しいと…」
偽りではなく真実だった。
本来ならばヘレンとカルロが婚約を結んで幸せになるべきだ。
(そうすれば丸く収まるのだから)
アルスター家の跡継ぎはエステルで決まっている。
ならば婚約破棄を円満に済ませる為にもこの方法が一番だと思った。
「エステル嬢」
「フレッツ夫人、私に女性としての魅力がなかったのです。すべては私の責任なのです。どうか二人を責めないでください」
「そのような…」
エステルは詫びを入れ頭を下げる。
悪いのは自分だと、何度も謝る姿は痛々しく感じる。
「もう良いではないか?エステル嬢に非はない…よって二人の婚約を許す!」
「ええ、愛し合って結ばれたのですから」
「祝福しますわ!」
王族が賛同し二人の婚約を認め他の貴族達も歓声が上がる。
「「「おめでとうございます!!」」」
宮廷楽士がお祝いの音楽を奏で拍手が送られてしまい二人の婚約は結ばれた。




