22お祖母様の微笑
馬車が到着しエステルはロバートに手を引かれ宮殿に入る。
すれ違いに好奇の視線に晒されながらも背筋を伸ばして歩いていく。
『貴族の令嬢は常に笑顔です』
マチルダの言葉を思い出す。
『悪意を持つ人間こそ、淑女らしく微笑むのです』
社交界で生き残る為の手段をマチルダから叩き込まれた。
『相手に一瞬の隙をも見せてはなりません。常に笑い叩き潰すのです!』
どんな時も笑顔で相手が無様な態度をとった時、それが好機だった。
相手より先に弱味を見せることなく常に平常心を持ち笑顔で毒を吐き圧倒すれば自分が手を出さなくても周りが糾弾し自滅する。
(絶対に負けない!)
ここは既に戦場となっているのだから。
緊張しながらも背筋を伸ばしエステルはゆっくりと歩いて行く。
「ごきげんよう」
「アルスター侯夫人、ごきげんよう」
ヴィオラに挨拶をされ他の夫人は急いで頭を下げ挨拶をする。
「ご無沙汰しております」
「まぁ!ロバート様!」
隣にいるロバートを見て目が変わる。
第二騎士団長を務めるロバートは憧れの存在だった。
(目の色が変わったわね)
まだ若々しいロバートの第二夫人や恋人の座を狙う女性は少なくないのか目がギラギラしている。
(ドン引きするわね…)
夫人達はロバートにアピールするがその態度すら露骨だった。
これ以上見苦しいやり取りを見ていたくなかったエステルは声をかける。
「お父様」
「エステル?」
「「「え?」」」
後ろから声をかけるエステルに夫人達が驚く。
「そちらの方は?」
夫人達は困惑しながら尋ねる。
アルスター侯爵夫妻に子供がいないのは有名な話だったので驚くのは無理もない。
「申し遅れました。娘のエステルでございます。以後お見知りおきを」
優雅な所作挨拶をする。
洗練された動きと気品あふれる笑みに言葉を失う。
「私の娘も来年はデビュタントですので以後よろしくお願いしますわ」
「それは…」
夫人達の顔色が引きつる。
子ができないヴィオラを軽んじ、離縁されること望んでいたので内心では舌打ちをする。
「まだ成人しておらず幼いですが、どうかよろしくお願いします」
「ええ…もちろん」
愛の無い結婚は利益の追求でしかなく、子供がいなければ繋ぎとめることもないと思っていたため、エステルの存在は彼女達にとって邪魔でしかないのだが、ふと疑問に思った。
(でも分家の娘ではなかったかしら?)
(アルスター伯には御息女は二人だったと聞いていましたわ)
二人が良く知るアルスター家の息女は老婆姫と妖精姫の二人しかいない。
「えっ…老婆姫!」
「奥様!」
うっかり口を滑らせてしまった夫人の方を叩く。
「老婆姫?」
ピクリと眉を吊り上げるロバート。
「ほぉ?私の孫が老婆姫と?」
そこに現れたのは、ジェームズとガブリエルだった。
「公爵様…」
「今老婆姫とおっしゃいましたかな?」
「詳しく聞かせていただきたいわ。私の孫が老婆とは?」
穏やかな表情でありながらも二人は威圧感を与えて、失言をした夫人達は震えていた。
「あっ…ああ」
一歩踏み出して告げた。
「もう一度聞きますわ。老婆姫とは誰のことですの?」
「あっ…その」
「まさか私の大事な孫のことではありませんわよね?アルスター公爵家の孫が老婆姫だなんてあるはずありませんわよね」
クスっと笑みを浮かべ扇で口元を隠す。
「おいおいガブリエル。やめないか」
「公爵様!」
助けを求める夫人達だったが…
「公爵家を侮辱など不敬罪になるぞ?裁判にかければこれだ」
首を斬る振りをするジェームズにさらに怯える。
「伯爵家が公爵家の孫を侮辱するなど万死に値し、火炙りかギロチンか水死だからな」
さらなる脅しをかけるジェームズに何も言えない。
傍にいた貴族までも言葉を飲み込み立ち往生する中、ガブリエルが問うた。
「それで?老婆姫とは誰のことですか?」
「申してみよ」
この場でエステルを老婆姫と呼ぶことは自殺行為に等しいので誰も口を開くことはない。
「いっ…いえ」
「ほぉ?では聞き間違いとな?」
「私も耳が遠くなったようですわ」
終始美しい笑みを浮かべるも目は鋭く恐ろしかったのか周りは冷や汗を流していた。
「今後、発言をお気をつけくださいな」
こっそり耳打ちされた二人はこくこくと頷くしかできなかった。
「さぁ参りましょう」
「はいお祖母様」
黙って見ていた貴族達を見て一言。
「それでは皆さんごきげんよう」
あくまで微笑を絶やさないガブリエルにだれもが恐怖を抱くのだった。




