21向かう先
この国では二つの貴族が存在し、保守派と革新派が存在する。
保守派は家柄重視で革新派は業績重視なのだが身分が低い伯爵以下は革新派の考えを押している。
身分だけですべてが決まる時代はもう終わっている。
若い世代は実力主義で生きていくべきだと考え、その考えを後押ししているのがモントワール侯爵夫人だった。
保守派の人間にとってモントワール侯爵夫人は邪魔な存在だった。
同様にその息子クロードも邪魔でしかない。
もし、クロードが有益な後ろ盾を得れば保守派の貴族達の立場が悪くなるので彼等も必死だった。
「はぁー…」
今日もご機嫌伺いの贈り物が届きため息が止まらない。
「なんで毎日贈ってくるのかしら?返す方の身にもなってほしいわ」
「無駄な努力ですわね」
こんな努力をするならもっと労力を使うべき場所があるのに。
「それこそサロンに参加している方々の方がずっと見習うべきではなくて?」
「ええ」
財を無駄に使うならばサロンで芸術や哲学の勉強会に参加している方がずっと有意義だしためになる。
「お嬢様そろそろ急ぎませんと」
「そうね」
ドレスアップを済ませ急いで部屋を出ると玄関前に待機しているロバートとヴィオラ。
「支度はできていますか?」
「はい、お母様」
今日は王太子の誕生日。
貴族達は当然参加しなくてはならず、エステルも例外ではなかった。
社交界から姿を消して二年。
エステルは来年で12歳になるのだった。
12歳を過ぎれば夜会も親同伴ではなく婚約者と参加が認めれる。
「そろそろ出なくては遅れる」
「ええ、そうね」
「いってらっしゃいませ」
玄関前でセレナが見送りをし三人は馬車に乗り宮殿に向かう。
(何もなければいいけど)
社交の場に出るのはあまり好きではない。
前世では常に晒し者にされ、辱められて来た記憶が蘇りそうだ。
「大丈夫?」
「はい」
顔を俯かせるエステルが気になり心配するヴィオラ。
(いけないわ…)
ここで弱気になってはだめだ。
ヴィオラに余計な心配をかけまいと気丈に振る舞うのだが、不安が拭えなかった。
「お祖父様とお祖母様は?」
「後で合流することになっている」
「そうですか」
あの二人も一緒ならば心強かったが贅沢を言えなかった。
「何かあっても堂々としてなさい」
「え?」
「エステルは私達の娘なのだから」
きっともう噂は尾ひれがついている。
侯爵家に養女になった理由も噂好きな夫人達が面白おかしく話しているだろう。
「心無いことを言われるだろう」
「大丈夫ですわ」
社交の場で陰口を言われるのは慣れている。
ただ許せないのは自分のせいでロバートとヴィオラが酷い目に合わないかどうか。
「何があっても笑っていますわ」
「まぁ…エステルったら」
優しい二人を悲しませてはいけない。
万一社交の場で悪意を向けられることになっても笑って流してやる。
何があってもこの二人に手を出させるものかと意気込む。
(結局、私は飾りだったのね)
養女に出されても関心を持とうとしない元両親。
ヘレンもサロンの一件から顔を合わせることもなかったということは関心がないということだった。
(皮肉ね…)
今でこそ解ってしまう。
前世での自分は頑張れば見てくれる、認めてくれると信じていた。
最初からあの場所に自分は必要なかった。
(だけど…)
例え愛されなくてもエステルは愛していた。
両親を、妹を…
そして婚約者であるカルロを。
(恋ではなかったけど)
エステルがカルロに抱いた感情は恋ではなかったかもしれないが、生まれて初めて好きになった人。
手を差し伸べてくれた人で、この人の妻となり一緒に生きていこうと思ったのに。
この思いは決して届くことはなかった。
愛の曲ですらカルロに捧げることもできなかった。
「到着しました」
(あっ…)
感傷に浸っていたエステルは御者に声をかけられ顔をあげる。
目の前の宮殿を見て背筋を伸ばし、これから向かう戦場に気を引き締めた。




