15初めてのダンス
クロードにエスコートされダンスを踊る。
前世ではまともに踊ったのは片手で数えるぐらいで、壁の華になるのが多かった。
ワルツの音楽に合わせてステップを踏む。
(なんて踊りやすいのかしら)
初めてなのに、すごく踊りやすかった。
(演奏と同じだわ)
クロードとのダンスは演奏と同じだった。
上手くリードして相手に合わせてくれていたのでエステルも踊りやすかった。
「殿下は慣れていらっしゃいますね」
「一応王子だ」
「一応ではございません」
きっぱり言い返す。
第一王子は他の王子とは異なる。
「貴方様はこの国の一番最初の王子ではございませんか」
「王になれないがな」
「なりたいのですか?」
質問を質問で返すエステルに苦笑する。
「いや、王座に興味はない」
「エドワード様の為ですね」
「ああ」
昔は王になるべく勉強に励んだが、王太子として選ばれたのはエドワードだった。
公妾の子は王太子になることができないと解り落胆し嫉妬もしたがエドワードを憎めなかった。
「アイツは馬鹿だ。俺に遠慮して」
「貴方を愛しているからですわ」
「俺とアイツは違う」
立場の違いで相いれない部分がある。
母親の身分の違いでこれまで心無い言葉に傷ついて来た。
「エドワード様を愛しておいでなのですね」
「だから、どうしてそうなる」
「貴方のエドワード様を見る目が優しいからです」
エステルでもはっきりわかる。
クロードのエドワードを大切に思う気持ちは本物だった。
「羨ましいですわ…お二人が」
「エステル」
「兄が弟を愛し、弟が兄を敬う関係が」
姉妹で心が通じ合うことはなかった。
対等であることすら一度もなかったのだから仕方ないと思った。
「何故妹を許せる」
「え?」
「あれはお前の気持ちなど知ろうともしない。エドは俺にあんな無礼は言わないぞ」
幼いからと言って許されない。
クロードはヘレンの無神経さと傲慢さに苛立ちながらも一番許せないのはカルロの態度だった。
「婚約者が病気なら見舞いに行くか手紙を出すのは当然だ」
「でも…」
「政略結婚でも情は生まれる。お前とカルロの間には情すらないじゃないか」
改めて言われるとズキンと胸が痛む。
「いいのです」
「気に入らない」
ぐいっと引き寄せられる。
「クロード殿下…何を」
「他の男のことで傷つくな。俺だけを見ろ」
「おやめください」
ダンスの最中で中断するわけにはいかず小声で言い放つ。
「私は…」
「俺はお前が欲しい」
「欲しいって…」
情熱な眼差しを向けられドクンと胸が高鳴る。
「カルロにお前はもったいない」
そっと耳打ちする。
「お前は俺が奪う」
「あっ…」
耳元で囁かれビクつく。
(ダメ…)
このままでは危険すぎると鐘を鳴らす。
クロードは獲物を見るように目をギラギラさせている。
早くダンスが終わって欲しいと願う。
感情を消し、軽くあしらうことなどできない。
クロードは聡明過ぎた。
エステルの心の闇に気づき始めている。
(この方の傍にいてはダメ)
ドクン…ドクンと鼓動が鳴る音が聞こえる。
きっと男性慣れしていないからと言い聞かせた。
***
「まぁ!なんてことでしょう」
「どうしましたのジャンヌ?」
オペラグラスでダンスホールを見るモントワール侯爵夫人。
隣には王妃が座っている。
「クロードが天使様と踊ってますわ」
「え?」
王妃もオペラグラスで確認する。
「まぁ…なんてお似合いですの」
クロードは滅多にダンスを踊ることはないのは誰もが知っていた。
「でも、クロードのダンスについていくなんて中々ですわね」
クロードの運動神経の良さと捻くれた性格は知っていた。
ペースを上げてついてこれないように仕向けたりするのだから二度目のダンスは踊らない令嬢が多かった。
チャレンジャーな令嬢は踊るが恥をかくだけだ。
(ああ…もうだめだわ)
離れた場所でフォーカス公爵夫人はもう無理だと思った。
(誤魔化せませんわ)
この二人が手を組んだ以上国王ですら手出しができない程厄介なのだから。
「アリア、知っていまして?」
「はっ…はい」
王妃に聞かれてしまえば応えざるを得ない。
「アルスター侯爵令嬢のエステル様ですわ」
「あら?ではヴィオラの?」
「でもヴィオラに息女はいたかしら?」
長年子供に恵まれていなかったと聞いているので記憶違いかと思ったが。
「弟夫婦の息女を養女に迎えられました。まだ正式に発表されておりません」
「あら?でもアルスター伯の令嬢はカルロの婚約者だったと聞いたけど…妹君の方かしら?」
王妃はクロードの捻くれた性格は理解しているが不義を働くことはしないと知っている。
他人の婚約者を奪うような酷いことはするはずがないと信じていたのだがフォーカス公爵夫人は頭が痛かった。
事実を話すべきかと。
(いいえ、違います王妃様)
分家筋のカルロがアルスター伯爵令嬢と婚約したのは聞いており、両家の親同士でとても仲睦まじくいつもパーティーでは一緒だと聞いているが、その令嬢はエステルではなくヘレンだった。
そんな事実をモントワール夫人が知らないはずもなく。
「お待ちください…私の記憶が正しければ姉君がカルロの婚約者ですわ」
「ですが、私初めて見ましたわ」
モントワール侯爵夫人は情報収集もかねて夜会は殆ど参加している。
お茶会もチェックしているので抜かりはなかったがエステルとカルロが一緒に夜会に出ているのを見たことはほとんどない。
「妹君は?」
「いましたわ…カルロと踊ってますわね」
「婚約者の妹とですか。なんてこと」
笑っているが目が全く笑っていない二人の目は冷たかった。
「王妃様、私エステル嬢をクロードの妃に欲しいですわ」
「あら奇遇ですわね。私も…ですが」
既にカルロの婚約者となっているならば難しい。
「カルロは妹君に懸想しているのではありませんか?では婚約者を入れ替えればいいのでは?」
「それでも納得するかしら?」
「それは私にお任せ下さいな。女宰相と呼ばれた私にすべてお任せを」
あくどい笑みを浮かべるモントワール侯爵夫人。
「クロードの後ろ盾に申し分ありませんわ…後は煩い蠅を叩けばいいのです」
「良くてよ?陛下は私が黙らせますわ」
にっこり微笑む二人の笑顔は美しいが恐ろしかった。
「うっ!!」
「陛下?」
「今寒気がしたぞ」
何も知らない国王は二人の妃の悪だくみに寒気がした。




