花のようなヒト
動物視点の物語。
読み手の想像に任せる部分もあります。
章ごとに色がかなり変わると思いますが、視点も主役も変化するものなのでご了承ください。
何か質問、ご意見等ありましたらお願いいたします。
全てにはお答えできないかと思いますが、頑張ります。
末筆、お読みいただき感謝申し上げます。
はじめに
わたしは人間とともに、良き友として、家族として、あるいは相棒として、長い時間をかけて種族として生を共にしてきた。
彼らは僕たちの目には尊く、美しく、か弱く、ときには不可思議に映ることもままある。
これは我々がみてきた、愛おしい、ヒトの物語。
ライ・センドリック
窓からの、瞼を通り越してチリチリと目を射す光で目を覚ます。なんだかこの頃は寝ている時間が長い気がする。暗い時間は寝て、明るい時は起きるタチなの、わたし。夜行性?そんなの知らないわ。
寝たい時に寝て、動きたい時に動く。これがわたしの健康法なの。この綺麗な毛並みも、そのおかげよ、きっと。
そんなことはさておき、まずは寝坊助のライを起こしに行かなくちゃ。ライの寝顔をちょいとひっかくのって、少し愉快なのよ。よく寝て軽くなった体をしならせて、大きめのベッドで寝るライのところへしゃなりと歩く。いつも通りに体の上に飛び乗って。綺麗に研いだツメをライのつんと尖った鼻先に、これまたツンと立てる。そしていつも通りに飛び起きながら、ププッと笑って優しい瞳でわたしを抱きしめる。そう、上出来で素敵な1日の始まり。
そんなわたしの愛おしいライ。ふふ、今日は一段と素敵ね、特に鼻の頭の赤い点なんて、とってもおしゃれよ?
彼はいつも愛おしい。
冷たい水で顔を洗って伸びをする。(今日は水が鼻にしみたみたい、ちょっと顔をしかめてた)
部屋の小窓を大きく開けて新鮮な空気で肺を満たす。
自分のと、もちろんわたしのご飯を作る。
ふたりには少し大きい木製のテーブル、そこに庭から摘んだ一輪の淡い色の花を一輪、水を入れた瓶に差す。
ふたり並んで静かな朝食。それを見つめる花。
身支度をした彼は今日もゆったりとした足取りで家を出て行く。
ドアが閉まる直前、ちゃんとわたしに微笑んで。
ほら、素敵でしょう。わたしの愛おしいライ。優しくて穏やかで、それにとっても美男、らしいわ。街の友人がヒトの噂をもってくるのだけど、ライは街の女たちから「花おのこ」なんて言われて、彼が道を歩けば淑女が頬を染め、1日に3回見られれば幸運が、なんて言われているみたい。会話なんてもってのほか、そんなことしたら何かしっぺ返しがくるんですって。面白いわね、ヒトって。
ヒトの色恋沙汰に口出しはしないけど、でも残念、ライは誰のものにもならないわ。
そういう約束だもの。
かわいそうね、なんて思いながらわたしは庭に穴を掘る。毎日の日課。
変だなんて思わないでちょうだい、これがわたしのできることなのだから。
そういえば彼の仕事ね、ライは花を売っているの。とっても美しくて儚げで、触れれば散ってしまうような、そんな花。
その花を一目見たいと街からヒトがやってきて、
その花を買って自分のものにしたい、愛でたい、と街の外からもヒトがくるんですって。
おかげで彼はとっても忙しくて、時々だけど、帰ってすぐにベッドに潜り込むこともあるわ。わたしは少し寂しいけど、ライを叩き起こそうなんて下品なことは思わない。
日も暮れそうな時間になって、出て行った時と同じようにライはゆったりと帰ってくる。
夕暮れと夜の混じったような色を背中に乗せて、わたしを見て微笑むの。
濡れたタオルで体を丁寧に拭いて。
使い込まれているけど清潔な衣服に身を包んで。
ふたり分の夕食を、じんわりと灯るロウソクの下で作る。
ふたりには少し大きい木製のテーブルに、少し萎れた花とロウソクを置いて。
ふたり並んで静かに食べる。
愛おしい時間。
寝る前には、ライは自分の膝にわたしを乗せる。いいえ、わたしが彼の膝に乗るの。
彼はゆっくりと背を撫でて、時折手を止めて欠伸をしながらわたしを見てる。
わたしも負けじと見つめ返したり、彼の手を舐めて見たりするのだけど、すると彼はちょっと嬉しそうに微笑むわ。
優しい瞳、優しい手つき、暖かな膝。
ゆっくり体を倒して、彼は深い眠りにつく。
おやすみ、ライ。
かすかに、でも確実にライの体はあの花のように萎えていく。
美しく、儚く。光は薄く、影は濃く。
花のようなおとこ、と街の女たちは言っている。
間違ってはいないでしょう。
花は手折られたその瞬間がもっとも美しく、そしてその瞬間から死んでいく。
彼は美しかった。彼の愛したヒトもまた、ひどく美しいヒトだった。
美しい花は手折られ、飾られ、捨てられる。
捨てられてもなお、ヒトは美しさを捨てられない。
そのなんて悲しく、愛おしいことでしょう。
おやすみ、ライ。
願わくは、彼が愛するヒトの隣で眠れますように。
わたしは明日も穴を掘る。大きな大きな、深い穴。
それが埋まらないように、埋められるように。