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第八章

 喫煙所にいたとしても。

 たとえ一本目に火をつけたばかりでも。

 目があったときには灰皿にタバコを押し付けていた。


 「あ、こんばんは」

 「こんばんは」


 挨拶を交わすと自販機の元へ篠田さんが向かった。

 ――ガチャン。

 無駄に大きい音がロビーに響く。

 タバコを消して手持ち無沙汰になってしまって、咄嗟に近くの新聞を見繕って手に取った。今となっては古い朝刊の見出しを開くと、

 ――ガチャン。

 再び鈍い音が響いた。

 年上なんだしこちらから話しかけたほうがいいのかと思案していると、篠田さんはエル字になっているソファの斜め向かいに腰かけた。


 「もし、よろしければ……少しよろしいでしょうか」

 丁寧な言い回しは彼女らしい。

 「もちろん」

 温かいペットボトルのお茶を差し出して彼女が微笑む。

 「これ、どうぞ」

 「ありがとう」


 ロビーにある小さな小窓からちょうど三日月が見える。風情があるシチュエーションだった。

 雑談もいくつがしたが強く印象に残った話はこれだ。


 「篠田さんはなぜヒッチハイクをやろうと思ったの?」

 紅茶のフタを開けながら彼女は答えた。

 「私、昔は全然違ったんです」

 「違った、というと」

 「中学高校と引っ込み思案というんでしょうか。絶対に表には出ない性格でした」

 「イメージと違うね」

 少し笑いながら答える。

 「勉強はしっかりしようって決めてて、だから友達は出来たんですけど……でもそれって本当の友達じゃないっていうか」

 言いたいことはわかる。

 「もっと本当はふざけたことがやりたかったんです。男子とかが羨ましかった。そういう友達を作るのって難しいじゃないですか」

 「なるほど。自分が変わる必要があるから」

 「はい。だから大学は東京に出てきて知らない土地で頑張りたくて。入学早々、部活も今までとは違うことをするぞ!って張り切ってて。そこで新歓コンパで異彩を放ってたこの部活に惹かれたんです」


 これも一種のいわゆる大学デビューというやつかもしれない。自分の大学でも、茶髪で入学する新入生を毎年見てきた。ゼミの後輩にも必ずチャラ男がいた。


 「ヒッチハイクはめちゃくちゃ大変そうじゃん。よく続いてるね」

 「それはもちろん当たりだったからです。メンバーは仲良いし、車に乗せてくれる人は当然親切な人しかいません。だから嫌な思いもしないんですよ」

 「あぁ確かにそうか」

 善意で停まる車だ。一理ある盲点だった。

 「それにヒッチハイクってどこでやっても楽しいんです。こういう北海道みたいな知らないところでやるのもドキドキしていいんですけど、あえて東京都内、それも大学の近くでやるのも運転手さんの個性が垣間見れるんです」

 「そんな探偵みたいな(笑)」

 「いえいえ本当です! ルームミラーにぬいぐるみがぶら下がってたり、トランクに大量の新聞が積んであったり。そういう細かいところを見ると色々思うところがあるんです」

 叙情的なシーンが好きというのはなんかわかる気がする。

 「俺もその感覚わかるかも。東京って不思議な場所だから街から人間を見ちゃうんだよね」

 「きっとわかってくれると思ってました」


 そう答える彼女の目は少し変わっていた。

 そして判った。彼女は自分と同じ感情でいま北海道に立ってるかもしれない、と。


 元カノとの別れというなんともメロドラマな動機で来たこの北海道。

 でも気付けばそんな動機などどうでもよくなり『自分が東京から北海道に来ている』ことに焦点が合っていた。ここで何が出来るだろう、誰と出会えるだろう。

 篠田さんは過去から線引きをする決心をした。今は大学の新入生として、ヒッチハイクをすることで新たな自分を創っているのだろう。

 東京という異質な土地で過去と現在の自分を見比べることができたのかもしれない。

 俺が東京では出来なかったこと。

 篠田さんは一足先に、道を見つけたはずだ。


 「歳近いしなんかあれだけど、一応センパイとしてアドバイスをするなら」

 彼女は黙ってこちらを見ている。

 「やりたいことやらなきゃ損だと思う。だからどんどん挑戦して欲しい。大学生なんて時間たくさんあるからね」

 彼女はやはり黙ってこちらを見ている。


 ……やっべー、これ恥ずかしい台詞じゃないかおい。老婆心ながら変なこと言っちまったわ。


 でも篠田さんは笑い出すことなく、こう返す。


 「しっくりきました」


 お互い目線を下げながら喉を潤した。

 やがて篠田さんが立ち上がってエレベーターのボタンを押した。

 「お邪魔しちゃって、ごめんなさい。楽しかったです」

 「お邪魔って」

 「タバコ。吸いすぎはダメですからね」

 「あ……はい」

 情けねえぞ社会人。センパイとしての威厳はどこへ行ったんだ。


 「篠田さん」

 彼女がエレベーターの中で振り向く。

 「俺も何か見つけられた気がするよ。ありがとう」

 「最後にご挨拶できてよかったです。お元気で」




 エレベーターの扉が閉まると、来たときより静寂さが増した感じがした。

 そして手元のペットボトルを見ながら、最後にちゃんと話せてよかった、と思う。

 灰皿に押し付けたタバコに再び火をつける。

 気付けば小窓から三日月は消えていた。

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