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第一章

 秋の風が感じられる季節―――空は高さを知らず、山は彩り始める。

 それなのに人は、今日もまた喧騒を生む。


 広いところへ。静かな町へ。

 普段とは違う場所で見ず知らずの人と話をして、さらに知らない場所へ。


 世は浮浪というかもしれないが、それこそ自分のあるべき姿かもしれないと思った。

 金持ちではないが多少なら蓄えはある。


 こうして、壮大で平凡な旅の幕が開けた。






 「じゃ、元気でね」

 終わりというものは常に儚いものだ。あれだけ長い年月も、いざとなれば一秒の言葉で終止符が打たれる。

 二人が出会った大学の喫煙所は今もまだ変わらず残っているだろうか。あの人は今もまだ同じ銘柄のタバコを吸っているのだろうか。誕生日に贈った翡翠色のネックレスは今誰が着けているのだろうか。

 どうでもいいような想い出ばかりが脳裏を駆け巡っていく。

 もう関係ないのに。

 忘れてしまいたいのに。


 定時を過ぎ、残業を一時間ほどしていたある晩。元気を失くした自分を見てか、一回りほど離れた先輩に「旨い焼き鳥屋がある」と声を掛けられ、半ば強引に連れていかれた。正直、乗り気ではなかったが、折角の誘いだったし断れず甘えた。

 何処か覇気の無い乾杯でビールを煽り、安いが味は良いという地酒が目の前に並ぶ。

 「無理に事情は訊かないが気になってさ。空元気というか、こう今のお前は骨が抜けたように見えてさ」

 気にかけてくれる先輩を前にして、乗り気でなかった相談を少しだけ話してみる。

 「六年、六年付き合ってきた彼女と別れたんです。空っぽなのはその通りですよ」

 少し息を飲んでから先輩は遠いところを見ながら言った。

 「なるほど。俺も若いときは悩んだなぁ」


 高校時代は周りに仲良くしていた女子もいた。でも社会に出て気付くのは、その時代が黄金時代だったということ。

 特に自分は取り柄らしい取り柄も無い。今から相手を見つけることがどれほど難しいことかは良く判っている。

 「ただなぁ、考え方を変えてみるのは大事だぞ。これしか残っていないなんて決して思っちゃいけない」

 店主一押しだという「マヨポン豚トロ」を頬張りながら、先輩のその言葉を反芻した。

 「旅行とかしてみればいいよ。この場合は旅、というのかな」

 あまりにも唐突な提案だった。

 「旅、ですか」

 「そう、旅。いいぞー。ベタなんだけど俺は好きなんだよね」

 先輩が親身にアドバイスしてくれているのか、それとも適当に流しているのかは正直判らなかった。でも、妙に惹かれる部分もあり、身を乗り出して話を聞く自分がいた。

 「・・・先輩、有給って取りにくいですかね」

 「いや、うちはチョロいよ。この前も隣の部署だけど休んでたやついたし」

 「そうなんですか」

 「なんなら明日、手伝うよ。各部署のサイン取るのがダルいから」


 口に含んだ熱燗がいつもより舌に居残る気がした。同時に胸の奥でつかえていた思いが、僅かながら溶け出た気もした。

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