彼女がお迎えにあがりました。が、タダでは登校出来ないようです。
この話は誠と優花が彼氏彼女になった後からの話になります。
つまり、前回はそういう話でした。
外から聞こえる種類も定かじゃない小鳥のさえずりで目を覚ました俺は、早々にベッドに別れを告げる。
窓の前に立って、カーテン勢いよく端から端まで綺麗に開くと薄暗かった室内が明るくなる。
一日の始まりに朝日を全身で浴びて、気持ちのいい朝に一言「おはよう」と挨拶を告げて家を出る。
すると……そこには、俺にほんの二日前にできたばかりの彼女の村川優花が待ってくれていた。
村川は玄関から出てきた俺に気づくと朝の挨拶……
「おはよう誠くん。今日はいい朝……だったのだけど、あなたの予想以上のにやけ顔を“現実でも”見ると流石に少し引くわ」
と思いきや、これはとんだご挨拶だった。
「おう、俺も今この瞬間に全く同じ気持ちになったよ」
二回目だったら少しは慣れておくか、見ないように目を逸らしてくれたらな〜なんて思わなくもないというか……切実に、思った。
「え? 彼女が家の前で一時間も待っていたのに、今ので帳消しって、誠くんはだいぶお天狗さんなのねぇ」
「いや、一時間前って……それは悪かった」
そんなに早くから居たなら、インターホンくらい押してくれよ。本気で心配になるだろ。
そんな会話を交わしながらも、いつもより明るく見える通学路を歩いて、俺は彼女との朝を堪能する……
なんてはことなく、未だにベッドの中で布団の熱い抱擁から脱出できないでいる、日陰者の朝がここにあった。
チラッと見た時計にはデジタルの文字盤に、暗くても容易に目にできる数字が、八時と光っている。
こんな事考えてる余裕は、全くと言い切れるほどにはなかった。
ピンポーン
時間がないにも関わらず、そんなどうでもいいことを思考している俺の耳に、我が家のインターホンの音が来客を知らせた。
母さんが玄関に向かうスリッパのパタパタという少し走るような足音を耳で聞きながら、俺はやっとの事で布団から脱出に成功した。
何やら玄関前で、母さんとお客さんが談笑しているのが聞こえてくる。
いよいよ、時間がなくなって来たな。
俺は着ていた寝間着をベットに無造作に脱ぎ捨てると、週に5日通っている学校の制服に袖を通し、スラックスのベルトを締める。
すると、狙いすましたかのようなタイミングで、というかこのしたり顔は完全に狙っていたな。
そんな女子にしては全く可愛くない顔と態度で、村川は俺の部屋にノックもせずに入ってきた。
「おはよう、誠くん」
「着替えてる途中かもしれないんだから、ノックくらいしてから入れよ。と一応は言っておくよ」
まあ、入った時の光景がどうなってるかなんて、先に知ってるからほんと一応なんだけどな。
「ごめんなさい、この時間に着替え終わってることは知っていたし、時間もあまりないから余計な手順は省いてしまったわ」
「へいへい、そうですか」
驚くべき事に、どうやら村川にとって彼氏のプライバシーはこの場合、余計なものらしい。
「そんな事より、その余裕そうな態度を見ると、着替え以外の準備は終わってるのかしら?」
「おいおい、俺を見くびってもらっては困るな、自分の今脱いだばかりの服すらこの有様だぜ? そんなの今からやるに決まってるだろう」
「……はぁ」
そう、自身に満ち溢れた顔で親指を突き立てた俺に、村川優花はそれはそれは大きなため息で返事をした。
「ごめんなさい、一分ください。今すぐ終わらせます」
そこから、一分間。
真後ろからの無感情な視線を注がれていた時の、俺の動きときたら生涯で最も荷物を素早く鞄に詰めていったと言えるだろう。
ここまでの緊張感と速さで支度をする事はたぶん、もうこの先ないだろうな。いや、マジで来ないで。
「よし、準備も終わったし行こうぜ」
そう言って、俺の部屋の出入り口の前に立っている彼女に声をかけたが、村川は全く動く素ぶりがない。
「…………」
「え、どうした?急に黙って……」
なぜか、突然黙る村川に当然の疑問を投げかける。
そこをどいてくれないと外に出れないしな。
それに彼女が怒っているかもしれないと思った時は、何か言われる前に聞いてしまうのが、いいだろう。きっと。
「えっと、あの……ね?」
なぜか、村川は挙動不審になりながら後ろ手に、部屋の扉を閉めた。
「え?」
カチャ
わーい、律儀に鍵まで閉められてるぞ、この子ー。
ここは二階だから窓から外に出ても、ぎりぎり軽傷で済むだろうか?
「え、えっと、一昨日はしていなかったから……」
「うん?」
「その、キス……がしたくて」
「…………」
は?俺の彼女は何言ってんの? 付き合って二日でこわれたんだけど、こういう場合保証って付くんだっけ?
「あの誠くん、早くしないと遅刻しちゃうし、親御さんも不審がると思うから」
と言って、村川は俺に唇を差し出して目を閉じた。
いや、『思うから』じゃねぇよ!
何いきなり接吻しようとしての?バカなの?
しかも、なんで俺がする側なんだよ……せめて、始めたお前からしてくださいよそういうのは。
「……早く」
いや、待て待て、冷静になるんだ俺。
朝っぱらからこんな頭沸いてるような事、俺の彼女が言うはず無いじゃないか。
うんうん、これはきっと未だ布団から抜け出せていない俺が、浮かれた気分で見ている夢に違いない。
うわぁ、それはそれで引くな。
本音を言えば、俺だってしたくないわけじゃないんだ。というか本音はしたい。
本当は付き合ったその日の夜も次の日も丸一日無駄にして、村川のことを考えては人様には見せられない顔でにやけてた俺だ。したいに決まってる。
だが、俺は知っている。
ここでしてしまったら登校中、恐ろしい気まずさと凄まじい背徳感に苛まれることを。
「ごめん、今は無理だ!だ、だからこの件は後日に回そうぜ?な?」
俺が声をかけると、村川はその場で微動だにせず、何もなかったかのようにもう一度「……早く」とだけ口にした。
「いや、違うんだよ村川したくないとかじゃなくて、今日一日の事とか考えると今じゃないと思うんだよな?」
「……チッ」
「あれぇ?僕の勘違いかなぁ、村川さん今舌打ちしましたか?」
だが、その質問に対する返事が返って来ることはなかった。
いや、嘘でしょ……いくらなんでもパワープレイ過ぎないか?
というか、もうこの状態で、五分は経ってるん気がするんだけど、そろそろ俺の親も異変に気付いて不審がる頃合いだと思う。
「ほ、本当にいいんだな?」
そこで、無言で頷くと村川は力一杯目を瞑って、俺が行動するのを待っている。
ここまで来たら、俺も男だよ!躊躇なんてせず、ここで決めてやるよ!
え、ここまで選択を逡巡してた時間? はは、なんのことだかわかりませんね。
肩に手を置くと、村川の身体が強張るのがわかった。
そんな彼女の覚悟を彼氏としては、やはりありがたく思いながら、差し出された唇へと顔を近づける。
その距離が近くなるにつれて、それは相手に聞こえてしまいそうなほど大きな鼓動が脈打っているのが、次第に大きく脈打つ鼓動が伝わってるのが肩に置いた手からよくわかった。
主に村川の方から。
余裕そうに見えたが、俺より緊張していたとはな。
「……好きだ」
自然に溢れたその言葉に後押しされるかのように、俺はお互いに息遣いすら届いてしまいそうになる、最後数センチを埋めようと頭を傾けた……
その瞬間、村川は俺の胸を思いきり両手で押して、これ以上の接近を拒絶した。
「え、ど、どうした?大丈夫か」
もしかして、やり方が違っていたのか?それとも肩に手を置かれて圧迫感を感じて怖がらせてしまったのか?それとも傷つけてしまったかと思って考える。
こういう経験がない俺は、ただ戸惑うことしか出来なかった。
「……きない」
「へ?」
口ごもる村川に、対して思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「急に、そんなこと言われたら、もう……できない」
「え〜」
カーテンを閉じ切った薄暗いこの部屋でも、わかるほど、そう言った村川の顔は収穫の時期を迎えたように、真っ赤なトマトのように染まっている。
いや、俺も無意識とはいえ初めて言ったから、今になって自分にドン引きしてる。
穴があったら入りたい。穴なくても自分で掘り返したい。
「それじゃあ、私は先に外出て待ってるから誠くんも準備が出来次第すぐに来てくれる?」
村川は、早口でまくし立てると一目散に部屋を出た。
その数秒後には、我が家の玄関から扉の閉まる音がした。
「え〜」
正直あれほど躊躇していた俺が言えた事ではないとわかっていても、脳裏に焼きついた先程のあとほんの数センチにまで迫っていた村川の口元を嫌でも思い出してしまうと、俺は叫ばずにはいられなかった。
「ああ!あともうちょっとだったなぁぁぁぁ!」
その後、気が済んだ俺はすぐさま村川の後を追い家から出たのだが……
結局、何もしていないのに気まずい空気が流れており。
俺たちの間には登校中一切の会話はなく、お互いに凄まじい気まずさで目も合わせる事さえ出来ずに、ただ同じ歩幅で歩いていた。
しそうになっただけで、これじゃあ、本当にしてしまった時はどうなるのだろうか?
俺たち同じクラスで逃げ場とかないんだけどなぁ。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次は今回より面白い物を書けるように頑張ります。