涙の奥の、その心は?
やっと映画を観る誠と優花の話です。
少し大事な回かもです。
映画の本編も終わり、ほとんどの人が席を立ち去り居なくなったシアタールームで、スタッフロールが流れ始めたスクリーンを観ながら俺は考えていた。
隣に座っている村川が涙を流している理由を。
結果的に言うと『善処します』という映画は恋愛映画だった。
物語は主人公の慎司がある日、勇気を出して行きつけの喫茶店の女性店員の小百合に告白する所から始まる。
小百合は少し悩んだ末に慎司と付き合う事を承諾してくれる。
舞い上がっていた慎司は、その場で小百合に
『明日、ご飯にでも行かないきませんか?』
と言って、二人は付き合った翌日に食事を食べに行く事になる。
翌日、ぎこちない様子で話す慎司を微笑ましそうに眺める小百合との食事は大して盛り上がりのない初デートだった。
けれど、お互いに十分楽しかったと言えるほどには、上手くいっていた。
それからも二人は一緒に居る時間を共有し、確実に心の距離を縮めていったが──
遠慮の必要がなくなった事で見えてくる姿もある。
付き合って三ヶ月が経った頃の事、慎司は小百合との約束の時間に三十分遅刻してしまう。
理由は寝坊。
慎司は言い訳もせず素直に遅刻の原因が寝坊だと言って謝った。
けれど、小百合の方は謝罪の言葉に対し
『なぜ寝坊したの?』と聞いてきた。
慎司は『今日はたまたまスマホのアラームで起きれなかったんだ』と正直に言って謝る。
だけど、小百合は不満気な顔で『じゃあ、遅刻の理由はたまたま起きれなかったからってこと?』
と言った後『そんな都合良く寝坊なんてするわけないでしょう!』と不満を隠そうともせずに怒鳴った。
慎司はその後、何度も嘘ではない事を説明して謝ったが小百合は最後まで納得せず、二度と寝坊はしない事を約束してと言う。
真面目な慎司は自分の起きる時間を完全にコントロールするなんて、そんなできるかわからない約束に対して『善処するよ』と言った。
その日から小百合は慎司がミスを犯すと『二度としないで!』と怒号を飛ばし、慎司はそれに『善処する』と答えるのが当たり前になりつつあった。
それでも二人が別れなかったのは、お互いがお互いを愛しているのだから、一緒にいるのがお互いの幸せと思えていたからだろう。
そして、その日は訪れた。
付き合って半年の記念日の日、慎司は連日の忙しさのあまりすっかり記念日の事など忘れてしまっていて、気づいた時には日付けが変わる十分前だった。
もうどんなに急ごうが間に合うような時間ではなかった。
それでも一言だけでも謝って、後日改めてちゃんとした記念日のお祝いをしようと思い、小百合に電話をかけた。
呼び出し音がしばらく鳴った後、小百合は電話に出た。
『もしもし僕だけど、仕事が長引いちゃってこの時間まで連絡できなくてごめん』
『……』
電話に出たはずの小百合は無言で、電話口からはただ呼吸の音だけが聞こえてくる。
『もしもし聞こえてる?』
『……ねぇ、どうして?』
『えっと、だから仕事が……』
『どうして愛してくれないの? あなたも私じゃダメなの?』
慎司は小百合の言っている言葉の意味がイマイチよくわからなかったが、その震えるような声で小百合が泣いているのだとわかった。
小百合のその震えるような声を聞いて、慎司は確信する。
自分ではどんなに小百合の望みを聞いて良くしようとしても自分では小百合を笑顔にはできないと思ってしまった。諦めてしまった。
慎司は自分の中で二人が一緒に居ることが幸せだという想いや好きだとかそういう好意的な感情の熱が冷めていくのを感じていた。
『ごめん、絶対埋め合わせするから』
そう言って、小百合が落ち着くのを待って電話を切った。
その一ヶ月後、久しぶりに二人きりで食事をしていた。
それは楽しい会話するためではなく別れ話をするための場だった。
慎司はいつも怒らせてしまっていて、ついには涙を流していた彼女をもう楽にしてあげたいと『善処した』のだった。
小百合は当然嫌がっていたが、それが二人のためだと言って十数万のお金を渡すと言ったら潔く別れを了承していた。
その後、会社を辞めて実家の農家を手伝っていた慎司は地元の幼馴染と再会し、二人で過ごしているうちに、二人はお互いの気持ちに気付き幸せになる。
というなんとも後味の悪いハッピーエンドだった。
正直言って、この映画は泣くほど良い物語でもなければ悲しい物語でもないと思うんだけど、だからこそ今隣で泣いている村川の感情が俺にはわからない。
気になってもう一度盗み見た村川の横顔は、まるで大切な何かを無くしたような不安そうなその表情は、今まで見たことなくて、俺は今何かしなければいけない気がしてしまう。
自分に出来る事はないかと、頭の中で答えの無い自問自答を繰り返していた。
俺が考えることに集中している時、隣から声がした気がして、俺はとっさに村川の見た。
だけど、村川はまだスクリーンに流れるスタッフロールを呆然と眺めている。
なのに、声は今も聞こえている。
どうやら聞こえているのは耳栓を付けている俺には聞こえないはずの村川の心の声のようだった。
その聞こえてきている言葉を聞いて俺は自分の馬鹿さ加減に腹が立った。
少し考えれば、最初から気づけていたはずの大きな矛盾を、俺は何も気にせずに見逃していた。
村川の心から聞こえてきた、その言葉でやっと気づく事ができた。
今日のこの約束が二人で映画を観に行く事が目的の用事ではないって事にも、俺は最初から村川に騙されていた事も。
最後まで読んでいた方ありがとうございます
次はもっと面白いモノが書けるように頑張ります!