これはデートかな? あ、やっぱ違うかも。
前回、誠が優花が約束したお出かけに行く話でございます。
翌朝、窓から差し込む陽の光が早く起きろと急かすかのように俺の顔を照らしている。
眩しさで目が覚めた俺は霞んだ視界がはっきりするのを待って、首を回して枕元にあるデジタル時計の時刻を見た。
時刻は九時三十分、待ち合わせの時間までは一時間ほど余裕がある。
俺はまるで自分の体が布団に埋まっているような感覚を振り払い体を起こした。
その後、一度大きく伸びをしてから身支度を済まして時計を見ると、待ち合わせまでかなり時間が残っている。
少し早いけど、村川と約束した待ち合わせ場所にもう向かうか。
俺は、流行る気持ちに導かれるように少し早く家を出た。
俺は村川との待ち合わせ場所である駅前に、三十分は早く到着していた。
周囲を見回してみたが、やはり、というか当然だが村川の姿はまだなかった。
「まだ、三十分もあるんだからそりゃそうか」
とりあえず、俺は村川が来るまでの時間を、すぐそこのショッピングセンターの中にある、喫茶店でつぶす事にして歩き出す。
喫茶店の店内は店の向かい側に出来たそこそこ新しいファミリーレストランのせいなのか、人気がほとんど無い。
店内には年配の男性と帽子を目深に被って、本を読んでいる女性だけだった。
俺はココアを注文し窓際の席に座る。
それからポケットから音楽プレイヤーを取り出す。
プレイヤーに挿していた絡まったイアホンを、少し強引にほどきながら耳栓を外してイアホンを耳につけた。
窓の景色を眺めながら音楽プレイヤーの再生ボタンを押すと、最近聴き慣れている曲のメロディが流れてくる。
しばらく音楽を聴きながら窓の外を眺めていると、長い黒髪で少しサイズの大きめなセーターにロングスカートの綺麗な女性が俺の前を横切って行った。
「お〜あの女の人、綺麗だなぁ」
と、俺が心の中の独り言を声に出した瞬間。
足の甲に何か硬いものが突き刺さった!
「っ!」
痛みに顔を歪めながら、自分の足の甲を見ると、そこにあったのは黒いタイツを履いた女性の足だった。
その足の踵が、俺の足の甲に突き刺さっていた。
俺は一向に足の力を緩める気の無いその人物の顔を見る。
すると、それはさっき別の席で本を読んでいた見知らぬ女性だった。
「えっと、そろそろ足を退けてくれませんか?」
女性は帽子を脱ぐと俺に向かって微笑みながら、踵にグッと力を込めたままで、俺の左耳からイアホンを抜いてこう言った。
「お待たせ、誠くん」
初めて見る、私服姿の友人が片足を人の足に乗せて立っていた。
「村川!? なんでお前こんな所に居るんだ?」
村川と待ち合わせしていた場所は駅前で、しかも村川は俺がこの喫茶店に入ってきた時には、すでに店内で本を読んで座っていた。
「誠くんの行動なんてわかるに決まってるでしょう? 私は予知夢が見れるんだから」
さっきから村川はニコニコしながら話しているが一向に俺の足から踵を退かさないので、笑顔が逆に怖い。
「あの、もしかして何か怒ってますか?」
というか明らかに怒っているんだろうが、俺はなぜこんな事をされているのか全く見当がつかない。
「なぜ、私が怒らないといけないのかしら?」
「いや、怒ってないならいいんだけどさ、そろそろ俺の足の上にあるお前の足をどけてもらっていいかなぁ?」
「あーほんとうだわー全然気づかなかったー」
いや、それにしては信じられないくらい不自然な棒読みなんだが。
「おい、なんでお前も座るんだよ?」
村川は俺の足から自分の足をどけると、俺の向かい側の席に座って先程の本を再び読み出した。
「おい、映画を観に行くんじゃないのかよ?」
「今いいところだから、静かにしてくれない?」
え〜なんなのコイツ。自分で誘っておいて、相手放置して読書とか勝手すぎるだろ。
俺はとりあえず右耳に付けたままだったイアホンを外して右耳に耳栓を付け直した。
それにしても村川は真剣そうな顔で何を読んでいるんだろうか?
本にはブックカバーがされている為、タイトルは確認できないが、おそらく俺は読まないような話の難しい小説だろうな。
ああ、マズいな。考え始めたらだんだん気になってきた!
冷静に考えると、どうでもいいような事のような気がするが、今はどうしても村川が何を読んでいるのか知りたいという探究心にかられてしまう。
「な、なあ村川、それさっきから何読んでるんだ?」
正直に聞いて教えてくれるとは思えないが、俺は今思っている事をそのまま伝えてみた。
すると俺の思いが届いたのか、村川は本を広げて、こちら側に傾けてきて見えた本の内容は……
「漫画かよ!!」
思わず大声でツッコんでしまった俺を、村川はキョトンとした表情で見ている。
まあ、確かに「何読んでるんだ?」って聞いて、教えてもらった相手が「漫画かよ!!」というツッコミをするのがおかしいのは分かる。
でも、そんなに難しい顔しながら読んでいるのが漫画って、どうせ読むならもっと楽しそうに読めよ!
そんな顔だと『それ本当に読みたいのか?』とも言いたくもなる訳で。
「はあ〜疲れたわね」
「いや、お前は別に疲れてないだろ……」
「いいえ、だってこの本は誠くんから顔を隠すために、さっき適当に本屋で買った物だから、ずっと眺めているのは辛かったわ」
「いや、知らないよ? てゆうかやらなきゃいいんだよそんな事」
そんな事よりお前の面倒くさい行動に付き合わされた時間を返して欲しい。
「まあ、元気を出して? 今日はきっと楽しい一日になると思うから」
「それなら尚更、一回気分を落とさなくても良くない?」
「それはお互い様よ」
村川は窓の外を眺めながら言う。
「は? 俺は何もやってないだろ」
「そうね。私には、何も言ってないわね」
「そりゃあ、急に悪口なんていう訳ないだろう?」
「いえ、そういうことではないんだけど、この話はもういいわね。ちょうど時間も潰せたし、そろそろ向かいましょうか?」
「お、おう」
その時、俺は村川の態度に何かはっきりとしない違和感を感じたが。
俺の返答を聞くと、村川はそそくさと席を立って歩き出して行ってしまった。
そして、俺もその違和感の事は今は忘れることにして、急いで村川の後を追って、早歩きで喫茶店をあとにした。
「お〜い、待てよ〜」
俺の声に気づいて、村川が立ち止まってこちらを振り向く。
「そっちは出口だよ。映画館はここの上の階だぞ?」
「ああ、言ってなかったわね。ここの映画館では私が観たい映画は上映してないから今から隣町の映画館に向かうわ」
「え、そうなの? じゃあなんでお前わざわざこのショッピングセンターに来たの?」
それだったら尚更、喫茶店で会うより駅前で会った方が良かったんじゃないのか?
「それは、少しでも早くあなたに会いたかったからかしら……ね」
少し赤くなった顔でそう言う村川に、俺は一瞬ドキッとしてしまったが……
「そういう言葉は、思い切り足を踏まれる前に聞きたかったかな」
「まあ、普通はそうなるわよね」
あの出来事の後では、素直に村川の態度にときめくのは、俺には少し難易度が高すぎたようだった。
最後まで読んで頂いた方、ありがとうございました!
次はもっと面白い話を書けるように頑張ります!