家族でも、ノックくらいしてください
どうも、明志多です。
随分遅れてしまいましたが続きを書きましたので、よろしければ読んでみてくださいませ。
優花がこちらにかけた体重がまた少し重くなったと思っていると、その沈黙を破りまた喋り始めた。
「さっきは誠くんの家と言っても、ご両親も利用している空間だと思うと、なぜか少し遠慮してしまって言わなかったのだけれど……」
「おう? トイレだったら一階にあるぞ」
「いえ、そうじゃなくて、そろそろ夜も深くなって来ていい時間ね」
「あーそうだねーそろそろ寝る時間かなー」
「今寝たら誠くんはもう二度と目を覚まさないかもしれないわねー」
ほんの冗談でお茶を濁そうとしたら、虎の尾を踏んでしまったようで、無感情な棒読みで永遠の眠りに送られそうになっているのは恐ろしすぎる。
「えっと、それで言いたい事って言うのは?」
「キで始まって、スで終わる事についてかしらね」
「いや、その言い方って遠回しに言うとき使うヤツだろ……なんで始まりから終わりに向かって一直線にまっしぐらなんだよ」
言葉数が増えただけで、伝えたいことはそのままだったよ。
「ねえ、さっきから誠くんは何を先延ばしにしているの? 助けなんか呼んでも誰も来ないんだから早く素直になりなさいよ」
「なんで俺は自分の部屋で彼女に、悪党が吐きそうな台詞で諭されているんだろうか」
まあ、先延ばしにしているのは単純に心の準備というか胸の鼓動が準備運動もしないで全力疾走してしまっているから、少しでも誤魔化そうと足掻いているのだけれど。
「わかったわ、じゃあこうしましょう? 誠くんが合図を出したら私がおねだりをします。そしたら、誠くんが決めてくれるかしら」
「うん、優花が分かった事が俺には全然分からなかった」
「誠くん、大丈夫。こう見えても私は上目遣い使いなのよ完璧におねだりしてみせるわ」
「ごめん、話を勝手に進めないでくれる? まだ俺がなんでそんな事をしなくちゃいけないのか聞いてないから」
優花は一つわざとらしいため息を吐いてから、澄まし顔で言う。
「ヘタれだからでしょう?」
「ぐっ⁉︎」
「誠くんがヘタれだから私はこんな事言ってるんでしょう?」
「はっはっは、それは面白い冗談だなお嬢さん、俺のどこがヘタれだって言うんだい? ただ単に今はしたくないだけかもしれないだろ?」
「したくないという問題発言は置いておくとして、だったらなぜ誠くんは先ほどからずっと肩にもたれかかっている私をどかそうとしないのかしら? おそらくこういう空気が嫌いなら私が体重を預けた時点で、その場を離れることもできたと思うのだけど」
「うーん」
言い返す言葉がなかった。
確かに肩に感じる優花の温もりを心地よく思っているし、キス自体もしたいと思ってはいる。
が、それが今すぐだと言われてしまうと二の足を踏んでしまうけれど、俺も先日のリベンジはしたい。
「……よし! じゃあ、いくぞ?」
「え、ちょ? もうするの⁉︎」
「おい、まさかとは思うけど優花さんも覚悟が決まってないのかな?」
「そんなわけないでしょう? はい、いつでもどうぞ」
言って、優花はこちらを向いて目を閉じる。
「じゃあ、いくぞ?」
「う、うん、どうぞ」
目を閉じた優花の顔が徐々に俺の視界を埋め尽くし、口づけまであと数秒というところで優花の背後、部屋のドアの前から声がする。
「お兄ちゃん、何してんの?」
声の方へ視線を向けると、一つ下の歳の女の子が部屋でアニメソングを熱唱していた兄を見てしまった時のような顔で、嫌悪感で引きつった顔をして肩まで伸ばした髪を指でくるくると巻いている。
「えっと……」
我が妹、吉田安子がそこに立っていた。
あの時は、本当にしばらく気まずかったなぁ。
「…………キス?」
「最低っ!」
「今のは、最低ね」
あっさりと俺を裏切って、安子の言葉にうなずく優花。
安子は、バンッと勢いよくドアを閉めて隣の自分の部屋へドスドス足を鳴らして戻って行く。
まさか今日は安子が帰ってくる日だったとは、しかも色んな意味でタイミングが邪悪だった。
妹の安子は俺とは違い頭の出来が良い方なので、私立北北東女子中学校というこの辺では割と有名な寮制で通っている。
その為、最近では行き帰りが面倒という理由から帰ってくる事も減っていたので、今日も帰って来ないものと思っていたのだが……
安子が出て行って二人きりになった室内はお互いに気まずくなり、部屋を沈黙が支配する。
「ごめんなさい、慰めにはならないかも知れないけれど私が兄のそういう現場を見てしまったら誠くんの妹さん同じで、一週間は口も聞きたくないくらい嫌いになると思うわ」
「ほんとに慰めじゃないどころかただの追い討ちとは、流石の俺もびっくりしたよ……」
というか、優花の反応を見る限り安子の事を知っていたように思える。
「ごめんなさい、妹さんが帰って来るのは知っていたけれど、完全に目の前の事に夢中で時間を忘れていたわ」
「いや、だったら泊まる日を別日にすればよくないか?」
「それは嫌」
それは嫌らしかった。
「とりあえず、俺は安子のフォローに行ってくるからその間に優花はお風呂入っちゃっていいぞ」
「じゃあお言葉に甘えて、一番風呂をいただく事にするわね」
優花が持ってきた鞄から着替えを取り出し始めたので、俺は僅かに後ろ髪を惹かれる思いで部屋を出て、隣の安子部屋のドアをノックする。
「……入るぞ?」
「ふん! 勝手に入ればいいんじゃん」
ドアを開けて入った安子の部屋は、小学生の頃と変わらないピンクで囲まれた“女の子”の部屋である。
その部屋の奥、ベットの上に幼稚園の頃からお気に入りで使い続けている、ユニコーンの掛け布団に包まった妹の姿があった。
「安子、なにをそんなに怒ってんだよ?」
「別に怒ってないし、帰って来たらお父さんもお母さんも居ない家で、知らない女の人と変なことしてたお兄ちゃんがきもちわるいだけだし」
「父さんと母さんは温泉行ったから、その彼女、優花っていうんだけど、が遊びたいって言ってたから家に行く流れになっただけだよ」
実際は優花のゴリ押しなんだけどな。
「ふーん、そっか一週間に一回しか帰れない妹と彼女だったら、お兄ちゃんは彼女の方が大事なんだねよかったね!」
「大事とかそういう事じゃないだろ、今日お前が帰ってくるなんて思ってなかったから、たまたま家に招いただけだよ」
誰が隣の部屋に妹がいる状況で、彼女とイチャつこうなんて思うんだよ。
「じゃあさ、あたしが帰って来るって知ってたら、あの女の人とは遊ばなかった?」
「当たり前だろ。てゆうかお前、帰ってくるなら連絡くらいしろよ? 中学生が夜道に一人で歩くとか危ないだろ、言ってくれりゃあ駅まで迎えに行ったってのに」
「ふーん、そっかそっかあたしが帰って来てたら遊ばなかったんだねぇそっかぁ」
「なにニヤニヤしてんだよ? 気持ちわるい奴だな、そんなんでお前学校でいじめられたりしてないだろうな」
「してないし! むしろあたし中心だし!」
いや、それはそれで心配になるクラスなんだけど。
「まあ、いいや。とりあえず今度からは帰って来る時は事前に連絡くらいしろよな」
「待って、まだあたし許してないんだけど? ここまで怒らせといて“アレ”無しで終わらす気⁉︎」
しばらく帰って来ていなかったので、頭からすっかり抜けていた。
妹は昔から不機嫌な時や不安で落ち着かない時、決まって、頭を撫でてやると落ち着く変わった子なのだった。
「お前なあ、もう中学三年生になったんだからそろそろやらなくてもいいだろ」
「あーあやっぱりお兄ちゃんは彼女が出来て変わったね、もう妹なんてどうでもいいんだね」
しかも、俺が撫でてやらないと、一日中へそを曲げてた事もあるのでタチが悪い。
「はあ……一回しかしないぞ?」
俺がそう言うとベットの上に正座した安子はすぐさま首を前に倒して頭を差し出す。
差し出された安子の頭に手を置いて、俺はすりすりとさらさらの髪を乱しながら数回、頭を撫で回した。
「はい、終わり」
「んふふ、許してあげる」
「そいつはどうも、あ、そういえば優花が上がったらお風呂次入っていいぞ」
「いい、お兄ちゃん先入って」
「いや、俺は優花とちょっと話したい事もあるから」
「じゃあ、あたしその後でいいからお兄ちゃん先入っていいよ?」
これ以上、言うのが面倒になった俺はさっさとこの話を切り上げて風呂に入る事にした。
「わかったよ、でも最後だからって風呂で遊ぶんじゃねぇぞ」
「はーい」
安子の気のない返事を背中で聞きながらドアを閉めて出る。
その後、自分の部屋に戻った俺を、何故かパジャマ姿の彼女が正座で待ち構えていた。
「もう話は終わったのかしら?」
「ああ、まあとりあえずな」
「……座らないの?」
立ったままで、話す俺に怪訝そうな顔で優花が訊ねてくる。
「妹がお風呂は最後がいいらしいからな、ちょっと行ってくる」
「ええ、じゃあまた、後でね」
そう言って、潤った唇を指でなぞる優花の妙に艶やかな仕草に俺は思わず言葉を失う。
「どうかした?」
挑発的視線の彼女に俺は下から上までじっくり眺めてから一言だけ感想を告げる。
「うん、とても高校生でくまのパジャマ着てる子とは思えないな」
その後、なぜか俺は自分の部屋から叩き出される事になったのだった。
最後まで、読んでいただきありがとうございます。
この回から主人公の妹が参戦です。
ここからどう話が広がっていくのか、僕自身も楽しみです。
それでは、よろしければ次回もお付き合いくださいませ。