兄妹
続きを書きました。
今回はお家デートをする事になった日の続きです。
よろしくお願いします。
放課後の教室で彼女を待つっていうのは、やっぱり来るまでの時間を時計の針と睨めっこしながら、その時を今か今かとウキウキして待っていたりするんだろうな。
かくいう俺も、心臓がドクドクと急ぎ足で脈打つ鼓動の音が、周囲に漏れているのでないかと内心戸惑っている。
なぜそんな事になっているのかと言えば、今日は俺と彼女で、旅行中の両親が不在の我が家で、お泊まり会を開催される事になってしまったからに他ならない。
「お待たせ、誠くん」
「おう、用事の方はもう済んだのか?」
教室の扉を開いて、俺の彼女である村川優花が教室に入ってくる。
「ええ、長谷川先生に頼まれていたノートとプリントは今届けて来たから」
長谷川先生というのは、うちのクラスの担任の事である。
優花は日直だったので、教卓に集められたノートと提出プリントを担任が放課後に職員室へと運ぶのを、もう一人の日直の男子と手伝っていた。
その為、俺は教室で彼女が戻って来るのを待っていたという訳だが、俺の心の準備的にはもう少し遅くても良かったかなぁと思ってしまう。
「それはお疲れだな、急いでる訳でないしさ、よかったら座るか?」
「そうね、じゃあ休憩も兼ねてお喋りでもしましょうか?」
俺が横の席に手を向けると、隣まで歩いて来た優花はそっと腰かける。
「えっとさ、俺の聞き間違いかな? 今お喋りするって言ったよね?」
「ええ、急いでる訳でもないから少し休憩してから帰りましょうと言ったわ」
優花は平然とした口調で、淡々と質問に答える。
「うん、じゃあこの状態はおかしくないか? これだと優花の背中に話しかける事になっちゃうんだが……」
「誠くん、安心して。私、後ろから話かけられても問題なくお喋り出来るから」
「いや、そういう事じゃないよねぇ?」
「さっきから、どうしたのよ? 誠くんは何がそんなに不満なの?」
「なんで俺がわざわざ隣の席を指し示したのにも関わらず、お前は人の膝の上に座ってんだって、聞いてんだよ!」
俺は自分の膝の上に、当然のように腰かけている彼女に向かって大声を出さずにはいられなかった。
「ん? 急に大きな声を出すからびっくりしちゃったじゃない」
「うん、じゃあ退こう?」
びっくりしたとか言いながら、お前微動だにしてねぇじゃん。
「それとその質問にあえて答えるとするなら、彼氏の膝は椅子、腕は枕と覚えておいて、ここテストに出るから」
「え、俺の彼女って、テストあんの?」
人に出すより先に自分の性格テストを実施して欲しいけれどな。
「もちろんよ? ちなみにこの前のテストは残念ながら誠くん、ギリギリ赤点だったわよ」
「いや、受けた覚えもないし、ギリギリ赤点だったんだ……」
ギリギリならせめて赤点回避してくれよ。
「はあ、わかったわ。とりあえず後ろ向きだからいけないのよね?」
「うん? そりゃあだって、俺も優花も背中越しじゃ話にくいだろ」
その言葉を聞いて優花は、俺の膝の前で立ち上がる。
やっと、飽きたのか。
ほんと良かった。
この状況でクラスメイトが教室に入って来たら、なんて言い訳をしようかと脳をフル回転していたよ。
俺の安堵を吹き飛ばすように、その場で優花がこちらを向いた。
「?」
なんで無言でこっち見んの? 早く隣の席座ってよ。
だが、そんな俺の願いは届かなかった。
優花は、あろうことかそのまま俺の膝にまたがって座ろうとしたのである。
「いや、やばいやばいやばいやばい!それはやばいって!!」
間一髪のところで立ち上がった俺に、優花は恨みがましい視線で、席につけと目で訴えてくる。
いや、それは流石に無理だって……
近過ぎて、喋れないどころか顔も見れやしないって……
「そう言えば、駅前に新しくクレープ屋さんが出来るらしいわよ?」
何ごともなかったかのように、隣の席に座る優花。
しかし、俺は聞き逃していない。
優花は俺から視線を外す寸前に「はぁぁ」とわざとらしく深いため息を吐いていた。
これは赤点どころか、近々追試が行われてもおかしくない気がして来たな。
いや、知らんけど。
「ねぇ、誠くん聞いてる?」
「お、おう、聞きてる聞いてるクレープ屋の話だよな」
「ええ、だからオープンしたら一緒にいきましょうよ」
「いいな、その時は絶対二人で行ってみよう」
と、あの状況から流れるようにデートの約束を交わした。
それから俺たちは最終下校時間までの間喋り続けて、戸締まりの確認をする為に教室を一つひとつ回っていた先生に軽く注意をされてから校門を出た。
部活帰りの生徒が、ちらほら歩いている通学路を、二人で手を繋いで歩いて行く。
最初はかなり恥ずかしかったけれど、三回目ともなると少し慣れてきた。
「誠くん、今日の夕飯は何がいいかしら?」
「そんな自然に聞かれても、一度帰って冷蔵庫を見てみないとわからないな」
「じゃあ、お互い一度家に帰ってからスーパーに買い出しに行きましょうか」
「お、おう。そうするか」
なんだか、優花は張り切ってるなぁ。
俺は普通に三日くらいなら、コンビニの弁当とカップ麺で済まそうと思っていたから一日でも美味しいものが食べれるのは有難い話だ。
俺はふと、大事な事を聞き忘れていた事に気づいた。
「そういえば、よく優花の両親は男の家に、娘が一人で泊まりに行くのを許してくれたな」
「ああ、あの人達は私にさほど興味がないから大丈夫よ。それに今日泊まりに行く事は、この前の月曜日から言ってあったから」
「いや、なんでお前の両親より家主の俺の方が知るのが後なんだよ」
もし俺に断られていたら、コイツはどうするつもりだったのだろう?
「あ、」
そんな時、優花が突然足を止めたので、手を繋いでいる俺も必然的に足を止める。
「優花、今帰りか?」
立ち止まった優花の目線の先に立っていた整った顔立ちに眼鏡をかけた男は、その呼び方から察するに、どうやら彼女の知り合いのようだった。
「兄さんも今帰り?」
兄さん⁉︎ 俺、優花に兄妹がいるなんて初耳なんだけど!
不自然に立ち止まった優花の態度を見て、素早く手を離しておいて正解だったと、俺は内心ほっとする。
「僕は少し本屋に立ち寄っていたのだが、お前は部活などはしていなかった筈だが随分と遅くまで学校にいたんだな?」
「そんなの兄さんには関係ないし、あの人達だって気になんかしてないわよ」
優花はお兄さんの質問に対して、素っ気ない態度で言葉を返す。
俺の感覚がずれているのかもしれないけれど、世の兄妹の会話っていうのはこんなに素っ気ないものなのか?
それともこの兄妹、もしかして仲が悪いのだろうか?
「まあ、いいか。でもあまり心配はかけるなよ? それと君は……」
村川兄がこちらを見る。
「吉田誠です。村川さんのクラメイ……
と、俺が自己紹介を言い終わる前に優花が割って入る。
「彼氏よ。私が今お付き合いしている彼氏の吉田誠くん」
「ああ、君が」
どうやら存在自体はすでに知られているらしかった。
「あ、はい。村川さんとお付き合いさせていただいております」
「そうか、僕の名は村川賢一だ。では、これで満足なら邪魔するのも悪いので、僕はこの辺で帰るとするよ」
「ええ、ありがとう。兄さんのせいで私の手が冷えてしまいそうだから」
ちなみに今は五月中旬で、学生服を着ていると少し暑いくらいの気温なので冷えはしないと思う。
なので、その言葉の理由は多分他にある。
うわぁ、手を離したこと絶対怒ってるよ! 待ってくださいお兄さん! あと少しでいいんで居て下さい!
だが、俺の思いは村川お兄さんには届かず、村川兄は俺たちに背を向けて去って行く。
と思ったが、村川兄は一度立ち止まると俺の方を見る。
え、本当に思いが通じたのか?
「最後に一つだけ言わせて欲しい。誠君、僕は出来れば君の口から妹の彼氏であると聞きたかった。そして、次誰かに妹との関係を説明しなければいけない時は、是非そうしてくれる事をお願いするよ」
「あ、はい。以後気をつけます」
最後にそう言い残すと、今度こそ村川兄は俺たちの帰り道の前方を歩き始めた。
そりゃあだって、優花と帰る家一緒だもんな。
色々な気まずさで立ち止まった俺は、隣に立っている多分兄と一緒に帰りたくない妹に謝る。
「ごめんな、彼氏って言っていいのか分かんなくってさ。本当にごめん」
俺は自分の不甲斐なさが嫌で誠心誠意、頭を下げた。
「そんな事気にしないで、あの人は真面目だけが取り柄みたいな、ただのガリ勉大学生だから」
兄に対して辛口な意見を言いながらも、優花は優しく微笑んで俺を許してくれた。
俺はその場からすぐには歩き出さず、心に染み入る彼女の優しさの余韻と、足の甲に乗せられた足で歩き出す事が出来なかった。
その痛みは村川兄が見えなくなるまで、ずっと無言で続いた。
まさか、この子とこの後。自分の家で過ごすのかぁ。
俺は、違う意味でもドキドキしてしまいそうだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回からはついにお家デートに入ると思われます。
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では、次回もよろしければお付き合いくださいませ。