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迷走  作者: まほろば
18才9月
7/29

それから4



ああそっか、今まで違う話題があったから、私の事が話題に出なかったんだね。

きっと、あやみの中に私を仲間外れにしてた罪悪感もあるし話題も無いし、で聞いたのかもって感じた。

「いえ」

中嶋くんが言いにくそうに私を振り返った。

「夏に自分から挨拶するよう言ったんです。実行してないんですね」

仕方無い子だね、って言ってるあやみの目が私に向いたから、頷いた。

「ゴメン。心配させちゃってたんだね。今までゴメン、今日からは大丈夫だよ」

あやみがハッとした顔をして、中嶋くんも決まり悪い顔を横に向けている。

「駅見えたから先に行くね。バイバイ」



その日の夜にあやみから電話が来て今日の事を謝られたから、逆に『ごめんなさい』を伝えた。

「みずき」

「なぁに?」

「本当にごめん」

「謝らないでよ。私の方が謝らないと駄目なんだよ。ごめんなさい」

電話を取る時は指が強張るくらい緊張してたのに、話始めたら普通に返せてた。

気持ちの切り替えはまだ出来てないけど、自分の中の内と外は決める事が出来てると思えた。

だから大丈夫。

「みずきの気持ちも考えないで言い過ぎたから」

「ん?」

気にしてない、を『ん?』であやみにアピールする。

「本当に気にしてない?」

「何も気にしてないよ?あやみの方が変だよ」

電話を切ろうとしたら、あやみが急いで言い足した。

「中君、かなり気にしてたよ。『みずきを子供扱いし過ぎた』って」

「そうなんだ」

あの後も2人で話してるだろうと思ってたから、改めて聞かされても驚かない。

だから聞いてもそうかやっぱり、だけだった。

「あれから2人でご飯食べながらみずきの話をしてたの。私たちが良かれと思ってしてあげてた事は、みずきからすれば迷惑だったんじゃないか、って」

あやみが無意識に口にしてる『してあげてた』、が全部を表してる。

「そんな事ないよ、感謝してる。ありがとう」

「みずき」

「ん?」

「中君に広太の話を少しだけどしちゃったの」

「えっ」

思わず驚きの声が出た。

身体中から汗が吹き出す感覚に寒気がした。

今の私が1番知られたくない事なのに、何で。

あやみに怒りが沸いた。

広太の事を汚点と思ってるんじゃない。

私の中ではまだむき出しの血が出てる傷だから、痛みが消えるまで誰にも触られたくなかった。

あやみはそんな私の気持ちを知ってるはずなのに…。

何で…。

「何で…」

気持ちが言葉に出てた。

「ゴメン、みずきが夏休み前凄く落ち込んでた、って中君が言って、理由を知ってるかって聞かれたからつい、話してしまったの」

あやみの残酷な言葉が、カッターナイフの歯みたいに私の傷を抉る。

私が何も言えずにいたら、あやみが慌てた口調で言い訳してきた。

「詳しくは話してないから、ただ中学の1つ上の先輩と付き合っていて最近別れた、としか言ってないよ」

善意と言う悪意があるんだ、と初めて知った。

ピピピってお風呂が沸いた音がした。

「お風呂沸いたから」

やっと言って通話を切った。



体の震えが止まらない。

明日、中嶋くんも善意の刃を振りかざすんだろう。

そう思ったら可笑しくなって声を出して笑った。

笑いすぎて苦しくなって、お風呂に隠れた。

今まで気遣ってくれるあやみに感謝してた。

それが何でこんなに変わっちゃったんだろう…。

何が変わったの?

私?

あやみ?

浴槽で体育座りして、膝に目を押し付けた。

ぐるぐる気持ちが回って、あやみの『中君』に気持ちが釘付けになった。

ああ、そうか…私…取られたくなかったんだ…。

大学では中嶋くんだけが私の味方だと甘えてたから。

自分がお馬鹿過ぎて笑うしかなかった。

広太の事も、今日までは甘えられてた中嶋くんだったから、知られたくなかったんだ…。

私は中嶋くんに広太の事を知られたくなかった…。

そう自分の気持ちを認めたら、あやみに向いてた怒りが無くなってた。

「…何だ」

あやみが『してあげた』って思うのも私が頼りないからだし、今まであやみに頼りきってたからだ。

「自分のせいじゃん…」

あやみを恨むのは間違いだ。

広太の事だって…。

善意からした事だと思おうとしても、過去に出来てなくて自分を誤魔化せなかった。



何で中嶋くんに…。

考えはそこでまた止まる。

何で?

自分が、中嶋くんにみっともない自分を見せたくなかったんだ、って気付いて自分が1番驚いた。

まさか…私は中嶋くんが好き…?

怖い自問自答に震えが来た。

…きっと今日まで、『中君』て自然に呼べてた時は好きになり掛けてたのかも。

…今は?

今は…自分が傷付かないよう壁を作って話す相手。

気まずくても大学を辞めない限り嫌でも顔を見る。

決めなきゃ…。

私なりに色々考えた。

考えて出した結論は。

大学を辞めよう。

だった。

そうしたら中嶋くんの顔を見る事もないし、遠くに就職してスマホを解約すればあやみとも切れる。

でも…何処へ行くの?

田舎とこの街しか知らないのに。

それに…。

大学を中退して、そんな私をどこか雇ってくれる?

中退で広太の顔が浮かんだ。

バイトや短期で食いつなぐ生活を見てきただけに、中退の道は自分で消した。

大学を卒業して就職したら、母親からの生活費は打ち切られる。

あ…。

頭では分かっていたはずなのに、実際に将来への選択を迫られてみたら、食べていかなきゃいけない現実が重くのし掛かってきた。

就職したら、今まで母親が出してくれてた家賃や光熱費も自分で払わなきゃいけなくなる。

当然だと思ってた月に7万の生活費も、卒業したら自分で稼がなきゃならない。

急に現実が迫ってきて、意識が生活に向いた。



バタバタとお風呂をあがって、電気やガスの請求書をポンポン突っ込んでた書類箱を漁った。

母親の口座から落ちるから、と新聞受けに来る通知を無造作に書類箱に入れてて今まで見もしてなかった。

電気、ガス、水道。

以外と安くてホッとする。

大学の掲示板に貼られていた求人案内の給料を思い出して、これなら大学生の初任給でいけそうに思えた。

「…バイトしよう」

この部屋に卒業しても住める保証はないから、今からじゃ遅いけど、お金を貯めないと不安だった。

真夜中のコンビニで求人誌を買ってきて見る。

色々あるけど、上手く話せない私にはコンビニやお店は接客があるから無理。

倉庫の在庫整理。

「これにしよう…」

もう1度コンビニに行って履歴書を買った。

記入してみて、初めて仕事の大変さを感じた。

学歴を小学校から書くって知って慌てた。

資格の欄を見て、書ける物が1つも無い現実にペンを持つ手が止まった。

………

これが来年就活する時もぶつかる現実なんだ。

何か、資格を取ろう。

来年ここに書けるように、私が取れる資格を。

でも…、バイトして資格を取って、そんなの私に出来るのかな…。

それに…。

「…私で勤まるかな」

不安に押し潰されながら書いた履歴書が、ベッドに入っても頭から消えなくて。

とうとう寝ないで朝が来た。



寝不足で大学に行った。

頭の中からあやみも中嶋くんも消えてて、気まずそうに挨拶されてから思い出した。

「おはよう」

「おはようございます」

条件反射で挨拶を返してから、昨日の記憶が大波みたいに襲ってきた。

心臓が一瞬跳ねた。

………でもそれだけだった。

え?…

昨日はあんな必死に思い詰めていたのに…え?

自分に動揺していて、中嶋くんに肩を揺すられるまで存在を忘れていた。

「昨日は悪かった。謝る」

中嶋くんに頭を下げられて、やっと現実に戻れた。

「謝らないで、甘えてたのは私だから。私こそごめんなさい。これからは心配させないようにするね」

にっこり笑って別れようとしたのに、中嶋くんは追い掛けてきて善意の刃を振りかざす。

「夜にあやみから電話着て、俺に別れた彼氏の事言った話をしたらみずきに電話切られたって焦ってた」

「そう」

「あやみも悪気は無かったんだ、みずきを心配してるから俺に話したんだ」

立ち止まって中嶋くんへ向き直った。

「それって、私のためですか?」

「…え?」

驚きで動けない中嶋くんの横を通り抜けた。

かけがえのない友達を無くすかもしれない。

その不安より怒りが勝った。

あやみや中嶋くんの中では善意かもしれない。

でも私の中では偽善だった。




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