それから3
「亜紀ちゃん。亜紀ちゃんの話しも聞きたいわ」
あゆみはにっこり笑顔で亜紀ちゃんに言った。
「わ、私?私じゃなくて賢也さんに聞いて下さい。賢也さんが何度も熱っぽく見てくるから…」
おどおどと話す亜紀ちゃんにあやみが頷いて賢也の真っ直ぐ前に立った。
「賢也、コンタクトしてないでしょ」
決め付ける口調にみんな『え?』ってなった。
「近視の人が良く間違われるのよ。私も間違われた事あるから分かるわ」
「間違われるって?」
思わず聞いていた。
賢也が目が悪いとかコンタクトしてるとか、1年以上見てきたのに気付かなかったのが驚きだった。
「近視の人って見えないと目を細めたり見ようと努力するじゃない。私も近視だから賢也の動作で気が付いて眼鏡を勧めたんだけど『みっとも無いから嫌だ』ってしなかったの」
「全然気付かなかった」
素で返したらあやみに笑われた。
「亜紀ちゃん、亜紀ちゃんは賢也が誘ってるように感じたんでしょ?誤解させてゴメンね」
あやみが賢也の後頭部を押さえて頭を下げさせた。
え?
私の知ってる賢也なら大人しく頭なんて下げない。
なのにあやみには逆らってなくて、まさこも亜紀ちゃんも怒った顔であやみを見ていた。
文化祭の後、亜紀ちゃんとはぎくしゃくしてしまい、独りで居る事が多くなった。
手持ち無沙汰で周りを見れば、みゆきのグループに入ろうとしてる亜紀ちゃんが目に入った。
亜紀ちゃんの気持ちは凄く良く分かった。
私も同じだから。
がんばれ。
孤独で卒業まで、思うだけで身震いしてしまう。
私がそうだからきっと亜紀ちゃんもだ。
みゆきに近付くのはその不安から逃げる行動だって分かるから、寂しいけど応援したいと思う。
でもそれは、半分以上嘘。
独りに怯えてる者同士が仲良くなったのに、独り置いていかれた。
恨むまではいかないけど、内心狡いとは思ってる。
周りを見たら…。
何人か私みたいな目をしてる人を見付けた。
自分でも終わってるって思うけど、私みたいな人が他にも居るって気付けたら気持ちがぐって軽くなった。
軽くなったら…、後悔が襲ってきた。
あやみの言う通り自分から周りに声を掛けてたら…、掛けた内の1人でも返してくれたかもくれないんだ、って思えて仕方無かった。
思っても、みゆきや亜紀ちゃんの居るここで声を掛けるなんてもう出来ないけど。
「喧嘩したのか?」
突然頭の上から聞き覚えのある声が降ってきて、見上げたら中君だった。
中君は亜紀ちゃんを見ていて、仕方無く文化祭の時のトラブルを話した。
「それは災難だったな」
「…うん」
「賢也ってそんなカッコいいのか?」
「うーん…、高校から見てるから分からない。髪型が変わったらモテるとか意味不明」
「確かにな」
中君が笑いながら頷いた。
自然に話題は高校時代の仲間の話しになった。
「そのあやみがリーダーなのか」
「リーダーって言うかまとめるの上手くて、みんなあやみに頼ってるよ。勿論私も」
高校時代にあやみが誘ってくれたから仲間が出来た話まで何時の間にかしてしまっていた。
「みずきにすれば神様だな」
「もっとだよ。もしゆうこちゃんとあやみが居なかったら…私きっとここに居ない…」
「会ってみたいな」
中君は自然にそう言った。
「会いたいってあやみに?」
「そのゆうこちゃんにもかな」
何か胸の中がもやもやして嫌だと思ったけど、週末ゆうこちゃんに誘われてるのを話してしまった。
話したくなかったけど、話さないと自分が悪者になる気がして、自分を誤魔化せなくて話すしかなかった。
「ゆうこちゃんの大学で発表会があって、私とあやみが誘われてるの。チケットいらないから来てみる?」
断って。
自分から誘っておいて、本心は断って欲しかった。
なのに心の声を裏切って中君は嬉しそうに頷いた。
「良いのか?デザイナーの卵か、興味あるな」
中君は嬉しそうに日時を確かめて、待ち合わせの場所もさくさく決めてしまった。
もう行くしかない…。
誘ったのは自分なのに、中君が恨めしかった。
約束の当日。
待ち合わせ場所で中君とあやみを引き合わせる。
互いにスムーズに挨拶してた。
「みずきがお世話になりまして」
「みずきから高校時代の話は聞いてます」
にこやかな2人に子供を見るような目で見られて、周りに人目があるのにむくれてしまう。
それをまた笑われて悪循環だった。
ゆうこちゃんの学園まで、2人の後ろを歩いた。
自分を透明人間に感じるくらい、あやみと中君の雰囲気は凄く良かった。
心の中にドロドロの感情と諦めが一緒にあって、泣きたいのに笑いしか出なかった。
急にあやみが振り向いた。
「みずき?ゴメン中君の話が面白くてつい」
あやみも中君何だ…。
つい、何?
良いよ、分かってるから。
「ん?何がゴメンなの?」
あやみに惚けて見せた。
「みずき?」
「急がないとゆうこちゃんの順番着ちゃうよ」
見返してくる中嶋くんを急かした。
2人を抜いて先を走る。
学園に着く頃には、笑い顔も自然に出てたはず…。
ゆうこちゃんにはあやみが中嶋くんを紹介した。
ショーは綺麗だった。
作った人が自分の作品を着てステージを歩く。
ゆうこちゃんは自信に溢れてて綺麗で美しかった。
最後はみんながウエディングドレスを着て歩いて、その中でもゆうこちゃんが1番目立って綺麗だった。
ショーが終って、ゆうこちゃんを混ぜた4人で構内の抹茶茶屋でお茶をした。
3人の会話を聞いてる振りして、自分との広がっていく距離を嫌でも痛感してた。
自分だけこの場に不似合いで、笑うしかなくて。
「また招待したいから、番号とライン教えて」
「あ、私にも教えてよ」
「じゃあ教え合おう」
息が詰まった。
私、中嶋くんの番号知らない。
同期のグループラインは知ってるけど、個人で連絡を取ろうと思った事もなかった、って気が付いた。
何かが、胸の奥でぐにゃって捻れた。
知らず立ち上がっていた。
今はこの場に居たくなかった。
笑顔を作る時間が欲しかった。
「みずき?」
「ちょっとトイレ」
「え?」
あやみが怪訝な顔をした。
「飲みすぎたみたい」
慌てて誤魔化した。
「早く行ってきなよ。片付けあるから帰っちゃうぞ」
ゆうこちゃんの言葉に救われた気持ちになった。
「うん、急ぐ」
トイレで鏡を見て、気持ちを落ち着かせる。
喉に塊が詰まって声が出なかった。
変われてない…。
私は何時まで経っても小6のままで、何も出来なくてオロオロするだけ…。
鏡の自分に問い掛けた。
このままあやみと中嶋くんといられる?
違う、駅で2人と別れるまでは、嘘でも笑ってなきなゃあやみに心配される。
それに…、私にだって哀れまれたくないちっちゃなプライドがある。
「…頑張れ私」
もう中嶋くんには頼れない。
亜紀ちゃんも居ない。
ゆうこちゃんが誘わなかったら、こんな現実気付かずにいられたのに…。
ああ何だ、あの時に戻っただけなんだ…。
鏡に写る顔が醜く歪んだ。
まだ救われてるのは私も少しは大人になった事だ。
ゆうこちゃんに、8年間現実を受け入れるための時間を貰ったと思ったら、開き直れる気持ちも生まれた。
そう、広太に負けてドアを開いてしまったあの時より悪い事なんて、今さらあるはずない。
よし、笑える。
席に戻ったらゆうこちゃんは戻った後だった。
「そろそろ帰ろうか」
あやみと中嶋くんに笑って見せた。
「良いの?会うの久し振りじゃないの?」
あやみが気遣ってくれた。
「大丈夫。家近いから、無理に今会わなくても会いたくなったら何時でも会えるし」
「なら良いけど」
「帰ろうよ」
待っててくれたあやみと中嶋くんを見ても、何も感じなくてホッとした。
帰りも2人の後ろを歩く。
時々あやみが振り向いてるのに気付いてるけど、上手く言えないから並んだ店を見てる振りしてた。
「みずきは大学でどうですか?友達出来てますか?」
あやみが突然中嶋くんに聞いた。
何で今?
そんな話題は会って直ぐに出るんじゃないのかな。
今まで何を話してるのか聞こえてこなかったのに、何で今だけ聞こえたの?
後ろで首を捻ってたら、またあやみが振り向いたからそれで気付いた。
振り返りながら話したから聞こえたんだ。