それから2
その日からみゆきにガン無視された。
でも良い事もあってそれまで話した事もない女子が話し掛けてくれて友達になってくれた。
「いつもみゆきといたから話し掛けられなかったの」
仲良くなった亜紀ちゃんが言った。
「みゆきが仲間外れになったら困るな、って思ってたけどダイジョブみたいだね」
そう言って亜紀ちゃんはホッとした顔してた。
みゆきが孤立したら今以上にクラスの中の空気が悪くなる、って言われて何か納得してしまった。
中君も掻き回した罪悪感がある、とあの後暫く気遣ってくれた。
結局自分から声を掛ける事は出来なかったけど、逃げ出さないで後期が始まった。
静かな大学生活の中、11月の文化祭になった。
文化祭は3日間。
最終日はあやみたちも4人で来る予定になってる。
私も亜紀ちゃんも部活や同好会に入ってないから、初日2日目とのんびり見て回る予定にしていた。
「あれ、中嶋君じゃない?」
亜紀ちゃんの指差す方を見たら中君と女の人がいた。
「もしかしたら彼女さんかな?」
亜紀ちゃんの言葉に胸の奥がチクン、とした。
…そうなんだ。
思ったけど確かめるのが怖かった。
今さらだけど、中君には大切な彼女がいるんだって思い知らされた。
「…綺麗な人だね」
無意識に口から本音が出てしまう。
「うん、モデルさんみたいだね」
亜紀ちゃんが眩しそうに言った。
「お似合いだね」
苦い物を無理矢理飲み込んで、亜紀ちゃんに頷いた。
見たくないのに…。
もし、神様がいるなら凄く意地悪だと思う。
独りっ子だから兄弟の感覚は分からないけど、例えるなら兄を取られた気持ちになっていた。
私の中君なのに。
私のお兄ちゃんなのに。
が、その時の私の中では同意語だった。
そんな自覚も無くて、私は中君の彼女を見ていた。
複雑な気持ちで向かえた最終日。
高校の時の仲間に亜紀ちゃんを紹介した。
中君と彼女を見たのは初日だけで、昨日は仲間と回っているのが見えた。
2日目もニアミスしたけど、亜紀ちゃんに気付かれないよう中君を避けた。
理由は無いけど、話したくないと頑固に思っていた。
いつの間にか私とあやみが後ろで並んでて、何故か亜紀ちゃんが賢也と佑の間にいた。
その後ろをまさこが賢也を睨んで歩いてる変な形になっていた。
「何あれ」
思わずあやみに聞いてしまう。
「賢也とまさこ、大学入ってから付き合ってるらしいよ。同じところに行ったからじゃないかな」
「知らなかった」
「賢也、大学入ってから髪伸ばしたんだって、カッコ良くなったよね。待ち合わせてた場所でも賢也から声掛けて来なかったら誰か分からなかったくらいよ」
目の前の光景を見ながら、驚き半分嘘だと思う気持ち半分で複雑だった。
賢也は人に合わせるのが嫌いで、適当に距離がある関係が居心地良いと2年から仲間に入ってきた。
そんな賢也が彼女を作ったのに驚いたし、相手が彼氏には束縛されたいまさこなのにもっと驚きだった。
多分私だけだけど、賢也はあやみが好きなんだと思ってたし、もし彼女が出来たなら絶対あやみだと勝手に思い込んでた。
「上手くいってるの?」
複雑な気持ちで聞いてみたら、あやみが顔をしかめて言った。
「どうだろ、まさこは愚痴のラインしかしてこないから面倒で、最近は読み流して適当に返してる」
「私には来ないよ?」
あやみが私を見て、一呼吸置いて言った。
「あんた、広太と別れてまさこどころじゃなかったでしょ。だから言うなってまさこに釘刺しといたの」
「う…ありがとう」
「お昼何処で食べる?」
あやみが前の4人に聞いた。
私もお昼をかなり過ぎてるから流石にお腹が空いていた。
「がっつり食いたいな」
佑がお腹を擦って言った。
「賢也は?」
「俺カレー」
確かにカレーの美味しそうな匂いが学食から流れて来てて、長い列が出来ていた。
「まさこは?」
「外で食べたい。そのまま帰るよ」
まさこが言いながら賢也の腕を掴んで引っ張った。
「まだ半分しか見てないですよ」
亜紀ちゃんは控え目な目で賢也に訴えていた。
あやみと私は『どうする?』ってアイコンタクト。
高校の仲間の中心はあやみで、私もあやみから声を掛けてくれたから仲間になれていた。
佑はその微妙な空気に気付かず学食を指差した。
「もう十分でしょ」
まさこが強引に賢也の腕を引いた。
「まだ良いですよね?」
何故か亜紀ちゃんが食い下がる。
普段の亜紀ちゃんは積極的な子じゃない。
それなのに何で?
私だけじゃなくあやみもそう思ってる顔だった。
「私の彼氏に色目使わないでっ!」
もう我慢できない、って感じで、まさこがキレた口調で亜紀ちゃんを睨んだ。
「え…だって…」
亜紀ちゃんの視線は賢也に助けを求めている。
助けてくれる、って期待してる亜紀ちゃんにどう説明しようか考えていたら、賢也が怒った顔で力任せにまさこから腕を取り戻した。
「賢也っ」
まさこが非難めいた口調で言った。
「女避けになるんじゃなかったのかよ」
普段静かな賢也の目が怒りできつくなっていた。
「だからなってるじゃない」
まさこが必死に言い返した。
「こんな今しか会わない奴にまでする必要あるかよ」
賢也が嫌そうに亜紀ちゃんを指した。
「…え…?」
亜紀ちゃんは現実が理解できないで、ポカンと賢也を見て固まっている。
まさこは悲鳴に近い泣き声を上げてしゃがみこんだ。
「ここじゃ通行の邪魔になるわ。移動するよ」
呆然と立ってた私は放置で、あやみはまさこを立たせてからまた私を見て来た。
「みずき」
あやみに名前を呼ばれて現実に戻ると、あやみは亜紀ちゃんを見てからまた私を見て、人気の無い所へ連れて行け、とあやみの目が言っていた。
考えて、動かない亜紀ちゃんを何とか支えながら校舎の裏に移動した。
移動の途中、亜紀ちゃんは『嘘、嘘よね…』と繰り返して先を歩く賢也の背中を目で追っていた。
賢也はうざそうに亜紀ちゃんを見返してて、何でこうなったのか、後ろから見てたのに分からなかった。
校舎の裏に着くと、あやみが賢也に聞いた。
「説明してよ。まさこが女避けって、あなたたち付き合ってたんじゃないの?」
「付き合ってるわよ」
「付き合ってねぇよ」
賢也とまさこから正反対の言葉が返ってきた。
「嘘付かないでっ」
「嘘じゃねぇだろ」
怒ってるけど冷静な賢也の話だと、大学で髪型を変えたら急にモテるようになったらしい。
元に戻せば騒がれなくなるのは分かっていたが、規則で短くしていた頃には戻りたくない、と言った。
言われて見れば、確かに高校の頃とかなり変わっていた。
まさかだけど、外見がカッコ良くなった賢也をまさこが好きになった、とかなの?
「要約すると、まさこは女避けの偽彼女なの?」
あやみが確認する口調で賢也に聞いた。
「そうだって言ってるだろ」
「違うわっ、私たち付き合ってるじゃない」
まさこの口調は嘘とは思えなかった。
つい賢也を見た。
「付き合ってないだろっ」
苛立ってる賢也の口調もきつい。
「もう3ヶ月も彼女してるんだよ。始めた時に賢也言ったじゃない。そのうち好きになる、って」
「なるじゃないだろ。まさこを好きになる可能性はゼロじゃない、って言ったんだろ」
「嫌いなら3ヶ月も振りなんか出来るはずない」
賢也とまさこの言い合いに、あやみが大袈裟なため息を付いた。
「それってまさこの妄想じゃない」
「違うわっ!」
「違わない。まさこ、大学の誰と賢也取り合ってるの?」
え?
あやみの断定的な言い方にそれが事実だと分かってしまった。
「取り合ってなんかないわ」
まさこの仕草に動揺が見えた。
「その子に『賢也を紹介して』とか言われたんでしょ」
「ち、違うっ」
まさこが必死に否定するけど、する分だけ嘘だって分かってしまった。
「そんなに羨ましがられるのが嬉しかったの?違うね優越感でしょ。まさこは空想癖あるから偽物彼女してる内に本当に賢也が好きになったんだよね」
あやみの言葉にまさこが泣き崩れた。
「賢也、まさこと付き合ってみない?」
「断る」
あやみの提案を賢也は即断で断った。
「2度と俺に近付くな」
賢也は歩き出しながら亜紀ちゃんを見て同じ言葉を言った。
「待ちなさいよ。まだ終わってないから」
あやみが慌て賢也を止めた。