それから
9月。
後期の始まりは緊張のし過ぎで胃が痛かった。
びくびくで大学のある駅に着いた。
あやみとの約束はもうここから始まってる、って思うと胃がきゅーってなって吐きそうだった。
決心して家を出てきたはずなのに、知り合いに会ったら絶対その場で逃げ出す自信があった。
自意識過剰じゃない。
高校と大学とじゃ住んでる人種が全然違う。
上手く言えないけど、ゆうこちゃんとみゆき。
高校でゆうこちゃんの他にも友達が出来て、内向的な性格が少しは外に向いたつもりだった。
なのに、大学の入学式の時は周りに圧倒されて、小6で田舎から出てきた時より緊張してた。
やっと大学の空気にも慣れてきて、話し掛けられたら返事が出来るようになってきてたのに…。
あやみの宿題はハードルが高過ぎるよ…。
キリキリ痛む胃を押さえながら歩き出した。
「みずきおはよ」
「ひぃっ」
前ばかり警戒してたから、後ろからいきなり背中を叩かれて悲鳴みたいな声が出てしまった。
心臓が破裂しそうにだくだくして、思わず衝撃から足が止まってしまう。
ブン、と飛び上がるように振り向いたら、みゆきがびっくりした顔で私を見てた。
「嫌だ、みずきみっともなぁい」
みゆきの馬鹿にする目が私に向いた。
「休み明けから笑わせないでよね」
その時分かってしまった。
今までも、話してる時、時々、ん?って思う会話があったけど、気のせいだと思おうとしてきた。
…違う。
大学で話せるのは中君とみゆきしか居ないから、みゆきの気持ちに気付かないよう自分でしてたんだ…。
「何よその顔」
みゆきが横目で見返してきた。
みゆきのふふん、とした顔は見下す優越感からだ。
悔しいのに、言い返せない。
唇を噛んでみゆきを睨んでいたら、背中をとんと優しく押された。
「駅の出入口で立ち止まってたら通行人の迷惑だろ」
後ろを見返せば中君で、みゆきと私を促した。
中君の後ろには中君の友人3人の姿もあった。
それを見たら胃がまたきゅーってして、胃が岩になった重さが足にきて、その場にしゃがみそうだった。
もう嫌だ、帰りたい。
頭で思っても体が動かなかった。
もし足が動いてたら全部放り捨てて逃げ出してた。
「朝から何陰湿な空気出してんだ」
サラッと言う中君に私もみゆきもぎょっとする。
先に立ち直ったのはみゆきだった。
「陰湿じゃないわ。ちょっとみずきをからかっただけよ。みずきも言い返さなかったでしょ、冗談よ」
「からかうって?」
中君は笑顔で私の顔を覗いてくる。
中君は身長が高いから、自然に屈む感じになった。
「何てからかわれたの」
素で聞いてくる。
私が言えないでいたらみゆきが中君の背中をとん、と軽くタッチした。
「おはようを言いながらこうタッチしただけよ」
みゆきは作った笑顔で中君に言った。
ドン、だったのに。
「みずきはそれだけでびっくりしたのか?」
気持ちは違うけど頷くしかなかった。
「驚いて振り向いた顔がみっともなかったからつい笑っちゃったのよ」
「そうなのか」
中君は確かめるように目を見て聞いてくる。
言い返したいのに、これからの大学生活が頭の中をぐるぐる回って、言葉にさせなかった。
「田舎者丸出しなんだものついおかしくて」
中君が私の味方をしないと分かって、みゆきの口調が微妙に馬鹿にした感じに変わった。
中君は否定も肯定もしなくて私を見てた。
私は中君の前で言われて、中君には知られたくなかったのに、って思う自分に泣きたかった。
田舎にいるじいちゃんばあちゃんに悪いと思いながらも、田舎者って言われるのはやっぱり嫌だった。
駅前に3人で固まっていたから、中君の友人だけじゃなく後から来た同期も自然に足を止めていた。
そんな中、中君のおだやかな顔がみゆきに向いた。
「それをみんなの前でも言えるんだな」
中君の言葉で慌てて回りを見たら、いつの間にか10人以上の同期が足を止めていた。
反射的に見上げた中君の顔は、笑顔なのに怒っている感じだった。
「え?みんなも私と同意見だと思うわ。中嶋君も内心はそう思ってるんでしょ?」
中君に同意を求めるみゆきの顔を見たら、みゆきの次に言いそうな言葉が頭の中をぐるぐるして吐き気がしてきた。
「俺、九州のど田舎だけど」
それまで黙っていた中君の友人の1人が怒ったようにきつい口調で言った。
みゆきが焦った顔で違う違うと顔の前で手を振った。
「あなたの事を言ったんじゃないわ。みずきの事よ」
「みずきが田舎者で何が悪いんだよ」
名前の知らない同期が言い返した。
「お前、同期の半分以上は地方出身だと分かって言ってるんだろうな」
怒ったら声が重なった。
「顔合わせの飲み会で、みんな自分の出身地言ったの忘れたのか」
形勢不利を察したみゆきが泣き顔になった。
「そんなつもりじゃないわ。ちょっとみずきをからかっただけなのに、みんな酷い…」
駅前で固まってたから在学生だけじゃなく野次馬も集まりだして、みんな興味津々の顔をしていた。
中に同期の女子の顔も見えて、もう明日から大学に来れない、って気持ちで一杯だった。
「そうだぞ。みゆきの言い方は悪かったが悪気があったわけじゃないだろ」
空気が悪くなって、いたたまれなくなっていたのに、囲んでいた中の1人がみゆきを庇うように言った。
反発するように同期の女子も言った。
「みずきだけじゃないよね。みゆき、見た目可愛いけど同期の女子を綺麗さでマウンティングしてるの女子はみんな感じてるよ」
その言葉に内心喜んだ自分は性格悪いと思う。
でも、同じに思ってる人がいる、って知って無性に安堵してる自分が本当の自分だった。
「そんな言い方するなよ」
数人の男子が庇う言い方をしてみゆきの近くに立った。
「本当の事でしょ」
喧嘩腰で言い返す女子を中君が手を上げて止めた。
「話がずれてるぞ」
「だって、良い機会だから言わせてよ」
「それは後から女子だけでやってくれ。今の話題は田舎者の話だろ。みんなの意見を聞きたいな」
中君が自然に場を仕切る。
それまであった好戦的な空気が簡単にゆるまった。
「俺は田舎者とか友人を思った事ないな」
中君が最初に言った。
「俺は思わないと言えば嘘になるが、京が都だったらここも田舎だろ。そう思えばそもそも何が基準の田舎者だって思うな」
「なら言い替える。みゆきが言いたいのは地方とは違うって事だろ」
みゆきを庇う1人が言った。
それが都会に住む人の無意識な意見だ、って言われなくても小6の時に思い知らされてる。
きっとそう思うのは私だけじゃないと思う。
「言わせて貰えばさ、住む場所で人を区別するのが初めから間違いなんだよな」
「学年1モテてる奴も青森の片田舎の出だぞ。そいつの前で田舎者って言ってからにしろよ」
いっせいに女子の目がみゆきに向いた。
名指しのイケメンはみゆきが狙ってるうちの1人だった。
「みゆきはね、みずきの外見や行動が田舎者だって言ってるのよ。みずきを見下してるわけ。みずきだけじゃないわよ、女子全部見下してるわよね」
「それは後から女子でやれって言ってるだろ」
中君が真面目にもう1度言った。
中君が時計を見て言った。
「時間も無くなるし俺が締めさせて貰う、この話はどこに住もうが同じ大学に通ってるんだ平等で文句ないな。次にこの話題が出れば全員に決を取る」
「それじゃ言い出しっぺが不利じゃないか」
みゆきを庇う声が上がった。
「元はみゆきのモラルが低いからだろ。普通思っても口にしない事を考えなしに口に出したからこうなったんだ」
1人が言い返した。
「だよな」
「そう言う事だな」
話が終わりそうだったのに、さっきの女子がまた話をぶり返そうとした。
「残念だったね。みずきにマウンティングしようとしたんだろうけど失敗だよ」
「しつこいぞ。その話は後にしてくれ」
中君は友人を促してさっさと歩き出した。
みんなも流れで歩き出した。
「みゆきに何か言われたら庇ってあげるから来なね」
さっきみゆきに言ってた女子も、ポンと肩を叩いて友人と歩いて行った。
………
マウンティングしてるのは彼女もだ。
『庇ってあげる』
彼女の声が頭の中をリピートした。