それは…3
ここまでエブリスタに書いた
話です
少し書き方が
変わると思いますが
書き手が年を取ったと
ご理解くださいまし
あの時、固まって拒絶も出来なかった自分が、知能犯の広太を恨むよりもっともっと情けなくて、ノーときっぱり言えない優柔不断な自分を、誰よりも私自身が一番嫌悪した。
なのに…。
アパートの前で広太が言った
「ドアを開けるまで前で暴れてやるからな」
って脅しに負けたんだ…。
ホント、バカだよね…。
バカすぎて、もう救いようがないよ。
警察沙汰になったらお母さんに嫌われて捨てられる。
そう思ったらドアを開けてた。
今ならおかしいと思うけど、あの時は広太よりお母さんに捨てられる方が怖かったんだ。
広太がどうしてこのアパートを知っているのか、負けて中に入れてもその疑問は残った。
先週参加した同窓会で、アドレスを交換した友達の家に今朝まで居たと聞いて、背筋が寒くなった。
勝手に冷蔵庫を漁る広太に隠れて、ゆうこちゃんに助けてのメールを打とうとしたけど、送信する前に気付かれて携帯を取り上げられた。
広太は怒りながら部屋中を物色して
「金ねぇのかよ(怒)」
「ない」
短く両親の離婚と母親の再婚を口にする。
「追い出されたのか(笑)」
2日前、隣に空き巣が入って、ここにも警察が来た。
現金と通帳の隠し方を教わって実践したばかりだったから、広太にはどっちも見付けられずに済んでいた。
独り暮らしで、煙たい親が居ないとなれば広太が出ていくはずもなく、望まない男と女の関係が私の重い足枷になった。
溺れる寸前の狂った頭で…もう死ぬしかないと際限なく繰り返してた。
推薦で大学も決まっていたけど、この部屋で飢えて死ぬと思い込んでた私は、電線に止まってる鴉をただ何日も見ていた。
そんな暮らしに我慢できず、広太は部屋からごっそりCDを持って出ていき夜に現金とお弁当2つを持ってまた戻ってきた。
広太とお弁当を食べながら
…独り笑った。
CDを売ったお金を持って
ここへ戻ってなんか来ないで何処かへ行ってしまえば良かったのに。
何で戻ってきたの?
…なんだ。
広太も小心者か。
ちっぽけだから、ちっぽけで勝てそうな私の処に居るしかないから、ここに居るんだね
…分かっちゃった。
私の様子を盗み見る広太。
どんなに望んでも、もう…ドアを開ける前には戻れない。
気持ちは別でも広太と暮らしていくしかないんだ…それしか…ない。
その日から、私と広太のギクシャクした歪んだ生活が再度始まった。
私は高校へ通い、広太は仕事を探した。
高校中退の広太を採用する会社はなくて、アルバイトや日雇いを探す日々。
採用されてもなかなか続かない広太は、不貞腐れてプイと出掛けては何日も戻らない。
初めは出先で何かあったのかと心配したけど、何日目かにこの部屋に転がり込む前は友達の家を転々としていたんだと気が付いた。
このまま戻らないかも…、そう思っていたら喧嘩で酷く殴られて、真夜中に飛び込んできた。
「どこかに転がり込んでたんじゃないの?」
呆れる私に広太が
「ここしか帰る場所ないんだ」
と呻いた。
掃除を終えて涼んでいたら、あやみから電話が来た。
シャワーの後なので部屋まで来て貰い、夕方まで小さいテーブルを挟んでとりとめのないお喋りをした。
ふと海の話題から広太の事をあやみに話したら
「また戻ってくるよ」
とサラッと流された。
広太の荷物を捨てた話は
「どうした心境の変化?」
とジロジロ見られた。
「どうした…か」
今回は…違う。
…今度は。
バタッと戻らなくなって電話したら邪魔扱いされて、それからはいつも話し中でアドレスも変えたのかメールが送れなくなった。
「それ、いつ?」
「5月の連休明け」
海でまさこを誘った話をあやみも本人から聞いていて真剣な顔で
「2ヶ月から前じゃない」
と低い声を出した。
「まさかまさこ?」
「ううん」
みゆきの話をもう一度あやみにすれば
「その子だけ?」
怪しい物を見る目でズケズケ聞いてくる。
…きっと。
あの店に居たゼミの女の子全部にアドレス聞いてる。
「なるほどね~、10人も候補がいれば、みずきはいらないわけだ」
あやみの言葉がグリッと胸に刺さる…
「みずきはどうしたい?」
……
「あいつさ、玉砕したら懲りずにまたここへ来るよ」
どうしたい?
……私、どうしたいんだろう。
「たまに変な独占欲見せるくせに執着しないし、前から一度聞こうと思ってたんだけど何考えてるの?」
「独占欲?私が変な?」
あやみに言わせると、海でも広太を探せるのは自分だけだ、みたいな態度だったと口を尖らせる。
私、だけ…。
はっとした。
広太がこの部屋に転がり込むのは、いつも傷付いて弱ってる時で、いつの間にか、母性本当か何かで無意識に広太を庇ってきたのかもしれない。
傷付いた広太をかくまえるのは私だけって、錯覚して…自惚れた。
ここしかない。
広太のその言葉が独りの私を狂わせたんだ…。
「みずきには最初の男でもさ…、あいつにしたらその他なんじゃないの?」
……
「みずきはあいつと支え合いたいの?人って字にあんな男となれるの?」
人と人が寄り掛かり合って、支え合ってそれで初めて漢字の人になる。
広太が私を支えてくれる?
広太になんか寄り掛かったら、避けられるか押し返されるのが落ちだよ。
…はは。
そうか…。
独りが怖かったんだ…。
広太みたいな男でも構わないって思うくらい、私は独りが寂しかったのか。
「みずきって引っ込み思案な処があるから、誰に対しても一歩引いてるよね」
あやみは
「そんなに方言が気になるの?東京で生まれ育った私にはふるさとがあるって羨ましいけど」
って言った。
違うよ。
引いてるわけじゃなくて…。
高校へ進学する時、ゆうこちゃんは大学まである美容の高校へ進学した。
将来は華やかな世界で仕事をしたいと思っているゆうこちゃんと違って、私はコツコツと書類を書くような透明人間になれる仕事に付きたかった。
ゆうこちゃんと自分を比べて話したからか
「ゆうこちゃんて決して美人じゃないよね」
「…え」
あやみの思いがけない話に、動けなくなってしまう。
固まっていたら
「あの表現豊かな表情がゆうこちゃんを何倍も綺麗に見せてるんだよ」
……あ
「勿論本人も綺麗になる努力してるし、偉いよね」
あやみはゆうこちゃんが毎日エクササイズを欠かさない事や、細かい身だしなみまで気遣ってる事を私に分かるよう話しててくれた。
「みずきは?何か輝く為の努力してる?」
……
何も言い返せない。
急に黒板を真剣に見ていた中嶋君の横顔が思い出されて、輝くって、ああなんだ、って中嶋君のお陰で理解できた気がした。
「笑ってみなよ」
「え?」
「最初は朝の挨拶だけでいいからさ、笑って『おはよう』て言ってみなよ」
「そんな事私が言ったら絶対キモがられるよ(汗)」
「ならないって(笑)」
あやみは祐もそう言ってたと横目で見てきた。
「高1でうちら同じクラスになったじゃん、あの頃祐がみずきかなり好きだったの知らないでしょ」
「…うそ」
慰めるからってそんな嘘付かなくてもいいじゃん…。
「祐は告る前に勝手に自己完結したから、みずきに教えなかったんだけどさ」
……
「それって今のみずきと同じだよね、『どうせ自分なんか』口癖になってるし」
……
「あのねー、さっき話に出てきた中嶋君だっけ?彼もみずき好きだと思うよ」
……
「彼のみずきへの好きはLOVEじゃなくてLIKEね」
???
「…全く(呆)」
あやみは大袈裟にため息をついてから
「嫌ならみゆきを避けるようにみずきも避けるんじゃないの?」
「……」
「あのねー(怒)、モデルになれるくらいの美人じゃないけどね、みずきが卑下するほどブスじゃないよ」
あやみに散々言われ
「効果が無かったら1週間で止めていいから」
と強引に約束させられた