会社3
2月に入って直ぐ、急な人事異動があって私は企画部から営業に配置代えになった。
理由は…ロッカー事件しか思い当たらない。
ロッカー事件の後何と無く気まずかった空気が一気に私の廃除に動いて、企画部の全員が私を黙殺した。
みんなの目に『速く辞めてくれ』って書いてあって…鈍い私でも嫌でも気が付く…。
退職届は鞄に入ってる。
出せば終わるのに…居ても笑われるだけなのに、係長に嘲笑われながら退職届を出すんだと思ったら…。
出す勇気すら無くなっていた。
バックレようか…。
直ぐに駄目だと思った。
バイト先と違って保険証とかを返さないでは辞められない気がする。
どうすれば良いのか分からなくなって賢也とゆうこちゃんにラインした。
直ぐにゆうこちゃんから電話がきて怒られた。
『辞めさせたいなら直に言われるよ。営業に欲しいって言われたから時期外れの人事異動なんじゃないの?それに、辞めて食べていけるの?再就職する時に今の会社を辞めた理由聞かれるよ、何て答えるつもり?』
「え、…聞かれるの?」
動揺して聞き返す声も震えた。
『当然。1年足らずで辞めたら会社側に問題あるかみずきの我慢が足りないかどっちかしか理由無いじゃない』
ゆうこちゃんの言ってる事が正解に思えてきた。
「何年なら我慢が足りないって思われないかな…」
『普通3年だね。仕事の知識も付いてるから転職しても潰しが利くし。昇給の試験受けてるよね?』
「うん」
『ホントに辞めたいなら営業行ってからにしなよ。てか行くしかないし』
「えっ、何で?」
『退職届出しても受理されなきゃ辞められないし、されても直ぐは辞められないんだよ』
ゆうこちゃんの話しを聞いてるうちに力が抜けてきて、ふにゃりと床にへたりこんでしまった。
『聞いてる?うちでさえ退職届受理されてから本当に辞められるまで1ヶ月掛かるんだよ、みずきの所はうちより掛かるんじゃない?』
…もう『退職届』を出す気力も無くなっていた。
退職届が受理されたら公示されるってゆうこちゃんに聞いて…出す事も出来なくなってしまった。
勤め続けるしかない。
頭の中で『3年勤めたら』って馬鹿みたいに繰り返してた。
翌日社内便で講習の終了と合格の通知が送られてきた。
合格証書は後から自宅に郵送とあった。
…受かったんだ。
心此処にあらずで受けた試験だったから受かったのが奇跡だと思う。
次の講習の案内も同封されていて『受ける』に印を付けて午後の社内便で送り返した。
辞令から移動まで3日しか無かったけど、個人で任されてる仕事も無いので移動は簡単に終わった。
私の代わりは総務から同期の女子が移るとグループラインで知った。
その人は頭が固いと影で言われている人で、移動の当日はあけすけに『無能の後釜も無能かよ』と大きな声で言われた。
グループラインにも『同期の恥』みたいな言い方で書かれて、ゆうこちゃんから電話が無かったら…死んでた。
『堂々と出社しなさいよ』
ゆうこちゃんはあっけらかんと言った。
『同期入社した人たちって何人残ってるの?』
「分からない。気付けば居なくなってる人もいるから。転職してもグループライン抜けない人もいて分からない」
『そっか、うちは同期半分も残ってないよ』
「半分?ゆうこちゃんの会社でも?」
以外で聞き返した。
ゆうこちゃんは仕事にも人間関係にも慣れて、慣れが摩擦を生んで1年を前にまた2人辞めると話した。
『私もみずきも今が頑張る時だよ』
「うん、頑張るよ」
「本日からまたよろしくお願いいたします」
きりきり痛む胃を押さえながら挨拶した。
予想はしていたけど営業の空気は冷たかった。
企画より『辞めろ』の空気が強い気がして逃げて帰りたくなる。
ここで逃げ帰ったら暮らしていけなくなる現実がおもしになって私を押し止めていた。
自分を励まし気付かない振りでお茶を運び頼まれた雑用をこなした。
こなすしかなかった…逃げ場は無いから。
企画から営業に変わっても、私の仕事は変わらない…。
「今日からお前は俺の下に付け」
「…はい」
営業の主任の1人が昼過ぎに来て言った。
朝に姿が無かった人で、言ってまた直ぐ出掛けて行ってしまった。
下に付けと言われても何をすれば良いのか分からないのでポツンとしていたら『使えない奴だな』と出掛けようとしてる人にも言われた。
それは自分が1番分かってる…泣きそうになるのをやっと堪えて給湯室に逃げた。
1日が長かった。
やっと終わりの時間になって更衣室に行ったら2人いる営業の女子社員もいて、私を見て嫌な顔を隠さず『何で辞めないの?往生際が悪いんじゃない』と面と向かって言われた。
心が折れて『死のう』『死んでしまいたい』考えてた事はそれだけで、もしゆうこちゃんが来てくれてなかったら…私は死んでた。
部屋の前にゆうこちゃんの姿を見付けた時夢かと思った。
駆け寄ってゆうこちゃんにしがみついて泣いた。
熱い塊が喉につかえてて声が出なくてゆうこちゃんの体を力任せに揺さぶるしか出来なかった。
ゆうこちゃんは私が泣き止むまでじっとしていてくれた。
「来てみて良かった」
ゆうこちゃんが背中を擦りながら言った。
「寒い、部屋に入れてよ」
「ごめ…ん、ごめん」
急いで鞄から鍵を探した。
電気ストーブを付けて2人で冷たい手を温めた。
「しんどかったみたいだね」
また涙が零れた。
つかえながら今日1日を話す…『行きたくない』『死にたい』って言ったら背中をドン、とげんこつで打たれた。
「苦しいのはみずきだけじゃないよ。朝の電話じゃ言わなかったけど社の小さいイベントで入賞したの、先輩も狙ってたらしくて『新人の癖に』って始まって」
「…うん」
「今は周りまで巻き込んでる」
何時もパワー全開のゆうこちゃんが疲れた顔をした。
「私も『辞めたい』って何回も思ったよ。辞表も書いたけど、これを出したら『負け』なんだ、って思ったら悔しくて意地でも出さないって決めたの」
驚きだった。
ゆうこちゃんでさえ私と同じ気持ちになるのかと思ったら救われた気持ちになった。
私が辞めるのも当然に思えてきて『明日退職届を出そう』、と思ったら喉のしこりが消えた気がした。
「辞めるなら自分の作品を残してから辞めたい」
ゆうこちゃんは怒りで拳を握りしめて言った。
え…。
「大学の時の先輩が独立するの。『来ないか』って誘われてるけど負けたままじゃ行けない」
ゆうこちゃんの目はギラギラとリベンジに燃えていた。
ゆうこちゃんは強い。
その力が半分でも私にあれば…。
「先輩の所は立ち上げたばかりだから事務の人が居ないの。みずきも来ない?」
「私も?良いの?」
ゆうこちゃんの一言で出口の無かった迷路がパアッと開けた気がした。
「でも私は先輩を見返してから辞めたい」
ゆうこちゃんは握った拳を突き出して言った。
「私来月の社内コンペで結果を出せたら辞めるから、そうしたらみずきも一緒に転職しよう」
ゆうこちゃんの会社は辞める1ヶ月前に退職届を出せば良いらしいけど、うちは…調べてなくて言えなかった。
「明日出す」
無意識に口から出ていたらしくてゆうこちゃんに『結果出てから』って止められた。
「来月で駄目なら半年延びるから結果出てからだよ」
ゆうこちゃんの会社では年に2回社員の登竜門としてコンペを開いてる、と改めて聞かされた。
「半年も待てない…」
喉まで『先に行っちゃ駄目かな』って出掛けてた。
そのくらい会社が辛かった。
きっと私が切羽詰まってギリギリだったのがゆうこちゃんにも分かったんだと思う。
「1ヶ月、絶対1ヶ月で結果出すから。1ヶ月だけ待って」
ゆうこちゃんは私の前に座ると両手をぎゅっと握って言った。
その顔は真剣で、ゆうこちゃんを信じようって心に決めた。
「2人で頑張ろうね」
「うん」
会社を辞めても次があるって現実が、あっぷあっぷして瀕死だった私に酸素をくれた。
後1ヶ月。
私の中でそれがお守りになった。
ゆうこちゃんの結果が良い方に出てもそこから退職まで早くても1ヶ月掛かるのに、それは記憶から綺麗に消し去られてて、『来月にはこの会社を辞められる』しか頭に無かった。




