就活2
夜にゆうこちゃんへ電話した。
中嶋くんとあやみの事を謝りたかったし、服を誉められた話もしたかった。
「そっか、直にみずきに言ったのか」
ゆうこちゃんは2年後が思いやられる、と笑った。
就活で話すようになった同期に服を誉められた話をしたら、『でしょー』って喜んでいた。
「で?戦績は?」
ゆうこちゃんには素直に言えた。
「本命が危ういのは痛いね。決算の後にって事は潰れかけてるんだろうね」
「思っても言わなかったのに」
恨み言が自然に口を出る。
ゆうこちゃんだから言える本音だった。
「免疫を付けてるの。みずき慣れてないから」
「そうだけど…」
ゆうこちゃんには見えないのに、うんうん頷いた。
「ありがとう…ゆうこちゃんが居なかったら、今頃私どうなってたか分からないよ」
「頼りなかったからね」
ゆうこちゃんにあっさり笑って肯定されても、ゆうこちゃんなら素直に聞けた。
「誕生日のお祝いだけどさ、就職決まったらあげる」
「え?…あ、いけない誕生日過ぎてる」
壁のカレンダーを見て、間抜けな返事を返した。
「余裕無くて忘れたんでしょ」
「うん」
9月5日、何時もこの日が嫌いだった。
田舎に居た時は両親でお祝いしてくれたのに、こっちへ来たら母親も就職したから『忙しい』が優先してプレゼントも貰えなくなった。
田舎と違って物価も高いから母親が働きに出たのは仕方無いと思う。
私も小6で留守番は出来たし簡単な物は作れた。
今思い出せば、タイミングだったんだと思える。
生活に余裕があれば専業主婦だった母親が働きに行く事は無かったし、私がもっと小さかったら母親も育児を優先したはずだ。
全部が悪い方に重なった。
「結果が分かったら教えてよ」
「うん内定貰ったら電話する」
「何かあってもするんだからね」
「うん」
ゆうこちゃんに頷きながら、広太の事を考えた。
コーヒーショップで向き合って座った後、暫くは言葉も無く睨み合ってた。
広太は何か言いたそうだったけど、直ぐ隣に他人が居るから睨むだけだった。
思い付いて、鞄からスマホを出してわざとらしくあちこちのサイトを見た。
無理にでも広太を空気にしないと、ゆうこちゃんを待てなくて逃げ出しそうだったから。
余裕に見せてたけど、内心では『ゆうこちゃん早く来て』って祈ってた。
待ってる5分、10分が長くて、胃がきりきりした。
何時間にも感じる長い時間が過ぎて、ゆうこちゃんの姿が店の入口に見えた時の安堵感は忘れられない。
ゆうこちゃんは先に待っていた私を見付けて笑いかけ掛けて、真顔になった。
きっと私の顔が変わったんだと思う、広太の顔がギロッと入口に向いて表情が変わった。
詰るように私を見る広太に気付きながら、ゆうこちゃんの行動を目で追った。
コーヒーを持って近付いてきたゆうこちゃんが広太をチラッと見て言った。
「退いて貰える?そこ、私の席なの」
周りの視線が、ゆうこちゃんが見下ろしてる広太に一斉に向いた。
視線に気付いた広太が舌打ちしながらゆうこちゃんを睨み付けて席を立った。
「覚えてろよ」
走るように店を出ていく広太を見ていたら、今さらなんだけど汗がどっと出てきた。
「どうしたの?」
ゆうこちゃんが入口を見ながら聞いてきた。
震える自分の手を掴んで、やっと話した。
「服が汚れてたね。あの様子だと、あちこちで断られたんだろうね」
頷くしかなかった。
「就職が決まったら、直ぐに引っ越しなよ。あの様子じゃ絶対また来るからさ」
「うん」
悪い事の後に良い事がある、って田舎のばあちゃんが言ってたけど、本当なのかも。
広太と会った3日後に、落ちると分かって受けた商社からまさかの内定の書類が来た。
「…うそ」
それしか言葉が無かった。
翌日もう1つの会社から『今回は採用を見合せ…』の封筒が届いた。
受けた中堅3つとも落ちたのに…商社に受かるってどんな七不思議なんだろう。
信じられない思いで、暫くボーッと自分が手に持ってる内定通知書を見ていた。
「…あ、電話」
急いでゆうこちゃんに掛けて『受かった』って報告して、これ現実だよね?って自分に突っ込み入れた。
「どこ受かったの?」
喜んでくれたゆうこちゃんに商社の名前を言ったら、年末のショーが終わったら絶対会おう、と物凄い勢いで言われた。
「私で勤まるかな…」
不安がつい言葉になった。
「勤めなきゃでしょ。本命潰れそうでヤバイし、他の3社は落ちたんだよ。卒業したら自力で食べてくんだから勤まるかな、じゃなくて勤めるの」
「う、うん」
ゆうこちゃんのパワーに押されてたじたじだった。
「通勤着がいるね。私が作ったリクルートスーツで5月まではいけるけど、夏用は作らないとね」
「あ、そうか」
つい声のトーンが落ちた。
部屋を借りて、引っ越しして、服を買って…。
足りるかな。
「任して私が作るから」
「ありがとう。部屋を借りるのと引っ越しあるから予算は少な目でお願い」
「うん、このゆうこさんに任せておきなさい」
電話でもゆうこちゃんがドンと胸を叩いた音が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。
「これから大変だよ。資格もだけどマナーとか英会話とかも必要になるだろうから、今から習いなよ」
「え?英会話?え?外国はやだ」
慌てて言ってしまった。
「みずきは行かなくても向こうからは来るでしょ」
「あ…」
私が勤めるのは商社だって遅れて現実が襲ってきた。
考えただけで胃がキューって痛くなった。
「でも学生課の人が女子は大半お茶くみとコピーと書類整理だって言ってたよ」
痙攣しそうな胃を押さえてゆうこちゃんに言った。
「パソコンの資格無いんだよね?書類整理するならパソコン教室もだね」
当然みたいに言ってくるゆうこちゃんおたおたした。
「待って、待ってよ」
「みずきは焦ってるけどホントだよ。考えてみなよ、普通お客にお茶出すなら無言じゃ変だよね」
「それは…」
実際やった事無いから何にも言えなかった。
「みずきはアクシデントに弱いから、片言でも返せるように英会話は必要だって」
ゆうこちゃんに押される感じで、英会話とマナーの教室に通うと約束した。
予算が厳しいから、安い英会話教室を探していたら、受かった会社から英会話とマナーと化粧の教室の案内が送られてきた。
他にも提出書類がごっそり入っていた。
驚きなのは勤めるのに保証人が必要とかあって、思わず読み返してしまった。
半分近くは役所から発行して貰う書類で、3ヶ月以内の物、と注意書があった。
揃えられる物は全部揃えてから、母親に連絡した。
出るまでのコール音に緊張する。
「もしもし」
「お母さん?」
「みずき?」
めんどくさそうな母の声に傷付きながら、用件を手短に話した。
「内定貰った会社に出す、保証人の書類を書いて欲しいの、頼める?」
「会社に勤めるのに保証人?どこに勤めるの?危ない所じゃ無いでしょうね、警察沙汰は嫌よ」
慌てて会社の名前を伝えた。
「本当に受かったの?」
母親の疑ってる声に言い返した。
「書類に会社の名前入ってるから」
「…本当なのね」
「うん、本当」
「そう、平日で良い?土日は出られないから」
「うん」
「じゃあ明日の夜に」
待ち合わせに現れた母はきっちりスーツを着ていて、懐かしさよりも4年会わなかった空白が再開に重くのし掛かってきた。
「書類は?」
挨拶も無しで、母親の事務的に速く済ませようって気持ちしか伝わって来なかった。
「部屋はいつ出るの?」
書類を書きながら聞いてくる母親のつむじを見ていたら、白髪が増えたな、と他人事みたいに思えた。
この人に何を期待したんだろう。
自分の馬鹿さに笑いが出た。
「遅くても3月。研修してどこに配属されるか決まってからになると思う」
「そう、就職のお祝いと次に住む所の保証人の費用で年明けに120万振り込むわ。それで自活してね」
「分かってます。今までお世話になりました」
母親に深々と頭を下げた。
両手をテーブルの下で握りしめてないと泣きそうで、必死に拳に力を込めた。
「見棄てるんじゃないのよ」
その場しのぎの母親の言葉に涙が止まった。
「今までありがとうございました」
母親から書類を受け取って、母親より先に店を出た。
絶対泣き顔は見せない。
それが捨てられた子供のちっぽけなプライドだった。




