愛と真実
転生なんて、するもんじゃない。
いや、これだとすこし語弊がある。
正しくはこうだ。
――前世の記憶がある転生なんて、するもんじゃない。
何故かというと。
「愛してる。ずっと、ずっと、一緒にいたいの。今までも、これからも――」
この台詞を言ってくる女を、俺は転生するたびに――。
******
一番最初の『前世』の記憶では、この女とは一生添い遂げることができた。
俺は最期まで彼女を愛し続け、彼女も俺を愛し続けた。
死んだ日も同じだった。
彼女が息を引き取ったのを確認した直後に、俺も死んだのだ。
死因も同じ、結核だった。
しかしその後暫くの『前世』では、彼女は現れなかった。
だが俺はその度に、彼女に似た女性と一緒になった。
そしてある『前世』から、俺は彼女を愛することができなくなった。
結論から言うと、俺は呪われたのだ。
永遠に、記憶を持ったまま転生し続けるという。
そしてその呪いをかけたのが――他でもない、彼女だ。
彼女は自分にも呪いをかけた。
先々の来世で、俺に必ず会えるように。
そして俺に会えば、必ず親密な関係になれるように。
これだけ聞けば、年ごろの娘が大好きなシチュエーションだろう。
『運命』とか『真実の愛』そういった、夢とも現実とも幻ともとれる、誰もが憧れる物語。
しかしこれはそんな素敵なものではない。
また、『運命』という言葉は、そんな軽々しいものではない。
運命とは云わば、重い、重い、鉛でできた、太い、太い、鎖。
些か話がずれてしまったが兎も角、この話は美しい純愛などではない。
もっとドロドロとした、粘着質な愛憎の話だ。
そう、彼女は来世の俺が、自分でない女と恋人や夫婦になることを許せなかったのだ。
「わたしには、あなたしかいないのよ」
「俺にも、お前しかいない」
最初の『前世』で、何度この歯の浮くような会話を繰り広げたことか! 今となっては鳥肌が立ってしまう程だ。
そしてそれぞれ転生し、俺は彼女を忘れた。しかし彼女は俺のことを覚えており、執着した。
その結果が、これだ。
彼女は最初こそ、俺とただ添い遂げようとするだけだった。
しかし俺は彼女を薄気味悪く感じるようになった。
そこまでして、なぜ執着するのだろうかと。
ずっと同じ人を愛せることは、見方によっては素晴らしいことかもしれない。
しかし俺にとっては、今や苦痛でしかない。
そのことを感じ取ったか、ある『前世』から彼女は俺を、殺すようになった。
俺の心を――心臓を、手に入れようとして。
前世や来世があることをわかっているはずなのに、彼女はある種物理的なものに、転生したら意味をなくすものに執着した。
確かな『かたち』にしたがった。
暫くは、俺はされるがままに大人しく殺されていた。
いつか、彼女が俺と添い遂げ続けることを諦めると期待していたからだ。
しかし彼女が諦める様子はなかった。
それを悟ってすぐは、ただ殺されることを避けるようにするだけだった。
だがそれも無理だった。彼女の執念は凄まじく、俺はどんなに避けても、彼女に殺され続けた。
そして或るときから抵抗し始め、やがて反撃に成功し、俺は彼女に殺される前に相手を殺すことができた。
以来、俺の中で何かの箍が外れた。
その箍とは――――。
人を殺すことに対する罪悪感。
以来、俺は彼女に殺される前に殺すようになったのだ。
******
「こうして、彼と彼女の物語の結末は、かくも悲しき永遠の輪廻に取り込まれてしまいましたとさ。これにて終幕でござい」
とある街角。
石畳の道の上で、吟遊詩人である私は語り終えた。
広げて置いてある楽器ケースに小銭が投げ込まれる音を聞きながら、私は今まで語っていた”彼”の物語の結末――正しく言うと、先ほどの『悲しき永遠の輪廻』に取り込まれたという結末の、そのあとの本当の結末に、思いを馳せていた。
つまりこの話は、私が本人――彼女の方から聞いた、正真正銘、真実の物語だ。
彼はその後、狂気に取り込まれた。
実を言うと、彼女は既に呪いを解いている。もう彼女は前世の記憶も彼への執着も忘れ、別の人生を歩んでいるはずだ。
では何故、彼は狂気に取り込まれたまま、記憶を持った転生を繰り返しているのか。
それは、その後彼が自身で呪いをかけたからだ。
彼は彼で、執着したのだ――彼女を殺すことに。
彼女は、彼の心に。
彼は、彼女を殺すことに。
それぞれ執着するようになった。
そのうちに、彼女の方は満足した。
彼が、自身を殺すことに執着し始めたことで、自身そのものに執着したと勘違いしたからだ。
しかし彼は、未だに執着している。
そして彼女が既に呪いを解いたことに気が付かず、また自身に呪いをかけたことも忘れ、『彼女』を探し続けている。――殺すために。
最近は、すこしでも彼女のような、彼女だと思えるような要素を持った女性を、片端から殺すようになってしまっている。
これが、彼らの物語の本当の結末だ。
これにて真実の終幕でござい。
心の中で物語を締め括る頃には、日は傾き始め、人は家々に戻り始めていた。
楽器ケースに溜まった小銭と数枚の紙幣を財布に入れ、そこに楽器を納めた。
因みに、何故私はこの真実を話さなかったのかというと、彼女に頼まれたからだ。
「わたしの運命の話は、これでお終い。そしてわたしは明日に処刑され、二度と、あの人の記憶を取り戻さない。……けれどね。そのことは語らないでほしいの。何故って、彼に気付いてほしくないのよ。自身に呪いをかけたことを。そうすれば、あの人は永遠にわたしに執着し続ける」
そう言ったときの彼女の、鉄格子の向こう側の笑顔。
私はきっと、忘れない。
――その狂った醜悪さを。
あのときの彼女の笑顔こそ、彼らの愛の形そのものだ。
それに恐れをなして、私は真実を話すことができなかったのだ。
自分しか知らない真実を背負うことが、こんなにも重いとはあのときは思っていなかった。
小さいころ憧れた『ないしょのお話』とは全くの別物だ。
……『彼』の言う、『運命』と似ている。
ちいさい頃に見ていた幻想と、裏切られた後の格差といったらない。
いや、これ以上考えるのはもうやめよう。
消極的思考は、一度し始めるとなかなか止まらない。
軽く頭を振る。
楽器ケースを背負い、私は泊まっている宿へと歩き始めた。