第30話 『逆襲(4)』
お待たせしてすみません。戦闘の決着です。
オーク重装歩兵団 〈帝國〉南方征討領軍 モース市近郊
2013年 3月10日 16時07分
正面両翼の敵から、連続した閃光が煌めいた。破裂音と不気味な唸り声が響く。光矢が乱れた横陣に降り注ぎ、オーク重装歩兵の群れを貫いていく。
巨体を痙攣させたのち膝をつく者。手足を撃ち抜かれ甲高い悲鳴をあげて泣き叫ぶ者。背中に大穴を開けると同時に崩れ落ちる者。光矢を浴びた巨漢ぞろいのオーク兵どもは、途中経過は異なるにせよ最後は等しく戦闘力を失った。まるで、砂でできた城に水をぶちまけたかのように、着弾したところから兵が欠けていく。下級指揮官たちは、足元に転がるオーク兵の死骸を前に青ざめるしかできず、全身から血を垂れ流しながら部隊は前へと進み続けていた。
「団長、このままでは」
ネストルは、参謀魔導士のすがるような声を手ぶりだけで制した。状況は分かっている。敵槍兵に突撃を敢行した約千名のオーク重装歩兵は、敵両翼からの強力な魔法攻撃を受け大損害を出しつつある。恐怖心を無理やり抑え馬上で背筋を伸ばしたネストルは、内心で絶望と疑念を抑え込みながら、力強く命令を発した。
「臆するな。横隊前進! 白兵に持ち込むまで耐えよ」
不思議なことに、攻撃を浴びているのは両翼の横隊のみだった。つまりネストルとその部下たちは無傷だ。理由がわからぬ。射程が足りぬのか、何か意図があるのか。ええい、考えても埒が明かん。
ネストルは戦術状況に思考を集中した。味方両翼は散々に叩かれている。敵の両翼は得体の知れない連中。中央の敵槍兵の姿には安堵すら感じる。幸い直率するオーク兵三百は無傷だ。距離は? 躍進距離まであとわずか。敵味方入り乱れればあの魔法もこちらを狙えまい。せめて正面の敵だけでも叩かねば〈帝國〉南方征討領軍の名が廃る。
「短弓兵、何をしておる! 撃ち返さぬか!」
右手の手槍を前方に突き出し、下知を下した次の瞬間、ネストルは驚愕のあまり手槍を取り落としそうになった。
横陣の前方に配置されていた数十名の短弓兵が、次々と倒れたのだった。
「さ、散兵が全滅……」
仰向けにひっくり返った兵士たちは一様に顔面か胸を撃ち抜かれていた。
「全目標を無力化した」
冷静な声で宣言すると、狙撃手は対人狙撃銃の照準眼鏡から顔を離した。ボルトを操作し、7.62mmNATO弾を薬室に送り込む。周囲では、彼と同じような狙撃手のほかに、89式小銃を構えた普通科隊員たちが射撃を終えていた。
「弓兵は放っておくと厄介なのは理解できる」スポッターが不満げに言った。「どうせなら指揮官もやっちまえばいいのに」
「まぁ、やろうと思えば簡単だな」狙撃手が言った。
しかし、中隊長の命令は「中央の敵には手を出すな」だった。馬上でふんぞり返っているあの将校なんか、簡単に狙撃できるんだけどな。不可思議な命令に頭を捻りつつ、狙撃手は敵両翼の将校に向けて狙いを変えた。
アンガブート槍兵隊 モース市近郊
2013年 3月10日
数を三分の一にまで減らされたオークの群れが、雄たけびを上げて迫ってきている。距離は約百メートル。その姿は腐っても重妖魔兵であった。圧巻とさえ言える。戦意の低い徴募兵なら、この時点で崩れただろう。
だが、アンガブートの槍兵たちは、その真逆だった。
精鋭兵が、戦神の加護を得て、王の仇を討たんと闘志を燃やしている。
「押せェ!」
アンガブートの威勢の良い下知を受けて、槍の穂先を揃えた兵士が足音高く前進する。それを横目で確認したアンガブートは、心の底から笑みを浮かべた。ドゥクスの坊さんたちとあの不可思議極まりない〈ジエイタイ〉の援護のおかげで、主君の無念を晴らす名誉を為す機会を得た。快事である。俺の兵どもの士気も最高だ。
「しかし、あの〈ジエイタイ〉の光矢は凄まじいものですな」
副官が感心したように言った。百騎長の一人も馬上から同意する。
「ブンガ・マス・リマの将校が『我々は運が良い』言っていた意味がようやく理解できました。あれが敵だったらと思うとなんとも……」
アンガブートは僅かに頷くことで同意を示すと、敵中央に掲げられた槍の穂先を睨みつける。陛下、すぐに参りますぞ。
間もなく、〈帝國〉軍オーク重装歩兵とアンガブート槍兵隊が激突した。
「さぁ、グウェイ様の妙技をたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぷりと味わうがよい!」
先ほどまでの冷静な物言いはどこへ行ったのか、鋼鉄の手甲を胸の前でガチンッとぶつけたグウェイが雄叫びを上げながら先陣を切る。場所は横陣最左翼。チェインメイルにぶら下げた12枚の護符がきらきらと光輝き、偉大なるドゥクス神の加護を周囲に誇示している。後に続くのは47名の神官戦士たちだ。オークに負けず劣らずの巨躯に闘志を漲らせ、彼らは喜びとともに敵陣に突入した。
「フンハァ!」
突き出された槍をかいくぐり、鋼鉄の右拳を豚頭に叩き込む。血潮と牙が宙を舞い、糸の切れた人形のようにオーク兵が崩れ落ちる。左側の敵から振り下ろされた蛮刀を左手甲で防ぐと、横蹴りを胴体に叩き込み吹き飛ばす。さらに敵。グウェイに襲い掛かろうとする。だが、後に続いた神官戦士たちのハルバードがそれを阻んだ。
「グウェイよ。飛ばしておるのぅ!」自らもメイスを振るい、オーク兵の頭蓋を叩き潰しながら、コクレンが言った。
「どうした! さぁ、来い! どんどん来い!」
グウェイはその問いに応えず、神の息吹を確かに感じながら敵に躍り込んでいく。首根っこを脇に抱え込んだオーク兵を地面から引っこ抜くように後ろに投げ飛ばした。まるで、竜巻のようだった。
「ううむ、あやつも若いのぅ」コクレンは苦笑いを浮かべた。「まぁ、いくさ場では仕様もあるまいて」
「始末に負えん」
ネストルは右翼の惨状を見て呟いた。勇猛にして戦技抜群のドゥクス神官戦士団に突入された〈帝國〉軍右翼は、散々に食い破られつつあった。
「〈帝國〉騎士バビチェフ殿、討死!」
「右翼が救援を求めております、ネストル様いかがなされますか?」
「耐えよ」ネストルは言い捨てた。救援を出す余裕などない。目の前には、アンガブート槍兵隊が迫っていた。手綱を握り直し、手槍を脇に抱える。
激突。
敵兵は装備もボロボロで、到底オーク兵に正面から挑めるようには見えなかった。しかし、当たってみればよく呼吸を合わせ槍を叩きつけてくる。叩かれ、斬られ戦列にいくつもの欠損が生じる。やはり戦意は向こうが上か。ドゥクスのクソ坊主どもめ。忌々しい。
アンガブートの兵たちは疲れを忘れ、ただただ敵を叩いていた。目指すものはただ一つ。敬愛する王の首を取り戻すこと。その為に、全員が必死に戦っている。敵は2メートルを超える妖魔兵である。単独では容易く蹴散らされる相手だ。実際、危うい場面は度々起きていた。
「危ねえ!」
槍を振り下ろした隙を突かれた。オーク兵がよだれをまき散らし真っ赤な顔で蛮刀を振りかぶる。間に合わねぇ。死んだ。槍兵は死の恐怖に体を強張らせた。母ちゃんすまねぇ。
だが、いくら待っても死は訪れなかった。蛮刀を振りかぶっていたはずのオーク兵は、頭から血を流して死んでいた。
「なんだ? まぁ、なんにせよ助かった」
槍兵は気付いた。敵が不自然に倒れていく。危機を救われる槍兵は彼一人ではなかった。
「今度は危なかったな」
軽装甲機動車の車体上面ハッチでM24SWSを構えた狙撃手が安堵のため息を漏らした。普通科第1第2中隊は、敵味方が白兵戦に移行後、戦線両翼をゆっくりと前進し、側面支援に当たっている。車両の上から射界を確保し、援護射撃を行う彼もその一人だった。
敵の戦列が崩れた。中央に翻る軍旗の周囲に隙が生じる。アンガブートはそれを見逃さず、下知を下す。
「ものども、今ぞ! 陛下を御救いするのだ!」
応ッ! という叫びとともに槍兵たちが勢いづく。その波に乗るように、アンガブートは敵将らしい偉丈夫の前にたどり着いた。
「そこの者、敵将だな! 我は偉大なるバールクーク王国の藩屏にしてアンガブート庄領主。アンガブート槍兵隊長ラジーブ・アンガブートである! 陛下の御首返してもらうぞ!」
「おお、来たか」敵将は一瞬、何故かほっとしたような顔を見せた。「我は〈帝國〉南方征討領軍オーク重装歩兵の長。ゲラーシム・ネストルである。王の首が欲しくば、我を討ち果たしてみよ!」
見事な名乗りを返した敵将ネストルに、アンガブートは馬体をぶつけ挑みかかった。豪奢な板金鎧を纏ったネストルは、愛馬を巧みに操りこれを躱す。
「いいぞ! これぞいくさではないか。バールクークの将よ!」
ネストルは楽しげにすら見えた。
「数々の非道を為した〈帝國〉軍の将よ。その報いを受けるがいい!」
アンガブートの放った渾身の突きは、ネストルの手槍を弾き、そのまま首元に突き刺さる。
「……グォ、み、見事也」
ネストルの口から血が溢れ、馬上からゆっくりと崩れ落ちる。アンガブートは穂先を引き抜くと、頭上に高々と掲げた。
「〈帝國〉軍の将ネストル、我ラジーブ・アンガブートが討ち取った! 勝どきを上げよ!」
第3対戦車ヘリコプター隊 モース市上空
2013年 3月10日 17時00分
「目標割当終了。いつでもかませます」
「了解。弾ちゃん、最後の仕上げだ」
AH-64D1番機の機長兼派遣対戦車ヘリ隊長教来石信美三等陸佐は、OH-1改観測ヘリコプターから〈観測ヘリコプター用戦術支援システム〉を介して送信された目標諸元を確認した。彼の指揮する4機の〈アパッチ・ロングボウ〉は、戦場上空で周囲を睥睨している。
「アタッカー01より全機。目標割当に従い敵を殲滅せよ。全兵装使用自由」
命令と同時に、全機が低空を前進する。爆音と強烈な風を浴びた地上の兵士たちが、一様に驚愕した様子で空を見上げる。異世界の住人達にとって、燦燦と降り注ぐ陽光の下、影絵のように黒々とした機影が敵陣に襲い掛かる様子は、まるで神話の世界の情景に見えていた。
OH-1改から割り当てられたのは、撤退中のオーク重装歩兵団残余、右翼の獣騎兵団、そして呆然とする〈帝國〉軍本営である。
『アタッカー04、攻撃開始』
『02、北西から進入する』
『03射撃を開始した』
上空から降り注ぐ30mmチェーンガンの雨と、ハイドラ70ロケットの生み出す爆炎は、既に軍の体を成していなかった〈帝國〉軍に情け容赦ない止めを刺した。
逃げ惑うオークの群れが血煙に変わり、ロケット弾を撃ち込まれたジャイアントスパイダーの脚が宙を舞う。その惨禍は、すぐに本営を襲った。
〈帝國〉南方征討領軍本営 モース市近郊
2013年 17時12分
信じられない。
〈帝國〉南方征討領軍軍監兼本営警護隊〈カローヴァ〉隊長のプレシャ・サーク・カローヴァは、色の失せた美貌を歪め、地に伏せていた。辺りは正体不明の魔法攻撃により散々に打ち砕かれている。数刻前までは向かうところ敵なしと信じていた軍は、既に欠片も残っていない。彼女の部下たちも逃げ惑うか、地に倒れ伏すか、そのどちらかでしかない。
「ヴコール、しっかりして! ああ、なんてこと」
彼女の数メートル先には、最愛の夫にして全軍を統べる将であるはずのヴコール・ルキーチ・カローヴァが、意識を失って仰向けに倒れている。2メートルを超える偉丈夫の右足はどこにも見当たらない。燃えるような赤毛は泥に塗れ、その顔はピクリとも動かない。
プレシャは弾雨の中を必死ににじり寄った。何よりも夫を愛する彼女は、それを喪うことなど到底許容できない。あのひとを助けなければ。でも、どうやって? 周囲の部下は何もできない。隷下の部隊はすべて壊滅し、敵が迫っている。どうやってここを逃れれば良いのだろう。
彼女が絶望に囚われそうになったその時、視界の片隅でふわりと何かが動いた。
「プレシャ殿、助力いたそうか?」ねっとりとした声が、プレシャに呼び掛けた。
「何奴か?」
振り返った先には、艶やかな褐色の肌と豊かな銀髪を持つダークエルフがいた。どこから? いや、それよりも。
「〈悪疫〉か……」
〈帝國〉特務機関〈悪疫〉の長、ズラトゥシュカは、肉感的な肢体をさらけ出した姿で、地獄のような戦場に立っていた。おそらく強力無比な矢除けの魔法を用いているのだろう。
「この場を逃れねばなるまい。そこのヴゴール殿も放っておけば肉片に成り果てよう──我の魔導も長くはもたぬ」
くふふ、と嫌らしく笑ったズラトゥシュカに、プレシャは反発を感じた。だが、背に腹は代えられない。逡巡している間にも攻撃は続いている。〈悪疫〉に借りを作るのは避けたいが、彼女は最優先に護るべき存在があった。
「〈悪疫〉のズラトゥシュカ。貴女にお願いするわ」
夫を護るためならば。そう考えたプレシャの言葉に、漆黒の闇を現したようなズラトゥシュカの切れ長の瞳が、美しくも禍々しい光を浮かべた。
「くふふ」
本能的な危険を察したプレシャが動く前に、いつの間にか目の前に来ていたズラトゥシュカの短剣が僅かに肌を傷つける。すぐに視界がぼやけ、手足が冷たくなる感覚を覚えた。毒か。しかし……なぜ? 一体──
地面に崩れ落ちたプレシャと、意識を失って倒れ伏すヴゴールの2名を、部下のダークエルフが簀巻きにする様子を嘲るように見下ろしながら、ズラトゥシュカは呟いた。
「そなたらは最早終いよ。精々役に立ってもらおうぞ」
〈帝國〉南方征討領軍は本営の壊滅をもって組織的戦闘能力を喪失しました。指揮官2名は行方不明。各地の部隊は、各個の判断での行動を強いられます。
次回は、後始末とその後の動きになるかと思います。
御意見御質問御感想お待ちしております。




