第29話 『逆襲(3)』
戦闘は継続中です。
オーク重装歩兵団 〈帝國〉南方征討領軍 モース市近郊
2013年 3月10日 15時34分
「陣形を崩すなァ!」
下級指揮官が怒声を張り上げる。どよめきと鎧の触れ合う金属音が不協和音を奏で、〈帝國〉軍の中でも獰猛さで知られるオークの群れがゆっくりと前進する。
クソッ、いったい何なんだ、この有様は!
二個オーク重装歩兵団計千十七名を率いる〈帝國〉軍の将ネストルの前方には、数百ほどの敵が見えていた。幾多の戦場で鍛え上げられた野戦指揮官としての経験が、警告を発している。小勢と侮ってよい相手ではない。
「横陣、前へ!」
百名程度で編成されたオーク兵の中隊が雑な横陣を組み、ゆっくりと前進する。ネストルの直率する中隊を最前衛中央に、左右に一個ずつの3個中隊。縦に三列で計900名。その前には短弓を構えた散兵が展開していた。
敵勢は、綺麗な陣形を組んで前進してくる。幾度となく煮え湯を飲まされたバールクーク王国軍の槍兵隊だ。数はこちらの三分の一程度。その程度の数の人間族兵など、ネストルには一瞬にして踏み潰す自信があった。
だが、敵に怖れはなく、味方にはあった。オーク兵どもの持つ長柄が、ゆらゆらと不安げに揺れている。歩みが遅い。両翼の中隊が遅れ気味になっている。
何たるブザマか──だが、それも仕方あるまい。
ネストルは、忸怩たる思いで左右を見渡した。広い平原の両翼では黒煙が上がり、味方の姿はない。〈帝國〉軍の精鋭歩兵──アダモフ、バジョーヴァの両隊は既に壊滅したのだ。何があったのかはわからない。ただ、古竜に匹敵する何かが、友軍を打ち砕いていた。
黒々とした巨大な何かが、オーク重装歩兵団の左右を走り回って炎をまき散らしている。悪夢だ。ネストルは、息苦しさに耐えかね、叫んだ。
「皆の者! 我らの活路は正面のみ! 敵陣深くに切り込まねば、命はないと思え!」
「オ、オウッ!」
「ものども、行くぞッ! 敵を食い破るのだ!」
ヤケクソじみた怒声が上がり、オークの歩みが早まった。長柄の穂先が前方へ突き出される。人の膂力を大きく超える妖魔兵たちは、猛り立って敵に駆けだしていく。
だが、ネストルを始め、総員が恐らくわかっていた。
俺たちは、ただ前方へ逃げ出しているのだ。正面のあいつらなら、まだ理解できるのだから。
同盟会議軍陣地
2013年 3月10日 15時40分
「おう、来よったのぅ」
鷹揚とした響きを持つ声が、陣中に木霊した。
声の主は、分厚い法衣の上に重厚なチェインメイルを羽織り、手足を鋼の手甲と脛当てで完全武装している。右手には巨大なメイス。左手には小振りなバックラー。悠然と分厚い胸板を反らし仁王立ちするその姿は、誰が見ても戦神ドゥクスに仕える神官戦士に他ならない。
「コクレン師、あまり気を高ぶらせめさるな。御年六十とは思えませぬぞ」
浅黒い肌の巨漢が、やはりスキンヘッドを光らせながらたしなめる。四十代のその僧侶は、ドゥクスの神官戦士の例に漏れず鍛え抜かれた肉体と、思慮深げで端正な顔立ちを指揮官に向けていた。彼の武器は長柄ではなく両手に嵌めた鉄甲だ。
「なんじゃ、グウェイよ。おぬしホーポー師のようなことを言うのじゃな」
「コクレン師は分団長ですぞ。落ち着かれて当然では……」
そう言ってグウェイが示す先には、思い思いのポールウェポンで武装した、プロレス団体のような集団が整列していた。ルルェドからCH-47JAで直送されてきた、ドゥクス神官戦士団48名である。
「おぬしこそ、戦となれば『グウェイ様の妙技を味わうがよい!』とかなんとか叫びながら、突っ込んで行く癖にのぅ」
「そ、それは。戦歌を聞くとその、戦神ドゥクスへの抑えきれぬ信仰心が溢れ出るのです」
僧帽筋辺りから。
「おぬしも修行が足りぬ」そう言って、コクレンはカカッと笑う。「わしらはアンガブート殿の手伝いよ。ゆめゆめ忘れるでないぞ」
いつの間にか立場を逆転され、グウェイは不満げに首をすくめた。
「さて、そろそろよろしいですかな?」
逸る気持ちを抑えきれない様子で、槍兵隊指揮官ラジーブ・アンガブートが声をかけた。装備を整えなおした彼の槍兵隊約三百名は、百騎長たちの号令の下、緊密な横陣をすでに組み終えている。アンガブートはそれを確認すると、騎乗した。
全員の目が、一点を見据えていた。
「アンガブート槍兵隊、よく聞け! アイシュワリヤー姫殿下は、我らと共にあり! 我らたとえ戦野に散ろうとも、誓って陛下の御首取り戻し──」アンガブートが右手を上げる。「〈帝國〉兵を撃滅する!」
その檄を受け、槍兵隊三百名が雄叫びを上げた。
「うむ、名誉ないくさじゃのう」
コクレンはにっこりと笑うと、副官のグウェイに頷いた。
《戦を司る偉大なる戦神よ。我らここに集いて戦に臨まん。勇者の両腕に炎の加護を。両足に雷の速さを。その心臓に鋼の勇気を。我らに加護あれ──》
グウェイが両腕を広げると、48名が一斉に戦歌を謡い始めた。
朗々とした歌声が戦場を満たし、目に見えて兵の士気が上がる。戦神ドゥクスの戦歌は、時に圧倒的な戦力差を跳ね返すほどの加護を与える。まして、王の首を取り戻そうという戦意に満ち溢れたアンガブート槍兵隊には、麻薬のような効果を発揮した。
「アンガブート槍兵隊、前進!」
第1普通科中隊 第5連隊戦闘団
2013年 3月10日 15時46分
アンガブートの槍兵隊約三百名と、〈帝國〉オーク重装歩兵団約千名がそれぞれ前進を開始したそのころ、左右に配置された陸自普通科中隊もゆっくりと前進を開始した。
96式装輪装甲車、軽装甲機動車、高機動車がエンジン音を響かせる。その後方には下車し散兵線を形成した普通科隊員が続く。第1・第2中隊それぞれが南瞑同盟会議軍の左右を固める形だ。
「各小隊に命令。決して前に出すぎるな。火力を敵両翼に集中し味方を援護せよ」
第1普通科中隊長の楠木一尉が、念を押した。連隊長の命令は単純だった。『被害を出すな。火力で当たれ。中央は味方に任せろ』
その命令に従い、普通科隊員たちは車両の陰に身を隠しつつ、射撃体勢を取る。すぐに有効射程に敵を捉えた。
「第1小隊、距離300メートル、前方開闢地の敵歩兵、連射、指名──撃て!」
「喰らえッ!」
普通科隊員の構える89式小銃と5.56mm機関銃MINIMIから、曳光弾を含む小銃弾が一斉に発射された。弾丸が光線を引いて〈帝國〉軍両翼に降り注ぐ。続けて、96式装輪装甲車が12.7mm重機関銃の重たい発射音を響かせた。
「いいぞ。吹き飛ばせ!」
「中央の味方を援護するんだ!」
曳光弾の軌跡が、狙い違わず敵陣に吸い込まれた。その結果、堅固この上なく見えていたオーク重装歩兵団の横陣は、実は柔らかい肉の壁に過ぎなかったことをさらけ出している。その戦果に楠木一尉は満足しつつ、傍らの中隊付に疑問を投げかけた。
「おい先任、うちの連中こんなに射撃上手かったか?」
「この距離では外しようがないと思いますが」
何を言うんです? そんな顔で先任陸曹が答えた。
「いや、みんな冷静過ぎないか? 初めて生き物を撃つんだ。もっと弾がうわずるものだと思ったんだが……そういえば俺も先任も全然落ち着いているな」
周囲をよく観察してみると、部隊は見事な動きを見せていた。射撃は各指揮官の命令通り目標に集中し、部隊の前進は調整が取れたものだ。小隊長はよく全体を把握し、陸曹は射撃目標の細かい修正を進言している。18歳の二等陸士ですら、舞い上がることなく敵に射撃を叩き込んでいた。
「俺の中隊、こんなに練度高かったかなぁ」
「何を言い出すんですか。中隊長の発言じゃないですよ!」
「だよな、すまん」楠木が頭を下げた。
「ですが、確かにみんな調子は良いですね。私ももっと怖くなったり、興奮で視野が狭まるもんだと思っていましたが、案外冷静にやれるもんですな」
先任は、そう言って笑った。そんなやり取りの間にも、陸自普通科中隊の火力に晒され〈帝國〉軍両翼は急速に戦力を失っていった。
終結まで行こうと思いましたが、長くなりそうなので分割することにしました。残りも近いうちに投稿したいと思います。
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