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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
『ブラック』作戦
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第20話 『バールクーク王国遠征軍、進撃』

 今回はマルノーヴの勢力同士の戦闘がメインです。

●『ブラック』作戦戦況図

2013年2月23日現在


挿絵(By みてみん)




モース近郊 レノヴォ東方10キロ

2013年 2月22日 08時20分



 陣形を組み終えたバールクーク槍兵横列約二百名が、騎乗した百騎長の指揮の下ゆっくりと前進を開始した。起伏に乏しいモース近郊の平原を銀色の波が打ち寄せていく。

 対照的に、モース市を背に布陣した〈帝國〉軍約五百のゴブリン・徴用兵混成部隊は、接近する槍の煌めきを目にしただけで大きく動揺していた。

──くそったれめ!

 〈帝國〉南方征討領軍兵団長は、馬上で毒づいた。同時に配下の動揺もやむを得ないと思っている。何しろ、自分自身も大きく動揺しているのだ。彼は左右を見渡し絶望的な思いを抱いた。彼の前方では、敵の横隊とは別の槍兵縦隊が急速に左右へ開きつつある。このまま行けば包囲されるのは時間の問題であった。



 2月22日早朝。

 バールクーク王国遠征軍前衛アンガブート槍兵隊は、モース市近郊で〈帝國〉軍約五百を捕捉、これに野戦を挑んだ。

 バールクーク王国遠征軍の槍兵隊は、どの隊も槍兵千名、騎乗士百騎、弓箭兵五百名、斥候兵百名、輜重兵三百名を標準とする諸兵科連合部隊コンバインドアームズとして編成されている。これは、大森林地帯という地形から各部隊が分散して戦わざるを得ない状況を予測した王国大本営が採った方策であり、封建制軍としては画期的なものであった。これにより、前衛の任を与えられたアンガブート槍兵隊は、支援のない状況下においても独力で一週間程度の継戦能力を保持している。(それ以上は遠征軍輜重隊の支援が必要)

 大本営から明確な命令『可能な限り前進し戦果を拡張せよ』を受けた遠征軍諸隊は、嬉々として敵を求め前進を続けていた。



「押せやァ!」

 兵団長の号令でノロノロと〈帝國〉軍部隊が前進を開始した。士気は低い。だが部隊が生き残るためには、包囲が完成する前に正面の敵を撃破するしか無い。

 正面の敵横列の後方から矢が放たれた。

 ゴブリン兵が十数名倒れる。こちらの反撃は散発的だ。徴用兵に弓兵が数えるほどしかいないためである。

 反撃が薄いことに気付いたバールクーク王国槍兵隊は、嵩に掛かって矢を放った。〈帝國〉軍はそのたびに数十名が倒れ、徐々に統制が乱れ始めた。

「莫迦者! 止まるなァ! 進めェ!」

 兵団長が必死に激を飛ばすが、歩みは鈍る一方だ。遂に耐えきれなくなった一隊が並べた持ち盾の陰にうずくまってしまった。


 何ということだ。これでお終いだ……。

 

 配下の醜態を呆然と眺めながら、兵団長は増援をよこさない上層部を呪った。




「た、隊長。味方が……」部下が弱々しく言った。

 モース市の物見台から見下ろす〈帝國〉軍警備隊長の目に、三方向を包囲され散々に打ち破られる味方の姿が写し出されている。

 彼の指揮する警備隊は、攻略した諸都市の守備と監視(もちろん後者の役目が大きい)を担っている。人数こそ二百名とそれなりの規模だが、所詮は軽装備の歩兵である。目の前で味方を押し潰しつつある敵軍に対抗できるものではない。

「拙い。このままだと俺たちまでやられてしまう」

 脱出せねば。いや、しかし逃亡は死罪……どうする?


 逡巡しゅんじゅんする彼の耳に、喚声と剣戟けんげきの音が飛び込んだ。違和感を覚える。何故背後から聞こえるのだ?


 警備隊長は恐る恐る背後を振り返った。


「は、反乱だ!」部下が悲鳴を上げた。

 町のあちこちで火の手が上がり、多数の市民が警備兵を襲っている。

「ふざけおって! 土民どもが! おい、早く鎮圧しろ」

 頭に血が上った警備隊長は唾を撒き散らしながら喚き立てた。しかし、動ける部下はほとんどいない。みるみるうちに市民の数は増える。

「嫌だ。こんな場所で死ぬのは嫌だ!」

 ぐらり。視界が傾く。慌てて下をのぞき込んだ警備隊長の目に写ったものは、振りかぶった斧を物見台に叩きつける市民の群れだった。





バールクーク王国遠征軍大本営 アスース近郊

2013年 2月23日 16時42分



 奪還成ったアスース近郊の小高い丘上に、鮮やかな軍旗が乱立している。周囲は絢爛豪華な薄片鎧に身を固めた親衛隊が侍り、蟻一匹入り込む隙間もない。その軍旗の海の中に、バールクーク王国遠征軍大本営が存在していた。


「歯ごたえがないのぅ」繊細な紋様が描かれた絨毯にゆったりと座った肥満体の王──第十八代バールクーク王アルアルク・バールクークはつまらなそうに言った。

 バールクーク王国遠征軍三万騎を率いる彼の元には、各地の戦闘報告が次々と飛び込んできている。その手段は、伝令・導波通信・使い魔(ファミリア)等様々であったが、そのすべてが勝利を告げていた。

「国王陛下」重々しい口調が王を呼んだ。声の主はシンハ・コーシャセナ。アルアルクが王太子の頃より付き従う忠義心に厚い大将軍だ。ザハーラ諸王国北辺の護りを担うバールクーク王国軍を率い、〈帝國〉の侵攻を退け続けてきた歴戦の武人である。

「兵棋の支度が整いました」コーシャセナが言った。

「うむ」バールクーク王は短く答えると、丘下を見た。そこには、巨大な戦域図が地面に再現されていた。


「前軍、アンガブート槍兵隊はモース市を攻略」

 参謀将校の言葉を受け小旗が振られる。眼下で青い軍衣の槍兵がモース市を示す模型の前に立つ。赤い軍衣の兵がその場に倒れ伏した。

「左軍、ハナーシュ槍兵隊はヤーマ城塞都市を包囲。ファラーシャ軽騎兵は敵を追撃中」

「右軍、アルバーイン槍兵隊は前進を継続、数日中にアーサに到達の見込みとの由」

 戦況報告が読み上げられるたびに、駒の役目を与えられた兵士が地図の上を移動する。すべての報告が終わると、圧倒的優位に立つバールクーク王国遠征軍の姿が地図上に示されていた。


 バールクーク王は上機嫌でうなずき、愛してやまない娘を傍らに呼んだ。「どうじゃアイシュや。我が軍の力は」たっぷりとした腹を震わせ愉快げに笑う。

「はい、お父様。世界(アラム・マルノーヴ)に並び立つものは無いと確信いたしましたわ」

 バールクーク王国王女、アイシュワリヤー・バールクークが小首を傾げて可愛らしく微笑むと、絹のように滑らかな金髪が陽光を受けて輝いた。雪のように白い肌をベールで隠したその姿は、おおよそ戦陣には似つかわしくないように思える。だがこうみえて彼女はバールクーク王国王位継承順位第一位であった。


「であろう」

 バールクーク王は息子3人を戦と流行病によって相次いで喪っている。その分、娘であるアイシュワリヤーを溺愛していた。

「この地にて王の戦を学ぶのじゃぞ。我が幕下の者たちがそなたに指南してくれよう」

 王の言葉にアイシュはこくりとうなずいた。



「ナグゥ、存念を述べよ」

「はい」コーシャセナ将軍に促され、バールクーク王国軍師ナグゥ・ヘクマタールが一歩進み出た。


 齢二六の若さで軍師の地位についたナグゥは、吟遊詩人のごとき外見の優男である。しかし、バールクーク王に見出されてのち軍師として対〈帝國〉防衛戦をよく差配し、〈帝國〉軍にバールクーク王国の地を踏ませない活躍を見せていた。当初は不信の目で見ていた軍人たちも、今では『知恵の泉殿』と全幅の信頼を寄せている。

 ナグゥは王の娘に対する溺愛ぶりをほほえましい気分で見ていた。陛下は私たちに充分な兵を与えた上で、その運用には一切口出ししない。それだけで得難い君主だ。何よりわたしを市井からお取り立てくださったのだから。


 ナグゥは見た目を裏切らない美しい声で報告を始めた。

「物見の報告を合わせますと、〈帝國〉軍は各都市に守備部隊を分散する愚を犯しております。これは敵が我が軍の進撃に対し後手を踏んでいることの表れでしょう。また、反乱を恐れ守備兵を減らせぬ事情も見てとれます」

 前線部隊からの報告では、敵の動きは鈍く戦意も低い。大本営はこれを各個撃破の好機と見ている。諸都市を攻略していけば敵は出てこざるを得ない。

「敵主力の居場所は間もなく割れましょう。陛下の軍はこれよりさらに兵を北へ進め、出会う敵勢をことごとく斬って捨てつつ、敵の主力に決戦を強要すべきと愚考致します」

 ナグゥはコーシャセナ将軍をちらりと見た。目を合わせた将軍は、厳つい表情そのままに力強くうなずいた。

 コーシャセナの親父殿も賛成してくれるみたいだな。敵勢が弱卒ばかりなのが気になるが、都市を陥とし続ければいずれ出てこざるを得まい。

「ヘクマタール」アイシュワリヤーが愛らしい声でたずねた。「お父様の軍は、どこで敵とたたかうのですか?」


「あれに」ナグゥは丘下の兵棋盤の一点を指した。



「カルブの地にて、敵と決戦いたします」





アスース西方街道上 

2013年 2月23日 17時09分


 街道上は、この世のあらゆる混乱と諦めで満ちていた。


 熱帯雨林と草原で作られた大地を縫うように設けられた街道は、荷車とそれを曳く人、馬、牛で溢れている。その歩みは蝸牛カタツムリの方がましといった有り様だ。

 脱輪した荷車を押す人足のかけ声が響く。行く手を塞がれた馬車の御者が罵声を浴びせるが、何の助けにもならない。御味方優勢の噂を聞きつけた従軍商人が、商機を逃すまいと瞳をギラつかせて先を急ごうとするものの、同行する娼婦たちはあきらめ顔で道端に座り込んでいる。下手をするとここで客を取り始めかねない勢いだ。


「ええぃ、そこ! 早く荷車をどかさぬか! 後ろがつかえておるではないか」

 バールクーク王国遠征軍輜重兵将校が汗をびっしょりとかきながら喚き立てた。彼と彼の輜重隊は、ブンガ・マス・リマで大量に買い付けた糧秣・飼い葉・資材などの物資をいち早く前線に送り届けなければならない。

「こりゃむりでさぁ。車軸が折れちまってる」軍夫がのんびりと言った。その口調に将校は苛立ちを募らせた。


「莫迦者! この糧秣が届かねば軍は前へ進めぬのだ」

「そうは言ってもなぁ」

 軍夫に同意するかのように、荷車を曳いていた牛たちが道端でのんびりと草をはみ始める。それを見た将校の血管はさらに痛めつけられた。


 路外を早馬が戻ってきた。輜重兵伝令だ。

「隊長! 第八荷駄隊が行方不明に御座います!」

「なんだと! どういうことだ!?」

「この先の分岐にて道を誤ったかと──如何いたしましょう」


 現状に対し、バールクーク王国遠征軍段列の能力は圧倒的に不足していた。もとより現地調達を主要な補給手段としている遠征軍の後方支援能力が限定されていた上に、今回は諸都市徴募軍よせあつめ、同盟軍が加わっている。街道は狭くまた土地勘もない。交通整理を担当するはずのブンガ・マス・リマ市自警軍はどこにいるのかすら分からない。責任者もはっきりしない。

 

 上手くいくはずが無かった。


「伝令を出して探せ! 見つけたらとにかくアスースへ向かわせるのだ」

「はッ、しかしこの有様ではいつ着けることか……」

「もはやなりふり構っていられん! これで雨など降ろうものなら目も当てられんぞ」

 地面がぬかるめばさらに酷いことになるだろう。将校は責任をとらされて斬首される自分を幻視してしまった。


「路外を進ませるのは如何でしょう?」

 部下が、いっそのこと──と進言した。

「路外だと? 荷車が使えぬやり方でどれだけ運べるというのだ」将校は鼻で笑う。「良いか。軍を支えるほどの糧秣や薪といった物資は、人の手ではとうてい間に合わぬ。荷車を用いねばならん。そして、荷車は街道を行かねば──」

 そこまで言って将校は大きく見開かれた部下の目が、路外を見ていることに気付いた。こいつ、人が話しているときに何を。


「隊長……」

「な!?」

 周囲の輜重兵、軍夫、商人、娼婦といったあらゆる人々がその方向を見ていた。見ていないのは牛くらいだった。


 そこには轟音を立て、泥を跳ね上げながら路外を進む巨大な車がいた。




「注目の的だねぇ」ハッチから半身を出した車長が、しみじみと言った。

「初めて見る連中が多いんですかね?」操縦手が答える。

「まぁ、注目を浴びて悪い気分はしないね」


 注目の的となったのは、戦闘団偵察隊所属の87式偵察警戒車2輌だ。彼らは街道横の草原を時速30キロで北上していた。目的地は警務隊が展開するレノヴォの街である。


「しかし、大大大渋滞だね。後方の戦車や普通科は当分動けないよ」

「これ、道空きます?」

「空かなけりゃ──道を作るか」

「気の長い話で。でも、偵察隊うちらのトラックや軽装甲機動車(LAV)も路外機動は厳しいですよね」

「そうだなぁ──でも、まあレノヴォには俺たちとは別ルートで行くらしいからな」

 車長はそう言って、道端で手を振る娼婦たちに手を振り返した。




「ニホン皇国のジエイタイですな。凄まじきものだ」輜重兵伝令が怯える愛馬をなだめながら言った。

「あの車が有れば道はいらんのう」軍夫が言った。

「むむむ──だが、所詮は地を走る車に過ぎぬ。この先の森を越えるのには難儀するだろうよ!」

 将校がそう反論した時だった。


 突如、街道を行く人馬の列が轟音に包まれた。突風が木々を揺らす。怯える牛に牛飼いが引きずられ、軍夫たちが頭を抱えた。



「な!? なんだぁ!?」


 彼らの頭上を巨大な物体が飛び越えていく。よく見ると車をぶら下げている様だ。

「竜だ! 飛竜だぞ!」

「見ろ、ニホンの紋章だ! あれはニホン軍の飛竜だ!」



「はぁ、空を飛んで荷車を運ぶんなら、道が塞がってても関係ないべなぁ」


 あんぐりと口を開いたまま固まった将校を横目に、軍夫は飛竜の群れ──陸上自衛隊第1ヘリコプター団所属のCHー47JAを眺めて言った。

 自衛隊の動きは次話以降に。

 今回、合わせて地図を投稿しました。やっつけなので今後修正すると思いますが、都市の位置関係は変更しません。


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