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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第4章 オペレーション 『ブラック・サンダー』
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第16話 『昇天』

ジャボール兵団本営 マワーレド川河畔

2013年 2月15日 05時32分



 第1河川舟艇隊臨編突撃戦隊が〈帝國〉軍のオーガ突撃隊を視認したのとほぼ同時期に、〈帝國〉軍もまた単縦陣を組み高速で南下する舟艇隊を発見していた。

 すでに東の空から闇は追い払われ、茜色あかねいろから抜けるような青空へと変わりつつあった。世界は再び色彩を取り戻し始めている。彼らははすぐにその船団を敵と認識した。


 〈帝國〉軍各級指揮官は、異形の舟の猛烈な速度に半ば呆れつつ配下に攻撃を命じた。命令を受けた諸隊はそれぞれの手段で攻撃準備を整え始めた。弓箭兵きゅうせんへいが矢をつがえ、盾を持つ重装歩兵は敵の反撃に備える。兵団本営直属の部隊だけあってその動きは早い。

 その中でも、オーガ突撃隊の戦備は異彩を放っていた。行李こうりから取り出されたスリングに、人の頭程もある岩や焙烙弾ほうろくだんが収められる。水牛やオオトカゲ、そして人の皮を縫い合わせて作られたそれは、身長3メートルを超える巨人によって力任せに振り回されると、瞬く間に恐るべき速度を与えられた。

 岩が風を切る轟音と、蛮性そのものを体現したようなオーガのうなり声が辺りを圧する。そんなスリング投石兵と並んで、別のオーガは巨大なクロスボウを構えた。攻城用バリスタに比する大きさである。つがえられた矢も、一撃で有翼蛇を屠る程のものだ。

 四十体のうち半数がスリングとクロスボウを装備し、今まさに射撃準備を整えようとしていた。




「戦闘右砲戦。距離500。突撃戦隊打ち方始め」


 西園寺三佐が発した射撃命令は、無線機を通して各船指揮官に伝達された。

 銃架に据えられた重機関銃、40ミリ擲弾筒発射器が右舷を指向する。穏やかとはいえ流れのある川面である。高速航行中の船上は上下に揺れ、陸警隊員たちは苦労して小銃を構えなければならなかった。


「撃て!」


 午前5時33分。突撃戦隊は一斉に射撃を開始した。彼我ひがの距離約400メートル。マワーレド川中央を南進する突撃戦隊の縦列から、乾いた射撃音とともに複数の火線が陸に伸びる。水際に小さな水柱が上がる。黒い影が放物線を描いてマワーレド川西岸に飛翔し、続いて複数の小さな爆発が発生した。


 


「敵船団放ち始めた!」


 物頭の鋭い叫びに被さるように〈帝國〉軍部隊の周囲で耳障りな擦過音さっかおんと、もっと耳障りな音──味方の悲鳴が鳴り響き始めた。

 莫迦な、この間合いでだと? 多くの者が思った。

 敵船団は河川中央付近を南下している。遠矢が辛うじて届く程度の距離だ。だが、敵の攻撃は味方を次々と打ち倒していた。盾すら撃ち抜かれる。戦列後方で小爆発が相次ぎ、弓箭兵が吹き飛ばされた。

 このまま叩かれ続ければ、〈帝國〉軍の戦列は崩壊し敗北は間違いない。指揮官たちの多くは程度の差はあれそれを認識した。


 そして決断を下した。


「ものども! 放てェッ!」

「目標敵船団。細かい狙いは構わん。とにかく撃て!」

「崩れるなァ! 貴様等それでも本営近従か!」


 本営直属部隊、弓箭兵隊、そしてオーガ突撃隊。全ての指揮官が『攻撃』を選択したのだった。兵団長ゾラータが自ら督戦している以上、退くことは許されない。

 何より大きかったのは『ここで戦功を稼げば栄達は我のもの』という、南方征討領軍に根強い上昇思考であった。

 確かに先鋒の徴用兵、主力の重装歩兵はすでに壊滅し戦況は極めて不利な状況にある。だが、〈帝國〉南方征討領軍指揮官たちはそれをチャンスだと認識していた。味方がことごとくしくじった今、我の部隊が勝利を掴み取ったならば! そう考えたのである。南方征討領軍の前近代的な有り様が、彼らの戦意を高める原動力となっていたのだった。


 指揮官(武将と呼ぶのが適切かもしれない)たちの脂ぎった欲に突き動かされ、〈帝國〉軍は反撃を開始した。




 先頭を行く旗艦の後方、特別機動船1号の右舷に大きな水柱が立ち上がった。

「至近弾! 〈帝國〉軍発砲!」

 水しぶきを頭から被りつつ、特別機動船1号の乗員が引きつった顔で叫ぶ。その間にも、戦隊の左右に複数の水柱が立ち上がり、巨大な矢が飛来する。頭に包帯を巻いた1号船指揮官が腕をぶんぶんと振り回して部下に指示している。


「あら、あの方たち意外に動きがいいわね」西園寺三佐が目を丸くして言った。

「オーガは強力な兵種です。精鋭と見て間違いありません」久宝一尉が整った顔面に深刻な表情を浮かべる。「岩石や攻城用バリスタは、被弾すれば危険です」装甲などない河川舟艇隊には十分に脅威である。


「そうね……あの方たちとは仲良くなれそうにないわ。取舵20度、最大戦速」


 機関がうなりを上げ、川面を切り裂いて船団が左へと舵を切った。南下する突撃戦隊と岸辺に展開しつつあるジャボール兵団との距離が徐々に開いていく。無数の矢と岩石は降り注ぎ続けているが、オーガ達に偏差射撃を行う技量はない。ほとんどが明後日の場所に水柱を立てるだけだった。

「敵軍離れます」久宝が報告した。「しかし、こちらの命中率も低下します。充分な打撃を加えることはできませんね──」

 そこまで言って、久宝は息を飲んだ。目の前の指揮官が、ひどく悪い顔をしていることに気付いたのだ。


 ねずみをいたぶる雌猫のような、底意地の悪い微笑み。


「いいの」


西園寺は目を細めた。




 敵の船団は急速に遠ざかりつつあった。弓箭兵の矢も、オーガの投石ももはや届かない。始末に負えぬわ。オーガ突撃隊を率いるイリネイ・フロムシンは地面に唾を吐き捨てた。

 奴らの放つ火線は、当たれば人族兵はひとたまりもなく、オーガですら無傷ではいられなかった。蛮族どもにこれほどの力があるとはとても信じられない。幸い狙いは甘く、兵どもの損害は戦えない程ではないのが救いであった。


「奴らはまた現れるぞ。戦列を敷き迎え撃つ態勢を整えよ!」

「第一列、川縁まで前進!」

「オーガ隊、34騎健在。次は当ててみせましょうぞ」


 組頭たちの怒号が鳴り響き、オーガが怒り狂った吼え声を猛らせる。士気はくじけていない。やれるぞ。フロムシンは手応えを覚えた。ジャボール兵団の諸隊は、マワーレド川のほとりに堅固な横陣を形成しつつあった。戦列歩兵、弓箭兵、オーガ突撃隊。それぞれが充分に準備を整えれば、敵船団の殲滅はあたう。

 兵団最強の部隊を率いるフロムシンの判断は、この時点において正しい。彼の麾下きかにある全隊が一斉に火力を集中した場合、河川舟艇隊は大きな損害を受ける可能性があった。


「フロムシン! 大事ないか?」


 軍馬に騎乗した弓箭兵長ヤーシンが、兵列を掻き分け脇に付いた。互いに足を引っ張り合うことが日常茶飯事のジャボール兵団において、数少ない気の許せる漢だ。

「かすり傷よ!」フロムシンは短く答えた。オーガを率いる指揮官にふさわしい巨躯を馬上で伸び上がらせ、ギロリとルルェド城塞を睨みつけた。

「ははっ、頼もしきことよ。我らが同心すれば竜とて退くぞ──む?」ヤーシンは周囲を見回し、楽しげに笑った。そして、ルルェド城塞を見た。顔にいぶかしげな表情を浮かべる。


「どうした?」フロムシンはヤーシンの見ている方角に目をやった。東の空が赤く染まり、太陽が昇りつつある。光線がルルェド城塞を照らし、黒々とした大城壁を実際より巨大に見せていた。当然、怖れるフロムシンではない。

「──空に何かおる」ヤーシンは手甲に覆われた指で東の空を指差した。なんじゃい? フロムシンが目を凝らすとようやく日輪の中に黒い点を二つ見つけた。徐々に大きくなる。

「あれか?」

「あれだ──嫌な気分だ。どうにも嫌だぞあれは」

 配下の弓箭兵たちの中にも『それ』に気付く者が出始めていた。ざわめきが隊内に広がる。彼らは、昨夜重装歩兵やゴブリンたちが、空から降り注ぐ焔と光弾に引きちぎられたことを知っている。


「いち早く城壁を叩く。オーガ突撃隊、構えェ!」


 先手、先手だ。将としての嗅覚に背を押されるように、フロムシンは配下に命じた。ヤーシンも同様だったのだろう。弓箭兵に射撃用意を命じている。

 フロムシンは配下のオーガたちが手にした得物を構える様子を確認し、もう一度ルルェド城塞を見た。石造りの堅固な要塞。背後にそびえ立つ〈戦神の床几〉。稜線を赤く染め上げ空へ昇る巨大な太陽。


「!!」

 次の瞬間。太陽とルルェド城塞、その両方が一体となり焔を吹き上げた。フロムシンは声にならない叫びをあげた。





『ナラシノ11、射撃開始』

『アタッカー04、射撃開始』


 眼下の城壁上から一斉に火線が対岸に延びた。教来石きょうらいし三佐の左側に位置する4番機も、射撃を開始している。30ミリチェーンガンがけたたましい射撃音を響かせ、パイロン下から立て続けにハイドラ70ロケット弾が撃ち出される。


「弾ちゃん、俺たちも始めるぞ」教来石がインコムで呼びかけると、ガナー席から即座に返事が返る。

「はいな。右から順繰りいきますわ」

「任せた」

 教来石が繊細な操作で機体を右に向けると、ガナー席の高坂二尉が小さく「発射」と発声した。

 連続した振動。白煙を引いてロケット弾が飛翔する。


「こちらアタッカー01。攻撃を開始した」


 のこのこと見えやすいところに出てくるとは、敵も迂闊だな。あれじゃろくに身動きも出来ないだろう。

 

 教来石は敵に憐れみを覚えた。




 眼前を横切る第1河川舟艇隊臨編突撃戦隊を追うように川縁に布陣したジャボール兵団本営部隊を待っていたのは、陸上自衛隊によるキルゾーンだった。

 対岸のルルェド城塞西壁上には、城塞本営守備部隊と城内の掃討部隊を除いて抽出された第1空挺団第1大隊第1中隊が展開し、その全火力をジャボール兵団に向けている。

 上空には対戦車ヘリ隊のAHー64D〈ロングボウ・アパッチ〉2機が滞空し、手持ちのハイドラ70ロケット弾と30ミリチェーンガンを猛烈な勢いで撃ち出していた。


 射程圏内に誘い出された形のジャボール兵団は、なまじ横陣を敷いたことにより機動力を失い、ひたすら撃ち竦められる羽目になったのだった。


 

 胸壁に体を預けた空挺隊員たちが、あらゆる火力を敵に叩きつけている。火線が延びた先では、綺麗な横隊を組んだ敵軍が白煙と土煙、そして時折(きら)めく爆発と閃光に押し包まれている。

「こちらナラシノ11、射撃効果大。敵は壊乱しつつある。送レ」

『こちらクレ。たいへんよろしくてよ。そのまま敵を叩いてくださる?』無線の歪んだ音を通してすら艶を失わない声が応えた。


「了解。攻撃を続行する。終ワリ」


 たまらんなぁ。第1中隊長は、背筋をぶるりと震わせた。


──うっかり『かしこまりました女王様』なんて口走っちまいそうだぜ。

 




「面舵一杯。針路300度」西園寺が命令した。

 敵の射線から逃れるように南下していた突撃戦隊は、豹変ひょうへんしたかのように針路を北西に向けた。つまり、敵に向けて再度突入を開始している。


「ねえ、先任。おぼえていらっしゃるかしら」

「何をでしょうか?」久宝は嫌な予感を覚えた。

「あたくしが、好きなことよ」西園寺が笑う。さっき目にしたばかりの底意地の悪い笑みだ。たちの悪いことに──とても魅惑的だった。


「はっ、『攻撃』でしょうか?」久宝は自分の言葉をこれっぽっちも信じていない口調で答えた。

「先任」西園寺は彼を睨みつけた。「本当にそう思っているのかしら?」

「はい」彼は嘘をついた。

「だとしたらひどい怠慢だわ。幕僚たるものが指揮官を正しく理解していないなんて」西園寺の表情が剣呑けんのんなものに変わる。冷や汗が彼の額を流れた。

 ええい、もう知るか!

「申し訳ありません。私が誤っておりました」言ってやる、言ってやるぞ! 「司令の好きなものは『弱い者いびり』に他なりません」


 久宝は心の底から言い切った。一点の曇りもない。


「正解よ」

 その声は、まるで恋人のささや睦言むつごとのように艶めかしかった。



 久宝が思わず言葉に詰まるのを尻目に、西園寺三佐は満足げに微笑むと、一転して精悍せいかんな声で命令を発した。


「突撃戦隊は敵軍に近接しこれを撃滅する! 戦闘左砲戦。目標、陸岸の〈帝國〉軍」


 そこまで一気に言って、西園寺は息を大きく吸い込んだ。そして、心底楽しそうに海上自衛隊の教範のどこにも載っていない命令を発した。


蹂躙じゅうりんせよ!」




  第1河川舟艇隊臨編突撃戦隊は、命令を忠実に実行した。川下から順序よく火力を集中し、陸空からの攻撃により川縁でのた打っていたジャボール兵団の将兵を、丁寧に打ち砕いていったのだった。

 戦闘開始前、歩兵800、弓箭兵400、オーガ40を誇ったジャボール兵団本営部隊は、数百の死者を出して壊滅した。これにより〈帝國〉軍ルルェド攻略部隊は、組織的戦闘力を保持する部隊を全て喪った。




 いよいよルルェド攻防戦も終盤です。

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