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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第4章 オペレーション 『ブラック・サンダー』
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第11話 『霹靂』

第3対戦車ヘリコプター隊 ルルェド南方15キロ地点 マワーレド川

2013年 2月15日 03時10分



 陸上自衛隊第3対戦車ヘリコプター隊所属のAH-64D〈アパッチロングボウ〉4機は、ルルェド南方15キロ地点で高度を下げ 地形追随飛行(NOE)に移行した。


 夜のとばりを切り裂いて、4機の鉄騎が戦場へと向かう。


 先行するOH-1改偵観測ヘリコプターから〈観測ヘリコプター用戦術支援システム〉を介して送信された地形データと、機首に装備された〈アローヘッド・システム〉──目標捕捉指示照準装置(M-TADS)操縦士用暗視装置(PNVS)──からもたらされる画像が、パイロットのヘッドマウントディスプレイに電子的処理をされた情報となって表示されている。

 明暗が強調された前方監視赤外線(FLIR)画像が戦場の輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。

 アラム・マルノーヴの人族が等しくおそれる密林の闇ですら、アルミ合金とセラミックを纏った現代の重騎兵の行く手を塞ぐことはできない。



『アタッカー01、オメガ01。戦域データを送信した』

「……確認した。パーティ会場は満員御礼だな」

『15分の遅刻だ。だが、まだ料理は皿に山盛りだ』


 『アタッカー01』──AH-64D1番機の機長兼派遣対戦車ヘリ隊長、教来石信美きょうらいし・のぶよし三等陸佐は、緑色に輝く戦術情報画面を見て唇を捻じ曲げた。

 余分な肉など1グラムも無い猛禽類もうきんるいにも似た精悍せいかんな顔面に、あきれたような苦笑いが浮かぶ。そうしている間も、彼はコレクティブピッチレバーと操縦桿を操作し続けている。彼の指にピアノ奏者並みの繊細さが無ければ、全長17.43メートル、重量10トン強の鉄騎兵を駆って、夜間、地表スレスレを時速約200キロメートルで飛ぶことなどできない。


『01は南正面から進入し城内の掃討、02は西岸、03は東岸をそれぞれ攻撃。04はバックアップで待機』

 観測ヘリから指示が飛んだ。戦場は敵味方が混淆こんこうした、控えめに表現しても混乱した状況下にある。対戦車ヘリが好き勝手に獲物を求めるような自由は無かった。


「管制は?」教来石が訊ねた。

『02、03は全兵装使用自由。左右の岸に現在味方は存在しない。川面の海自に気をつければ全部吹き飛ばして構わない』

 至極真面目な声色こわいろで、OH-1改の前線航空統制官(FAC)は物騒なことを言い放った。さらに続ける。

『01は地上班の統制を受けてくれ。コールサインは『アドベンチャラー07』。孤立した守備隊と共にいる』

「そいつは早く助けてやらんといかん……しかし長いコールサインだな──01了解」


『02、03、04はこのチャンネルを維持。01はチャンネル3にシフトせよ。終ワリ』

『02』

『03』

『04』

 僚機は短く応答すると、高度を保ったまま機首をひるがえした。高い技量と度胸がないと行えない戦術機動だ。2番機と3番機はOH-1改の指示を受けつつ、パイロンにぶら下げたハイドラ70ロケット弾と、機首の30ミリチェーンガンを敵に叩き込むべく、それぞれ南西と南東から戦場に進入を開始した。


「アタッカー01、了解。突撃する」


 教来石は交信を終えるとエンジン出力を上げた。2基のT700-GE701Cターボシャフトエンジンがうなる。


「それじゃ、行こうか」

「はいな」


 副操縦士兼ガナーの高坂弾こうさか・はじく二等陸尉がおどけた口調で応えた。教来石ともう2年以上もコンビを組む息の合った相棒だ。口調も態度も軽いが仕事には手を抜かない。それを理解するまでにひと悶着もんちゃくあったが、いまでは全幅の信頼を置いている。


 教来石三佐のAH-64Dは、強烈なダウンウォッシュで水煙を巻き上げながら、猛烈な勢いで戦場へと突進を開始した。




「やっと来たわね」


 態勢を整え終わったばかりの第1河川舟艇隊突撃戦隊の旗艦の上で、西園寺三佐が言った。高速で戦場を突破した結果全身に水飛沫を浴びている。あちこちが濡れそぼった彼女の姿は、認めるのは不本意ながら過剰なほどの色気を発散している。美しい──先任幕僚の久宝一尉はうっかり浮かんだ感想を慌てて打ち消した。

 傍受していた前線航空統制系から聞こえてきたのは、紛れも無く待ちに待った増援の到来を告げる声であった。しかし、同時に危険な存在が空からやってくるということでもある。


「全艇に命令。ストロボを点けさせてちょうだい。お空からよく見えるように念入りに」

「了解しました」





「な、なんだったんだ。あれは?」


 突然巻き起こった突風にあおられて転覆てんぷくした小舟に掴まりながら、〈帝國〉南方征討領軍ジャボール兵団の警戒部隊に所属する兵たちは、互いの顔を見合わせた。誰もが、ただ強烈な畏れを精神に刻み込まれていた。


「シンバ隊長、俺は見ました。巨大な翼龍でした」

「いや、むしだ。あれは人食い大蜻蛉おおとんぼだ。俺の故郷にいるやつの3倍はでかかった!」

「よせ、そのようなモノがいるはずが無い」


 指揮官のシンバは、口々に勝手なことを言う部下の言葉をイライラしながら聞いた。強烈な破壊を振りまいて戦線を突破して行った敵の軍船を包囲すべく陣形を整えようとしていた彼らは、全く異なるものを見たのだ。では、それは何か。味方であろうはずが無い。


「うろたえるな! ぼんくらどもめ! そのような戯言ざれごとを抜かす暇があったらさっさと舟を起こさんか!」


 怒鳴り散らすシンバの声に、兵たちは不満を隠そうともせず、のろのろと水をかいているだけだ。受けた衝撃が余りに大きく、彼らは皆兵士からただのヒトへと成り果てていたのだった。


 (味方ではない空を飛ぶ巨大な何か。じゃあ、何だ?)


 シンバはそれを理解していた。だが認めたくはなかったのだ。内心の不安をごまかすかのように怒鳴り散らす彼の耳に、新たな音が聞こえ始めていた。その音もまた南からやってきた。

 

「た、隊長ォ!!」

「ひぃぃぃぃ!」


 部下が悲鳴を上げる。あわてて水中に潜るものもいた。


 (よせ、よしてくれ。そんなことがあるはずが無い)


 シンバは必死に否定した。その努力をあざ笑うかのように、辺りは轟音に満ち、水面は荒れ狂う突風を受けて波立っている。夜空に輝く星の輝きが、瞬時に覆い隠される。巨大な何かがシンバたちの頭上を飛び越えているのだ。


「龍だ! 巨龍の群れだ!」


 真っ黒な影が次々と頭上を横切った。空気を切り裂く不穏な音を鳴り響かせて、猛烈な速度で北へと向かう龍の群れ。

 味方じゃないなら、敵だ! 巨大な龍を操る敵。止めろ。翼龍は〈帝國〉軍にしか操れぬ無敵の兵器ではなかったのか? 南瞑同盟会議軍ごときに扱えるものではなかったんじゃないのか!?


 だが、それは現実に存在し、激しい攻防を続けるルルェドに向けて飛び去っていった。時間にしてみれば僅かな時だったのだろう。すでに辺りは静寂が支配している。

 シンバは、頭をかきむしり叫んだ。そうでもしないとどうにかなってしまいそうだった。


「何だ! 俺たちが戦っている相手は、一体どこから来た奴らなんだ? お前らは、何者だ!?」


 あの巨大なモノがこれから引き起こす災厄さいやくを予感し、シンバは恐怖に震えた。彼の問いに応える者はない。その問いは、ルルェドをめぐる戦いにおいて多くの〈帝國〉軍将兵が発することとなる。そして、その答えが明らかになるのには、いま少し時間が必要だった。




関門都市ルルェド 

2013年 2月15日 03時15分

 

 大蛇のように蛇行だこうするマワーレド川に沿って低空で飛行した教来石機は、ルルェド上空到達までの約5分間で全電子兵装を作動させ、戦場を睥睨へいげいした。ローター上部の〈ロングボウ〉ミリ波レーダーが機首左右45度のセクターを素早く走査そうさし、探知したすべての目標の脅威判定を行う。装甲車両や対空火器は認められない。

 ガナーの高坂二尉は、FLIR画像を確認した。予想通り明るい光源は城内に集中している。熱量を持った存在──兵士たちはルルェド城塞内で最後の殺し合いを繰り広げているのだった。高坂はM261ロケットポッドとM203Eチェーンガンシステムの火器管制装置(FCS)をUPに切り替えた。

 システムオールグリーン。いつでも撃てる状態であることを確認する。


 教来石は、地上班に割り当てられた無線周波数で5回目のコールを行った。4回は呼んでも応答が無かった。


「アドベンチャラー07、こちらアタッカー01。感明いかが?」


 無線は沈黙している。「まさか、もう……」嫌な予感が脳裏をよぎった。


『……こちらアドベンチャラー07』ひずんだ声が無線機から聞こえてきた。地上班だ。教来石は安堵あんどした。現在位置を確認する──ルルェド城塞南500メートル。彼は機体を低高度ホバリング状態に移行させた。周囲にはいくつかの敵部隊が存在している。準備を手早く済ませる必要があった。


「こちらアタッカー01、攻撃準備位置に付いた。兵装は30ミリチェーンガンに、ハイドラ70ホテル・エコーが38。敵味方が近いためチェーンガンで支援を実施する」

『アタッカー01、アドベンチャラー07。了解した。そろそろやばい。手早く派手に頼む』


 無線の向こうで銃声が鳴り響いている。FLIR画像では、多数の人間が狭いエリアにひしめき合っているようだった。


「アドベンチャラー07、敵と近いみたいだ。位置を示してくれ」

『了解した。ストロボを点灯する』


 画面上に一際明るく輝く光が点滅を始めた。敵味方識別に使用する赤外線ストロボだろう。


「アドベンチャラー07、ストロボの位置が君たちか?」念のため教来石が訊ねる。

『そうだ、ストロボの位置が俺たちだ。確認してくれ。後は全部敵だ』

「ありゃあ、絶体絶命」


 高坂が言った。ストロボが点いた場所は、本営らしき建物の一角。その周囲は全て兵士で埋まっている。数百の熱源が画面を明るく浮かび上がらせている。


「確認した」

『敵にスモークを投げる。赤色だ。畜生──』


 激しく輝く物体がストロボの位置から放り投げられた。おいおい、15メートルも離れちゃいないぞ。


「こちらアタッカー01、確認した。近いな。危害半径にそっちも入っちまう」


 そう言った教来石の言葉に被せるように、切羽詰った答えが返ってきた。


『それでいい。こっちは敵の海の中で溺れそうだ! さっさとやってくれ!』

「よし、わかった。こっちは南にいる。あんたらの西側を掃射する」

『頼む。外れても文句は言わん』

 顔も知らないアドベンチャラー07の声は、教来石を信頼しているように聞こえた。教来石は、ガナー席の背もたれを軽く叩いて言った。


「弾ちゃん、やるぞ。西側50メートルを掃射」

「はいな。よっしゃ、かましたるでぇ」


 教来石は機体を上昇させた。マングローブ様の密林から、アパッチの機体が浮かび上がる。昆虫の複眼に似たTADSセンサーが、ギョロリと敵に指向すると、連動して30ミリチェーンガンの砲身が城塞本営に狙いを定めた。


「こちらアタッカー01。攻撃開始! 攻撃開始! 頭を下げていろ。〈帝國〉軍(やつら)の度肝を抜いてやる」





〈帝國〉第一徴用兵団 ルルェド本営

2013年 2月15日 03時17分


 戦場の熱狂は最高潮に達しようとしていた。


 本営に立てこもるルルェド守備隊は依然頑強に抵抗を続けている。強力な攻撃魔法で味方に大損害も出した。しかし、敵も損害を受けている。互いに死に続ければ、先に全滅するのは敵の方だ。徴用兵たちは、仲間が倒れていく間も、自分だけは生き残れる。戦利品にありつける。そう思いながら戦闘を継続していた。


「おい、女は残っているかな!」

 誰かが石礫を投げながら言った。

「しらねぇよ。おめぇ、死んでても気にしねぇだろうが!」

 別の誰かが応えた。兵たちの凶暴な気分は増すばかりで、生き残りがいたとしてそれが半刻と生き延びられる可能性は低いだろう。


「でもよぅ、どうせなら顔はきれ──」


 轟音。そして静寂。


 兵たちは突然、巨人の手によって張り倒されたような有様になった。衝撃波が彼らの耳を潰した。

 その近辺にいた兵たちは全員が吹き飛ばされていた。


「な、なん──」

 混乱する徴用兵の集団に、不可視の攻撃が次々と降り注ぐ。すさまじい爆発音と、石畳の破砕音。土煙がもうもうと上がり、『それ』が通過した線上にあるものは全てが破壊されていく。

 頑強な鉄盾を構えていた大柄な兵が、盾ごと上半身を抉り取られ膝をついてゆっくりと倒れる。

 下卑た話を叫んでいた兵が、まとめて肉片に変わる。

 石畳や建物の破片が八方に飛び散り、頭や腕を砕かれる兵が続出する。


 いつしか戦場には赤黒い『線』が幾本も引かれていた。線上にあるものは砕かれた人体の欠片と石畳の欠片の混合物。生きているものは一人もいない。血と肉と臓物が折り重なるように積み上がり、鉄と青銅と革の破片と混ざり合っていた。

 悲鳴を上げてのたうつのは、直撃をまぬがれたものたちだけであった。わずかに幸運だった兵たちは、吹き飛ばされた自分の腕を探したり、腹に開いた大穴の痛みに耐えかねて泣き叫んでいた。

 もし彼らが夜明けまで生き残っていたならば、地面に仲間たちが遺した『線』を目撃することになるだろう。


 十数秒の間に、第一徴用兵団の一個小隊に相当する兵が死亡していた。負傷者はその倍。とても許容できる範囲ではない。

 彼らは事態を収拾することはできなかった。指揮を執るべきものもそうでないものも、危害半径内にいたものは、一切の差別無く叩き潰されていたのだから。


 〈帝國〉軍の突撃は頓挫とんざした。





「おい、何を召喚した?」


 口をあんぐりと開けたハンズィールが言った。口の端からよだれがこぼれているのにすら気付いていない。目の前の状況が歴戦の傭兵隊長に与えた衝撃は、それほどのものだった。先程まで激しく切り結んでいた〈帝國〉兵と守備隊の双方が頭を抱えてその場に伏せていた。その〈帝國〉兵の戦列の後方で、轟音と閃光が連続して発生し、あらゆるものが吹き飛ばされている。


「援軍です。対戦車ヘリコプターAH-64D〈アパッチ・ロングボウ〉。彼らは南の空からこちらを射撃しています」


 スズキの言葉は、古代魔法語の呪文のように響いた。タイセンシャ? センシャを討つモノ? これほどの威力の攻撃を遥か彼方の空からだと? 

 弾着の衝撃波がハンズィールの顔面に付いたたっぷりとした脂肪を揺らす。埃臭い。そして血生臭い。


 畏れがハンズィールの全身を満たしている。人智の及ばぬ、ヒトでは対抗できぬ力。邪神に等しいほどの。それを『援軍』と呼ぶこの男たちは何なのだ。

 ハンズィールの目の前では、あれほどまでに圧倒的な数を誇った〈帝國〉軍が細切れにされていた。それは彼が心の底から願った光景のはずだ。しかし、今ハンズィールは少しも嬉しくなかった。


 (これは、ずるいだろう)


 ちまちまと遊んでいた兵棋を横から盤ごとひっくり返されたような、そんな釈然としない思いを抱く。ハンズィールは九割九分負けのところを救われたのだが、それでもそんな思いは残った。


「ずいぶんと頼もしい援軍だ」


 もちろん、彼の脳内では傭兵隊長としての思考が猛烈な勢いで始まっている。この調子で敵を吹き飛ばしてくれれば、態勢を立て直して逆襲も──そこまで考えたところで、バリケードの上で歓声を上げて〈帝國〉軍が吹き飛ぶのを見ていた部下の傭兵が、敵と同じように吹き飛んだ。ハンズィールの不自由な左足のかたわらに、よく見知った顔だけが転がって来た。おいおい、なんて嬉しそうな顔で死んでいやがるんだ、お前は。


「スズキ殿よ。ちょいと頼もしすぎやせんか?」再度バリケード付近に着弾。樽が砕け、破片を浴びたルルェド家臣団の一人が悲鳴を上げる。「こいつは一体どういうことだ?」


「流れ矢のようなものです」スズキはすまなそうに言った。「戦場には付き物の。どうか皆さんを下げさせてください」


「なんとまあ……うむ、心得た」


 これが神の御業みわざではなく、人がした業である故に百発百中でないことを言祝ことほぐべきか、それとも、ちゃんと敵を狙えと罵声を浴びせるべきか……。ハンズィールは複雑な気分になった。

 再度近くに着弾。土埃が頭に降り注ぐ。少なくとも、味方の攻撃を食らって死ぬことほどあほらしいものは無い。ハンズィールは、心中に差した影を取りあえずしまいこみ、現実に目を向けることにした。


「総員、頭を下げていろ! 巻き添えを食らうぞ!」





「やっぱり誤差がでますわ」


 高坂二尉が苦々しい口調で言った。射撃距離500メートル。各種センサーから十分なデータを入力し照準を行っているが、チェーンガンという『火器』の特性は変えられない。狙撃銃でない以上、ある程度着弾がバラけるのは仕方の無いことなのだった。


「距離を詰めるぞ、弾ちゃん」だからといって誤射を許容することはできない。教来石三佐が意を決して言った。「ギリギリまで近づいて、百発百中だ。分かるか? この計算が」

「えらい思い切った話で。反撃食らうかもしれませんよ?」

「魔法使いのファイヤーボールはシルカの23ミリ機関砲より威力があるってことはないだろう? 許容すべき危険だ。往くぞ!」

「へいへい」


 機首を下げテールを持ち上げた教来石のアパッチ・ロングボウは、時速200キロで前進した。急速に距離が詰まる。機体は城壁を越え、城塞内部へ。敵味方がひしめく本営までは50メートルほどしかなかった。地上では〈帝國〉兵らしき人影が呆然とこちらを見上げ、右往左往している。


「アドベンチャラー07、こちらアタッカー01。さっきはすまん。この距離なら外さん」


『──うわ、こんなところまで詰めてきたのか。あんた、無茶苦茶するなぁ。気にしないでくれ。頭を下げておくよ』


 


 それは突然現れた。


 謎の攻撃を受けて大混乱に陥っていた第一徴用兵団の兵士たち、そして兵団長ロンバスは、頭上に浮かぶ巨大な存在を呆然と見上げていた。誰もが、それを理解できない。いきなり猛烈な突風を伴って現れたそれは、巨大な龍にも、蟲にも見えた。


 (睨んでやがる)


 巨大な複眼がロンバスをにらみつけた。それに合わせて腹から伸びる細い棒がこちらを向くのが分かった。

 ロンバスは慌てて逃げ出した。周りの兵が彼を頼って声を上げるが、そんなことはどうでもよかった。死んでたまるか。俺は生き延びるんだ。あんな化け物と戦えるか! いやだ! いやだ!

 背後で低い唸り声が聞こえた。ロンバスが光を感じた瞬間、彼は猛烈な熱を感じた。それっきり彼の意識と肉体は、アラム・マルノーヴから永遠に喪われた。

 その周囲では、ルルェドを陥落まであと一歩のところまで追い詰めた〈帝國〉軍第一徴用兵団が、AH-64D〈アパッチ・ロングボウ〉から放たれる30ミリ機関砲弾の雨を喰らい、細切れにされていた。




 〈帝國〉軍を完膚無きままに叩き潰しつつある教来石三佐の心中は、意外にも陰鬱いんうつな気分で満たされていた。無理も無かった。現代の技術が夜というベールを無理やりに剥ぎ取っている。彼と高坂二尉の眼前に示されているものは、己の為した大量殺人の様子であった。

 FLIR映像は、全ての明暗を強調する。ズームされた画面では、白く明るい(つまり高い熱源を保持している)人型が、右往左往している。逃げようとする者もいる。TADSは見逃さない。

(ああ、まるでペンキをぶちまけているようだ。ゲームじゃないんだぞ)

 モノトーンの世界でチェーンガンが弾着すると、白く輝く人型がばらばらに砕け散り、熱量を持った破片が辺りに飛散する。それらが石壁や地面と全く異なることを、赤外線画像は容赦なく暴き出す。徐々に冷え、周囲と同化していく姿までが、高解像度で示される。

「っと、味方にあたらんように……よぉく狙ってまだまだいくでぇ」

 前席からインコムを通して、高坂のおどけたようなつぶやきが聞こえてくる。だが、教来石にはそれが彼の本心の発露はつろではないことが分かっていた。引き金を引いているのは彼なのだ。


「教来石三佐、思うんですけど」

「なんだ」

「──わし、FLIR画像のフルカラー化には絶対反対ですわ」

「……そうだな。俺もだよ」


 教来石三佐は、部下の震える声を聞きながら、派遣部隊心理カウンセラーの内線電話番号はどこにひかえてあったかな、と思った。

ようやくヘリの到着です。本来もっと遠距離から撃てる訳ですが、動画を漁っていたらそこそこ弾がばらけているようでしたので、このような展開にしてみました。


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