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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第4章 オペレーション 『ブラック・サンダー』
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第10話 『デスパレート』




 〈帝國〉軍ジャボール兵団に対する海上自衛隊第1河川舟艇隊の奇襲攻撃は、衝撃という表現ではとうてい足りない程の影響を攻城戦にもたらした。

 渡河とか中の後続部隊は渡河手段ごと沈められ、支援を為すべき遠戦火力部隊──魔術士や長弓隊も混乱状態に陥っている。


 もしこの時、守備隊に十分な予備兵力があったならば、戦況は一変していただろう。勇敢で積極的な指揮官に率いられた200名ほどの部隊が集中して反撃を実施できていたら、後続を断たれ陣形を組むひまもない〈帝國〉徴用兵は城内からたやすく叩き出されていたはずだ。

 実際に、当初待機していた予備兵力は総勢200名に近かったし、その指揮官であるハンズィールやホーポーの指揮能力と勇気に不足はない。


 しかし、現実は異なる経過をたどった。


 選抜猟兵の後方攪乱(かくらん)を受けて混乱した守備隊は、予備兵力の集結が遅れていた。有力な戦力である神官戦士団は、領主であるティカの救出のため神殿に差し向けられていた。混乱を収拾したルルェド守備隊がようやく事態を把握し態勢を整えた時には、すでに城内に600名を超える〈帝國〉兵が侵入を果たしていたのだった。


 予備隊は、バケツに張られた水のようなものだ。小火ボヤを消すのに効果があるが、火元がわからないまま闇雲に撒いても効果はない。そして、火が燃え広がったあとには気休めにもならない。


 関門都市ルルェドの喉頸のどくびに食らいつこうとした毒蛇は、鋭い斬撃によりその頭を切り離された。だが、その牙はまだ毒を失わず、着実に獲物の命を奪いつつあった。

 



ルルェド城塞本営 

2013年 2月15日 02時34分


 時間は少し巻き戻る。

 

 状況は、まあ酷いものだった。これほど『あとがない』のは、十年前のあの時以来だ。あの時は〈帝國〉西方諸侯の私軍と、至高神の審問兵団に追いかけられ、川に飛び込んで逃げる羽目になったが、今回はその川にすら敵が満ちているときている。

 城門を突破されてからわずかの時間しか経っていないのだが、〈帝國〉兵は真っ直ぐに本営に向けて押し寄せてきた。多分、あらかじめ住民のほとんどを逃がしていたからだろう。略奪乱暴狼藉の対象が街にいないのだ。徴用兵だろうが〈帝國〉正規兵だろうが、奴らは奪いにやってくる。ハンズィールはその習性をよく知っていた。


「城壁守備隊は?」

「南と東は健在です。登り口を塞いで頑張ってます……ですが、西は」部下の顔が曇った。

「駄目か?」

「西壁の魔導士から暇乞いとまごいが届いたそうです」

「そうか爺さんも逝ったか……くそ、何もかも足りん」

 ハンズィールは一瞬だけ目を閉じ、思慮深く穏やかだったパームアン導師のために祈った。



「来たぞ!」

 営庭の入口を見張っていた傭兵が警告を発した。30名程まで討ち減らされたハンズィールたちは、本営の片隅に追い詰められていた。敵はあとからあとから押し寄せてくる。

 味方はといえば、各城壁守備隊は孤立しており、頼りになるドゥクス神官戦士団の連中は残っていたわずかな住民と下働きの女たちを守って神殿に後退している。

 神殿は敵に一度奪われたのだが、ホーポーと戦神に仕える神官たちはそれが我慢できなかったらしい。ハンズィールに救出したティカとカーナを押し付けると、猛然と神殿に突撃しあっさりとこれを取り返したのだ。大した坊主どもだ。

 今は20名程の神官戦士が、重傷者と住民を収容した神殿を固めているはずだ。戻ってきたホーポーの勧めでハンズィールたちも神殿まで後退するはずだったのだが、折り悪く敵の攻勢が始まり回廊への道を抑えられてしまった。

 

「クロスボウ構え! よく狙え」

「盾だ。隙間を作るなよ」

 城館の入口に、とにかく矢弾を防げそうなあれやこれや──辺りから根こそぎかき集めた樽や木箱や横倒しにした荷車にぐるま──を積み上げたバリケードに身を隠した傭兵たちが、残り少ない矢をつがえたクロスボウを構えた。

 誰もがすすと血で顔を汚している。月明かりと火災の照り返しに照らされた男女の顔には、焦りと恐怖の色が強く浮かんでいた。

 怒声とともに〈帝國〉兵が迫った。相当(はや)っているようだ。無理もない。ここには戦利品があって、それはおそらく早い者勝ちだ。武器も鎧もまちまちな兵が迫る。号令。ばね仕掛けが乾いた音を立て、騎士の甲冑を貫くほどの威力を持った矢が敵に向かって放たれた。敵戦列のあちこちから悲鳴。倒れ伏す音。しかし、その数はわずかだ。

 敵の足は少しだけ鈍るが止まらない。射手が二の矢をつがえようと狭苦しい陣地の中で悪戦苦闘を始めた。急げ、急げ。ハンズィールは心の中でつぶやいた。声に出して急かしても良いことは無いのは判っているから、何も言わない。


 射手が装填を終え、構えた。ハンズィールはえた。

「放てぇ!」

 射撃音。悲鳴。それに数倍する怒号。もはや敵は目と鼻の先だ。そろそろ射手を下げ、兵を前に出さなければならない。


「すまん、隊長。俺は抜ける!」

「俺もだ。死守なんて俸給に含まれちゃいねぇ!」

「お、俺も」


 その時、陣地から数名がまろび出た。ハンズィール配下の傭兵だ。顔も名前も、どんな男なのかも知っている。彼らは手にしていた剣と盾を捨てると、両手を挙げて〈帝國〉軍の戦列に近付いていった。

「裏切るのか! 卑怯者!」

 誰かが叫んだ。陣地内に動揺が走る。逃げ出した連中は、性根も傭兵にしては真っ直ぐで腕も悪くなかった。ハンズィールはうなった。早晩脱落者が出るものと予想はしていたが、実際目の当たりにするとさすがにこたえる。


「討ちますか?」副官が密かな声色でささやいた。

「いや、いい」

 ハンズィールは首を横に振った。まだ何か言いたげな副官を目線で抑える。


 

「な、なんで?」

「ひ、やめ……止めてくれ。抵抗しない! 俺た──」

「降る、降るから──ギャッ!」

 降伏など認められるはずも無かった。今まで城壁から散々に射竦いすくめられ、蹴散らされて来た敵兵なのだ。その憎悪は生半可なまはんかなものではない。

 聞くに耐えない罵詈雑言ばりぞうごんあざけりの笑い声が、ハンズィールたちに降り注ぐ。部下の士気が低下したことを、ハンズィールは敏感に感じ取った。危険な兆候ちょうこうだった。


 長柄武器を掲げて敵の戦列がバリケードに迫る。統制も何もない無様な突撃だ。自分の部下なら徹底的な鍛え直しを命じるところだ。だが、今はその無様さがありがたい。

「引きつけろ──今だ! 突け!」

 バリケードの内側から、ハンズィール傭兵隊とルルェド家臣団の混成部隊が槍を突き出す。低い位置から突き上げられ、〈帝國〉軍の最前列は手酷てひどく乱れた。その後は乱戦だ。バリケードを挟んで両軍が叩き合う。今のところ味方が敵を圧倒している。

 その時、奇妙な光景に気付いた。陣地の最前列で、数名の兵がただ立ち尽くしている。


「どうしたサクス!? 敵は目の前だぞ!」


 だがその兵たちは動かなかった。どこか焦点の合わない瞳でハンズィールを一瞥いちべつすると、そのまま敵兵の槍に串刺しにされ剣で首を断たれた。血飛沫を撒き散らして倒れるその瞬間も、悲鳴一つあげないのだ。まるで糸の切れた繰り人形のように、命を差し出している。

 最前線では、両軍の兵たちが雄叫びをあげて自分を必死に鼓舞し、剣を打ち付け、武器を失った者などは手足や歯に至るまでの全てを用いて戦っていた。あちこちで絶叫が響き、手足や首が宙を舞う。

 そんな中、くしの歯が抜け落ちるように味方が討たれ始めている。


 〈死にたがり〉だ。


 あらゆる指揮官が恐れる事態──士気の崩壊。無限にも思える敵と、孤立無援の状況が、歴戦の兵たちを赤子に変え始めているのだ。

 ハンズィールですらその波に飲まれかけている。すべてを投げ出してしまいたくなる。 


 仕方ないだろう? 彼は心中で言い訳をした。今の俺は傭兵隊長で、主君を守護する騎士なんかじゃないんだぜ。

 そうして彼は、無意識に後ろを振り返った。そこには無力なティカ・ピターカ・ルルェドがガタガタと震えているはずだった。


「どうした! ハンズィール隊長。疲れたか? 私が……私が指揮を引き継ぐぞ? 少し休むがよい」


 その姿は、言葉ほど勇ましくは無かった。顔面は蒼白。瞳は潤んで唇は震え、立っているのがやっとという姿だ。だが、彼は立っている。地面に立てた先祖伝来の長剣に両手を重ね、しっかりと敵を睨みつけて立っていた。傍らには、身体のあちこちを血の滲んだ包帯で覆われた少女が、主君を守護すべく必死に身体を支えていた。


「……主殿」

 

 少年は、隠しようのない恐れを抱きながら、それでもなお領主としての務めを果たそうとしている。ティカの目がハンズィールを一瞥いちべつした。

 その姿を見て、ハンズィールは十年前を思い出した。あの時、もし我が主君がこのような……いや、もはや詮無せんなきこと。

 彼は削り取られた跡の残る胸甲をそっと撫でた。そこにはかつて、彼の誇りがあった。


「十年早いぞ主殿!」


 小童にあのような態度を見せられては、大人の立場がないではないか。

 ハンズィールは、ふんっ、と息を吐くと胸を張った。どぅと正面の味方戦列が崩れる。荒々しい雄叫びと共に数名の〈帝國〉兵が突撃してくるのが見えた。相手してやろう。

 でっぷりと肥えたハンズィールは、左手の杖に体重を預けると、驚くほど滑らかに大振りのバスタードソードを抜き放った。そのまま突き出された〈帝國〉兵の槍を叩き折り、返す刃で首を跳ねる。その勢いを器用に使い、くるりくるりと剣を振るうハンズィールの周囲にはたちまち〈帝國〉兵の死骸が積み重なった。


「どうした、野郎ども! もうへたばったか! それとも母ちゃんの腹ん中に戻りたいのか? 〈帝國〉のドブネズミどもに笑われちまうぞ。死ぬのはあとにしろ! 大声出せ! 金玉ついてんだろうが!」


 そう鼓舞するハンズィールの動きは、荒っぽい言葉とは裏腹に驚くほど滑らかで理にかなったものだった。力任せに打ち込まれる斬撃を受け流し、体を入れ替え、急所に致命的な一撃を加える。


 片足の不自由な肥満体の傭兵隊長は、まるで〈帝國〉西方騎士の如く剣を振るい、敵をほふった。


 返り血で全身を染めたハンズィールは、凄みのある笑みを浮かべた。部下たちはわずかながら盛り返している。あと一刻はもつだろう。少なくとも敵に莫迦ばかにされることは無い。どっちみち死んじまうんだが、命乞いの末(なぶ)り殺されるような無様はさらすまい。

 

 戦況をくつがえせる希望は無い。味方は三十。敵は数千。全滅は免れない。だが、俺は満足だ。十年前に失った死に場所を得たのだから。主君の馬前で討ち死にできる。俺はそれでいい。あとはどうにかしてこの少年少女を神殿に逃がせば……畜生、そんな生き方はとうに捨てたはずなんだがな。

 ハンズィールの口元には自然と笑みが浮かんでいた。



「ちょっと前を空けられませんか? ハンズィールさん」


 その声は、ハンズィールの高揚した気分を壊すのに十分だった。『そこのパンと肉を切り分けてください』そんな感じだ。なんでもないことを頼み込む口調。戦場にはおよそ似つかわしくないほど『日常的』な。

「スズキ殿か。そういえば居たな」

「ようやく、機器が復旧しましてね」

 その奇妙な男は、さっきまで部下と共に何かをずっといじっていた。この期に及んで何をしているかと思ったが、もとより数に入れていなかったので、すっかり忘れていたのだ。ハンズィールはいぶかしんだ。


「分からぬかもしれんが、俺たちはいまかなり忙しい。おぬしに構っている余裕は無いぞ」

「その忙しいのをなんとかして差し上げようかな、と」スズキはふわりと笑みを浮かべた。

 何を言っている。ハンズィールは苛立ちを覚えた。こんな男に『何とか』できるなら、俺がとっくにやっている。やはりうつけのたぐいであったか。だいたい、俺のこの気分に水を差しやがって──

 

「防げ! 防げ!」

「ぶちかませぇ! 崩せば終わりだ!」

 その時、一度は盛り返した戦列が崩れた。体格の良い〈帝国〉兵が数名盾を掲げて体当たりをかけたのだ。疲労困憊ひろうこんぱいだったルルェド家臣団は支えきれず、敵兵がなだれ込む。ハンズィールは慌てて剣を構えようとしたが、それより早くスズキが動いた。


 胸の前の杖を流れるように持ち上げ、敵に向けて突き出す。やや前傾した上体のどこにも力みが無い。その姿にハンズィールは目を奪われた。だが、あの杖は何だ。引き金が見える。やたらごつごつした形だが、クロスボウに似ている。もしあれがクロスボウならば、スズキという漢はよほど手練れの射手だろう。三百歩先の林檎すら撃ち抜くほどの。だが、どこにも矢はつがえられていない。引き絞られた弦もない。

 スズキは穏やかな、微笑みにすら見える表情を浮かべ、静かに引き金を落とした。杖の先から小さなほのおが噴き出る。


 ハンズィールはむちのような音が周囲の空気を震わせたのを聞いた。


「ガァッ!?」

 〈帝國〉兵の胸甲が甲高い金属音と共に砕け、大柄な兵士は痙攣けいれんし崩れた。両隣の〈帝國〉兵は何が起きたのか理解できない。 

 小気味の良い音が響くたびに、残りの敵兵の盾が砕け、胸に穴が開いた。驚愕きょうがくに目を見開いて敵兵が倒れる。スズキは、少しのブレもなく杖の筒先を左右に振ると、あっという間に突入してきた〈帝國〉兵を駆逐してしまった。



 

 様子がおかしい。

 一度は敵の戦列を突破した兵どもは、陣内で殺られてしまったようだ。ルルェド守備兵が立て直すのが見えた。〈帝國〉徴用兵団小隊長は、軽く舌打ちするとさらに攻め立てるよう下知を下そうとした。だが──

「!? しょ、小隊長どの!」

 小隊長の兜が弾け飛び、鼻が消し飛んだ。後頭部から血と脳漿のうしょうが噴き出る。小隊長は悲鳴をあげることすら出来ないまま、その場に倒れた。

 周囲の兵が狼狽ろうばいする。


「そ、狙撃か!?」

「しかし、矢も攻撃魔法も見えねぇぞ! いったいどこから?」


「ええぃ、あわてるな。敵はもはや押し込められた。最期の悪足掻わるあがきに過ぎ──」

 事態を収拾しようとした組頭の頭が吹き飛ぶ。まともに血飛沫を浴びた若い兵が金切り声をあげる中、古参兵が周囲を怒鳴りつけた。

「莫迦やろう! 女みてぇな声を出──」

 その古参兵も胸を撃ち抜かれてひっくり返る。その次も。その次も。誰かが何かをしようとするたび、その誰かは死んだ。

 恐怖が伝染する。兵はもはや泣き叫び逃げ惑うだけだ。狙撃を受けて混乱した部隊はごく一部であったが、その影響は全体に及び、攻め手の勢いは大きく削がれてしまった。




「おい、何だそりゃ? 凄まじいな!」

 スズキが鞭のような音を響かせる度に、敵兵が倒れた。杖から金色の小さな筒が飛び出し、石畳に跳ね返って澄んだ音を立てる。ハンズィールにはその音が祝福の鐘の音にすら聞こえた。

 スズキは、上半身を決してぶらすことなく、滑るように前進した。死骸やら武器やら石やらが散乱する戦場を、杖を構えたまま歩く。

 スズキが腰から小箱を取り出した。黒い箱の中には、細い金色の筒が詰められている。

 あれが『矢』だ。ハンズィールは理解した。あのクロスボウは、矢の代わりに筒先からあれを打ち出しているのだ。どういう理屈かは分からぬが、そうに違いない。

 スズキが新しい小箱を杖に取り付けられていたものと取り替えるのをみて、ハンズィールは自分の予想の正しさを確信した。


 最前列に達したスズキは正面の敵を蹴散らすと、左右の味方に食らいついていた〈帝國〉兵を撃ち始めた。横合いからの攻撃を受け、敵がズルズルと後退する。絶体絶命の状況だったルルェド守備隊はかろうじて一息つくことが出来た。


「おいスズキ殿よ。その杖だかクロスボウだかよくわからん武器は何だ?」

「これですか?」スズキは筒先を真下に下げた。「これは私の『剣』ですよ」彼は笑ったのだろう。篝火かがりびの灯りは頼りなくて表情はよく見えないが、多分そうだ。


「なんて威力だ。一人で百人は殺れそうじゃないか。そいつがあれば敵将の首すらとれるに違いない。おい、俺にも一本貸してくれ」

「ダメです」スズキは、敵を撃ちながら言った。 

 どうにも理解できないが、スズキは真っ黒い塊にしか見えない敵軍の中から何か神秘的な力で指揮を執ろうとする者を見つけ出し、正確に殺し続けている。おかげで敵軍は大混乱だ。全くありがたい話だ。

「どうしてだ? サトウの杖は空いているじゃないか?」

 ハンズィールが訊ねた。


「私がハンズィールさんの剣を上手く扱えないのと同じように、あなたも我々の銃を扱うことはできないでしょう。その剣技、修めるまでにどれほどの修練と戦場を重ねましたか?」

「ふむ、一理ある」

「それに──私がハンズィールさんの剣を借りたいと言ったなら、あなたはそれを是としますか?」

 ハンズィールはそれを聞いて、恥じ入るような表情を浮かべた。己の『剣』を他人に容易く貸し出す武人などいるものか。





 〈帝國〉第一徴用兵団長ロンバスは、慌てて部下の中に混じった。最前列で兵を指揮していた部隊長や古参の兵が、あっという間に殺されたからだ。悪魔のような正確さで、指揮官を狙う敵がいる。敵陣に迫っていた味方は、泣き叫ぶだけの集団になり果ててしまっていた。

 だが、幸いなことに後から駆けつけてくる徴用兵たちはこの惨状を知らない。戦利品を求めて押し寄せる兵の士気は高い。

 熱狂だ。熱狂が必要だ。そして敵味方まとめて混乱させてしまえばいい。

 慎重に隊の中段に下がりながら、彼は考えた。新たに敵に向かって突撃した部隊の真ん中で爆発が起きた。なぎ倒された兵が、折り重なって倒れる。誰かが飛礫つぶてが爆発したと言っている。


「石を投げ返せ! 敵は少数だ。矢も放て!」


 ロンバスはとっさに叫んだ。混乱していた兵たちは、命令にすがった。手当たり次第に石を投げ、矢を放つ。面白いもので、それがどれだけ微力でもただやられっぱなしでは無いというだけで、兵はそれなりに士気を回復した。


「突撃しろ! 敵の領主の首をとった者には恩賞は思いのままぞ!」

 混乱しつつも戦意を回復させ始めていた徴用兵たちは、すぐさまその叫びに反応した。前列の兵がてんでバラバラに駆け出す。それは誰も統制をとらない戦術行動とは言えない代物であったが、少なくとも数百の兵士が押し寄せる物理的な暴力に満ちたものであった。

 彼らは、もはや敵を殲滅するか味方がことごとく倒れるか、そのどちらかに至らねば止まることはないだろう。烏合の衆を率いて戦に臨んだロンバスは、冷笑した。彼は用心深く位置を変えている。

 これでいい。将らしく雄々しく振る舞ったところで死んでは何にもならん。俺はせいぜい生き残ってせこく儲けてやるさ。




 一息ついたはずのルルェド守備隊は、ほんのわずかな時間しか与えられなかった。

 スズキの手によって崩れた敵兵は、陣形などお構いなしに攻め寄せてきている。さらには石礫と矢が降り注ぐ。当てずっぽうで威力は低い。大部分が盾やバリケードに阻まれている。


 だが、やっかいだった。奴らは小勢のこちらの痛いところを突きやがった。敵味方の被害は圧倒的に敵が多いが、兵力も敵が圧倒的だ。このままでは、いつかこちらが全滅する。

 ハンズィールは歯噛みした。しかし、有効な手立てはない。目の前の敵を叩くしかない。



「いかんかも知れんなぁ」

 ハンズィールは呆れたように言った。言いながら、敵兵をまとめて三人ほど叩き斬る。彼が指揮に集中できぬほど、味方は追い詰められている。


「死は意外と近しいものですよ」

 スズキが淡々と敵をほふりながら、言った。不思議なことに、平穏な声色だ。こいつは、よほど剛胆なのか? それとも平然と腰を抜かしているだけなのか。


「我らは死すべき定めを負う人間です。御先祖様が面食いだったり、大事なところで寝坊したり、まぁいろいろあった結果、そうなったという話ですが……」

「それは、おぬしたちの創世神話ってところか?」


「旧い話です──死は逃れられない。あなた方の世界で久遠くおんの刻を超えるとされる妖精族ですらそうでしょう?」


 サトウが赤色の閃光を発する筒を敵に向けて投げ込んだ。『そうだ、ストロ──確認してくれ。スモ──げる。赤色だ』サトウは虚空こくうに向けて意味の分からぬことをがなり立てている。

 ハンズィールは爆発を期待した。しかしなにも起きない。悲鳴を上げて逃げ出した敵も、爆発しないと分かり赤色の光を踏み越え、こちらに迫ってくる。

 まともに動ける味方は十名ほど。敵はざっとみても二百は下らない。いよいよ終わりが近い。


「私も死ぬし、あなたも死ぬ。そこのティカ少年も、カーナさんも──みんないつかは死ぬ」


 スズキはそう言って目を糸のように細めた。

 ティカ──結局護りきれなかったか。すまんな。ハンズィールは必死に戦う部下と、死を待つ運命の子供二人に目をやった。贅肉のせいで眠たげにみえるハンズィールの瞳に、悔恨かいこんの色が浮かぶ。

 みなが死を覚悟したようだ。ティカは信頼に満ちた表情でハンズィールに笑いかけうなずいて見せた。その笑顔はとても可憐だった。カーナはティカを護ろうと愚直に構えを崩さない。

 躍動するように戦うホーポーは、一見諦めていないようにも見えるが、戦神ドゥクスに仕える彼らの精神世界は、常人とは異なる。彼ら神官戦士は、死の瞬間が訪れるまで戦い続けるだろう。

 

 そこでハンズィールはスズキの顔を見た。驚愕きょうがくする。莫迦な。そう思った。

 しっかりと見開かれ、ハンズィールを見つめたその瞳の中には、諦めの色など欠片も存在していなかったのだ。むしろ、確固たる意思が、ハンズィールに呼びかけていた。


 スズキはきっぱりと言い放った。



「でもね、それは今日じゃない何時かです」




『こちらアタッカー01。攻撃開始! 攻撃開始! 頭を下げていろ。〈帝國〉兵(やつら)の度肝を抜いてやる』




某掲示板のときより、一部改稿しています。

ハリウッドの見ているとテンションが上がってIQが下がる馬鹿映画は大好きです。

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