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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第4章 オペレーション 『ブラック・サンダー』
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第5話 『夜に訪れたもの』

ルルェド南方約60キロ付近 マワーレド川

2013年 2月14日 21時05分



 密林の夜は思いの外賑やかだ。

 川面を風が吹き抜けるたびに生い茂った木々がざわざわと音を立て、夜行性の名も知れぬ鳥や獣が多彩な鳴き声をあげる。水面は静謐せいひつさを保っているが、ごくたまに巨大なナマズが跳ねて盛大な水音を立てた。

 この夜は、普段よりもう少し騒がしい夜だった。低い唸り声のような響きが、マワーレド川の水面を震わせている。



嚮導きょうどう1号、面舵。針路015度」

 船団の先頭を行く特別機動船1号がマワーレド川の流れに合わせて舵を取った。

 5.56ミリ機関銃を銃架に据え付け、海自陸警隊が周囲を警戒する特別機動船を先頭に、第1河川舟艇隊の各船艇は厳格な灯火管制を維持している。操舵室から見えるのは、光度を極限まで絞った船尾灯のおぼろげな光だけだ。



「おもーかぁーじ、015度宜候(ようそろ)

「宜候015度」



 船長の声量を抑えた号令が狭いブリッジに響く。微光暗視眼鏡JGVSーV3を装着した操舵員が慎重に舵を切った。

 流木や浅瀬が多いマワーレド川、しかも雑多な船の寄せ集めで夜間航行に踏み切り、今のところ大きな問題が無いというのは、高い練度だけで成し得た成功ではない。

 少なくとも暗視能力の確保について、第1河川舟艇隊指揮官は最大限の装備を確保しようと努力し、それはある程度の成果を得ていた。





 船団左後方。曳船に曳航されるカッターの一艇には、ブンガ・マス・リマ水軍刀兵たちが乗り込んでいる。軽量で動き易い革鎧を着込み、片刃のカトラスを携えて真っ先に敵陣に斬り込んで行く勇敢な兵たちだ。

 よく見るとその中に、毛色の違う兵士が混ざっていた。



「痛めたのは、ここかい?」

 西部方面普通科連隊第1中隊第1小隊に配置された衛生員の百武賢司ひゃくたけ・けんじ二等陸曹は、目の前にあぐらをかいた刀兵の右腕を持ち上げ、皮膚を少し押してみた。

「そこ。棍棒で殴られた。〈帝國〉の手下如きに不覚」

 彼女──ニノという名前だった──毛むくじゃらの腕は少々腫れているようだ。おそらく骨は折れていない。打撲だろう。百武二曹はそう見積もった。

 百武の意識は怪我よりも目の前の刀兵そのものに向いていた。いかにもすばしっこそうな体躯を持つその兵士は、今まで百武が見てきたどんな人種にも似ていない。背は高くないが、肩周りや太ももの筋肉は盛り上がり、兵士としての実力を想像させた。

 

 そして、その顔。人と猫科の肉食獣を合わせたような姿。



 彼女は『獣人』と呼ばれる人種である。多くが人語を解し、文明的な生活を送っているが、その肉体は人族と大きく異なっている。

 元となる動物は哺乳類に限らず、猫・虎・狼・兎・魚類・蜥蜴とかげなど多岐にわたる。ただし、サハギンやミノタウロス、オークなどは言語や思考形態が人族とあまりに異なるため『妖魔』として扱われることがほとんどである。

 じゃあ具体的にどの種族がどうか、と言えばこの辺りの匙加減、マルノーヴ世界はなかなかにいいかげんなのだ。

 つまり、マルノーヴ世界において彼らの扱いは様々で『話が通じれば誰でもお客さん』という感覚の南瞑同盟会議から、『見つけ次第〈悪しきもの〉として殲滅』という宗教国家まで、対応はバラバラであった。ちなみに〈帝國〉領内では、濃淡はあれど一様に扱いは悪い。



 彼らは全身または腕や足、顔などが体毛や鱗に覆われていることが多い。形質上の差異はそのまま身体能力の差異に通じ、大方の種族で人族より尖った能力を持つ。膂力りょりょくや俊敏さ、耐久力の高さなど、その種族に応じた強点だ。

 ブンガ・マス・リマ市自警軍や水軍は、彼らの身体的特徴に着目し、積極的に兵士として採用していた。

 今回、ルルェド救援作戦『サンダー』に送り込まれてきたのは、そんな獣人兵を多く含む水軍刀兵400名余である。真面目に戦える戦力として十分当てになる部隊であったが、その裏にはブンガ・マス・リマが決して一枚岩ではないことも透けて見えた。 




 先の防衛戦で人的・物的両面で手酷い打撃を受けたブンガ・マス・リマは、独力での対〈帝國〉戦争の遂行は不可能な情勢下にある。

 そうなると、どこかの勢力を頼るか、和議を求めるかという話になるが、〈帝國〉南方征討領軍に程々で戦をおさめる気が全くない現状では和議イコール無条件降伏による南瞑同盟会議の滅亡でしかない。



 ならばどこを頼るか。



 この点で、ブンガ・マス・リマ市参事会は大きく二つに別れた。

 一つはアラム・マルノーヴの常識を遙かに超えた異界の国家〈ニホン〉の助力を得てこの戦争を戦い抜こうとする一派──これにはカサード提督率いる水軍やリユセ樹冠国、ロンゴ・ロンゴ参事を中心とする参事の三割が賛同している。

 一方、保守的な参事を中心とする五割は、旧くからの友邦であり同盟会議のメンバーでもあるザハーラ諸王国バールクーク王国軍に主導権を与えるべしと主張していた。

 ちなみに残りの二割と議長たるマーイ・ソークーン、ギルド長ヘクター・アシュクロフトは中立を保っている。



 両派は、ルルェド失陥の危機と〈帝國〉南方征討領軍主力の出現という現状に対して、異なる作戦方針を主張した。



 〈ニホン〉派は、ルルェド失陥は諸勢力離反による同盟会議の崩壊を招きかねないという認識のもと、速やかな救援を第一と考えていた。そのためには自衛隊が主導権を握り作戦を遂行すべきとしている。

 背景には自衛隊の圧倒的な戦闘能力への信頼がある。マルノーヴ世界と隔絶した力を目の当たりにした彼らは、日本との協力こそが最重要だと考えたのだった。




 一方、保守派は〈門〉を超えてきた異邦人である日本国をそこまで信頼すべきか、という疑問をていした。余りに圧倒的かつ未知の戦力を持つ自衛隊を警戒する声は意外に多い。加えて、〈門〉のみで本国と繋がる自衛隊が果たして何時まで共に戦えるのか、という現実があった。

 戦後のことを考えれば、いずれ帰ってしまう自衛隊より、影響力を維持し続けるではずのザハーラ諸王国と誼を通じるべきだ。彼らはそう考えていたのだった。

 戦力に関して言えば、三万余の大兵力を有するバールクーク王国遠征軍の姿は、彼らの目に〈帝國〉南方征討領軍主力に十分対抗できるものとして映っていた。

 ルルェド救援はもはや手遅れだ。ならばバールクーク王国遠征軍を主力とした戦力による、〈帝國〉南方征討領軍撃滅に全力を傾注し、しかる後に各地を奪還すれば良い。




 両派はこのような認識の元、作戦投入兵力について綱引きを行った。もとより、ブンガ・マス・リマ市の持つ兵力は一度壊滅していため、切ることのできる手札は限られている。

 『サンダー』作戦に投入された水軍刀兵400名は、両派の討議と妥協の着地点であった。




 〈ニホン〉派にとっては自派における最大勢力である水軍の陸戦部隊主力であり、ルルェド救援に全力を尽くすという意志の現れである。



 一方、保守派にとってみればルルェドはすでに喪われている。遙か200キロ北方のルルェドを包囲する一万の〈帝國〉軍に、わずか数百の兵力で解囲を試みるなど無謀の極みだ、と呆れてすらいた。

 兵力はバールクーク王国遠征軍に集中すべきだが、〈ニホン〉派の水軍刀兵が無理な作戦で消耗するのならば、戦後の政治的には自派に有利に働くだろう。

 そうした計算から、保守派も表立って反対することはなかった。



 日本国政府と自衛隊としては、ここで南瞑同盟会議に崩壊してもらう訳にはいかない。自衛隊単独で異世界における遠征作戦を行うなど冗談ではなかった。

 幸い、政治的妥協から差し出された水軍刀兵隊は、現在の第1河川舟艇隊で輸送可能、かつ戦力として計算できる部隊だった。






「この腕じゃ湿布は無理か……」

 湿布を貼ろうにも毛が邪魔をして皮膚に薬剤を浸透しんとうさせられそうにない。百武は赤いフィルター付きライトの明かりを頼りにザックから消炎スプレーを取り出した。刀兵の腕に吹き付ける。

「冷やっこい!」

 刀兵が五センチほど飛び上がった。コシの強い毛の間からぴょこんと飛び出た、やはり毛むくじゃらの耳がひくひくと動く。


 へぇ、やっぱり動くのか。本物なんだなぁ。


 百武は妙なところに感心した。

「薬液を吹き付けたんだ。冷やして安静にしていれば大事は無いだろうけど」

 彼女は安静にする気など無いだろう。あと数時間もすれば真っ先に敵兵に突っ込んで行く。水軍刀兵という連中は、皆むやみやたらと勇敢だった。

 島嶼防衛の切り札として連日過酷な訓練を積み重ね、隊員の七割がレンジャー資格を持つとされる西部方面普通科連隊に所属し、猛者の類は自身を含めて飽きるほど見てきた百武だが、その彼ですら呆れるほどの戦意の高さだった。




「じっとしてる? 冗談」


 ニノは人より遥かに大きな猫目を丸くして言った。どうもきょとんとしているようだ。百武に支給された『通詞の指輪』はどうも高級品らしく、相手のニュアンスまで何となく分かった。


「痛みがひいたみたい。謝す。お前は良い薬師だ。これで戦える」


 彼女はそう言って鋭い牙をちらりと見せた。百武の背筋にぞくりと寒気が走った。美しい、そう感じたのかもしれない。昼間見た彼女の毛並みは艶やかなサバトラだったことを思い出した。





 突然、百武の乗るカッターを曳航していた曳船のエンジン音が小さくなった。行き足が弱まる。周囲の船艇の船尾灯が明滅している。

 何が起きたかな? 百武は辺りを見渡した。カッター内の刀兵たちも事態に気付いたようだ。


「敵だ」ニノがぼそりと言った。百武が振り返ると、大きな瞳を爛々と光らせた彼女が前方を見ていた。


「どこにいる?」

「あっち」


 百武の問いにニノが前方を指差した。百武は鉄帽の上に跳ね上げてあったJGVSーV8個人用暗視装置のモノキュラーを下ろし、目を凝らした。よくわからない。


「見えないよ」

「この先に〈帝國〉兵がいる。こっちには気付いてない」


 そうこうしているうちに、左側を航行していた特別機動船が陸岸に近付き、搭乗していたレンジャー分隊と数人の獣人兵が密林に消えていった。


「あたしもいきたい」


 ニノはうずうずしていた。



 暫くして散発的な銃声が聞こえ、すぐに止んだ。密林の音に紛れ意外に目立たない。船団前方で赤外線ストロボが明滅し、それを受けて船団がまたエンジンを始動する。どうやら敵監視哨の排除に成功したようだ。



「お前たち、面白い戦士だね。か弱いのに勇敢だ。これっぽっちでルルェドを助けにいく」

「か弱いかなぁ」百武は苦笑いを浮かべるしかない。バラモン部隊も彼女にかかっては形無しだ。


「夜目利かない。足も遅い。身体か弱い。でも弱くはないか。良い業を持っている」


「まぁ俺からすれば君たちの方が面白いよ」



 お互いに笑って、ふと空を見た。

 日本ではどんな山奥でも見たことのない星空が、満天に輝いていた。




ジャボール兵団本営 ルルェド

2013年 2月14日 22時47分




「南方で同盟会議軍に動きが見られます」

 獣脂の燃える臭いが漂う天幕内に集まった諸将に対し、参謀魔導士が報告した。

「ルルェド南方四十里(約160キロ)付近の監視哨のいくつかが連絡を断ちました。その他にも混乱が見られます」

「リザードマンどもはどうした? あ奴らが川を封鎖しておるのではなかったか」

「石竜兵とも連絡が取れぬ状況です。南瞑同盟会議軍と交戦し敗れた恐れがあります」



「敵もようやく動いたか。だが、遅いわ」

 主将のゾラータが笑った。諸将や参謀たちも追笑する。

「同盟会議軍が進発していたとして、ルルェドに姿を現すまでに5日はかかりましょう。ルルェドをそれまでに陥落させれば、行軍で疲弊ひへいした敵軍を迎え撃ち叩き潰すことも容易いかと」

「うむ。わざわざ皆の手柄になりに来よるわい」

 実際のところ〈帝國〉軍内の情報伝達速度の限界により、昼に発生した損害がようやく報告されたに過ぎず、すでに第1河川舟艇隊は南40キロ地点に到達しているのだが、今のところ彼らがそれを知る術はない。



「夜襲の手配りは」

 副将シリブローが尋ねると、小柄で陰気な印象を滲ませる男が進み出た。外見通りのボソボソとした、しかし自信に満ちた口調で報告する。

「選抜猟兵挺身隊、いつでも鞍上に」

「飛行騎兵隊、下知げちが下れば直ちに空に上がりましょう」

「諸隊、手抜かりなく」

 最初に報告した選抜猟兵隊長グラゴレフに続き、ジャボール兵団の諸将が口々に準備の完了を告げる。



「陣触れを出せ。今夜中にあの小生意気な城塞を落とす。新たな戦を我らジャボール兵団が満天下に示すのだ!」





関門都市ルルェド 

2013年 2月14日 23時50分



「怪しい男を捕らえただぁ?」

 興奮した様子で報告するハヌマ家の伝令に対して、傭兵隊長ハンズィールはたっぷりとした腹と喉の肉を震わせ問い返した。何者だ? いや、そもそも一体どこから入り込んだ?

〈帝國〉軍による十重二十重の重囲下に置かれているルルェド城塞である。その警戒は厳重なはずだ。いや、そうでなければならない。容易く侵入を許すようでは困るのだ。

「はッ。城内を巡視していた兵が怪しい風体の二名を見咎め、捕らえたのでございます」

「……検める」

 ハンズィールは不自由な左足を引きずりながら、足早に営庭へと向かった。ええい、もどかしい。しかし、城内で輿こしに乗るわけにもいかん。焦燥感が彼の胸中を満たしていた。



 営庭には円形に人だかりが出来ていた。手にたいまつを掲げた兵が複数いるため、周囲はそこそこの明るさだ。数名の兵から槍を突きつけられ、座らされているのがその不審者だろう。薄汚れた男二人だった。ハンズィールはもっとよく見ようと彼らに近づくことにした。

 組頭らしい兵が厳しい口調で尋問している。

「役目御苦労。捕らえたのはそいつらか?」ハンズィールは息が整う時間も惜しみ、訊ねた。組頭が答える前に、不審者が嬉しそうに言った。


「やぁ、偉い方が来たようですね。良かった良かった」

「あ、貴様! 勝手に口を開くな!」


 城兵が喉元に槍を突きつける。その様子を見たハンズィールは片眉を跳ね上げた。捕らえられた男は槍を突きつけられて動じる素振りがない。



「ああ、ここからは俺が取り調べる」ハンズィールは兵に右手を振った。兵はしぶしぶという様子で槍を引く。

「で、我がルルェド城塞に何用か? あいにくと今のルルェドには客人をもてなす余裕などないぞ。それとも〈帝國〉の間者かな? それならば話は早いのだが」


 ハンズィールは凄んでみせた。

 目の前の男は、見慣れぬ装束を身に付けている。草色を基調にしたまだら模様の衣服は動き易そうだが、今まで全く見たことがない。森に馴染みそうで猟師が着るには良さそうな模様だ。

 酷く汚れているところを見ると相当な距離を歩いてきたか。よく見ると男の足を包む長靴は、相当造りの良い頑丈な代物のようだ。



「間者ならばどういう扱いに?」

 男は動じず、東方の民に多い彫りの浅い顔立ちに微笑を浮かべ答えた。言葉が聞いたことの無い音の連なりであることを除けば(話が通じるのは『通詞の指輪』をはめているからだろう)特段強い印象は受けない。

 おそらく街で見かけてもすぐに忘れてしまう類の顔立ちだ。とるに足らない凡夫の。


「もちろん、さっさと首にしてしまうのさ」

「でしょうねぇ」


 だが、凡夫が警戒厳重な城塞に忍び込んだ挙句、こんな暢気のんきな顔をしていられる筈もない。ハンズィールは苦労してしゃがみこむと、男の瞳を覗き込んだ。

「俺たちは忙しい。何せ篭城の最中だからな。俺もやってみるまでこんなに忙しいとは思っても見なかった」ハンズィールは腰のブロードソードを器用に抜き放つと、男の首に押し付けた。

「さっさと、用件を話してくれんか? 俺が忙しさに追いつかれてしまう前に。無いならばそれでもかまわんが」



 周囲の兵たちが『これでこの男も震え上がるだろう』とニヤニヤ笑いを浮かべた。男の連れが顔色を変える。ハンズィールは言葉の通り、たいした用件が出なければ首を刎ねたあと兵たちに気合を入れようか、と考えた。



 男は、首を動かさぬように器用にため息をついたあと、真っ直ぐにハンズィールを見返した。



「私の名はスズキ。援軍の知らせを持ってきた、というのはそれなりの用件ではありませんか?」



 その言葉は、周りを取り囲む兵たちに大きな衝撃を与えた。ハンズィールも思わず目を見開いた。男の瞳に底知れぬ何かが潜んでいると、そのときようやく気づいた。



 数分後。


「罠です。流言で我らを惑わそうとする〈帝國〉の小ざかしい手管でしょう」

 城壁守備隊組頭の言葉には頷けるところがある。攻城戦は心理戦でもある。援軍の偽報は甘い蜜となり、城兵の心を惑わすだろう。

「しかし、割符もある。それにこの動像……」

 そう言ってハンズィールは手元を見た。てのひらほどの薄い石板が、眩い光を放っている。信じられない。


『ルルェド公、信じられぬだろうがこれはまやかしでは無い──おい、まことにその石板で動像が映し取れておるのか?……そうか──うむ。儂を覚えているだろう。ブンガ・マス・リマ水軍総督アイディン・カサードだ』


 石板の中で小さな大男がしゃべっていた。見覚えがある。二年前、神殿に巡礼に訪れた武人だ。


『その男の身元は儂が保証する。〈ニホン〉皇国の軍人だ。同盟会議の新たな友邦だ。とんでもない連中だぞ。よく聞け。15日の早朝、〈ニホン〉軍と儂の水軍刀兵が援軍として到着する。それまでなんとか耐えるのだぞ。詳しくはスズキに聞け。それと……御父上は残念だった──』



「こいつをどう考えれば良いか、存念ぞんねんはあるか?」

「ま、まやかしでは」組頭は目を白黒させた。

「カサード提督は、見上げんばかりの偉丈夫だったはず。このような小さな石板に閉じ込められているとは」

「おそろしや」

「莫迦を言うな、これは高等な魔導ぞ。儂も長いこと生きとるがこれほどの業は見たことがないわい」


 ハンズィールの後ろに鈴なりとなった兵たちは、口々に勝手な感想を述べた。



「……仕方あるまい」

 結局、ハンズィールはスズキと名乗る男の言葉を聞いてみることにした。



「──明朝払暁時、水軍刀兵と自衛隊が包囲している〈帝國〉軍に対し奇襲を仕掛けます。同時期にこの城にも援軍が到着する予定です。私たちは、守備隊との連携を図るために送り込まれました」


「まことならば有難いが。おぬしらが〈ジエイタイ〉の魔術士というわけか? 導波通信を行うための」


 スズキとその部下(サトウという名だった)は奇妙な道具を山ほど持っていた。胸の前に革帯で提げた歪な鋼の杖は何に使うのかさっぱりわからないし、スズキは片刃のショートソード、サトウに至ってはダガーしか帯びていない。

 そのサトウの背負った背負子しょいこのようなものからは、よくわからないくだつたのような細長い棒状のものが突き出ている。胸や腰背中の至るところに小さな道具をくくりつけている姿は、スカウトかレンジャーに似ているとハンズィールは思った。


「導波通信は傍受の危険性があるため、戦闘開始までは使用しません。まぁ、我々の持つ似たような技で代用しますよ」

「ふん。その〈ジエイタイ〉とやらの兵力は? まともな兵隊なのか? ブンガ・マス・リマの自警軍は壊滅したんだろう? 素人連中が来ても死体が増えるだけだぞ」

 

 ハンズィールはまくし立てた。スズキはあいまいな笑顔を浮かべて言った。


「無理もありませんが、随分と信用されていませんね」

「当たり前だ。俺がこんな話をすぐ信用するような男なら、十年前にさっさとどこかの土塊つちくれに成り果てているだろうよ」

「……それはそうですね。我々の兵力や装備、作戦計画についてはこの後説明します。我々の世界とこの世界アラム・マルノーヴの戦い方はそれこそヒトとイルカほどに違いますからね」

「海に豚なんぞいるのか?──まぁいい、あとでルルェド公の御前でしっかりと説明してもらうぞ。特にどうやって包囲を破り城に入るのか、聞かせてもらいたい」


 ハンズィールは至極当然の疑問を口に出した。ルルェドの周囲は〈帝國〉軍一万余が水も漏らさぬ包囲を敷いている。河川交通路は封鎖され、空も有翼蛇が支配している有様だ。生半可では不可能に思えた。



 それを聞いたスズキが急に表情を変えた。感情の読めなかった顔に、真剣な色が浮かぶ。


「ハンズィールさん、城兵は持ち場を良く守っていますがいくつか問題があります」

「見張りか」

「私たちが忍び込めたのですから。兵が疲労していますし、気になる箇所が数箇所。これの手当てを早急にすべきです。たとえば──」



 スズキの言葉を遮るように、外周城壁の方向と神殿──城の背後にそびえる卓上台地の方角から、同時に閃光が煌いた。それは直ぐに真っ赤な火炎に変わる。




「ぬぅ」ハンズィールは呻いた。

「何事か!」

「物見してまいります!」

 機転の利く兵が数名、外周城壁と神殿の方角へ駆けて行った。ハンズィールには大方の予想はついている。襲撃だ。どうやったかは判らないが、城壁のみならず最奥部に当たる神殿にも敵が侵入している。



「遅かったようですね……」スズキが杖を構えながら言った。その表情は先ほどまでとは全く異なる。熟練した戦士の表情だ。

 すぐに兵が戻ってきた。顔面は蒼白だった。



「て、敵襲! 外周城壁と神殿に襲撃。敵情不明! 御味方は奇襲され大混乱です!」




 ハンズィールは頷くと大音声で命じた。


「各守備部隊は持ち場を守れ! ハンズィール傭兵隊は非番を叩き起こしてここに集めろ。予備隊を編成して敵を叩き出す。畜生、門を開けられたらおしまいだぞ」

「はッ!」

「神殿はホーポー殿の神官戦士団に任せるしか──」



 そこまで口に出したところで、ハンズィールは主君ルルェド公が神殿にいることを思い出した。



 〈帝國〉、自衛隊共に距離がつまり、ルルェドをめぐる戦いはテンポを上げていきます。

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