第11話 『ラーイド港区防空戦(2)』
ブンガ・マス・リマ ラーイド港区
2013年 1月6日 17時02分
「エーリン殿、あれはいったい……」
呆然とつぶやく操獣士の横顔は、高空を飛んでいるときよりも白く、血の気が失せていた。操獣士の動揺を感じ取ったのだろう。『魔獣遣い』ユーリ・ヴラドレン・エーリンが体を預ける翼龍は、わずかにふらついていた。
「うろたえるな──敵の攻撃に間違いない。うろたえていては、やられるだけだ」
エーリンのもとより白いその顔は、もはや青ざめて死人のようであったが、その瞳にはまだ闘志があった。飛行帽を目深にかぶり直すと、粟立った心を落ち着かせようとする。
驚愕したことによる影響は失せたわけではなかったが、少なくとも彼の試みは一定の効果を得た。化粧の施された顔を引き締め、操獣士に指示する。
「高度を下げよ。やつらに見つかるな」
彼の編隊──翼龍3騎、有翼蛇6騎は、先に進入した友軍が四散するのを目撃した後速やかに高度を下げ、ラーイド港区北方の市街地上空で低空周回機動に入った。
エーリンは、直前まで中央商館街を攻撃していた。白亜の大商議堂を始め、交易で得た財力を惜しみなくつぎ込んで建てられた蛮族の本拠地を、彼と副隊長ヴァロフは反復して叩いていたのだ。
事前の計画では彼らはそのまま敵の本拠地を瓦礫の山に変えるまで攻撃を続行するはずであった。
しかし、そこに統制を失ったバクーニンの蛇が現れた。群れはそのまま中洲上空を西へ飛び去り、ラーイド港区付近で突然消え去った。異常な事態である。
群れが統制を失っていたということは、主たるバクーニンに何かがあった証拠であり、また、ラーイド港区付近で群れが消えたことは、そこに何かが有るということであった。
飛行騎兵団団長シュヴェーリン男爵は、エーリンにラーイド港区の調査──
「群れが消えた原因を調べ、敵ならば撃滅せよ。ん? 港の攻撃はすでに命じられた者がいる? ああ、アイツはまだヒヨッコだ。当てにならん。貴様がやれ」
──を命令した。
エーリンは団長の命令に従い、後ろ髪引かれる思いで(中洲にはまだまだ破壊すべき対象は無数に存在していた)、ラーイド港区へと飛んだ。
そして、出くわしたのだった。そこには港内に遊弋する敵の軍船から放たれた『何か』によって、ほんの僅かの間に叩き落とされる味方編隊の姿があった。彼の常識はあのような距離で空を飛ぶ敵を攻撃できる兵器も魔法も存在しないと言っていた。
しかし、彼の『魔獣遣い』としての研ぎ澄まされた感覚は、あの軍船が攻撃したのだと確信していた。彼は感覚を信じることにした。事実、仲間の『魔獣遣い』と飛行騎兵は撃墜されたのだから。
どうする? 彼は周回機動を続ける翼龍の背で考えた。逃げ帰ることは、はなから考えていない。
全ての有翼蛇を高みから一斉に突入させる。
──駄目だ。敵の光が攻撃の一手一手だとしたら、一呼吸の間に数回撃ってくる。射点につく前にやられる。
低空から突入させる。低高度からなら見つかりにくいはずだ。
──まだ、足りぬ。あの船を殺るには足りぬ。
エーリンは周囲の地形と敵の軍船を確認した。我の編隊は北側の陸地上空にある。敵の軍船は湾の中央付近にいる。湾の左右は岬が張り出している。よし、あれを利用しよう。
エーリンは素早く決断すると、一頭の有翼蛇を犠牲に捧げることにした。彼には空を往くもの特有の思い切りの良さがあった。
エーリンの思念波を受けた有翼蛇たちは、もとより低い高度をさらに下げると、2頭が東の岬の陰へ、3頭が西の岬へと別れていった。エーリンの眉間に深い皺が刻まれる。脂汗が額を伝い、彼は苦しげなうめきを漏らした。
その様子に、翼龍を操る操獣士は半ば呆れると共に、大きな尊敬の念を抱いた。
(この若き『魔獣遣い』大した漢よ。ただでさえ6頭もの蛇を操ること至難の業であるところ、さらに二手に分けるとは……)
だが、操獣士は間違っていた。エーリンは残りの1頭を海面スレスレの高度まで下げると、敵の軍船に向けて真っ直ぐに放ったのだった。
その蛇はすぐに探知された。はやぶさ型ミサイル艇のOPSー18ー3対水上レーダーは、低高度の航空機探知能力を持っている。レーダー員が目標シンボルを敵機に変更する。
「目標は1機」
「今度は低いな。海面をなめるような奴だ。他に探知無いか?」
「有りません」
来島はひとまず安心した。突如陸地から現れた敵機は、まるでシースキマーミサイルのような高さを飛来していた。迎撃は可能だったが、複数来られるとやっかいだと思った。
主砲がきびきびとした動きで旋回し、狙いを定めた。射撃準備完了が報告される。来島は速やかに撃墜を命じた。発砲。乗員に安心感を与える砲声と衝撃。
「目標変針! 蛇行しています」
「何だと?」
ブリッジ内に主砲の発射音が響き渡る中、射撃管制員から報告が上がった。低空に広がる炸裂煙の中を豆粒のような敵機が飛んでいた。来島はコンソールのディスプレイを覗き込んだ。シンボルは確かに変針を繰り返している。
戦闘機や攻撃機がプロペラを回して飛んでいた懐かしき時代──VT信管が実用化された第二次大戦期に比べて、射撃管制レーダーや対空信管の性能は飛躍的に向上したものの、やはり対空射撃は一発必中とはいかない。
高速で近付く対空目標に対しては手数を撃って公算を高めることが必要とされていた。当然、それを逃れるための手段も昔からある手管が未だに有効だった。
ただ1頭の有翼蛇は、エーリンの思念波を受け体をくねらせると、針路をこまめに変更し、破片と爆炎を撒き散らす砲弾の雨の中を飛行していた。
充血した瞳を見開いたエーリンの脳裏に、有翼蛇からの映像が重なる。白と黒で描かれたその世界には、次第に大きくなる敵の軍船の姿が見えていた。
もう少し。いま少し近付き、敵の姿を我に見せよ。
エーリンは祈るような気持ちで蛇を操る。攻撃のためには、軍船の情報が必要だった。撃墜を覚悟で蛇を突入させたのはそのためだ。三手に分けた蛇を操ることは、エーリンの限界を超える業であったが、彼は執念でそれを為している。
敵の軍船の姿が次第にはっきりする。いかにも精悍な船体。帆の無い傾いだ檣。用途のよく分からぬ箱。そして──前の甲板にそびえる筒。エーリンはその光と煙を絶えず放つ筒こそが敵の武器であると確信した。
「うッ!」
次の瞬間。鋭い痛みと共に、映像が途絶えた。一瞬、悲しみに似た何かが頭をよぎる。エーリンは有翼蛇が墜とされたことを理解した。
「よくやった。貴様の犠牲、無駄にはしない」
エーリンは頭蓋の痛みを無視すると、東西に放った有翼蛇に意識を向け、新たな思念波を放った。彼の鼻から一筋の鮮血が流れ落ち、空に散った。
思念波を受けた有翼蛇たちは、主の闘志を体現するかのような鋭い機動で旋回し、仲間を撃墜した軍船に向けて突撃を開始した。
その時、〈わかたか〉〈くまたか〉は艇首を北に向け、湾の中央付近に遊弋していた。〈わかたか〉が西側、〈くまたか〉が東側に位置している。
一方、エーリン隊の有翼蛇は東西2隊に別れ、それぞれが低空で岬を大きく迂回し、南側へ回り込もうとしていた。
西の岬に据えられた灯台の灯台守は、小高い丘の上に立つ己の持ち場の遥か下、海面に翼が触れようかという位置を飛ぶ有翼蛇の編隊を発見した。彼はこれが〈帝國〉軍のものであることを看破し、すぐさま『敵影ミユ』の狼煙を上げたが、この情報は自衛隊には伝わらなかった。
蛇がミサイル艇の発するレーダー波を浴びたのは、岬の陰から飛び出たあとであった。さらに、その輻射波が〈わかたか〉のコンソールに光点を映し出すまでには、数秒の時間を必要とした。
「艇長、周囲に民間船が集まってきています」
「どういうことだ?」
「おそらく、我々が敵を撃退しつつあるので、庇護を求めて来ていると思われます。このままいきますと……」
「おう。良くないな」
敵の襲撃が一息ついたと思われた頃、航海長が思案顔で報告した。確かに周りには無数の船舶が集まってきていた。来島は、口髭を震わせた。小舟をひっくり返さないよう慎重に移動するつもりだった。
レーダー員の叫びがブリッジに響いたのは、そんなタイミングであった。
「レーダーに反応あり! 方位285及び075距離3000。高速で南下中!」
「目標視認! 〈帝國〉軍の蛇と思われる! 艇尾方向へ回り込もうとしています!」
来島はこめかみに血管を浮き立たせると、叩きつけるように命じた。
「左とっさ砲戦。回り込まれる前に撃ち落とせ! 〈くまたか〉に東側を叩かせろ!」
前甲板の76ミリ速射砲がモーター音を響かせ、左舷を向いた。速やかに発砲。すでに薬莢で埋まる甲板上に新たな薬莢が排出され、そのまま海中に落下した。
主砲は艇尾方向へ回り込もうとする有翼蛇を追って、少しずつ砲身を左に振る。発射された砲弾が空中で炸裂し、有翼蛇を絡め捕ろうとした。
有翼蛇は最大速力で南下し主砲の死角に入ろうとしていた。エーリンは、ミサイル艇の主砲が前甲板に装備されているのを見た。そして、驚くべき洞察力をもって、その死角が背後にあると予想したのだった。彼の蛇は2艇を左右から挟撃しようとしていた。
港内の平穏な水面を、有翼蛇の翼が騒がせる。高度は5メートルも無い。わずかな雑念がたちまち墜落に繋がる高度だ。エーリンは鼻血を出しながら、計5頭を操り続けた。艇尾方向──南西及び南東から低空襲撃をかける。これが彼の採った戦術であった。
西を飛ぶ1頭が、破片を浴びてバランスを崩した。派手な水柱が立つ。墜落した有翼蛇はたちまち海中に没した。
「1機撃墜。残り2機は間もなく主砲の死角に入ります!」
「航海長、動けるか?」
「ゆっくりであれば」
辺りは小舟で埋まっている。来島は慎重に命じた。
「取舵一杯。前進微速。見張り周囲の船舶に気をつけろ!」
「とーりかーじ。宜候」
操舵員がハンドルを切ると艇首が徐々に左を向いた。主砲は絶え間なく火を吹いた。ブリッジ後方に備えられた12.7ミリ重機関銃も、敵に向けて射撃を開始している。
この分なら、何とか撃墜できるか。そう来島が見積もった時だった。
「対空砲弾、残弾無し!」
「何だと!?」
盲点であった。そもそも小型のミサイル艇には護衛艦程の弾薬は搭載されていない。さらにその全てが対空用の調整破片榴弾というわけではなく、通常の榴弾等も搭載されていた。ラーイド港区で繰り広げられていた対空戦闘は、事前の想定を超えるものであった。
「どうしますか?」
射撃管制員が不安げに言った。来島は即断した。ぶつけられるものは何でも浴びせてやる。
「主砲弾種榴弾! 敵前方の海面を狙え!」
「了解!」
砲身がわずかに俯角をかけた。給弾ドラムに新たな弾薬が装填されるまで十数秒、主砲が沈黙する。重機関銃が狂ったように発砲する音が響く。有翼蛇は距離2000付近で大きくバンクし、こちらを指向した。
発砲。今度は炸裂煙は発生しない。迫る有翼蛇の手前の海面が白く盛り上がる。細い水柱がまるで竹林のように林立し、有翼蛇の行く手を阻んだ。
エーリン隊の前方に白い柱が盛り上がる。敵がこちらを邪魔しようとしていることは分かった。しかし、それにしては高さが足りない。海面スレスレとはいえ、水柱は有翼蛇を捉えられなかった。
行けるぞ。あと少しで火焔が届く。
敵の軍船は周りを舟に囲まれて動きが鈍かった。横腹をこちらに見せている。
そこで、もう1頭が頭を吹き飛ばされた。偶然海面で跳ね上がった反跳弾が、西から突入する有翼蛇に直撃したのだった。痛み。暗転。そして、瞬時に切り替わり復活する光景。
敵はもう目の前だった。
軍船の放つ不可視の矢も、魔術士が猛然と打ち上げてくる細い光弾も、彼の有翼蛇を止めることはもはや不可能だ。
「喰らえ、蛮族!」
エーリンの思念波が裂帛の気合いとともに、有翼蛇に伝達された。
ミサイル艇〈くまたか〉は、東側から突入を図る有翼蛇2頭の撃墜に成功していた。艇長の得居三佐は、怜悧な印象を与える外見そのままの声で射撃管制員に尋ねた。
「主砲、〈わかたか〉を援護できるか?」
「射線上に〈わかたか〉がいます。現在位置では不可能です」
「了解。航海長、動けるか?」
「周囲の船舶が予想以上に集まってきています。呼びかけを続行中ですが、まだ経路は開かず移動は困難です」
「……抜かったな」
得居三佐は〈わかたか〉に突入する有翼蛇に目をやった。大日本帝国海軍第一航空戦隊〈赤城〉艦攻隊でもやっていけそうなほどの、見事な突撃だと思った。
〈わかたか〉に突撃を敢行した有翼蛇は、距離100ヤードで火焔弾を連続投射した。〈わかたか〉は全力で回避を試みた。やむを得ず出力を上げたウォータージェットノズルが猛烈な水流を巻き起こし、舳先が左に回る。
ようやく事態を理解し逃げ出そうとしていた数隻の小舟が煽られ、転覆した。
火焔弾はそのただ中に飛び込んだ。
轟音がブリッジに響いた。開け放たれたドアから熱風が吹き込む。見張り員と機銃員の悲鳴が聞こえている。来島が叫んだ。
「被害確認!」
航海長が左舷ウィングに走り出た。口元を腕で覆いながら艇尾を見ている。彼のヘルメットと救命胴衣は照り返しで赤く染まっていた。
「左舷後部至近弾! 火災発生! 機銃員と見張り員負傷の模様!」
「応急班後部に急げ! 負傷者を収容しろ! 敵機はどこだ?」
あっという間に〈わかたか〉甲板上は鉄火場となった。火焔弾は〈わかたか〉の左舷後部海面に着弾。猛烈な水蒸気と焔の粘液を飛散させ、それが構造物に引火していた。
来島の命令で、防火衣を着込んだ隊員がCO2消火器を抱えて後部に走る。火の粉を浴びて転がった機銃員が、救護員に抱えられていた。
〈わかたか〉を攻撃した有翼蛇は、逃走にかかっている。海面スレスレの高度を維持したまま、全速力で逃げていた。罵声が右舷から聞こえた。右舷機銃員が追いすがるように射撃を開始したのだった。
機銃弾は有翼蛇の細い体めがけて光線を描く。しかし、思うように命中しなかった。
畜生、やられた! 蛇ごときに。まったく……架台にSSMがあったら撃沈されていたぞ。
来島は怒りと安堵の入り混じった感情を胸の内に暴れさせたまま、応急指揮を執った。幸い小破以下で済みそうだった。
だが──
「……て、艇長」
航海長の震える声を聞いた来島は、いぶかしんだ。いつも飄々としている男のこんな声は聞いたことが無い。何に怯えているんだ?
そこで来島はようやく周囲が赤く染まり、ブリッジの中に絶えず悲鳴が聞こえてくることに気付いた。彼が、それが何を意味するのかを理解するまで数秒かかった。
「なんてこった……」
敵の有翼蛇は撃てるだけの火焔弾を乱射していった。〈わかたか〉は回避運動が功を奏し、直撃弾を避けることに成功した。
しかし、その周囲にいた大小の船舶は〈わかたか〉ほど幸運では無かった。ボートのような小舟から中東のダウ船に似た交易船まで、様々な船が炎に包まれていた。
それは船上だけに留まらない。辺り一面の海が炎上し、人々の悲鳴が木霊していたのだった。〈わかたか〉はまるで炎熱地獄のただ中にあるかのようだった。責め苦に苛まれる人々の叫びに、海上自衛官たちは衝撃を受けた。
天災では無い、戦争が生んだ死傷者。それを守れなかったのは自分たちであるという現実がそこにはあった。〈わかたか〉の乗員は、初めて戦争を知った。たとえその死に逝く人々が日本国民ではなかったとしても。
そして、彼らにとってこの日最後の攻撃が加えられた。
それは離脱を試みていた最後の有翼蛇を撃墜した次の瞬間だった。
「高速目標探知! 後方から近付く! 距離1000!」
奇襲としか言いようが無かった。打ち方止めを令した直後、飛行騎兵団副長ヴァロフ子爵が自ら手綱を握る翼龍とその支配下の有翼蛇が、低空から突入を図ったのだ。目標は〈くまたか〉である。
エーリン隊の戦闘を観察しタイミングを見定めたヴァロフは、大型の有翼蛇と共にミサイル艇の死角を突いた。高度3メートル。龍の脚が海面を掠める勢いだった。
「面舵一杯! 右対空戦闘!」
「左右ともに民間船あり! いま舵を取れば衝突します!」
「チィッ──回頭まて、舵中央! 第1戦速!」
得居三佐は一瞬の逡巡の後命令を下した。彼の性格が、そしてこれまでの自衛官としての歩みが、民間船を犠牲にするという選択肢を彼にとらせなかった。
〈くまたか〉は蹴飛ばされたかのような勢いで前へ進もうとした。左右の船をかわし、右へ回頭できれば、敵を射界に捉えられる。
だが、それは間に合わないだろうな。
得居三佐は冷静に現状を認識していた。敵は今までの蛇を遥かに超える速度と、機動力だった。こちらが回頭を終える前に、射点につくだろう。これが俺の限界か──
「敵発砲!」
見張り員が悲鳴のような叫びで、火焔弾が迫り来ることを伝えた。得居は自分を出し抜いた敵がどんな奴なのか見てやろうと、強化ガラスの外に視線を向けた。
轟音。衝撃が〈くまたか〉を激しく揺さぶった。艤装品の破壊される音が聞こえ、赤い炎と熱風が彼を襲う。
(嗤ってやがる)
赤熱する視界の向こうで、大きな翼龍に跨がった騎士がこちらを見ていた。
「〈くまたか〉被弾! ブリッジがやられました! 火災発生!」
大型翼龍と有翼蛇がフライパスしていく真下で、〈くまたか〉の構造物が炎上していた。見張り員が吹き飛ばされ海中に落下する。
「得居! 畜生め、重機関銃は敵を撃て! 〈くまたか〉に寄せろ、溺者救助用意!」
どうみても〈くまたか〉は中破以上の被害を受けていた。消火に失敗すれば沈没も有り得る。矢継ぎ早に指示を出す来島は敗北感に包まれていた。
撃墜した有翼蛇と翼龍は20機に迫ったが、そんなことは何の慰めにもならなかった。
『よくやった、エーリン。一時帰投するぞ』
『ハッ。しかし……』
『貴様の有翼蛇は全滅だ。あの軍船は化け物だな。だが一隻は潰した。この戦訓持ち帰るぞ。復仇の機会は与えてやる』
『承知しました……』
エーリンもまた、来島と同様に敗北感にさいなまれていた。渾身の異方向低空襲撃はほぼ全滅。彼の蛇は敵にかすり傷を与えたに過ぎない。
恐るべき相手だった。数浬の先から桁外れの威力で攻撃を加えてくる。しかも驚異的な命中率だ。そして、エーリンは何よりも、いくら工夫しても必ずこちらを見つけるその力に畏れを感じた。いかなる異能か?
そもそも、あ奴らは何者なのか? 誓って南瞑の蛮族では無い。エーリンは確信していた。
必ず次は沈めてやる。エーリンはそう誓うと精神力の限界を迎え、翼龍の背で気を失った。
ラーイド港区を巡る戦闘は、日が傾き始めると同時に終結した。自衛隊の防戦により港区の破壊は阻止されたが、双方に多大な損害が生じている。
『〈帝國〉南方征討領軍飛行騎兵団』損害
人員 死者3名
翼龍 2騎撃墜
有翼蛇 17騎撃墜
『海上自衛隊第1ミサイル艇隊』損害
人員 死者〈くまたか〉艇長、得居三佐他4名 負傷者8名
ミサイル艇〈くまたか〉中破
ミサイル艇〈わかたか〉小破
民間船多数沈没、死傷者多数
あまり想定したくない状況ですが、コラテラルダメージの問題は必ず付きまとうものですね。




