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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第3章 商都攻防
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第7話 『手練れ』

ブンガ・マス・リマ東方4㎞ 陸自物資集積所

2013年 1月6日 16時27分



「良いですね、安芸三曹。とても良い」


 ひどく乾いた咳込むような短い銃声が、驚くほど近くで響いた。目の前の巨漢の胸の中央に赤い染みが生まれる。憤怒ふんぬの表情を浮かべたドフター族は、胸に受けた衝撃にぐらつきながらも前へ進もうとしていた。しかし、その直後に彼の右目付近は石榴ザクロのように爆ぜた。

 この時になって安芸はようやく背後を振り返った。負傷したエリサが座り込む向こうに、風にそよぐ柳のような印象の男がM4カービンを構えていた。ツーマンセルを組む隊員が油断無く周囲を警戒し、安芸たちを援護できる位置に着く。

 周囲ではやはりM4カービンを構えた隊員たちが、陣地に突入してきたドフター族を駆逐し始めている。その動きは完全に統率されており、よどみも迷いも無かった。

 慌てふためき逃げ出そうとしたドフター族が、額を撃ち抜かれて倒れる。どこかに狙撃手がいるらしい。


「何とか間に合いましたね。よく頑張りました」


 安芸はその声に覚えがあった。ただ、記憶の中にある声の主と、目の前の男が同一人物だとは到底思えず、安芸は目を白黒させた。

「す、鈴木二尉?」

「正解です」


 ブーニーハットのつばの下、ドーランで擬装ぎそうされたその顔は、確かに陸自通信教導隊所属を名乗って〈ゆら〉に乗艦していた鈴木二尉のものだった。糸のように細められたその瞳は穏やかな光を讃えている。

 柔らかな物腰は〈ゆら〉の甲板で話したときのままであったが、安芸の細胞内に刻み込まれた訓練の記憶が目の前の男の本性を敏感に察知していた。


「……特戦群だったんですね」

「君のその反応を見るに、我々の擬装もなかなかのものだったようです」

 鈴木二尉たちは、通常の隊員とは明らかに異なる装備を身に着けている。彼らが迷彩服3型の上にプレートキャリアを装着し、構える小銃が89式小銃ではなくカスタムされたM4カービンである時点で、安芸はその正体の見当をつけていた。

 陸上自衛隊特殊作戦群──陸上自衛隊員16万人の中から選りすぐられた最精鋭の特殊部隊である。第1空挺団を始めとする猛者ぞろいの習志野駐屯地内においてもひときわ異彩を放つこの集団は、1998年の研究開始から現在に至るまで、日本国内外で密かに刃を研ぎ続けていた。

 その任務の性質上、部隊の詳細は秘密のベールに包まれ、噂話が僅かに漏れ聞こえる程度である。だが、安芸は確信した。目の前の男は、間違いなくその一員であった。

 何より彼らの戦いぶりが証拠だった。へたり込んだ安芸の目の前で、いとも容易たやすく──それこそ朝のゴミ出し程度の仕事であるかのように──彼らは次々と敵をほふっていった。

 一人一人が優れた狩人にして戦士であるドフター族にとって、それは悪夢のような出来事であった。



 突如現れた敵兵は恐るべきつわものたちだった。猪を絞め殺すほどの力を誇ったドフター族の戦士、ボリゾンは頭を吹き飛ばされ死んだ。周囲の同族たちもまた次々と殺されている。


 キコイロに打つ手は無かった。


 敵は誰一人として一人では無かった。常に仲間同士で互いの死角を守り、一つところに止まらず、ドフター族の戦士たちを押し包むように動いていた。キコイロたちの抵抗を嘲笑あざわらうかのように敵は攻撃を加え、その呪具(彼にはそう見えた)が火を吐く度に仲間が倒れていった。


 奴らは繋がっている。

 キコイロは戦慄した。まるで巨大なヒュドラを相手にしているようだ。信じられん。元々陣を守っていた連中とは格が違う。やはり悪魔に違いない。

 それでも、諦めを知らない狩人である彼が新たなシェイドを召喚しようと印を組んだその時、目の前に敵兵が現れた。砂浜にもかかわらず、全く上半身をぶらさずスルスルと迫るその姿は、まるで森の化身のような緑のまだら色をしていた。

 キコイロは己を殺すであろう敵兵の顔を見た。黒土色のその顔は、奇妙に平坦で輪郭がはっきりしなかった。眼光だけがキコイロを射抜いている。そこに、如何なる感情も見出すことが出来なかった。およそ人とは思えない。

 もしや、こやつらは露霊ドフターの化身ではないのか? なれば我らが敵わぬのも道理。愚かなことをしたものだ。


 そこまで考えたキコイロは、胸に激しい熱を覚えた。視界が赤く染まり、地面が消え失せた。




「集積所内の敵兵、掃討完了」

「了解。損害は?」

「無し。守備隊の負傷者を収容しました」

「外縁部に警戒線を構築。警戒に当たれ」


 鈴木二尉は手短に命令を下すと、安芸の傍らに片膝をついた。もとより細い目を糸のようにして笑う。そうすると、さっきまでまとっていた鋭い古刀のような殺気がスッと消え去った。


「物資集積所が攻撃を受けたという無線を受けてすぐに引き返したんですが、会敵を避けながらだったので少々時間がかかってしまいました。危ないところでしたね」

「危うく全滅する勢いでした。そういえば陸自管理小隊の松井一曹は無事ですか?」

「ええ。周辺の味方は全て救出しました。敵はどうやら狩猟民のようですが──」

 鈴木の言葉を受けて、隣でラウラから肩の治療を受けていたエリサが口を開いた。


「ドフター族だ。森の露霊を崇める瓢悍ひょうかんな部族だ。我らとは仲が良いとは言えぬ。やっかいなことだが、奴らの精霊魔術は侮れん」

「では、先ほどの『暗闇』も?」

「闇の精霊シェイドを喚んだのだろう。あそこに遣い手が転がっている」

 エリサが視線を向けた先には、小柄な男が目を見開いたまま倒れていた。

「なるほど。敵情にあった『義勇兵団』ですかね……」

 鈴木は何か思案するような表情を浮かべた。エリサが背筋を伸ばし、そんな彼を真っ直ぐ見つめながら言った。


「スズキ殿。救援感謝する。貴殿らの後詰めなければ我らはここで果てていた……それにしても貴殿の隊は恐るべき手練てだれ揃いだな」

 エリサは感心したように言った。安芸は心中で(そりゃそうだ。特戦群だぜ。)とつぶやいた。

「いえいえ。我々もまだ未熟です。同業者のトップに追いつくには、やることも多い」

「ふむ。謙遜けんそんも度が過ぎると嫌味だぞ」


 そう言ってエリサが笑った。その笑みには敬意と感謝が表れている。鈴木二尉も笑っていた。それは、とても自然な笑顔で、安芸は少しだけ面白くないと思った。どうしてだろう? 

 彼は自分の中に生まれた感情に戸惑っていた。嫉妬? いや、何か違う。そんな感情じゃあない。俺は……。


 そんな時だった。


「アキ殿。貴殿にも感謝を」

 安芸は意表を突かれた。慌てて顔を向けると、そこにはほがらかに笑うエリサの整った顔があった。

「い、いや……結局俺じゃあ守りきれなかったわけだし、感謝されることもない、です」

「わたしは確かに貴殿に救われた。それに、結果が問題ではない。その心映えに礼を言いたいのだ、わたしは」

 安芸は顔が熱くなるのを感じた。くすぐったいような、嬉しいような、そんな気分だ。

 にこにこと笑いながら、鈴木二尉が後を受ける。

「そうですよ、安芸三曹。窮地きゅうちにおいてあきらめないこと、それが大切なのです。君にはそれがあった」

 鈴木二尉の言葉を聞いた途端、今度は安芸の身体の真ん中が熱くなるのを感じた。久しく無かった感覚だった。

「ただし、まだまだです。足が動かないくらいで考えるのを止めてはいけません。最期の最期まで、全てを用いて敵を倒し生き残ることを考え、行動しなさい」

「はいッ!」

 諭すような鈴木の言葉に、安芸は年齢相応の初々しい調子で返事を返した。エリサはその様子を穏やかな表情で見ている。


「さて、我々は出発します。ようやく味方が反撃に出るようです。この周囲はもう大丈夫でしょう。君は海自隊員をまとめて、態勢を整えなければなりません。母艦の皆さんも心配している」

 北西の方角から73式装甲車が砂塵を巻き上げながら走って来ていた。陸自の救援部隊らしい。態勢を立て直した後方支援隊の隊員も、周囲に展開を始めている。

 安芸は鈴木二尉に尋ねた。


「どこへ行くんですか?」


 その問いに鈴木はニヤリと笑った。

「私たちは通信教導隊ですからね。そりゃあ、広域通信設備の適地を探しに行く。そういうことにしておいて下さい」

 全く白々しい口調だった。奥地に入っていくことに間違いはないのだろう。しかし、それは通信設備の適地探しなどという任務では有り得ない。後方攪乱や長距離偵察、もしかしたら人心獲得作戦に就くのかも知れない。

 安芸はそれがあまりに過酷な任務であることを思い、身震いした。ここは地球上ですらないのだ。


 思わず背筋が伸びる。

「了解しました。どうかお気をつけて!」

「ありがとう。将来、君がこちら側に来ることを期待していますよ。じゃあ、行って来ます」


 鈴木は事も無げにそう言うと、高機動車に乗り込みあっという間に森の向こうへと消えていった。集積所の周囲を一分の隙もなく固めていた他の隊員も、いつの間にか居なくなっている。その手際が鮮やか過ぎて、安芸は思わず吹き出してしまった。

 鈴木の言葉に想いを馳せ、苦い笑いを漏らす。森の方角を見つめる。安芸は思った。


 でも、俺はもう『そちら側』には行けないんですよ、鈴木二尉。



「何という根腐れ顔をしているのだ」

 ドスン。結構な勢いで背中をどやされ息が詰まった。エリサのてのひらだ。負傷していたはずだが、すっかり治ってしまっている。戦衣は破れ真っ白な肩が覗いていたが、傷痕はどこにも見当たらない。

「ん? これか? ラウラは枝隊一の癒し手だ。我ら西の一統を見渡しても、なかなかのものだぞ。そういえばアキ殿も怪我をしていたな。見てもらうといい──ラウラ」

「はい、ヤラヴァ百葉長」

 エリサに呼ばれ、控え目な印象の少女がしずしずと前に進み出た。そのまま安芸の身体に手をかざし、何かを唱え始める。安芸は居心地悪そうに固まるほか無かった。


 密かに彼の腰は抜けていたのだった。張り詰めていたものが途切れたからだろう。どうやっても立ち上がれそうにない。情けない限りだったが、どうしようもない。

 安芸は祈った。どうか皆が気付きませんように。だが──



「ふむ、腰を抜かしたか。アキ殿はまだまだ苗木だな」


 どうやら、この辺りに安芸英太三曹の願いを聞いてくれそうな神様はいないようだ。安芸はエリサの意地悪い笑い声を聞きながら思った。


 八百万の神様もサポート圏外か。そりゃ、ここは異世界アラム・マルノーヴだもんな。

 現在の特戦群というか、特殊部隊の装備がどのくらい進化しているのか気になるところです。航空支援やネットワークの恩恵を受けづらい異世界で、どのように戦うのか考えてみたいと思います。


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