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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第3章 商都攻防
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第6話 『不屈』

ブンガ・マス・リマ東方4㎞ 陸自物資集積所

2013年 1月6日 16時38分


 

 ドフター族の戦士であるボリゾンとキコイロは、10名程の若者を連れ敵陣付近まで忍び寄っていた。彼らは大角鹿を狩る時の如く風下に伏せ、辺りを覆う黒煙に紛れ僅かずつ前進した。

 正直なところ恐ろしくてたまらない。彼らは戦士だが同時に狩人でもある。未知の獣の恐ろしさをよく知っていた。彼らにとって目の前の砂浜に奇妙な荷を積み上げ、鉄の杖から火礫を放つ敵の魔術士の姿は、悪魔のように映っていた。


「キコイロ、ついてきているか?」

「うむ。どうにか命を繋いでおるよ」

「あ奴らは何者じゃろうか?」

「きっと南瞑海の更に南よりいで来たる、禁忌きんきの民ではないか?」

「よせ。悪霊が言の葉に宿る」

「すまん。……おお、あれはリユセの耳長どもか。おのれ!」


 彼らが襲撃を行おうとする陣前では、すでに猛烈な火礫と妖精族の放つ矢によってドフター族の仲間たちが撃ち倒され、砂浜を血で染め上げていた。

「許せぬ。何であろうと腹を裂いてやらねば!」

 大柄なボリゾンが憤怒の表情で言うと、小兵のキコイロと彼に続く若者たちも戦意をみなぎらせた表情で頷いた。


「あ奴らは矢除けの精霊魔術を使うぞ」

「儂が目を潰す。おぬしらはその隙に斬り込め」

 精霊遣いのキコイロが告げた。ドフター族の戦士たちが力強く頷く。

「うむ。皆に露霊のささやきあれ」

「耳長を倒せ」

「悪魔を殺せ」



 エルフたちが周囲を警戒し、癒し手と衛生員が負傷者を手当てしている。

 安芸はエリサに尋ねた。

「ヤラヴァ百葉長。ひとつ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「いくら矢除けの魔術が有るといっても、そうやって身を曝すのは怖くないですか?」

 安芸の問いに、エリサは胸を張って答えた。そうすると彼女は安芸より頭一つ背が高かった。


「指揮官たるものが戦場において勇を示さずして、どうして部下を統率できる?」

 エリサはそこまで言うと、生真面目そうな表情をわずかに崩し、片目を瞑った。

「と、言っても……正直なところ、やせ我慢だな。貴殿も心当たりはあるだろう?」

「確かに」彼女の正直な物言いに、安芸は好感を覚えた。



 その時だった。全ては同時に起こった。


 エリサたちの周囲に浮かんでいた光の球が突然爆ぜた。それは瞬間的にまばゆい光を放ち、周囲のエルフと自衛隊員たちの視力を奪った。

「シェイド!? 精霊遣いがいる!」

「敵襲!」

 リユセのエルフたちは素早く反応したが、光の球を破壊した『何か』は、暗闇を辺りにもたらした。自衛隊員に動揺が広がった。

「急に真っ暗になったぞ! 何がどうなってやがる」

 安芸は素早く遮蔽物に身を隠すと、周囲を見回した。陸海の自衛隊員たちは突然の出来事に身を固くして動けずにいる。安芸だけが、襲撃を予期して動いていた。光を直視しなかったのは彼だけだった。



「闇の精霊だ。再度、光精ウィル・オー・ウィスプを召喚せよ」

 エリサが指示を飛ばす。声には先程までは無かった焦燥しょうそうの響きがある。その指示に配下のエルフたちが動き出す前に、ボリゾンたちが陣地に襲いかかった。


 闇の精霊が作り出した暗闇に戸惑う守備隊とエルフたちに、手槍が投げ込まれた。優れた膂力りょりょくの戦士たちによって投擲とうてきされた手槍の穂先を喰らい、数人のエルフが砂浜に倒れた。

 その混乱を突いて、ドフター族が突撃する。数人のエルフが細身の剣を抜き迎え撃った。何人かは食い止められたが、全てでは無い。


 安芸の眼前に2人のドフター族が迫った。腰だめにしたグリースガンを撃つ。1人を倒し、もう1人も銃弾を喰らい血飛沫をあげたが、驚くべきことにその敵はそのまま体ごとぶつかってきた。

「マジかよ!」

 ドフター族が力任せに振り下ろした山刀をグリースガンで受け止める。金属同士がぶつかる音が響き、手が痺れた。

 銃身が曲がったか? こいつ!

 安芸は左足を引き敵の勢いを受け流した。体勢を崩した相手の横面に銃把じゅうはを叩き込む。ドフター族は膝を着いた。真っ赤な鮮血が砂浜に広がる。

 安芸が前蹴りを叩き込むと、その敵兵は仰向けにひっくり返り、倒れた。安芸の左足に鈍い痛みが走った。


「やるではないか、アキ殿!」

 エリサが、負傷した海自隊員に止めを刺そうとしていたドフター族を斬り捨てながら言った。


 すぐそばで悲鳴が上がる。砂浜に座り込んだ癒し手のラウラが襲われていた。エリサが素早く反応する。細剣を水平に構え滑るように敵兵に駆け寄る。疾風のような刺突がドフター族の背中を貫く。

 だが、2名斬り捨てたところで、堂々とした体躯のドフター族が長大な山刀で彼女に襲いかかった。


「呪われた耳長め! 死ね!」

「ドフター族か! しつこいぞ」

 エリサは、唸りを上げる山刀の斬撃をまともに受けることはしなかった。しなやかな動きで横にかわし、鋭い突きを放つ。しかし、相手の巨漢もその体に似合わない素早さで受けて立った。

 二人は互角に切り結んでいる。



「食らえ悪魔め!」

 数メートル離れたところにいた男が叫んだ。砂浜が突然隆起する。その上にはエリサがいた。足を取られた彼女の肩を巨漢の山刀が浅く切り裂いた。

 負傷したエリサは砂浜に倒れた。ボリゾンは彼女の細剣を弾き飛ばすと、丸太のような足でエリサを蹴り上げた。エリサは腹部に重い蹴りを受け、肺の空気を全て吐き出し呻いた。


「この野郎!」

 安芸の体は自然と動いていた。目の前の巨漢に横合いから体当たりをかける。岩にぶつかったような感触。だが、何とかエリサの窮地きゅうちには間に合った。もつれ合うように二人は砂浜に転がった。


 巨漢が腕を振るう。とっさにガードした両腕を通して安芸の頭蓋に衝撃が走る。何て馬鹿力だ。目の前に火花が散って、安芸はエリサとラウラが倒れるそばに吹き飛ばされた。

「悪魔どもめ。露霊ドフターの名において貴様等を殺す」

 巨漢が山刀を構えた。油断一つない構えだ。安芸は立ち上がろうとした。

 だが、立てなかった。


「畜生、こんなときにッ!」

 左足が痺れている。膝に力が入らない。特警基礎課程で負った怪我がその原因だった。彼の夢を断ったのは、ごくまれに現れるこの後遺症こういしょうだった。


 目の前には山刀を構えた敵兵。自分は立つことすら出来ない。周囲では仲間が次々と傷つき倒れていた。自分たちを助けに来てくれた者たちも、殺されようとしている。

 死んだ運用士を思い出した。釣り好きのいいオヤジだった。腐った態度の自分を気にかけてくれていた。

 板野は普通のガキだった。『今度日本に戻ったら、コンサートに行くんです。こないだチケットの当選通知が来たんですよ』と言って笑っていた。あいつも死なせてしまった。

 もう、駄目なんだ。誰かがささやいた。

 特警隊にもなれなかった。怪我をしたんだ。仕方がない。お前はよく頑張ったよ。もう、あきらめろ──



 それは甘美な囁きだった。あきらめれば楽になれる──


 嫌だ!


 安芸の腹の奥底にある何かが叫んだ。


 ふざけるな。こんな所であきらめたらどうなる。『安芸英太は、最期の最期に戦うことを諦め、死んだ』なんて、嫌だ。

 相変わらず足は言うことを聞かない。安芸はグリースガンを杖代わりにどうにか立ち上がった。そして、吼えた。


「きやがれこの野郎! 腕の一本くらいは覚悟しろよ!」


 だが、安芸の体はまともに動かず、敵兵に油断はない。どう考えても、死を免れることは出来そうに無かった。

 背後に負傷したエルフを庇う安芸に、ドフター族の巨漢が襲いかかった。暴風のような勢いだ。棍棒代わりのグリースガンじゃあ、5秒と持たないだろうな。それでも安芸は最後まで受けて立つ覚悟を決めた。


 安芸の耳にとても戦場には似つかわしくないのんびりとした声が届いたのは、そんな瞬間だった。



「良いですね、安芸三曹。とても良い」


 その声は嬉しそうに、そう言った。



ブンガ・マス・リマ中央商館街 大商議堂

2013年 1月6日 16時25分



 白亜の大商議堂は、騒然としていた。数多くの男女が行き交い、ぶつかり合い、怒鳴り合っていた。全ての人々の顔面には恐怖が滲んでいた。破産の憂き目にあった商会の夜逃げなどとは比べものにならない程の混乱振りだった。

 当然か。比べる方がおかしいな。俺も平常心では無いと言うことか。

 ブンガ・マス・リマ冒険者ギルド長、ヘクター・アシュクロフトはその顔に皮肉な笑みを浮かべた。愛用の武具に身を固めた彼は、防衛に関する指示を終え一息ついたところだった。


 戦火はこの中央商館街にまで及ぼうとしていた。伝令が伝える戦況は、救いがない。

 東市街は〈帝國〉軍の有翼蛇の攻撃を受け、市民と市街の被害は増え続ける一方であった。

 西市街はさらに悪い。わずかに残っていた守備隊と邏卒隊、さらには異界から来た『ジエイタイ』が〈帝國〉軍に敗退したという報が入っている。重装歩兵を前面に押し立てた敵は〈ジェスルア大橋〉を中洲に向けて進軍し始めていた。



 どこからか甲高い動物の鳴き声が聞こえた。衝撃が走る。磨き上げられた大理石の床が震え、天井に貼られた化粧板の破片がパラパラと降ってきた。悲鳴が上がる。

 アシュクロフトは、それが〈帝國〉軍の空襲であることに気付いた。ついに本拠まで攻撃を受け始めたのだ。

 全く始末に負えない。敵がこのような兵種を整備していたとは。



 南瞑同盟会議が〈帝國〉軍の侵攻を受けるまで、有翼蛇ワイアームを組織的に運用する戦術は世に知られていなかった。『魔獣遣い』の存在は、〈帝國〉の外にはほとんど知られておらず、〈帝國〉もそれを秘匿ひとくしていた可能性が高い。

 今までの〈帝國〉は、外部への遠征は主に西方諸侯が主力を担い、商取引も同様に西方諸侯の御用商人が前面に出ていた。そのため、冒険商人のネットワークも、この新兵種を掴むことは出来なかった。

 それだけではない。情報を統合すると〈帝國南方征討領軍〉なる軍は、新たに編制された軍団らしかった。

 〈帝國〉西方に封土を持つ領主たちからなる西方諸侯領軍とは異なり、南方征討領軍は〈帝國〉内で虐げられていた民族や、罪を問われて地位を失った者たちでつくられているらしい。

 つまり、〈征討領〉とは南瞑同盟会議を指すのだ。『生きる土地が欲しければ、戦って勝ち取れ』ということであった。

 リユセの耳は何らかの兆候を掴んでいたようだが、それを形にする前に侵攻が始まったため、全てが後手に回っている。


 その結果が、このザマだ。


 ブンガ・マス・リマは陥落の危機に立たされていた。それは商業同盟としての南瞑同盟会議の敗北を意味する。自警軍は壊滅し、商人の半数は逃げ出していた。

 最後に残った僅かな戦力の指揮を任されたアシュクロフトは、悪足掻わるあがきにも似た防衛戦闘に臨んでいるのだった。


 幸い、東市街はどういうわけか敵の侵入をまだ受けていない。アシュクロフトは残った守備隊を〈ジェスルア大橋〉の防衛に投入することが出来た。

 とはいえ、その内実は悲惨なものだった。

 『ブンガ・マス・リマ義勇防衛隊』と名付けられた200名程の部隊は、一握りの冒険者を除けば、商会や有力者の使用人、丁稚、小間使いなどをかき集めた素人集団に過ぎない。その中には年端もいかぬ子供が多く含まれていた。



 俺は、子供たちを駆り立て、オークや有翼蛇と戦わせている。カサード水軍総督の部隊が整うまでの捨て石として。最後の『救い』が訪れるまでの時間稼ぎのために、死ねと命じているのだ。


 アシュクロフトは耐えられない何かを感じ、天井を見上げた。陣頭指揮は参事会に固く禁じられている。彼は戦って死ぬことすら、許されない。


「あ奴ら、まだいるのか」

 ある参事が吐き捨てた言葉が、アシュクロフトの耳朶じだを打った。その言葉の示す者たちは、会議場の片隅に机と椅子を持ち込んで、何かよくわからない箱を積み上げていた。

 〈ニホン〉の使節団である。当初は救世主のように思われていたが、〈帝國〉軍の侵攻を受けても頑なに参戦を拒絶する態度に加え、戦闘に巻き込まれた〈ジエイタイ〉の小部隊があえなく壊滅したとの報告が入ったことで、同盟会議の半数からは厄介者として侮られ、扱われていた。

 もう残り半分(水軍やリユセ樹冠国といった者たち)はといえば、〈ニホン〉国に好意的な態度を維持していたものの、〈帝國〉軍への対応で手一杯といった状況だった。


 好意的な態度をとる側の一人であったアシュクロフトは、〈ニホン〉の使節団に歩み寄ると柔らかな口調で声をかけた。

「〈ニホン〉国使節団長閣下。残念ながらこの大商議堂も安全とはいかなくなりました。貴国の軍船へ御退きなさっては如何か?」

 それは心からの言葉だった。間違いなく文官であるムライという名の使節団長の身を案じていた。今なら洋上の軍船に逃げることも可能だろう。厄介な戦に巻き込んでしまって申しわけない、という想いからの言葉だった。

「これはアシュクロフト殿、温かい御言葉痛み入ります。ですが、いささか心外ですな」

 好好爺然とした使節団長は、にこやかに答えた。周囲を濃紺色の鎧と透明な大盾(一体何で出来ているのだろう?)で身を固めた重装歩兵に守られている。

「心外、とは? 何かお気に障りましたか?」

「今、このブンガ・マス・リマは苦難の時にあります。そのような時に私だけ安全な場所に避難して、どうしてあなた方の信頼を得られましょうか」

「しかし、〈ニホン〉国は執政府の許しが無く、参戦出来ぬと伺っております。恥ずかしながら我らの力及ばず、〈帝國〉軍を止めること能わずというのが現状です。ことによればムライ閣下の身に危害が加わるやもしれません」


 地響きが鳴り、商議堂が揺れた。どこかでステンドグラスの割れる音がした。アシュクロフトとムライはそれぞれ天井を見やり、その後互いの視線を合わせた。

「その件については、ずいぶんと気を揉まれたことでしょう。ですが、すでに我が国は当事者となっております」

 その時、会議場に〈ニホン〉の武人が駆け込んできた。緑色を基調としたまだらの鎧は兵と将の区別がつきにくい奇妙な物だ。武人はムライに耳打ちすると、そのまま彼の背後に立った。

 ムライは頷くと、まっすぐにアシュクロフトを見つめた。柔和な印象の丸顔に配置された小ぶりな瞳には、何故か少年のような光があった。

 アシュクロフトは、場違いなその表情をいぶかしんだ。


「ムライ閣下、どうかされましたか?」



「ええ。ようやく準備が整ったようです。アシュクロフト殿」

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