第5話 『集積所の戦い』
ブンガ・マス・リマ東方4㎞ 陸自物資集積所
2013年 1月6日 16時08分
熱帯特有の茹だるような熱気が辺りを包んでいる。太陽はようやく傾き始めたものの、日差しは弱まる気配を見せず、必死の防戦を続ける自衛隊員たちの体力をじりじりと奪い続けていた。
陸上自衛隊が海岸に設置した物資集積所は〈帝國〉軍義勇兵団ドフター族の攻撃を受け続けている。
積み上げられた物資や資材が視界を妨げる中、陸海の自衛隊員たちは手近な資材を用いて防御陣地を構築していた。かろうじて相互支援可能な位置に複数の火点が設けられ、黒煙の中を見え隠れする敵兵に射撃を行っている。
騒々しい銃声が空気を切り裂いた。
〈ゆら〉陸戦隊の装備するBARの射撃音だ。即席の射手がその強烈な反動を抑えかねた結果、何発かの銃弾が明後日の方向にばらまかれた。それでも銃弾は正面から陣地に迫っていたドフター族の周囲に着弾し、彼らは慌ててコンテナに身を隠した。
しかし、その左右では恐ろしく素早いドフター族の戦士たちが、物資の山を盾にしながら陣地に迫りつつあった。
〈ゆら〉陸戦隊員、安芸英太三等海曹は、ひたひたと陣地に近づく敵の姿に気付くと、中腰の姿勢で味方の側へと向かった。陣地に突入される前に撃退しなければならない。
「畜生、敵はどこだ! コンテナが邪魔でよく見えねえぞ」
「上手く入らない。入らない……」
射手は半泣きで射撃をし続けていた。相棒は土嚢の陰にうずくまり、必死に機関拳銃の弾倉を交換しようとしている。
安芸はひとつ舌打ちすると砂を蹴飛ばしながら走った。左右の砂に矢が刺さる乾いた音が鳴る。彼はそれを無視した。敵は山刀を逆手に構え、陣地のすぐ側まで忍び寄っていた。
「しっかりしろ! 助けに来たぞ」
安芸は土嚢の陰に滑り込んだ。
M3A1短機関銃を構える。敵は3名。左の毛皮をまとった男を狙う。銃口から派手な発砲炎が煌めく。胴体に向けて指切りで3発。銃弾を受けた敵が吹き飛ぶのを横目で確認しながら、素早く銃口を右に振った。
反対側からギリースーツのようなものを纏った敵兵が2人迫っていた。発砲。1人に命中し胴体に穴が開いた。小さく銃口を動かす。
「ゆっくりは滑らか。滑らかは早い」呟きながら胴体に短連射。跳ね上がる銃口を腕と背筋で押さえ込む。血飛沫が散り、敵は崩れるように倒れた。
すぐに土嚢に隠れる。数秒前まで安芸の頭が有ったあたりを、何か小さなものが貫いて行った。
安芸は呆気にとられる隊員の肩をポンと叩くと、汗まみれの紅潮した顔で言った。
「落ち着け。弾倉が前後逆だよ」
「お、お前スゲェな。怖くないの?」
短機関銃の弾倉を交換しながら、安芸はちらりとその隊員を見て、少しキツい口調で答えた。
「馬鹿、俺も怖えよ。でも、戦わねえと死んじゃうだろ!」
「ごめん」 隊員はすまなそうに答えた。
「いいよ。それより左右から敵が来るから、ちゃんと守れ。あと、バラまいても当たんないから、短連射にしろよ。そっちのBARもだよ。すぐ弾切れになるぞ」
「わ、分かった」
BARの射手のヘルメットを小突く。射手はようやく落ち着いたようだ。ここはしばらく大丈夫かな。そう考えながら周囲を確認した安芸は、左翼で敵に突入されそうな味方の陣地を見つけた。
(キリがないな。)
うんざりだが行かないわけにはいかない。安芸は短機関銃を構えると、仲間を助けるために駆け出した。滑るように、とは行かなかった。砂に足をとられる。さっきよりも短機関銃が重く感じた。
当初、どうにか敵を食い止めていた即席守備隊による防御戦闘は、〈帝國〉軍の動きが変化したことによりその流れを変えた。
〈帝國〉軍は射撃主体の戦い方を変え、海自隊員による火線をかい潜り近接戦闘を挑むことに決めたようだった。
全く妥当な判断だった。彼らは遮蔽物を活用し、黒煙に紛れて陣地に迫った。自衛隊の敵手であるドフター族は単に射撃では勝てないと判断しただけであったが、結果として自衛隊は自らの優位を失いつつあった。
整理された防御正面はあっという間に崩れ、あちこちで敵味方が入り乱れる乱戦となった。
安芸三曹と数名の陸自隊員が、予備班として守備の綻びをカバーし続けていたものの、時間の経過と共に混乱は拡大し、次第に手に負えなくなってきている。
物資が燃えている。黒煙の隙間を縫うようにして現れる敵兵はまるで無限に湧いて出るように、安芸には感じられた。
「もう、いくらも持たんぞ!」
誰かが弱音を吐いた。それは多分に真実を含んでいた。すでに〈ゆら〉陸戦隊の半数が負傷し、後方に下がっている。陸自も同じ様なものだった。予備班が駆けずり回りどうにか戦線を維持していたものの、このまま敵の攻勢が続けば何時かは限界が訪れるだろう。
「また来たぞ!」
「撃て撃て! 敵を近付けるな!」
あれだけ撃ち倒されても、敵は恐怖をどこかに置き忘れてきたかのように突撃を敢行する。手に山刀や槍を構え、跳ねるように陣地に迫った。
安芸の右後方で悲鳴が上がる。予備班の陸自隊員が流れ矢を食らい、ひっくり返っていた。間の悪いことに安芸は弾倉交換中だった。射撃密度が低下し、正面の敵兵が急速に近づく。
浮き足立つ仲間を視界の隅に捉えた安芸は、M3A1短機関銃の残弾を確認した。残り2弾倉。あとは、シーナイフしかない。敵はすでに血走った白眼が見える距離だ。止められない。おそらく酷いことになる。下手をすれば俺もみんなもここで死ぬ。冗談じゃない。
そして、10名を超える敵がバリケード代わりの貨物パレットを乗り越えようとしたときだった。
突然、いくつもの眩い光が敵兵の眼前に現れた。手槍を振りかざした敵が雷に打たれたように痙攣する。足が止まった。
何だ?
驚いて目を見張った安芸の耳が小さな擦過音を捉えた。次の瞬間には足を止めた敵兵に次々と矢が突き立っていた。極彩色の矢羽が美しい。ドフター族の用いる短い矢とは明らかに異なる。もちろん自衛隊は弓矢を使わない。
「遅れて済まない、異界の戦士よ」
凜とした声が背後から聞こえた。女性だった。安芸は戦場だというのに、つい背後を振り向いてしまった。
「リユセ樹冠国『西の一統』、ヒラギ枝隊長、エリサ・ヤラヴァ百葉長だ。遅ればせながら貴殿等の後詰めに参上した」
呆気にとられた安芸の目の前には、美しいエルフの女性が立っていた。長い金髪を海風になびかせたその姿は、血と黒煙に支配された戦場に全く似つかわしくなかった。
エリサと名乗る妖精族は、萌黄色の短衣とズボンの上に革製の胸甲を着け、腰には細身の直刃剣を提げていた。胸元に飾られた木の葉を象った飾りは、彼女の地位を表しているようだった。隣に立つ小柄な少女のそれは、エリサのものよりシンプルな意匠をしている。
エルフの女性たちが、矢継ぎ早に矢を放ち、呪文を詠唱している。彼女たちはエリサを中心に布陣していた。エリサが指揮官だと安芸は思った。
「日本国海上自衛隊、輸送艦〈ゆら〉所属、三等海曹安芸英太です。救援に感謝します──でも、そこ危ないですよ!」
「ん、ああ」
エリサは背筋を真っ直ぐに伸ばし、戦場で直立していた。スレンダーなその姿は、くっきりとした眉と、意志の力を感じさせる瞳を持った顔立ちと相まって、静かな威厳を感じさせるものだった。
(でも、自殺行為だ。)
安芸は彼女の身を案じた。彼は、戦場で突っ立っている奴は『死にたがり』の大馬鹿野郎だと、江田島の教官たちから叩き込まれていた。目の前の美しいエルフもその一人だと思った。
「大丈夫だ、アキ殿」
エリサは安芸を真っ直ぐ見つめ、微笑んだ。
その直後、彼女に向けて数本の矢が襲いかかった。ドフター族の手練れが放った矢は彼女の頭部と胴体に容赦なく──
「ふむ」
「……はぁ!?」
刺さらなかった。
矢は見えない手に弾かれたかのように彼女を逸れ、見当違いの方向に飛んでいったのだった。確かに当たる軌道だったのに? 安芸はなにが起きたのかさっぱり分からず、間抜けな表情でエリサを見上げてしまった。
「何という顔をしているのだ? 矢除けの精霊魔術くらい見たことはあるだろう?」
「いや、ない……ありませんよ」
安芸は間髪入れず断言した。エリサは不思議そうな表情で言う。
「まことか? 貴殿程の手練れが、風の精霊の加護を知らぬと? 貴殿ら『ジエータイ』の戦士たちは、扱う魔術の威力の割に、素人じみた動きの者が多いように見受けられたが、貴殿はその中でなかなかの動きをしていた。それなのに初歩の精霊魔術を知らぬと申すか」
「はい。大体俺は魔法なんて使えません」
「異なことを言う。その鉄の杖から放ったものが魔術でなくて何だと言うのだ。そうであろう? 貴国の軍官から確かにそう聞いたが」
「何かの間違いです。こいつはM3A1短機関銃。使い方さえ習えば──」
「ヤラヴァ百葉長! 敵が崩れます」
答えかけた安芸の言葉を遮って、エルフの戦士が叫んだ。正面から突入を企図していたドフター族は、エルフの放つ矢と光球に撃退されつつあった。
「とにかく、ありがとうございました。助かりました」
陣地は窮地を脱しつつあるように思えた。安芸は安堵のため息をつくと立ち上がり、目の前の不思議なエルフに礼を言った。
「うむ──怪我をしている者がいるな。ラウラ! 彼らを看てあげなさい」
「はい」
傍らに控えていた小柄な少女が、控えめに頷いた。
ハイ・エルフといえば(以下略)




