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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第3章 商都攻防
24/76

第2話 『海辺にて』

ブンガ・マス・リマ東方4㎞ 陸自物資集積所沖

2013年 1月6日 15時08分



 複合艇が舳先を左に振った。操縦員がスロットルを絞る。あっという間に行き足が止まり、海面が濁った。

「すまんが送りはここまでだ!」

 操縦員が叫んだ。安芸三曹ら〈ゆら〉陸戦隊を運んできた複合艇は、その形状から砂浜に乗り上げることは出来ない。波打ち際まではざっと15メートルはありそうだった。

「仕方ないよ、ちょっと行ってくる。迎えはよろしく!」

「風呂は沸かしておくからな!」

 安芸は操縦員に声をかけると、身軽な動作で海に飛び込んだ。腰まで海水に浸かる。波が穏やかなのが救いだった。

「波打ち際まで走れ! もたもたしてると良い的だぞ」

 指揮官の運用士が叫んだ。緊張しているのだろう。その声は普段より大分甲高く掠れていた。次々と海へ飛び込んだ隊員たちは装備の重さによろめきながら、海水を掻き分け、波打ち際へ向けて歩き出した。


「運用士、右前方に陸自がいます。あそこに上がりましょう!」

「どこだ? 煙でよく見えん……あれか! よし、みんなあっちだ!」

 それとなく安芸が示した先には、辺りの貨物を手当たり次第に積み上げ必死に戦う陸自隊員たちが見えた。彼らの周囲には次々と矢が降り注いでいる。


(マジで殺し合いだ。近付きたくねぇ。)

 安芸は思ったが、この場に留まる訳にはいかない。今は矢も飛んでこないが、海岸の陸自がやられれば自分たちは的でしかなくなってしまう。

 それを避けるためには、逃げ帰るか、海岸に上がって陸自隊員と一緒に敵と殺し合いをして勝つしかない。安芸たちを逃がしてくれる複合艇はすでに海上へと去っていた。戦うしかなかった。

「みんな銃を濡らすな。海岸に上がったらすぐに身を隠せよ!」

 安芸は不慣れな同僚たちに指示を与えつつ、上半身を左右に振りながら一心に波打ち際を目指した。



 砂浜はやはり地獄だった。火矢でも射かけられたのだろうか、物資が燃える黒煙で極端に視界が悪化している。下手をすれば味方に誤射されかねない。

 一般的に、上陸したばかりの兵士たちはひどく脆弱な存在である。海岸は身を隠すための遮蔽物しゃへいぶつに乏しく、待ち受ける敵に対して不利な態勢に置かれる。

 さらに、指揮官は必ずといって良いほど部下の統制に苦労する。上陸時に整然とした隊列を維持できる者など存在しないからだ。統制を失った部隊は、脆弱ぜいじゃくな一個人の集まりでしかない。


 そして、普通の人間は戦場の過酷さに耐えることが出来ない。



 どうにか波打ち際に上陸した〈ゆら〉陸戦隊だったが、味方の元へと走り出そうとした瞬間、運用士が首に矢を受けて倒れた。左手で首元を押さえるが、口からは血の泡が吹き出し、その場に崩れ落ちる。

「!? 運用士! 畜生やられたぞ」

 次席の三城二曹が慌てて駆け寄る。


「え? う、うわあああああ」

 銃声が響く。

「な、馬鹿、ぐぁ!」

 運用士の隣を走っていた板野一士が、機関拳銃をめくら撃ちしたのだ。恐怖に駆られた彼は、震える手で安全装置を外し、ろくに狙いも付けずに発砲した。不幸なことに、運用士に駆け寄った三城の身体が射線を横切っていた。

 三城が、背中に銃弾を受け倒れる。パニックになった板野の肩に短い矢が刺さる。板野は白目を向いて倒れた。痙攣し口から泡を吹いている。


「撃つな、馬鹿野郎! 姿勢を低くしろ。突っ立っていると殺られるぞ!」

 自ら砂浜に伏せながら安芸は怒鳴った。


 陸戦隊はあっという間に25%の戦力を失った。部隊はパニックに陥りつつある。安芸は、自分より先任が居ないことに愕然とした。彼が指揮をとらなければならない。

(素人ばかりだ。畜生。最悪だ。)

 せわしなく視線を走らせる。見通しが利かない。矢の飛来方向にはうごめく人影がある。敵が味方かは分からなかった。撃てない。

「クソッ、腰を撃たれた。動けねぇ」

「運用士は駄目だ、死んじゃった」

「板野も泡吹いているぞ」

 毒だ。矢に毒が塗ってある。安芸は倒れた二人の様子から判断した。周囲に軽い音を立てて矢が刺さる。当たったら拙い。

「安芸海曹、ヤバいです。どうしたら?」

「腰の感覚が無いぞ。畜生、板野の馬鹿野郎!」

 ここにいたら全滅だ。味方と合流しなければ。

 安芸は決意した。左手を頭上でぐるぐると回し注目を集める。視線が集まったところで、彼は前方で戦う陸自を差した。 

「陸自に合流する。あそこまで走れ!」

「でも、立ち上がったら矢に……」

「ここにいたら死ぬぞ! 三城さんは俺がかつぐ。死んだ二人は置いていく。急げ!」

 安芸は叫ぶと、グリースガンを胸に提げ、腰を負傷した三城二曹を肩にかついだ。装具を含めて80キロ以上の重さが肩に食い込んだ。重みを受けてブーツがきめの細かい砂に沈む。

 だが、安芸は確かな足取りで味方へと走り始めた。それを見た陸戦隊員たちが慌ててあとに続く。

 安芸は基礎課程でかついだ丸太の重さを思い出した。あの時はしごきだとしか思えなかったけど、意味があったな。そう思った。



「輸送艦〈ゆら〉陸戦隊、安芸三曹です! 応援に来ました」

「後方支援隊管理小隊、松井一曹だ。よく来てくれた! 君が先任か?」

「すみません。指揮官の運用士他1名が戦死。1名負傷……現在私が最先任です」

 松井は、安芸の言葉を聞いてあからさまに落胆した態度を見せた陸士を視線で黙らせ、労うように言った。

「大変だったな。負傷者はうちの衛生に診させる」

「ありがとうございます」


 〈ゆら〉陸戦隊が転がり込んだ陸自の防御陣地では、20名程の陸自隊員がコンテナやパレット積みの貨物を頼りに、抗戦を続けていた。海を背に概ね半円形をえがいている。

 正体不明の敵に突入された物資集積所では、最大の拠点だった。

 松井と名乗った陸自隊員は、眼鏡に砂をつけたまま、安芸に現状を説明した。かなりの早口だった。


 敵は物資集積所に雪崩れ込み、あちこちで陸自隊員と交戦している。不意を突かれた自衛隊側は、ここ以外に数ヶ所で孤立しつつ戦っていた。集積所の隣にある宿営地兼車両整備場は味方が確保していたが、打って出る余裕は無い。

 本来であれば、味方を収容しつつ宿営地で態勢を立て直し、反撃に出るか増援を待つかすべきである。しかし、それは果たせずにいた。


「君たちはここを守ってほしい。あちこちに孤立した味方がいて、収容しないといかんのだが、手が足りない。俺たちが半分ほど抜ける穴を任せたい」

「分かりました。我々は素人です。難しいことは出来ません。陣地に籠もって戦うのが精々です」

「海自さんを引っ張り出しちまってすまんな。敵は毒を使ってくる。気をつけてくれ」

「毒矢で2人殺られました」

「矢だけじゃない。吹き矢にも気をつけろ。奴ら恐ろしく素早いぞ」


 打ち合わせを済ませた安芸は陸戦隊を防御陣地に配置した。BARと64式小銃を持つ隊員に、M3短機関銃や9㎜機関拳銃を装備する隊員を組ませ、半円形に布陣させる。

 船乗りである彼らは陸戦に不慣れなため、固定砲台として戦うしかないと安芸は考えていた。自分はフリーに動き指揮と予備兵力を担当する腹積もりだった。

 戦死した運用士から回収したM3の弾倉をポケットにねじ込む。周囲は乱戦と言うしかない状況だ。弾が尽きればおしまいだ。

「松井一曹、一つ良いですか?」

「おお、なんだ?」

 安芸は疑問を抱いていた。

「幹部はどこに行ったんですか?」

「後方支援隊長は殺られたよ。他の幹部も山ほど死んで残りは分からん」

 松井の目が暗く沈んだ。

「奴らが森から現れた時、敵か味方が判断に困ったんだ。この辺の連中は統一した装備なんかつけちゃいないし、森はリユセのエルフが押さえているって話だった」


 森から現れた集団は武装していたものの、服装は質素な民族衣装であり、軍には見えなかった。しかも、女性や子供らしい姿も見える。後方支援隊長は迷った。リユセ樹冠国の者が居れば正体を掴めたかも知れない。だが、彼女たちは運悪くその場に居なかった。


「奴らは近づくなって言っても聞こえない素振りで来やがった。数が増えてどうにも拙いって所で隊長が出て行った。で、『我々は日本国陸上自衛隊──』そこで殺られたよ」

 その後は訳の分からない内に物資に火を放たれ、乱戦となった。指揮官を殺された自衛隊は、結果として無様な戦いを強いられている。安芸の疑問はますます大きくなった。

「何で撃たなかったんです? 〈帝國〉軍の侵攻は知っていたはずなのに」

 松井が胡乱うろんな瞳で安芸を見た。

「俺も、撃てば良かったと思う。でも、出来なかった。部隊行動基準(ROE)では撃っても良い状況だった。でもな──こっちに来てから今まで部隊行動基準通りにやっていたら、俺たちは南瞑同盟会議側の連中を殺しちまっていたはずだ」


 様々な要因があったのだろう。

 マルノーヴ先遣隊には、サマーワにおけるオランダ軍のような味方が居なかった。治安維持の矢面に立った自衛隊が得ていた事前情報はごくわずかで、手探りで物事を進めざるを得なかった。辛うじて〈帝國〉軍旗の情報程度は得たものの、未だ分からないことだらけであった。

 さらに現地の友好勢力である南瞑同盟会議は、とても統制がとれているとは言えなかった。

 リユセの妖精族や同盟会議参事会は『〈ニホン〉の騎士団に許可無く近付いてはならない』との布告を出していたものの、物珍しさから集積所を訪れる現地民や行商人は途切れることが無かった。悪いことに、この世界において刀剣や弓で武装することは日常であった。


 彼らは、武装している割に「あれ、まあ。こりゃ見たこともねぇ騎士様たちだなや」「干し菓子はいらんかね? 兵隊さん」などと気安く近寄ってくる。

 部隊行動基準に従い『現地語での警告』『武器の指向』を行っても、そもそも銃を知らない彼らはいまいち反応が鈍かった。結局のところ、彼らは全て善良な現地民で、〈ジエイタイ〉騎士団の風変わりな装具や、不思議な品々を面白がり、土産話を持って帰って行った。

 いつの間にか隊員たちは、発砲しなかったこと──つまり部隊行動基準を無視したことを、安堵とともに正しかったと受け止めるようになっていた。一部の隊員はこれが危険な兆候で有ることに気づいたが、具体的な対処は行われなかった。


「俺たちは慣れちまっていたんだ。ゲームに出てくるようなエルフやドワーフがニコニコと話しかけてくることに。今までは何事も無かった」

「でも、今日は」

「違った。奴らは敵だった」


 マルノーヴ派遣以前にも自衛隊はすでに血を見ていた。しかし、それはあくまで国内での戦闘であった。日本国内において、現代人に見えない者はすなわち『異世界からの敵』であり、自衛隊は速やかに対応した。

 それに対してアラム・マルノーヴでは現地民に『敵』と『味方』と『敵味方不明勢力』が混淆していた。軍と民間人の境界も曖昧であった。

 ある意味で、政治によって大切に保護されていた自衛隊が、諸外国軍──アフガンやイラクにおけるアメリカを始めとする多国籍軍と同様の立場に放り込まれた瞬間であった。

 アメリカ軍なら、速やかに発砲していただろう。だが、彼らは〈自衛隊〉であった。


「隊長も俺たちもよく分かっていなかった。いいか、ここは敵地だ。女子供ですら敵かも知れない。それを忘れるな」

 松井一曹の声は、何かを悔いるような響きを含んでいた。彼は89式小銃を腰だめに構えると、部下を率いて走り去った。その姿はすぐに黒煙に紛れて見えなくなった。


 安芸は銃声が響く中、たった一人になったような気分になった。頭を激しく振る。ヘルメットの重みで首の筋肉に痛みが走った。

「全員配置についたか? 敵は素早いぞ、よく狙って撃つんだ。無駄遣いするなよ!」

 安芸は気を取り直すと、意識を防御の為だけに集中することにした。そうしないと余計なことを考えてしまいそうだった。



ブンガ・マス・リマ東方4㎞ 

2013年 1月6日 15時12分



 この敵手、意外に手ごわい。

 ドフター族を率いるバールルィ・リヤジャンは奥歯をぎりりと鳴らした。勇敢な深森の狩人にして、露霊ろれいの神官でもある彼は、戦化粧に縁取られた真っ黒な瞳を海岸に向けた。

 壮年にさしかかろうとしている肉体は頑強そのもので、獲物を追って三日三晩森を駆けてもびくともしない。彼らドフター族は狩猟に生きる森林民族である。その群れを率いる男は、肉体は誰よりも強く、そして深森に棲む露霊に近くあるべし、とされていた。

 リヤジャンはその資格を充分に満たしていた。猛々しい心は敵を食い破ることに向けられている。

 傍らの男が言った。

「存外しぶとい」

「ん。はじめは野豚のような間抜けかとみたが」

 いざ当たってみれば、山犬の群れより始末が悪い。リヤジャンは敵の手強さに苛立ちを隠さない。海岸に奇妙な物を積み上げ、たむろっていた異界の兵隊は、当初ドフター族を見ても「近付くな」と言うだけで、何故か攻撃してこなかった。

 あまつさえ位が高いと思われる男が単身でのこのこと現れた。リヤジャンは敵を侮り、誘い込んで射殺した。首領を失った残りはすぐに降ると思った。


 だが、敵は打って変わって猛烈な反撃を加えてきた。

「あの火礫はやっかいだ」

「しかり。矢の届かぬ場所から撃ち抜いてくる。一撃で死ぬ。魔術か」

「あのような魔術はしらぬ。帝國すらもたぬ」

「南瞑にあのようなものどもがいたか?」、

「しらぬ。露霊も囁いてはくれなんだ」

 リヤジャンの目の前では、一族の男女が矢を放ち、飛び回り、火礫に貫かれ倒れる様が繰り広げられていた。射撃戦では分が悪い。森を出て戦うのではなかった。リヤジャンは思った。

「だが〈朝露の〉リヤジャンよ。われは敵を知ったぞ」

「何を知った」

「山犬の群れに恐るる無かれ。剣を構えよ。その腹を裂くべし」

「ふむ。近づけと……敵は剣を持たぬ、か」

 確かに、森の木々のような柄の鎧を纏う敵兵は、その奇妙な鉄の筒から火礫を放つが、他には短剣しか身に帯びていない。リヤジャンの腹心は魔術士に近接戦闘を挑めと言っているのだった。


 多くの者が死ぬな。リヤジャンは覚悟した。

 森という森で獲物を追い、不遜にも森の守護者を気取るリユセの耳長どもと争いながら暮らしてきた彼らは、〈帝國〉という巨大な暴力の前に膝を屈した。ドフター族は、戦う他に道は無い。


 〈帝國〉の猟犬のごとき自らの立場を自嘲しながら、リヤジャンは懐から獣骨で出来た笛を取り出した。物悲しい音が鳴り響く。その音色を耳にした一族の男女は、途端に奇声を上げながら敵陣に突進し始めた。

 矢が降り注ぐ。敵兵が頭を下げる。その隙を突いて、ドフター族の狩人たちは海辺へと突入していった。


「露霊の囁きあれ!」

 リヤジャンはそう唱えると、恐るべき速さで自らも海岸へと駆けていった。


しばらくはイライラ(苦戦)回になると思います。

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