第2章 プロローグ
交易都市『ブンガ・マス・リマ』沖
2012年 12月28日 13時20分
「……暑ぃ」
海上自衛隊所属、輸送艦〈ゆら(LSU4172)〉の艦首部で、運用員の安芸英太三等海曹は本日34回目のダレたぼやきを漏らした。
安芸三曹は入隊五年目の24歳。背丈は平均よりやや小柄ながら、防暑作業服に包まれた胸板の厚みや肘まで捲った下から見えるよく鍛えられた腕からは、狩猟犬の様な俊敏さを持つ体躯が窺える。
汗で色の変わった作業帽の下には、良く日に焼けた精悍な容貌があった。しっかりとした眉の下に、大きく黒目がちの瞳。鼻筋は通り、大ぶりの口元からは並びの良い真っ白な歯が見える。
彫りが深く細面のその顔は、なかなか整っている。ただ、その表情からはやる気の欠片も見えず、放っておけば口から舌を出しそうな勢いだ。
今の彼からは、真夏に庭先で寝そべるウェルシュ・コーギーの様な空気が全力で発散されていた。
安芸三曹は輸送艦〈ゆら〉の第一分隊所属の運用員である。出入港や投錨作業に始まり、搭載艇の運用や艦の整備作業まで、甲板上で艦の運用の一切を回す『運用員』は、正に船乗りその物であると言えるだろう。
乗員が運用員長を呼ぶ時の旧い名前──『掌帆長』という呼び名が、彼等の有り様を如実に表していた。彼等は、未だ風を頼りに船を操った時代から連綿と受け継がれた役目を担う男達であった。
その伝統ある職場の末席に連なる安芸三曹は、〈ゆら〉の艦首で運用員の伝統ある任務──見張りについていた。だが、お世辞にもその態度は職務に精励しているとは言い難い。
「あー、左右いじょーなーし」
安芸は艦首左右方向を確認した。空は馬鹿みたいな鮮やかさで晴れ渡り、名前も知らない海鳥が気持ち良さそうに飛んでいた。空の青さに一点のくすみも無い。
照りつける陽光は、物理的な力さえ感じる程直接的だ。〈ゆら〉の甲板上に彼の額から落ちた汗が、短く音を立てて蒸発した。照り返しが全身を包み、身体中の汗腺がねっとりとした熱気で埋められていた。
暑い。ひたすら暑い。
「……海面に変色なーし」
辟易しながら視線を艦の前方の海面に向ける。異状は無い。この辺りの海域は、すでにリユセ樹冠国の妖精族達の案内の元EODが確認済みであった。
ブンガ・マス・リマ市域から東へ4キロメートル。浜辺際まで森が迫った差し渡し2キロの砂浜は、適度に緩やかな海底傾斜と、肌理の細かい砂で作られた地形を持っていた。
報告に戻った水中処分隊長の顔を思い出す。彼は真っ黒に日焼けした顔で「輸送艦が乗り上げるのに最高の場所です」と言い放った。余程楽しんだのだろう。顔中をくしゃくしゃにした、とても良い笑顔だった。
そりゃあ楽しかっただろうなぁ。
安芸は思った。視界の先にはタヒチやバリ島も顔色を失いそうな程、美しい砂浜が見える。人手が加わっていない天然の渚の白さが、背景に広がる木々の緑と絶妙のコントラストを描いていた。
そして〈ゆら〉がディーゼルの音も喧しく、波をかき分けて進む海を覗き込めば、海中を海底まで綺麗に見通せた。翡翠色の海水の向こうに、白く輝く砂とカラフルな姿で泳ぐ魚の群れを見ることが出来る。
豊かな森と島々を巡る海流が、この辺りの海に有らん限りの祝福を与えている。
安芸は微妙な罪悪感さえ覚えた。〈ゆら〉が何かを垂れ流しているわけでは無いのだが、こんな楽園の様な海を、武骨な箱型の輸送艦が行き交う事に居心地の悪さを感じていた。
ああ、こんな海には──。
視界の片隅に、水面を進む影が映った。視線を向ける。そこには一艘のカヌーがいた。片舷に浮子を備えたアウトリガーカヌーだ。地球では南太平洋で良く見られる白く細長い船体は、真っ白な帆一杯に風を受け〈ゆら〉と併走している。
そのカヌーの船上で巧みに帆を操るのは、皆リユセの森の妖精族だ。自衛官達は彼等を、その風貌から『エルフ』と呼んでいた。
また来てる。物好きな連中だよ。
エルフ達は、その細くしなやかな身体を僅かな布地で覆っただけである。一族の男達は、樹冠長の命を受け皆各地に散っているらしい。その結果、周囲でカヌーを操るのは妙齢(に見える)の女性ばかり。
正直な所、目の毒であった。彼女達の見た目はほぼビキニ姿であり、揃いも揃って美形なのである。
エルフといえば、森の民だろう? 何で海なんだよ? そうした日本人の先入観に、彼女達は「森の恵みは海の恵み。我等森の守護者が海をゆくのに、何の障りがあろうか」と、平然と答えたのだった。
リユセの森の妖精族は、二つの族に分かれている。〈鎮守〉を司る『東の一統』は、調和と伝統を尊ぶ。世間一般のイメージするエルフはこちらであろう。彼等は洋上の〈門〉に関する秘儀を握っている。
一方〈叡智〉を司る『西の一統』は、進取の気風に溢れた一族であり、航海技術に長けていた。彼等は、既知世界の各地に人間と共に旅立ち、知識と人脈を広げていった。今では、南瞑同盟会議の外交・諜報活動は彼等無しには成り立たない。
この東西二族を両輪に、『リユセ樹冠国』は南瞑同盟会議の精神的・魔導的な中心として確固たる地位を築いていた。
こんな海に似合うのは、あの娘達だよなぁ。ここは仕事で来る場所じゃないよ。
伴走するエルフと目が合った。彼女はスレンダーな身体を躍動させ、カヌーを操りながら安芸ににっこりと笑いかけた。彼女達は〈ゆら〉に興味津々らしい。
四角い艦首で波を掻き分けながら、海岸線を目指す〈ゆら〉の周囲では、エルフ達のアウトリガーカヌーが、頼まれもしないのに露払いを買って出ている。余程昨日のビーチングがお気に召した様だった。
勢い良く砂浜に乗り上げた〈ゆら〉の姿に目を丸くし、バウランプが倒れる様子に船縁を握り締め、吐き出される車両や人員に黄色い歓声を上げる彼女達の姿を思い出し、安芸は自然ににやけ顔になった。
手摺りにもたれ、だらしなく手を振る。
可愛いなぁ。腕もふとももも真っ白だ。何で日焼けしないんだろう?
ちなみに、エルフは日焼けしない。それは、世界の理である。
突然、安芸三曹の顔色が曇った。
「……ちっ」
彼は忌々しげに舌打ちすると、目を逸らした。猛スピードで走る灰色のボートの姿があった。ミサイル艇搭載の複合艇──RHIBだ。水飛沫をエルフ達のカヌーに浴びせつつ、跳ぶように〈ゆら〉の周囲を走っている。
通常、臨検任務等に用いられるRHIBの上にはEOD隊員が乗艇し周囲の警戒に当たっている。ブーニーハットに迷彩服の軽装で、機関けん銃を構えていた。
安芸は、そんな彼等の姿をどうしても見る事が出来なかった。彼等に含むところは無い。しかし、どうしても駄目だった。
「……畜生。辞めてえな」
彼は、そう吐き捨てた。
3ヶ月前、安芸三曹は広島県江田島市にある海上自衛隊第1術科学校の敷地内で、海自で最も過酷な教育を受けていた。
その名を特別警備隊基礎課程と言う。
海上自衛隊唯一の特殊部隊、特別警備隊の隊員育成がそこで行われていた。志願者はそこで徹底的に体力と精神力を鍛え上げられる。そこで行われる訓練は『育てる』より『篩にかける』という言葉が相応しい。
彼等は、経験豊富な教官達によって、将来自分の背中を預ける事が出来る人間であるかどうかを、厳密に試されるのだ。
彼は、その試験を突破しようとしていた。基礎体力の錬成に始まり、武器・爆薬の取り扱い、徒手格闘、戦闘訓練。そして学生達をして、それらの訓練を「息が吸える分、楽だ」といわしめる程に過酷な潜水訓練。
安芸はそれらを高い成績でクリアしていった。学生時代に水泳部だった事が幸いしたかも知れない。だが何より、彼はあらゆる困難を燃料に変え前に進むことが出来た。ガッツが有ったのだ。
さらに、同期への態度も教官の期待以上の物を示した。彼は仲間を見捨てなかった。常に気遣い、鼓舞し、前進した。自分の限界を無視してでも、チームが目的を達成するために必要な行動をとった。
献身と勇気。これは、彼等のような男達の中で、しばしば身体能力や戦闘技能より重要とされる。
安芸は、訓練生につき物の様々なミスは犯したが、教官達が密かに持つ採点表ではほぼ完璧な成績を修めていた。
「あいつは、うちの小隊にもらうぞ」
「それはずるい。抜け駆けは無しでお願いします先輩」
「ヒヨッコ一人に随分な入れ込み様だな、お前等」
だが、その日は訪れなかった。
野戦訓練の最中、転倒したバディを助けようとした彼は絡み合うように谷へ滑落した。
結果は、左アキレス腱損傷。大腿部骨折。半月板損傷。重傷だった。
だが、入院した後も安芸は諦めなかった。医師が慌てる程の熱意で、リハビリに励んだ。驚く程短期間で退院の日が訪れた。
「おめでとう。よく頑張ったね。こんな患者は初めてだよ」病室を訪れた医師は、そう言って微笑んだ。
「有り難うございます。退院したら走ってもいいんですよね?」安芸は勢い込んでたずねた。
「もちろんだよ。君ならあっという間にサッカーでもバスケでも出来る様になる。元の部隊にチームは無いのかね?」
「あったかも、知れません。でも、俺は早く治してもう一度課程に入り直すんです」
安芸の言葉に、にこやかに笑っていた医師の顔に、微かな陰が差した。優しいが憐れむ様な表情。嫌な表情だ。安芸は何故かそう思った。
病室のドアが開いた。複数の男達がドヤドヤと入ってくる。
「教官! それにお前等まで!」
「おぅ、すっかり回復したみたいだな」
「看護師のお姉さんが言ってたぞ。放っておくと何時までもリハビリ止めねえんだって」
「流石に少し太ったんじゃねえか?」
「うるせー」
あっという間に、清潔で静謐だった病室が、暑苦しい運動部の部室の様な有り様になった。入ってきたのは、基礎課程の教官と同期達だ。皆真っ黒に日焼けしている。安芸は、羨ましく思った。自分はこんなにも白くなってしまった。
彼は皆の後ろに隠れる様に立つバディの姿を見つけた。何だあいつ? 辛気臭い顔しやがって。
「よう! 久しぶりだな!」
「……お、おう。久しぶり」
「どうした? 元気ねえぞ。お前、もう復帰したんだろ?」
「ああ、何とかな」
一緒に滑落したバディの伊勢三曹は、腕の骨折から回復し課程に復帰していた。彼はその事を気にしているのだろう。安芸は努めて明るく言った。
「もう一度バディを組むのは無理だけど、俺も次の期でまたやり直すからな! 部隊に行ったら頼むぜ先輩!」
きっと、気持ちの良い返事が返ってくるだろう。伊勢も少しは気分が楽になるはずだ。気を遣いやがって。あいつらしいぜ。
だが、誰も答えなかった。
部屋に苦い沈黙が落ちた。同期達は曖昧に笑い、伊勢は下を向いた。医師が何かを言おうと息を吸った。
「先生、私が伝えます」
教官が、静かに言った。安芸に真っ直ぐ向き直り、顔を見詰めた。普段は笑顔どころか仁王の様な表情を崩さない教官が、優しい表情をしていた。
「お前の身体は、任務に耐えられない。原隊復帰だ」
教官の瞳はどこまでも優しかった。だが、同時に僅かな妥協も許さない鋼の冷たさを含んでいた。
「そんな!? 激しい運動も出来るって!」
「その通りだ。回復すればサッカーだって柔道だって出来る。だが、特警の任務は出来ない。そう判断された」
安芸はひどく狼狽し、同期達を見回した。バディ以外の皆が、同じ目をしていた。全員が彼に同情し心から気遣っている。世の理不尽に怒る者も、同期の不運に悲しむ者もいた。だが、そこには不可視の崖が横たわる。
お前は、もう俺達の仲間にはなれない。
『特警』にあっては、情熱も根性も同期の絆も、厳然たるひとつの基準の前には、無意味であり無価値である。
お前に能力は有るか? 命を預けるに足る者か?
安芸は、その問いに対する答えを失ったのだった。
原隊に戻された安芸は、荒れた。勤務態度は投げやりになり、周囲とのトラブルが激増した。艦を降ろされ、陸上配置になっても収まらなかった。
以前の彼を知る上司がショック療法とばかりに、手を回した。「ああなっちまった奴は、余計な事を考えられない程忙しくしてしまうのが一番だ」安芸にとって迷惑極まりないこの配慮は、人手不足の現状と合わさって、彼をマルノーヴ大陸派遣調査団に押し込むことになった。
「帰りたいなぁ……」
そんな経緯があり、現在、三等海曹安芸英太は〈ゆら〉の艦首で腐っていたのだった。
「やあ、暑いですねぇ」
艦首でふて腐れていた安芸の背後から、のんびりとした声が聞こえた。振り返ると、ぼんやりとした印象の陸自幹部がにこにこと笑っていた。
「……鈴木二尉。どうもお疲れ様です」
「お疲れ様なのは、そちらですよ。どうですか? 水分とっていますか?」
「はぁ。大丈夫です」
鈴木二尉は〈ゆら〉の荷物の一部だ。中肉中背、七三に分けた髪型の下には人の良さそうな笑みがある。目が細いことを除けば顔立ちは平凡だ。陸に降ろしてしまえば、〈ゆら〉の乗員のほとんどが彼の顔を忘れてしまうだろう。
「しかし、ここは楽園と言っても言い過ぎじゃないですね。エルフのお姉さん達も綺麗だし、海も綺麗だし。竿が有れば釣りたいなぁ」
「……暇なんですね」
「え? いやいやそんな訳は──はは、嘘はいけませんね。正直言うとね、暇です」
「荷造りは終わったみたいですね」
安芸は車両甲板を横目で眺め、言った。そこには、浜辺に集積されるべき物資と車両の姿がある。鈴木二尉の高機動車も見えた。
「はい。荷解きはしていないので楽なものです」
「ケースに入っているのは通信関係の装備でしたっけ? 随分厳重ですよね」
高機動車の荷台には、黒色の耐衝撃水密ケースが積まれていた。それ以外にも、水や食料、燃料缶が見える。
「精密機器なので水や衝撃は御法度ですから」
「確か、広域通信設備の適地選定、ですか。通信教導隊ってそんなこともするんですね」
「ええ。通信の確保は重要なんですよ? ただ、私等だけで遠出するのはちょっと怖いかな──おっと、幹部がこんなことを言っちゃ駄目だな」
鈴木は、照れたような笑いを浮かべ頭をかいた。その姿は、迷彩服よりよほど背広姿の方が似合いそうだ。安芸は密かに思った。日焼けしていなけりゃ中小企業のサラリーマンだな、この人。
そこに、鈴木の部下が現れた。長く伸ばした髪が汗で額に張り付いていた。2人とも陸上自衛官というより、携帯会社の若手と言われた方がしっくりくる印象だ。
「やあ、田中三曹、佐藤三曹お疲れ様」
「あ、鈴木二尉、揚陸準備終わりました。マジ暑いっスね」
革手袋を外しながら、佐藤三曹がぞんざいな口調で報告した。あまりにも気安い様子に、安芸は思わず鈴木二尉を見た。視線に気付いた鈴木二尉が苦笑いを浮かべた。
「気になりますか? うちの連中は普段から娑婆の方々とお付き合いが多いんで、あんまり自衛官っぽくないんですよ。かく言う私も迷彩服を着たのは久しぶりな程です」
「この髪型とかもね」
田中三曹が前髪を引っ張りながら、悪戯っぽく笑う。色素の薄い虹彩が印象に残った。
「それより、その銃凄いな」
「俺も気になってた」
田中と佐藤が口々に言う。その目は安芸の胸の前に下げられた短機関銃に向けられていた。やっぱり来たか。絶対こいつに食いつくんだよな、みんな。
「どんだけ物持ちが良いんだ、海自は」
「……まさか、M3が現役とはなぁ」
「うう」
「グリースガンだぜ。下手すっと爺ちゃん達と戦争したやつだぜ」
「何でも鑑○団に出せそうだな」
「うううう……」
M3A1短機関銃。第二次世界大戦期、アメリカ合衆国で設計・製造された銃だ。軍の所要を満たすため生産性が優先され、鋼板のプレスと溶接のみで製造可能である。
直線で構成された外見は、銃というよりは工具の趣を見せる。実際、グリースガンやケーキデコレーターの愛称を持っていて、『美しい』という形容詞は似合わない代物だ。
だが、この単純にして武骨な短機関銃は、奇異な外見とは裏腹に高い信頼性を示し、大戦期を通して兵士達に愛用された。
「だからって言ってもなぁ。限度があるんじゃね?」
「海自はどこも小火器不足なんです」
生産ラインの限界と官僚的な意志決定が、現場にしわ寄せを押し付けていた。増産された89式小銃はまず各地の弾火薬庫や総監部に優先配備され、その後、少ない在庫を護衛艦と警察が奪い合った。
後回しにされた〈ゆら〉をはじめとする補助艦艇の小火器不足が明らかになったが、急な派遣に間に合う筈もなかった。
「それで、どっかの誰かが思い付いたらしいです。用廃間際の予備装備だったこいつを……」
「きっとドヤ顔だったんだろうね」
「おかげで派遣輸送隊の艦上は博物館状態。トンプソンM1A1に、コルトM1911、極めつけはBARですよ。コンバットかっつーの!」
「おぅ……でも、ちょっと撃ってみたいな」
「良かったらあげますから、代わりに89式小銃くださいよ! BARなんて重すぎてうちのおっさんが一人腰やっちゃったんですから」
安芸は興奮して、左手を振り回した。銃把を握る右手の伸ばした人差し指が痙攣する。
鈴木二尉が、もとから細い淡い色の瞳をさらに細め、楽しそうに言った。
「いや、安芸三曹なら使いこなせますよ。それに、.45ACPは逆に頼もしいかもねぇ」
「9㎜パラより良いかもな」
「このシンプルな排莢口、しびれるっス」
陸自隊員達は、色褪せて灰色になったM3A1を口々に誉めた。
腰道具ベルトにスパナやモンキーと一緒に刺した予備弾倉の重みが、増したような気がした。こいつら他人事だと思って好き勝手言いやがって。
安芸は、手元の短機関銃がとてもみすぼらしく感じた。自分にはお似合いだ、そう思った。
「錨入れェ!」
艦尾から、金属の擦れる音が響く。投錨したらしい。ビーチングした輸送艦は、着岸前に降ろした錨鎖を詰める事で離岸する。
気がつけば、もう海岸がすぐそこに見えていた。甲板上が慌ただしい空気に包まれる。バラストが調整され、艦首が持ち上がった。
鈴木二尉が、部下に言った。
「もう、着くようです。山田一曹達と準備にかかって下さい」
「了解しました」
田中三曹と佐藤三曹が、意外な身軽さで車両に向かう。
「さて、安芸三曹。お世話になりましたね」
「いえ、鈴木二尉もお気をつけて」
彼等は今から結構な奥地に入るらしい。通信員の彼等は、皆平凡な印象の隊員ばかりだった。この人達大丈夫だろうかと思う。顔を上げると、美しい異世界の砂浜と、そこに積み上がった物資の山を背に、鈴木二尉が微笑んでいた。
明るい茶色の瞳が、安芸を見ている。何だ? どこかで、見たことがある気がする。一瞬そんな思いがよぎった。
艦底から振動が伝わる。陸では陸自の施設科が宿営地を設営中だ。あちこちに物資がうず高く積み上がり、重機が走り回っている。
轟音が聞こえた。視線を右に向けた安芸の視界に、海水を猛烈な勢いで水煙に変換し巻き上げながら陸岸へ向かうLCAC(エアクッション型揚陸艇)の、平たい船体が飛び込んできた。
甲板上に角張った車体が見えた。あんなものまで持ち込むのか。安芸の目は暫く釘付けになった。
気が付くと、揚陸準備に向かったのか、鈴木二尉は安芸の前から消えていた。
この話から第2章に移ります。
『南瞑同盟会議』は南方諸国家群の連合体です。中核は商業都市国家『ブンガ・マス・リマ』。今回名前の出た『リユセ樹冠国』はいわゆるエルフの部族国家です。
これからも色々な国が出てきますのでどこかで整理したいと思います。本当は本文内で説明が完結するのが良いのですが。
〈ゆら〉はブンガ・マス・リマ東方海岸に設営された物資集積所への揚陸任務についています。




