第五話「スバルと恋とニジゲンセカイ」
この作品はサイコネクトproject公式ページで連載しているものの転載です。
そちらではボイスドラマやMVも公開しているのでよかったらそちらでもお楽しみください。
コチラ⇒ http://saikonekuto2016.jimdo.com/
それは赤く歪んだ空間の中で蠢いていた。それは知的生命体、宇宙の悪魔と恐れられていた。それは地球から遠く離れた外宇宙の果て、数々の超新星爆発により時空に歪が多く生じた辺境に暮らしている。通常の生命体なら絶対に此処には近づこうとなんてしないだろう。何故ならその領域に近づこうとした瞬間に体が巨大な重力によって押しつぶされてしまうからだ。しかし、それ若しくは彼らはあえてこの場所を好んだ。彼らにとってこの地の環境は自分たちの体にピッタリと合っていたのだ。今はこの場所を拠点にある惑星への恐るべき侵攻作戦の会議が行われていた。
「遂に時は満ちた…。」
彼らのうち、一人が言った。
「今こそ、計画を最後のフェイズに移す時…」
彼らはこの数年間ずっと銀河系太陽系第三惑星・地球…いや、この日本を観察し計画を押し進めてきた。
「数知れぬ同胞たちを奴隷として扱ってきた、憎き地球人どもに制裁を下すのだ」
「そして、我ら種族が人間にとって代わり地球の支配者となる!ハハハハッ」
このままでは僕らの地球が危ない。侵略者たちはその邪悪な魔の手を、遠く輝く僕らの星に伸ばし始めていた。
** *
「Believe you me!! Believe you yourself!! 君は僕を信じて
Believe you me!! Believe you yourself!! 君は君を信じてる 」
最近、こんな曲が巷で流行ってる。ここ数か月、耳にしない日は無いぐらいだ。この曲は今注目の男性アイドル・セルのファーストアルバム「2D」に収録されている「Believe me」。…僕はなんて中身のない歌詞、タイトルだと思っているんだけど、音楽史に残るような記録的なヒットを飛ばしているらしい。セルは今年の春、嵐のように突如音楽業界に現れた超大型アイドルだ。デビューシング「Reaper@lullaby」がOWACONチャート2週1位、セカンドシングルの「YellowSEA」が4週連続1位と、20代をはじめとした若い女性たち驚異の人気を誇っているらしい。セルがほかのアイドルたちと決定的に違うのは、彼は3次元の存在ではないこと。セルは2次元の存在、つまり画面や絵の中に存在しているアイドルなんだ。だからtv出演の時もcgの姿で登場したり、グッズも写真集も全部絵で構成されている。それがある層の女性受けたことをきっかけに人気に火が付いた。セルのファンは熱狂的でライブとかが行われると大変なことになるんだって。・・・ほらここにも重症患者が一人。
「ファイター!サイバー!ガイファー!セイザーっ!ライザーっ!セイザーっ♪フゥッ、フゥッ♪キャーセル様――っ!」
(ひゃーっ、盛り上がってますね、芽々嶋さん!)
うん…。尋常じゃなくね。最近はカラオケで歌わずに、ライブ映像、音声に合わせて合いの手を入れるっていうのが流行っているらしい…彼女の中で。
そう、今日僕らはカラオケに遊びに来ている。メンバーは僕とスバルそして、スバルの幼馴染、芽々嶋ネメさんだ。
(わたしを忘れないでください!次の曲は私が選びますですからね!)
そうそう、何時ものごとくユークも一緒。さっきから僕の喉をつかってユークが好き勝手に歌を歌ってる。それがすごく楽しいらしくてこっちはこっちで大騒ぎだ。サラー母星にはカラオケはないのかな?
「なんか今日のアイナ、妙に歌うまいし、テンション高いなぁ」
スバルがぽーっとした顔で話しかけてきた。…「宇宙人が声帯を乗っ取って歌ってます」なんて言えない。
「そういうスバルは、今日テンションが妙に低いけど。」
(たしかに…、いつものスバル君ならこう…アイナさんの肩をぐいっと掴んでヒィーハーってやりそうですもん)
ユークの中でスバルのイメージはどうなってるんだよ。間違ってないけど。
「今日、俺あいつを誘おうと思うんだ。」
「あいつ…?あぁ。」
「フェスのチケットを取ったんだ。だから、それを今日ね…」
スバルは遠い目で踊り狂う芽々嶋さんを眺めながら言った。
…ここは空気を読むべきだな。芽々嶋さんはやっと歌い終えたらしいし、熱狂のあまり眼鏡が真っ白に曇ってるぞ。でも、今がちょうどいい。
「よーしっ、次は大阪公演、関西弁バージョンうたおっ!」
「ねぇ、スバル、芽々嶋さん、僕ちょっと飲み物取ってくるよ。何か飲みたいものある?」
「えっと、ごめんね。じゃあ…ジンジャーエールをたのんでいいかな?」
「スバルは?」
「えっ、じゃあ、俺は…オレンジジュース!」
「OK。じゃ、行ってくるよー」
僕は二人を残して部屋を出た。…そっとスバルに「頑張れ」とつぶやいて。
(いいことしたじゃないですかアイナさん!)
「まぁ…なんだかんだ親友で幼馴染だからね。」
スバルには僕よりも付き合いの長い幼馴染がいる。そう、それが芽々嶋ネメ。幼稚園に入るずっと前からの仲だそうだ。彼女も僕らと同じ木の葉が丘中の生徒。ユークの知ってるとおり僕らのクラスではないけど。スバルはその…芽々嶋さんにぞっこんで、そうだな、小学4年ぐらいからずーっとアプローチし続けてるんだ。
(へぇっ、ステキな話じゃないですか!)
「うーん、ただ。その度にフラれるっていうか…相手にしてもらえないんだよ」
(なんででしょう?スバル君、結構イケてる感じの男子なのに!)
「アイツ、デリカシーないし、意外に奥手なんだよ。でも一番の理由は…やっぱり芽々嶋さんが…そのね…わかるでしょ?」
(わかりません!)
だから、いわゆる…
「3次元には興味がないの!」
・・・ドア越しに何か聞こえたぞ。
(アイナさん!行ってみましょう!)
「いやいや、まてっ!」
僕はユークに体を乗っ取られ、修羅場があったであろう部屋に飛び込んだ…。
そこには、某有名漫画の真っ白に燃え尽きたボクサーのようになったスバルとプリプリと怒る芽々嶋さんの姿があった。
** *
「今度は何を言っちゃったんだよ。」
僕ら二人はとぼとぼと寮への帰路を歩いていた。スバルの敗北感が僕にまで伝わってきて胸が苦しい。
「あいつにフェスのチケット渡したら…その日、再来週の日曜日は木増タワーホールでセルのファーストライブがあるって言われてさ…」
(チケット渡すの遅すぎますですよ…。)
「で、スバルはそれを言われてどうしたの?」
「…アーティスト本人に会えるフェスの方が、そっちのライブよりいいんじゃない?絵じゃなくて本物に会えるほうが全然いいだろ、って言った…」
(最低ですね!)
「グハッ!」
こ、こら、ユーク!
(大丈夫ですよ。私の声はアイナさんにしか聞こえてませんから!)
いやでも、今スバルの心はダメージを受けたみたいだぞ!
(女の子の心はデリケートなんですから、自分の価値観を押し付けるなんてことはしちゃいけないんですよ!
わたしや地球人の皆さんには一人ひとり違う個性があるでしょ?だからお互いの価値観を理解ようとしないと愛し合うことなんて絶対にできないですますよ!わかります?アイナさん!?)
僕に聞くなよ!それに宇宙人に価値観がどうのとか言われると妙に説得力があって怖いから!
でも、それはなんとなくわかるよ。僕も人の個性と価値観の違いはすごく重要なことだと思う・・かな。
(じゃあ、スバル君にちゃんとアドバイスしてあげてください!)
…わかったよ。
「なんていうかさ、スバルはもう少し。別の方向から芽々嶋さんにアプローチはできないのかな?」
「別の方向?」
「ほら、今日の誘い方。あれってすっごくスタンダートなやり方じゃない?」
「おう…だから、それを選んだんだぜ」
「それじゃあ、ダメなんだよ。」
「というか、あいつは3次元には興味がないから」
「だったら目線を変えて、攻めてみたら?」
「目線を…変える?」
「芽々嶋さんは3次元には興味がない。だったら芽々嶋さんに合わせて、興味がある2次元的に攻めるっていうことだよ。ほら!スバルのほうが柔軟にならないと!」
「例えば…セルのライブに一緒に行くとか?」
「そう、そういうのだよ!」
「お、おぉお…うおぉおおおおおおおおおおおお、ヒィーーーーハァーーーーーーーッ」
スバルは突然、叫び声をあげて僕肩をつかんできた。
「デ、デカイ声出すな!」
「わかった!わかったぜ!アイナちゃん!そういうことだな!」
(やーっと、いつものスバル君になりましたね!)
「わかったなら、いいんだけど。そうやって絡んでくるのはやめろよ!」
「よぉうし、アイナ。お前と飼篠ちゃんがくっつくのと、俺がネメとくっつくの、どっちが先か勝負だぜ!」
何とか、スバルは元気を取り戻してくれたみたいだった。いつもテンションが高いやつなだけあって落ち込んだ時にはすごく落ち込むから毎度毎度心配をかけさせられる。特に今回はどん底まで落ち込んでたみたいだったから立ち直れてよかったって心底思った。
(アイナさんのアドバイスが的確だったんですよ!ちょっと見直しちゃいました!)
「本当?それはよかった。」
(はい!なんかちょっと大人っぽいなぁなんておもっちゃいました!)
「目線を変えてみるっていうのは、僕があの人…アヤトさんから教わったことだからね・・・。」
(あや・・・と、さん?もしかして…その方って…)
「うん。気にしないで」
僕はスバルと芽々嶋さんの気持ちに触れたせいか少しノスタルジックな気持ちに陥っていた。なんとも切なく心に穴が開いたようなあの不思議な感覚だ。ユークは僕が彼女の名前を出した時一瞬興味がありげな表情をしていたけど、僕の心情を察してくれたのか詮索はしてこなかった。
僕がそんな感傷に浸っている間にスバルはある衝撃的なを目撃していた・・・。
** *
牧村スバルは寮の前で親友のアイナと別れを告げた後、一人商店街に向かって歩いていた。彼はCDを探していた。芽々嶋ネメが買い逃したという2次元アイドル・セルの限定盤CDを。ニュータウンである木の葉が丘には歩ける範囲でショッピングモール内のCDショップが2軒、電化製品店4軒ある。彼女はその6店舗と通販サイトで探したが限定盤CDは見つけることができなかったという。そこでスバルはネメに機嫌を直してもらうためにも限定版CDを探し始めたのだ。スバルには心当たりがあった。町はずれの商店街にある古いレコード店。あの店そのものの存在を知ってる人自体がそもそも少ないのじゃないだろうか?スバルはそう思っていた。
スバルが商店街近くに差し掛かった時…彼の鼓膜をある声が揺らした。
「Believe you me!! Believe you yourself!! 君は僕を信じて」
これは…さっきカラオケで来たばかりのあの曲。セルの「Believe me」だ。なぜこの曲がなぜこんなところから聞こえてくるのか?スバルは疑問に思った。
「Believe you me!! Believe you yourself!! 君は君を信じてる 」
声がドンドン大きくなってくる。こっちに来ているみたいだ。それによく聞くとネメが唄っていたあの合いの手までもが聞こえてくる。次の瞬間、彼は自分の目を疑った。
5,6人の若い女性がゾロゾロとどこからか出てきたのだ。彼女たちはうつろな目で合いの手を入れながら車道を横切っている。まるで亡霊か何かのようだ。
「あのっ!どうしたんですか!大丈夫ですか!」
スバルは思わず声をかけた。しかし、誰も反応しない。
「あのっ!」
彼女たちはスバルの前を横切ると商店街入り口にある森に入っていった。どうやら、曲はそこで流れているみたいだ。この場所はあぶないスバルの本能はそう言っていたが、彼は好奇心に任せて彼女たちを追跡することにした。
夜の森の中にセルの歌声が鳴り響いている。なんともシュールな光景だ。その時だった。不気味な低い声が森に響いた。
『フフフ…馬鹿な、地球人どもめ。』
『今夜もこんなに大量に罠にかかりよって。ふふふ・・・』
『さぁ、2次元超獣ボロロクッス!こいつらを我々の世界に連れてくのだ!』
「ギャオオオオオン!」
スバルの目の前に巨大な生物の頭がまるでいままで空気の中に溶けていたかのようにヌゥっと出現した。スバルは悲鳴を上げそうになったが、口を閉じて耐えた。このままでは怪獣に食われると思ったからだ。怪獣は巨大な目をかぁっつと開くとあたり一面がまばゆい光に包まれた。
「うわぁあああああああああああああああ」
さすがのスバルもこれには悲鳴を上げた。
次に目を開けたとき、彼の前には怪獣も女性たちもいなくなっていた。…果たしていったい何だったのか。
スバルは唖然とした。しかし…一つ分かった。2次元アイドル・セルはなにかがおかしい。セルには邪悪ななにかがかかわってる。あの子を、あの子をこんなことに関わらせるわけにはいかない。
** *
「本当なんだ!信じてくれ!」
スバルの声が廊下に響いた。いったいどうしたんだろう。
今日、朝からスバルの様子がおかしかった。授業が終わるたびに教室を出ていくし、昼休みになったらものすごい勢いで飛び出していったから、僕は思わずあとをつけた。スバルは今、廊下の隅で芽々嶋さんと話してる。
「だから、意味がわからないよ!スバルは、何がしたいの?」
(ずいぶん荒れてるみたいですね…)
「本当なんだよ!森でセルの曲が流れてて、そこにいた人たちはみんな消えちゃったんだ!」
「なんでそんなウソをつくの?本当に意味わかんない!」
「心配なんだよ、お前が!だからあんなライブ、行くのやめろ!」
「まだ、そんなこと言ってるの!?そんなの・・・スバルがセルを嫌いなだけじゃない!それをあたしに押し付けないで!」
「違うんだよ!俺、ほんとに!」
「もう関わらないで!」
芽々嶋さん…怒って教室にもどっちゃったぞ。
(何やってるんですか!アイナさん!早くスバル君の話を聞き入ってあげてください!)
僕たちはスバルの話を一通り聞いた。普通に考えたら絶対にありえない話なんだけど僕はすでに2人以上の宇宙人と遭遇しているし…怪獣とは何度も戦った来た。だから僕は…。
「どうなんだろう、ユーク…。スバルの言ってた話、あり得ると思う?」
(うーん、正直なところ情報が少なすぎて…なんとも言えませんが。あり得ない話ではないかなって思います。)
「じゃあ!」
(でも、スバルくんは昨日のカラオケで大きなショックを受けてますですから…その影響で…)
「・・・僕はスバルを信じたい。スバルは一度や2度、フラれたぐらいでおかしくなるようなやつじゃない」
(そう思うのだったら、アイナさん。その気持ちをスバル君に伝えてあげましょう!)
** *
スバルは教室の机で突っ伏し、落ち込んでた。さすがにここまで落ち込んでる姿はなかなか見たことがない。
「スバル。」
「なんだよ…」
「再来週の日曜日空いてる?」
「その日なら…まぁ当然空いてるわな。」
「じゃあ行こうか、木増タワーに。」
「お前…それって!?」
「決まってるでしょ?芽々嶋さん護衛作戦さ。」
「アイナ…ありがとう。」
こうして僕たちはスバルの言う通りなら敵の巣くうであろう地に向かうこととなった。
** *
「こちら、アイナ。応答願います」
『こちら、スバル。どうぞ』
「そっちの状況は?」
『只今、指定された席に移動中。今のところ大きな異常は見られない。』
7月16日日曜日、場所木増タワーホール。僕らのセルライブ潜入作戦が始まった。あの後チケットは結局1枚しか取れなかった。それもE席。セルのファンである芽々嶋さんはもっといい席にいるはずだ。僕は会場の外からいざという時の為にユークとスタンバイ。スバルは会場に入ってConetの通話機能で連絡を取り合うことにした。
『本当に人が多すぎて、ネメの姿が見つからないぜ…。もう皆席に着き終え始めてる』
(そりゃ大人気アイドルのライブですからね)
「とりあえず、スバルは自分の席について。次のトイレ休憩には皆動き出すだろうから」
『でも!ライブが初まってすぐ何かが起きたらどうするんだ!』
「…その時は僕が、どうにかする。」
『どうにかって!どうやってだよ!』
「信じてくれ。スバル。僕も君を信じてる。だから…」
『わかったよ。アイナ。俺はお前を信じる。…あ、そろそろライブが始まるみたいだ。何かあればすぐ連絡する!』
「了解!」
僕は通話を終えると僕はほっとして、ため息をついた。当然、僕があの白い巨人「ユーク・エクスマキナ」だなんてことは誰にも言っていない。僕は飼篠さんにも芽々嶋さんにもそして、スバルにそのことを隠しているんだ。それなのにスバルは僕のことを信じてくれた。…期待に応えられるように僕も全力を尽くさないといけない。
(そうですね。頑張りましょう!)
** *
ライブは3曲目に突入していた。スバルの危惧していたように初っ端から敵が仕掛けてくることはなかったようだ。会場は大いに盛り上がっていて、スバルはもみくちゃにされセルファンたちに押しつぶされそうだ。
「終わるなら早く終わってくれ!」
あまりの窮屈さに思わず心の声が口から洩れてしまったが、その声もファンの黄色い悲鳴にかき消された。
3曲目の演奏が終わると、舞台に貼られた透明なプロジェクターの中に立つセルはいった
『さぁ、キミたち…っ、次はあの曲だよ…Believe me!』
「ついに来た…」
キャーーーーっと歓声が沸き起こり、スバルは確信した。きっと何かが起こる。
エレキギターが激しいユーロビート調のイントロを奏で始めると会場さらに沸きサビに入るともはや客は半狂乱状態に陥っていた。
「ファイター!サイバー!ガイファー!セイザーっ!ライザーっ!セイザー!」
観客による例の愛の手も加わり、会場のテンションは最高潮に達した。
「Believe you me!! Believe you yourself!! 君は僕を信じて
Believe you me!! Believe you yourself!! 君は君を信じてる 」
改めて聞くとなんて、洗脳的な歌詞なんだろう。
Believe you me!…あなたは私を信じろ
Believe you yourself!…あなたはあなたを信じろ
これじゃ、まるで価値観の押し付けじゃないか。スバルがそう思った時だった。
『グフフフフ…ガッハハハハ!!』
画面の中のセルが笑い出した。
『愚かな地球人よ、よくぞ集まった!我ら2次元人セルガーの糧となれぇえええええ』
「に、二次元人だって?」
スバルにはこの光景が現実に思えなかった。セルの細い美声は低くおぞましい声に変わり、赤い鬼のような姿に変化したのだ。
『さぁ、行け!』
そしてブロジェクターの中から怪獣の巨大な頭が飛び出してきた。あの森の中に現れた巨大な頭だ!スバルが前に見たものは夢でなくやはり事実だったのだ。スバルはそう思うとあたりを見回した。観客たちの目が死んでいる。これもこの間と同じだ。まずい、ネメが、ネメがどこかに連れていかれる!
スバルが駆け出した時には2次元人セルガーの地球人転送作戦は開始されていた。前の方の席の観客から怪獣が瞬きをするたびに消えていくのだ。ネメの席はきっと前の方だ。スバルは前の方に客をかき分けながら走り出した。
「ネメーッ!ネメーツ!!」
会場の3分の2は洗脳されているようだった。3分の1の人々は慌て大パニックだった。洗脳された人々はぶつぶつと合いの手をつぶやいて立ったままでいる。スバルは立っているその一軍からネメを見つけた。ネメも洗脳されている!
「ネメッ!」
** *
「どうしたの!スバル!スバル!」
『…ネメが消えた』
「なんだって!いったい何が!?」
『二次元人だ…』
「え?」
『セルガーとかいうやつが!ネメをっ!』
「セルガー?…よくわからないけど分かった!すぐそっちへ行く!」
スバルから連絡があった。芽々嶋さんが消えたらしい。
(アイナさん、これを見てください!)
これは……なんだ?会場に貼ってあるセルライブのポスターの人数が…増えてる?
(これ芽々嶋さんですよほら!)
ユークはポスターの右端に移った女の子の絵を指さした。これのメガネ確かに…芽々嶋さんだ!でもどうして!
(隣の宇宙からの挑戦の次は2次元の宇宙からの挑戦みたいですね。きっと芽々嶋さんやファンのみなさんはセルガーという何者かに別の時空…つまり二次元の世界に連れていかれたんです!
さぁ、アイナさん!2次元世界へ飛びましょう!)
「そ、そんなことができるの!?」
(当然です。私も異次元の狭間をさまよっているようなものですから、アイナさんの肉体を別次元に転送するぐらいちょちょいのちょいです!)
「それなら…ちょっと寄り道していいかな?」
***
もう、会場にはスバル以外の誰もいなかった。ステージ上にいたセルガーと怪獣も跡形もなく消えてしまった。スバルはとてつもない損失感と罪悪感に包まれていた。自分がそばにいながら好きな人を救えなかった。目頭が熱い。アイナはこっちに来てくれるそうだが、あいつに何ができるっていうんだ。なんとかしてくれるっていうけど、何とかって何を。
その時だった。
スバルの後ろのほうから暖かな風が吹いてきた。振り向くと会場後部の壁が光り輝いている。何かが…何かがやってくる!
「ティアっ!」
「あれは、あのときの巨人!?」
サラー母星の精神生命体ユークと、弼星アイナが心を一つにした時、彼らは巨大な姿に変身する。そう、
この姿こそ無敵の超人『ユーク・エクスマキナ』だ!ユーク・エクスマキナはスバルの方にまっすぐ向かってきた。
「うわっ、うわぁあああああああああ」
思わず、スバルは目を瞑った。
** *
「こ、ここは…」
スバルが目を開けると見たことのないような空間にたっていた。一面が真っ白なドームのような空間だ。そこに無数の巨大なカードのようなものが浮いてる。
「あの巨人がここに連れてきたのか?」
「キャー助けて!」
「ここから出して!」
どこからそんな声が聞こえた。どこだ、いったいどこだ!?スバルは声の方へ歩き出した。
「すばるー!」
「ネメ!」
カードの中にネメが捉えられていた。…いやネメだけでなく多くの人々がカードの中に捉えられているのだ。まるでスマートフォンのソーシャルゲームアプリに登場するカードかなにかのようだ。
「ネメ!大丈夫?怪我はない?」
「怪我なんて大丈夫…!でも…あたしここから出られなくて…」
「待ってろすぐ出してやる!えいっ!」
スバルはカードの中のネメに向かって手を伸ばした。
「あれっ・・・」
スバルがネメに触れようとしても二人の間に見えない壁があるようで動けない。
「ごめんね…。スバル。あたしがこの前、スバルの話をちゃんと聞いて、ちゃんと信じていればこんなことには…」
「このっ、邪魔な壁めっ、クソッ」
「もういいよ!スバルを信じなかったあたしが自業自得なんだよ。だからスバルも早く逃げて!あたしみたいに閉じ込められちゃうかもしれない!」
「…信じなかったなんて、前のことなんてどうでもいいよ!…それより、必ず助けるから今の俺を信じろ!」
「スバル…。」
ネメはスバルに向かって右手を伸ばした。スバルもネメに向かって手を伸ばした。二人の指先が触れあうと二人の間の壁はもともとなかったかのように消え去った。…ふたりの信じあう心が時空の壁を壊したのだ。
「ネメッ!よかった!よかったぜ!」
「ちょっと痛い!そんな強く手を握りしめないで!」
「あ…」
気が付くと、スバルはネメの手を握っていた。」
ゴゴゴゴゴ…ドスン!!
その時、地響きが鳴り響いた。巨人がこの空間に舞い降りたのだ。
(お前か、セルガーというやつは!)
巨人はドームの頂点に浮遊していた2次元人を指さした。
「如何にも。われわれ…いや、俺こそがセルガーだァアアアア!ウヴォオオオオオオ」
セルガーはうめき声をあげて巨大な姿に変身した。
「さぁ、こい、2次元超獣ボロロクッス!」
ウギャアアアアアアアアアア!
そして遂にスバルが目撃したあの怪獣が全貌を現した。一見機械のように見えるが、確かに生き物だ。全身が銀色に光る金属のようなものに覆われていてそれがタイル状に黒い地肌にくっついているような不思議で醜悪な容姿をしている。目は爬虫類のそれそのものでギョロリとユークをにらみつけている。
「さぁ、どこからでもかかってこい、三次元の救世主よ!」
ユーク・エクスマキナは2体の敵と相対した。2対1の戦いは始めてだ。
「オラァアア」
先に仕掛けてきたのはセルガーだった!ユークに向かって走ってくる。それに続き超獣ボロロックスも赤い弾頭を吐き出し、攻撃を仕掛けてきた。ユーク・エクスマキナは飛んでくる弾頭を手ではじきながらセルガーに立ち向かっていく。セルガーはハサミのようなった手でユークの顔面を殴りつけようとしてきた。しかし、そんな攻撃にひるむようなユークじゃない、セルガーの手を掴み地面にたたきつけた。これでとどめだ!ユーク・レイ・クロー!
その時、ユークの攻撃、光の爪がセルガーの体をすり抜けた。
「巨人の攻撃が当たらない!」
戦いを見ていたネメが声を上げた。
「馬鹿めっ、ここは我々、二次元人が得意とする二次元の空間だぁ。お前のような3次元の存在が我々にかなうわけがないのだ!」
グワァアアアア!
ボロロクッスはユークが怯んだすきを狙い、強烈な頭突きを喰らわせた。さらにそこに調子づいたセルガーが追い打ちをかける。倒れこんだ、ユークを2体の2次元生命体はボカボカとけりつける。体をころがして難を逃れようとするが転がった先にもセルガーが立っている。起き上がったユークは我武者羅にパンチを打ち込むがどの攻撃もセルガーの体をすり抜けてしまう!
「ガハハハ!手も足も出まい!トドメだボロロクッス!」
ボロロクッスが口を大きく開いた。喉の方から何か銀色の輝く柱状の物体が出てきている。あれは、ミサイルだ!あんなものを放たれたら、ユーク・エクスマキナだけでなく、スバルとネメ、カードに閉じ込められた人々まで消し飛ばされてしまう!ポポポポポ・・・と不気味な機械音が鳴り響いている。きっと、発射の為のエネルギーチャージをしているんだ。
「オォオオオオ!」
ユーク・エクスマキナは無我夢中でボロロクッスに向かって駆け出した。
「このままじゃ、まずい!・・・これじゃあ、あの巨人また攻撃が当たらずやられるだけだぜ…」
スバルは考えた。なぜ巨人の攻撃はあいつに当たらないのか…。
(なにか、考えろ!なにか、なにか、俺にできることは…。)
〈だったら目線を変えて、攻めてみたら?〉
スバルの脳裏にアイナのその言葉がよみがえった。
(目線を…変える?そうだ。ここはあの2次元人の暮らす二次元の世界。といか、2次元人って2次元だから2次元人っていうんだよな?だったら目線をかえて!)
スバルは叫んだ。
「おーいっ!そこの巨人!その怪獣の脇側に回ってみろ!きっとそいつは____」
ハッ!
ユーク・エクスマキナはその言葉で気付き走り出した。
そう、セルガーやボロロクッスは2次元の存在。つまり奥行きがないんだ。
だから、そこから見れば…
「ぺらっぺらの紙キレだぜぇええ!」
ユーク・レイ・スライサー!ユークは両手の甲から光の刃を無数に発射した。飛び出した刃が縦横無尽に空中を舞う。
クッ…グギャァアアあああああああ
ボロロックスは文字通り細切れになって空間に舞い散った。
「やってくれたな、アイナ!お前の言葉のおかげで怪獣をぶっ倒したぜ!!」
「おのれぇええ!」
仲間を倒させ激怒したセルガーはユークに向かってきた!
「ボロロクッスが死んでもセルガーは死なず!!」
しかし、真相を見抜かれたセルガーなど僕らのユーク・エクスマキナの敵ではなかった。
必殺!ユーク・レイ・クロー
「ぐわぁあああああああああ」
セルガーは空中で大爆発を起こした…
** *
こうして宇宙の悪魔として恐れられた二次元人セルガーの野望は打ち砕かられた。事件の後、木増タワーは大混乱に陥っていた。なにしろ僕たちを含めて2次元の空間にいた人々たちは皆、紙吹雪のように空から降ってきたからだ。時空の歪みの影響で誰も地面の衝突した人はいなかったけど、何があったのかちゃんと状況を理解している人たちもきっといない。後処理をしないといけないイベント運営と怪獣防衛隊は大変だ。
(でも良かったですね。ほら、スバル君と芽々嶋さんあんなに幸せそうですよ!)
二人は仲良く町の光を眺めている。芽々嶋さんがスバルに何か話しかけてるみたいだ。
「さっき、スバル。目線をかえて…とか言ってたよね?」
「あぁ…。」
「あたしもたまには、目線を変えてみようかな。」
「え?」
「だから、今度フェスがある時は…誘ってね?」
「おぉおお、おうよっ!」
あの人の言葉が、僕からスバルに伝わって、それがまた芽々嶋さんに伝わっているみたいだ。なんだか心があったかい。
(アヤトさんの終えてくれたことが、皆をアイナや私を守ってくれてたんですね・・)
「…そうだね。きっと彼女が見守ってくれているんだよ」
今日はいつもは心の奥にしまってあるアヤトさんとの思い出ををユークに触れられても悪い気はしなかった。アヤトさんとことをユークに話す日もそろそろ近いだろう。でも今はまだその時じゃない。今…この時間はこの平和な瞬間を楽しんでいたい。
おわり
おまけ
二次元超人 セルガー
身長:0メートル 体重:0
宇宙の果ての時空の歪みに住む鬼のような姿をした2次元生命体。残忍な性格のため、宇宙の悪魔のような存在として恐れられている。手がハサミ状になっているが鈍器のように使って攻撃する武闘派。
二次元超獣 ボロロクッス
身長:0メートル 体重:0
セルガーの用心棒をしている怪獣。全身が金属のようなもので覆われたロボットと生物のハイブリット
のような存在。必殺技は口から放つミサイルだが、ぞの威力は未知数。
この作品はサイコネクトproject公式ページで連載しているものの転載です。
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