第六話 師匠
前回のあらすじ
・「僕を…弟子にしてください…!」
「待ってください」
「なんだい? ヴァレリー君」
「僕を……弟子にしてください……!」
「だが断る」
即答。ある程度予想はしていたが。
実際に断られるとなかなかに来るものがある。
やはりダメか……きっと弟子の申し込みなど掃いて捨てるほどあるのだろう。
「と、いつものならば言うのだけれど。ヴァレリー君は特別。私はその言葉を待ってたよ」
「ヴァレリアさん。ワシからもお願い申し上げます。ヴァレリーを一人前のハンターにしてやってください」
なぜ、爺さんがここで出てくる!?
「爺さん!? 俺って鍛冶屋になるんじゃなかったの!?」
「ヴァレリー。お前に話していなかったことがある。なぜまともに畑を持たず耕しもしないわしらが、刃物を研ぐ程度の片手間の仕事で色々と食料やら工面してもらっていると思う?」
「それは……」
鍛冶師としての役割以外を期待されているということか……?
「……いざという時にみんなを守るため……?」
「そうだ。お前の両親は村を守るために五年前に魔物と戦い、命を落とした。幸いにも村はその犠牲のお陰で守られた。わしは鍛冶屋でもあったが、ハンターも生業としていたのだ。ハンターとして住みついて村を守る代わりに食料を工面してもらう契約を、先代の村長と結んでいたのだ。だが、わしは今はもう体が動かん。鍛冶屋として生きるほかない。村の者たちはわしがもう体が動かないのを知っておる。それでも、ハンターとして村を守る役割だった、命を代償に村を守ったお前の両親の家族であるわし等を養ってくれていたのだ。いいか、ヴァレリー。お前もハンターとなって村を守るのだ。だが、お前はまだ幼く弱い。ヴァレリアさんがこの村に来てお前を助けたのも運命だろう」
いつものいかつい顔がさらに凄みを増して、ヴァレリアさんに向き直す。
「こいつは頭もよく、素直で、気立てもいいです。どうか男にしてやってください」
「お、お爺さん! ちょっと頭を上げてください! 私も弟子なんかとったことないし、ちゃんと教えれるかわかりませんから!」
爺さんは微動だにせず、目を伏して頭を垂れ続ける。
「ヴァレリー君もなんか言ってよぉ~……こういうの慣れてないんだよね……」
「師匠! よろしくお願いします!」
「あ、あはは……! 師匠ね。師匠かぁ……。うん、よろしくね」
ヴァレリアは気まずそうに苦笑いを浮かべ明後日の方向を見ている。
「あの一つ聞いてもいいですか? 僕が特別っていうのは……どういうことですか?」
「たぶん……これは運命なんじゃないかなって私は思ってるんだ」
「運命……ですか?」
「うん。続きは歩きながら話そっか。アーオの亡骸がある場所までは大分遠いからね」
今日、たった今から始まるらしい。
覚悟はもう済ませている。
「わかりました。爺ちゃん、行ってきます」
「孫を、ヴァレリーをよろしくお願いいたします」
爺さんは愚直に、まだ頭を下げ続けていた。
爺さんにとって、ヴァレリアの存在がどれほど重要な存在であるのか、再認識した。
「よーしっ! ……しっかし。お爺さんにあそこまで頭を下げられちゃったらなぁ。頑張るしかないよね?」
「爺さんは頑固で偏屈な人だとは思っていましたが。人にあそこまで頭を下げるのは初めて見ました」
「そうなんだね……そうか、そっか……。わかったよ、私も覚悟が決まったよ。それなりの生きていけるレベルのハンターになったらいいかなって思ってたけど、考えが変わった。徹底的に叩き込む」
「えええ……お手柔らかにお願いします」
正直、ついていけるか物凄く不安だ……。
だって、ヴァレリアさんは天才かもしれないが、俺も天才である可能性は低い。
「まずは、君が特別な理由。これは大事なことだから最初に話しておくよ」
「はい」
「君には魔力がある。魔術師になる素養があるんだ」
「本当ですか!?」
「うん。魔術師になる素養がある人間が少ないのは知っているね?」
「はい」
「やっぱりそれって本当みたいでね。私が魔術師になってからいろんな町に行って、旅をしてたけど、やっぱり居ないんだよね。君ぐらいの年頃で魔力を持つ、魔術師の素養がある子なんて。一人も。だから君を助けた時に、君に魔力があることを感じて、運命を感じたんだ。私はこの子に出会うために、この黄金の王アーオをここまで追いかけてきたんだって」
「……」
そんな、あまりに真剣な様子で、冗談の欠片もない真顔で、まるで救世主を発見したかのような、そんなことを言われても正直反応に困ってしまう。
だって俺は、ただの、凡庸な7歳の……転生者だ。
……やはり転生者というのは特別なのだろうか。
「あはは、そんな風に言われてもちょっと荷が重いよね。ごめんね」
ヴァレリアは俺の表情から、心を見透かして気遣ってくれたのだろう。
「でもわかってほしいんだ。魔術師の素養があるということが、どれほど希少価値が高いかということを」
「僕に……魔法なんか扱えるんでしょうか」
「お姉さんの言うことを聞いて真面目に修行したら、ね」
「わかりました!」
「それじゃ……まずは体力作りから始めようか」
「えっ……はい……」
「ちなみに君がなるのは魔術師じゃなくて、一流のハンターだからね。魔法が使えるだけじゃダメなの」
「はい!」
「山まで走るよ! ついてきて」
───
「ぜぇっ……ぜぇっ……ぜぇっ……」
「すごいね~、7歳にしては充分すぎるほど体力あるよ」
「毎日……手伝い……したり……山……行ったり……してます……から……」
正直限界で生死に関わるんじゃないかと思うほど、ヤバかった。
その度に回復魔法をかけてくれて、なんとか走り切ることができた。
生前のちょっとたるんだ体を思い出すと、この7歳の体のほうがよほど速く走れるだろう。
「よしよし、上々。次は素材の剥ぎ取り方を教えよう」
昨日の現場に戻ると、黄金の王アーオが横たわっていた。
蛆が沸いたりすることもなく、一切変わりない様子に、生きている剥製を思わせた。
「じゃ、沢まで運ぶよ。血抜きしながら捌くから」
麻袋を取り出す。
麻袋に魔獣の頭ごと突っ込んでいる。
入るわけがない……と思って凝視していると、頭が入った後はするすると胴体が入り、麻袋は膨れるわけでもなく、これを格納した。
「これね……魔法の麻袋なの。私もどういう原理かわかっていないんだけど、この麻袋の生地を魔力が込められた何かの液体に浸してから空間に作用する魔術を行使することで作られるんだって」
「すごいですね!! これって生身の人とかも入るんですか?」
「入るよー。私、自分で試したことあるから。普通に出られるんだけど、物凄い広いテントの中を這って出るような感じ?」
「師匠って結構……いえ、なんでもありません」
「ちょっとぉ!? 今バカにしたでしょう!? 師匠のことは敬いなさい!?」
ヴァレリアは表情が豊かで親しみやすい。
強くて、優しい。理想的な年上。
(ヴァレリアさんのことはきっと何があっても嫌いになれないだろうな……)
いつもの癖で、思考の渦に捕らわれているうちに、サムとレイと遊んだ小川につく。
(サム、レイ、そういえばどうしてるかな……帰りに様子を見に行こう……)
先ほどの麻袋からオーアの亡骸を取り出す。
「次からはやらせてあげたいんだけどっ! こいつはちょっと……硬い……から……ねぇっ! っと」
黄金の腹に、持ち手に繊細な意匠がこらされた綺麗なナイフで突き立てて、掻っ捌く。
中からは鮮やかな血の色をした臓物が零れ落ちる。
これを用意していた、普通の麻袋に詰め、沢の水へさらして血を洗う。
「後で食べてみよっか」
「……はい」
生前の感覚を持つ俺は、ちょっと血なまぐさそうなモツに抵抗がある。
そんな俺の少しだけ嫌そうな顔にもヴァレリアは特に気にする様子もなく、素晴らしい手際で皮が肉からはがれていく。
「あ~綺麗だねーこの毛皮。まだ洗ってもないのに物凄くふわふわでふっさふさ。野生の獣の毛とは思えない……」
「高く売れそうですね」
「ギルドに売らずに記念にもっておこうかなぁ。う~、悩む~……。お金は困らない程度にはたまってるしなぁ……」
「逸話級の魔物なんですよね」
「そうなんだよね。私をここまで手こずらせた魔物は初めてだよ。私が対集団戦闘の方が得意っていうこともあるんだけどね」
肉と皮とモツに分解されたオーア。
先ほど小川にさらしていたモツを引き上げる。
「よし、食べてみよっか。私も色んな獣を食べてきたけど、こいつはこれが初めてで、これが最後になるんだろうな……」
森から石と薪を集め、簡易なかまどを作る。
ヴァレリアが手をかざすと、ごうと音を立てて一気に着火する。
「すごい……詠唱しなくても魔法は使えるんですね……」
「あーそうだね、料理しながらその辺りの知識も教えよう」
魔法の麻袋からまな板と網を取り出す。
モツを適度な大きさに切って網に並べる。
「よーし、まずはシンプルに塩焼きだ!」
レバーとハツだろうか……かなり血なまぐさそうだ。
見た目がえぐい……。
「さっきの話の続きをしようか。詠唱についてだよね。結論から言うと詠唱は破棄できるよ。頭でイメージして、心の中で詠唱して、魔力を消費すれば、慣れている魔法だったり簡単な魔法は使えるよ」
「難しい魔法は詠唱が必要なんですか?」
「あんまり詳しいことはわかっていないんだけど、詠唱すると威力があがるね! あと思った通りになるよ」
「なるほど……そもそも魔法って何なんですかね」
「あ! 大事なことを言ってなかった! 魔法っていうのはね、神様にお願いするんだよね。こういうことがしたいのでお願いしますって。魔法使いにとって言葉っていうのはすごく重要なんだ」
網の上の肉から血と油が滴る。
油が焼けて甘みと旨みを含んだ匂いが立ち始めて胃袋が活発に動き始めた。
「言葉のニュアンスっていうのかな。神様にお願いするときに、神様を形容する表現も大事なんだ。これは師匠が特に大事にしなさいって言ってたんだよね。例えば、大地の魔法を行使する時は、大地神ゴルディガに呼びかける必要がある。この時にゴルディガがどんな神様か知らないと、なんて呼びかけていいかわからないよね? だから神様についてよく知る必要があるんだ」
「えっ……師匠は神様とお話したことがあるんですか!?」
「あはは。勿論ないよ! 創世神話アルレリアの起こりっていう昔話があるのと、本当に神様と対話したことがある人がその記録を残していたり、文献だったり、どこかの一族に伝わる伝承だったりね。色々知る手段があると思うよ」
そろそろ食べ頃だろう……。
網の上の肉が気になってきた頃にヴァレリアがひょいとつまんで食べる。
「なにこれっ! うまっ! 臭みも少ないし口の中で油が溶ける……はー、やばい。食べ過ぎちゃいそう……。ヴァレリー君も、ほら食べな」
火傷しそうだが気にせず手づかみで食べる。
ああ、鉄くさい。
けど思ったより臭くないし、かなり旨みと甘みが強い。
ほのかに酸味のようなフルーティな香りもあって、これだけで料理として完成していた。
無言で咀嚼して、食べてしまう。
ふと隣を見ると、前世でテレビで見た大食いチャンピオンの女性を思わせる姿があった。
ヴァレリアの食べるペースは尋常じゃない。
お菓子を食べているような間隔で、モツ肉の塩焼きを平らげている。
「あーおいし。うま。やば。あれ……。何の話していたんだっけ……」
この肉には、記憶を忘却する程度の能力でもあるというのだろうか。
「えっと、詠唱には神様に呼びかける必要があって、神様を呼びかけるときに神様のことをよく知っていないといけない。という話でした」
「君、本当に7歳!? 随分と物分かりがよくて賢いねえ! そういえば、喋り方もなんだか大人みたいで丁寧だし、ヴァレリー君。変わってるねぇ!」
その瞬間に、前世の記憶が刺激されて、どんな仕事をしていたか思い出した。
前世ではオフィスワークをしていたものだから、会議の議事録を取ったり、人が喋ったことを整理する必要があった。
きっとそのお陰だろう。
「話し方は、大人が話しているのを聞いて、真似ただけで、ちょっと大人ぶってるとは思います」
適当に言い訳してみる。
「賢さは魔法使いの強さでもあるし、生きるための力にもなる。素晴らしいことだよ! 将来が楽しみだな~」
「ちなみに、神様の呼びかけ方って違うと何か意味があったりするんですか?」
「良い質問だね。違うよ。全然違う。例えばオーアが大地神ゴルディガのことをどんな風に詠唱していたか、覚えてる?」
「ごめんなさい、覚えていないです」
「『暗き地の底に眠る憤怒の主よ。其の身を揺るがし贄を食らえ』。オーアの詠唱はこれ。実はね、大地神ゴルディガは怒りっぽい性格ではないことが、創世神話には残っているんだよね。また、実際に対話した大魔法使いの話だと、冷静で寡黙、だけど人の世について気にかけている優しい面もあったという話なんだ」
「つまり、激憤するような性格ではないと、いうことですね」
「そういうこと。神様のことを良く知って、正しく表現する。これが、正しく、強く、魔法を行使する第一歩。だから今日から神様のことを色々教えてあげる」
授業という名のモツ焼きパーティは続く……。
───
「うっぷ……これ以上は食べれないね……」
「……」
二人で大型の虎ほどあるサイズ魔獣のモツをこれでもかと食べた。
俺はほぼ全体の1割にも満たないところでギブアップして、ヴァレリアが後半黙々と食べ続けていた。
その姿は何かに囚われたように、一心不乱にむさぼりつく姿は、まさに大食い格闘家だった。
「残った骨や肉は、ギルドに提供してもいいんだけど……あまりに美味しいから勿体なくなってきちゃった……全部食べちゃおうかな」
「……!?」
全部食べるの……!?
驚愕の目でヴァレリアを見つめてしまう。
「な、なによ! 別にいいでしょ! 私いくら食べても太らないし!」
「い、いえ……。でも美味しかったので、もっとたくさん食べたいというのはわかります」
確かに最初は獣くさく血なまぐささも多少あったが、ほとんど気にならなくなってからは、虜になっていた。
「だよねー。あーこれ、もう一生食べられないんだろうなぁ……そう思うと勿体なくて泣いちゃいそう……」
残ったモツを見て悲しそうな顔をするヴァレリア。
「あ、そうだ! こういう時は……この場で燻製にしちゃおう!」
……あんだけ食べて、まだ食べるんかーーーーい!!
結局、修行のことを思い出すのは、燻製が終わった後の試食会が一息ついてからだった。
次回予告
大自然という食の宝庫に挑み、辛勝を飾る大食い格闘家ヴァレリア・オリビエリ。
その帰り道には更なる強敵が待っていたァ!?
続く
誤字修正(10/15)