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第五話 生い立ち

「……って、あんた!? 今ヴァレリアって言ったか!?」

 

 おろ、ひょっとして爺さんの知り合いか……?

 

「あれっ? お爺ちゃんの知り合い?」


 爺さんは腕を組み、眉間に皺を寄せて、唸る。


「ぬぅ……うううーむ……」


 あれなんだろう、因縁的な、連れてきたらまずい人だったか……?


「思い出せん……」

「うーん、私はお爺さんとたぶん面識はないと思うんだけど……。隣のスプル村も初めてだし、この村に来たのもこれが初めてだし……」

「ううむ……。ワシの思い違いだったかもしれん。……あっ、思い出したぞ!」

「え~~、絶対人違いですよぉ、お爺さん!」 


 爺さんは雷に撃たれたような顔をしているに対し、ヴァレリアさんは困ったように笑っている。


 (何がなんだかわからないが早く続きを言え爺!)


 俺は、やや苛立って腕を組んでつま先を上げ下げしてしまう。

 決してBボーイとかそういう類ではない。


「ヴァレリア・オリビエリ。この国に存在するSランクハンターのうちの一人……」


 ヴァレリアさんは、またか……という照れているような気まずそうな笑みを浮かべる。


「ありとあらゆる魔術に精通し、武術、近接格闘術にも秀でる。中でも弓での中長距離の機動戦は魔術と弓の二段構えで、一切の敵を寄せ付けないオールラウンダー。Sランクハンターの期待の新星。二つ名を麗しの森番人エレガントフォレストキーパー。とかなんとかね。そういう噂話とか英雄譚っていうの? 何度聞いたかわからないし、こっ恥ずかしくて、ほんとやめて欲しいんだよね……私は私だし、評価するなら一言でいいじゃんね! ものすごくつよーいハンター! ま、ちょっと悪い気はしないけどね~……」

「ワシはそこまで聞いとらん。近頃Sランクになった凄腕のハンターが居ると、冬頃に聞いてな」

「あっ、はい……」

「へー、ヴァレリアさんってすっごく強いんだね!」


 ヴァレリアさんの頬がほんのり赤く染まり、笑顔を張り付けたまま黙ってしまった。

 自己紹介で私ってこんなにすごいんだよ!! って言ってる人みたいな、爺さんにそういう風に仕向けられたわけではないが、結果的には自爆しているので、恥じらうのも仕方ないだろう。


 へー、しかし、あの尋常ならざる敵はやはり強かったのか。

 Sランクハンターをひと月も時間をかけさせた相手。

 

 黄金の王アーオ。


 ふと、気になって討伐した魔獣について問う。


「うん、そうだよ。あいつはずっと昔から特別討伐指定の魔物だった。逸話レベルの魔物だね。お爺さんも知っていると思う」

「黄金の王アーオは実在したのか……」

「あいつはずる賢いやつでね。あんまり派手には暴れ散らさないんだ。その代り、山に遊びにきた子供をさらったり、人目につかないように浚って食うんだ。山で金色の影を見たら逃げろってね……。でも、この話って、この国と北のバルザッカ帝国の国境沿いの西の山の方の言い伝えでね。たぶんこっちにはあんまり馴染みないと思う。あいつは場所を変えて隠れながら人を襲う。隣のスプル村で、金色の影を持つ魔獣に襲われたっていう討伐依頼がギルドに来た時は、もしや……って思って行ってみたらね。逸話クラスの魔物に出会えた時は感動したよ」 

「すごく……綺麗でしたよね……」

「そうなんだよね! 金色の毛並みと……って! 忘れてた! 素材を剥ぎ取りにいかなくちゃ……。今日はもう疲れちゃったし明日でいいや……」

「ヴァレリー、疲れているところすまないが、飯を作ってやってくれるか? ワシはこの通り腰が立たん……」

「わかった、今日はベーコン使うね」


 鳥の卵と吊るしてあるベイケンを取り出す。

 納屋から芋を取り出して皮をむき、刻む。

 裏庭の菜園から、青い葉を摘んで井戸水で洗う。

 かまどに火をつけ、鉄鍋を熱し油をしく。

 豚肉、芋、青葉の順で炒め、塩を振り、乾燥させてある胡椒の実を刻んで入れる。

 最後に卵をかけてほぐす。


 ジャーマンポテト風炒め物の卵とじの完成。


 正直よくわからん料理を適当に作ってみた。

 使った食材の数で見ると、今日はなかなか豪勢だ。


 いつもはスープとパンだけという日もある。


「わぁ! おいしそうな匂い~! ひ、久々の手の込んだ料理……!」

  

 ごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。

 ……目が完全に獲物を狙う、獣の目です。

 

「今日は少し豪華ですね。命を助けて頂いたお礼も兼ねています」

「あはは、ハンターとして当たり前のことをしただけさー! では早速ー!」

「いただきます」


 爺さんはいつもの如く無言で食い始める。

 いつも食事の時は静かだ。

 

 だが、今日は賑やかだ。


「わっ! この料理、胡椒も入ってる!! ヴァレリー君すごいね!! お抱えシェフとして雇いたい!」


 なぜ、サムと俺が山に入っていることを村の大人がしぶしぶ黙認していたか。

 それは胡椒などの希少価値の高い香辛料や食材の在り処を発見してそれを報告したり、村に貢献していたからだ。

 

 ───


「ご馳走様でした」

「いや~おいしかったー! やっぱりね、私は思うのだよ! 満腹になるためには量だけでなく、味も重要だと思うのだよね!」

「おいしいと言って頂けて良かったです。爺さん今日も飲むの? ヴァレリアさんも飲みますか?」

「おう、んじゃもらうか。悪いな。お前ェも疲れてるだろうに」

「えっ!? お酒まで頂けるんですかーーー!? ここまでしてもらったら悪いなぁ……」

「命を救ってもらった礼にしては安すぎる。どうか気になさらないでくだせぇ……」

「じゃぁ取ってくるね」


 ─── 

 

 夜も更ける。

 月明かりと、カンテラの火がうっすらと室内を照らす。


 爺さんとヴァレリアさんは村で作っているぶどう酒を何本か空にしている。

 大分酔いが回ってきているようだ。


「ヴァレリー君のご両親が居ないなんてぇ……かわいそうすぎますよぉ~うぇーん」

 

 ヴァレリアさんは泣き上戸か……


 なんか隣に座らせられて頭を撫でられている。

 完全にペット状態だ……。弟のようなものなのだろうか。


「寂しかったよね! ヴァレリー君……よしよし……」 


 死にかけたけど、美人のお姉さんに可愛がられるとかマジで、この世界に転生できてよかった!!

 死にかけたけど!


 っていうか、何の因果で俺は転生したんだろうか。

 もしかして何か役目とか意味があるのかもしれないし、同じような転生者が案外そこら辺にいくらでもいるのかもしれない。

 

「私も孤児院で育ったからぁ……わかりますよぉー! 親が居ないっていうだけでぇ、いじめられたこともあったし……」


 ヴァレリアさんの生まれてからの経歴は、なかなかのハードモードだ。

 ヴァレリアさんも俺と同じように両親が居ない。

 

 ヴァレリアは赤ん坊の時にすぐに孤児院に預けられる。

 親がヴァレリアを育てる余裕がないほど貧しかった可能性が高いということだ。

 

 孤児院に引き取られることになるが、孤児院の生活は決して豊かなものでなかった。

 空腹を満たすためにヴァレリアは食い扶持を探した。


「私はぁ、今はこんなだけど昔はワルだったんですよぉ……」

 

 窃盗、強請、集り、詐欺、殺しの請負、少女にそんなことが可能なのだろうか。

 そういった順応性を要求する環境が、少しずつ少女を少女ではない何かに変えてしまったのかもしれない。


 そして、その町には住めなくなっていた。

 悪事の代名詞となってしまったヴァレリアは人目につくところは歩けない。

 

 心底疲れ切っていたヴァレリアはハンターとなり、山で暮らすことに決めた。

 時折山を下り、ハンターギルドで換金して、人目を避けて食料を買い込んで山へと戻る。


 それが、ヴァレリアが十歳の時だった。


 山での暮らしに慣れ始めたころ、新たな変化があった。


 山賊と遭遇し、仲間に勧誘され、山賊の一味となった。


「山賊もねぇ……ワケがあって仕方なくやってる人もいるんですよぉ……悪い人ばっかりじゃないんですよぉ……」


 山賊の仲間と馴染むようになり、山賊の一人の男と恋仲になる。

 いつしか仲間は家族同然となっていた。


 生まれて初めて、人の絆を実感していた。


 この頃は北のバルザッカ帝国との国境沿いの山と森を住処としていた。

 この時に、ヴァレリアは十二歳。


 その間もなくして、ヴァレリアを一人を残し、全滅する。


 出る杭は打たれる。

 因果応報。

 

 派手にやりすぎた山賊はバルザッカ帝国の騎士隊によって討伐された。

 唐突に、無残に、何の沙汰もなく。

 

 ヴァレリアを一人を残した理由は、女で、子供だったから。

 ヴァレリアは奴隷となり、全てを失い、枷と檻の中の自由を得た。

 

「で、でも……私が今ここに生きているのは師匠のおかげなんですぅ……ひっく」

 

 奴隷となったヴァレリアは、女で子供であるため炭坑送りにはならなかった。

 売りに出されることになり、人生の分岐点となる一人の魔女と出会う。

 

「最初は実験材料になって殺されると思ったんですけどぉ……もう、別に死んでもいいかなって……えっぐ」

 

 虐殺の魔女という二つ名を持つ、ベリ・オリビエリに買い取られた。

 

「初めは、酷い人だと思っていました……最初にこう言われたんです。なぜお前を引き取ったかわかるか? 何の価値もなく、ただ罪を重ねてきたお前を。お前には魔力の素養がある。その利用価値のためだけだ。と」


 徐々に酔いが冷めてきたのか呂律は戻ったようだ。

 

 ベリ・オリビエリはヴァレリアに身の回りの全てを任せ、また魔法使いとして才能を開花させた。

 

「私、天才らしいんです。師匠がいうには師匠を遥かに超える才能がある、と」

 

 三年の間、ヴァレリアは魔法の修行と、修行を兼ねた食料確保のため森での狩りを続ける日々だった。

 

「三年で、私は師匠から全て魔法を受け継ぎ、魔術師(ウィザード)の称号を師匠から頂きました。その時に師匠は……消失しました。……師匠は亡霊だったんです。師匠からは姓も頂きました。オリビエリは師匠の姓なんです」

 

 ヴァレリアと会う以前に、虐殺の魔女は病に伏して倒れ、死んでいた。


 大国の礎となる戦争で、万の敵兵を葬り、数多くの英雄を打ち破り、虐殺の魔女なる二つ名を得た魔女の最後は、余りにも寂しい生涯だった。

 

 余りの強大さ、恐ろしさに忌み疎まれ、人の社会という軋轢に耐えられず、森で一人悲しく、病に伏して、死んだ。


 死ぬ間際の無念はただ一つ、自らが生きた証を世界に残したい。

 その無念だけで動く亡霊だったのだと、師匠が最後に打ち明けた。

 

 ヴァレリアはまた一人となった。

 その時が十五歳。


 家族を失い、強大な力を持ったヴァレリアは、自らが生きる道をハンターとした。


 それがヴァレリアの考える、最もシンプルに生きる方法。

 獣を狩り、報酬を受け取ること。


 なるべく人とは関わらない。

 失ってしまうのが怖いから。


 酔いがさめていることに耐えれないのか、また飲み直している……。

 きっと身の上話なんて酔っていないとこんな話できないだろう。


「昔の私を知ってる人がいるからぁ、この国には戻ってきたく、なかったんですよぉ……でも運命って面白いですよねぇ……」


 バルザッカ帝国で二年でAランクハンターとなったヴァレリアに、指名依頼が発生する。

 国境沿いの森を大きく縦断するサイズの、オークの集落が発見された。

 

 オークは豚の顔をした人型の魔物らしい。 

 繁殖力が高く、また知性もわずかながらあり、武器も扱うという。


「そのオークの集落の指名討伐依頼にぃ、私も入ってしまいましてぇ、あれは大変だったなー! あはは!」


 ほぼ一人で、国と言っても過言ではない規模のオークの集落を壊滅させたことから、麗しの森番人エレガントフォレストキーパーの二つ名が出回り始めたそうだ。

 その時のことを思い出して笑っているあたり結構怖い人かもしれない……。


 このオーク集落討伐は共同作戦で、二つの国を跨ぐ大規模共同作戦だった。

 

 バルザッカ帝国の騎士隊と、この国、ソトルティア公国の騎士隊が出向き、長らく停戦中の両国家の和平への一歩への道と期待された。


 バルザッカ帝国の一番の失態は、政治が理解できる人間が、この討伐作戦に出向いていなかったことである。


 ソトルティア公国側の騎士隊には、元々武官であった国境に隣接するラライエ領の領主が作戦に同行した。

 ラライエ領の領主は、ヴァレリアの活躍に目を見張り、お抱えハンターにならないかとスカウトした。

 

「もちろん断りましたよぉ……昔悪事を働いていた町の領主さんですよ? 絶対にありえないでしょ! けど、ものすごーくしつこかったんですよねぇ……褒美をやるとか、一度だけ食事にきてほしいとか、色々いうから面倒くさくなって言っちゃったんですよ。あなたの町で昔いろいろ悪事を働いてましたーって。そしたら、もし一度来てくれたら全部帳消しにしてやるって言うじゃないですかぁ。結構罪悪感あったんですよね、昔の罪に。あと孤児院の院長が結構いい人だったんですけど、裏切っちゃったので、それも謝りたくって……戻ってきちゃったんですよねぇ」


 Sランクハンターは、その国の貴重な人材だ。


 人材が貴重な資産であることを理解できる人間がいれば、物好きな領主だと笑ったりはせずに、深刻な資産流出であると受け止めて勧誘交渉に割り入ったであろう。


「ま、それからというものの、この国でなんだかんだ根付いちゃいましたねぇ」

「そういえばヴァレリアさんって今何歳なんですか?」

「あはは、ヴァレリー君。女性に年齢は聞くものじゃないの。子供のうちに覚えておくと将来きっとモテモテだよ。私は19歳だよ」


 教えてくれるらしい。19か……。

 

 19!?

 

「なんだって!! 若いとは思っていたが、19歳だと! 19でSランクハンターだと……若すぎる……」

 十代後半から二十代前半ぐらいかなぁと思っていたが、19歳……。

 

「普通はありえないらしいよね。でも、普通に接してもらいたくて、変に敬ったりされたくないからなるべく気軽に接してもらえるように心がけているんだよねー」

「そう、だったのか。すまなかった……」

「ううん、全然気にしないでください。ふわぁ~たくさん飲んで話してたら眠くなってきちゃった……」

「あ、じゃぁ寝所まで案内します」

「ぐぅ……」


 寝るのはやっ!!


「なんだか、すごい人だったんだねぇ……」

「ああ……」


 爺さんは何か考え事をしているようだった。

 

 ─── 


 ヴァレリアさんを、客間に横にして毛布をかける。


 そのあとに、自分の寝床で横になって、考えていた。


(ハンター、か……。)


 将来については、ぼんやりと、こののどかな村の鍛冶屋を継いで、スローライフでのんびり暮らしていければ良いと考えていた。

 

 だが実際は、巨大なオークの集落が森に発生していたり、山道には山賊が居て、いつ戦争になって攻め込まれるかもわからない。


 安全な場所などないのだ。


(また、今日みたいなことがあって、レイやサムに危険が及んだら……) 


 気が気ではなかった。

 それが例えば、昨日までであれば、ただの妄想だろうと、一蹴できたのだ。


 既に事は起きた。

 現実として、目の前の問題として自衛能力が必要なことは明らかだった。


(ここは日本じゃない……)

 

 危険と隣り合わせで、いつ死の危機に直面するか予想できない、戦争というものは当事者で、奴隷が居て、王様が居て、魔法があって、剣で殺し合い、魔獣が跋扈する。

 

 幻想的(ファンタジー)な世界なのだと。

 

(全然、ちっとも、嬉しくねぇ……)


 でも、生きたい。


 サムやレイ、爺ちゃん、レイの両親、サムの両親、村の人、ヴァレリアさん。


 色々な人が居て、その中で生きたい。


 誰も死んで欲しくない。


 瞼を閉じて、その思いを胸に決意して、意識を閉ざした。


 ───


 翌朝、爺さんとヴァレリアさんよりも早く目が覚める。


 朝食の支度をする。

 二人が起きてくる。


 ヴァレリアさんは二日酔いでかなり顔色が悪い。

 

「昨日は醜態をさらしてしまい、大変すみませんでした……てへへ……うっぷ」 

「わしも酔いすぎてしまって、あまり覚えていないのです。気になさらないでください」


 爺さんはいつも通り黙ってテーブルに着く。


 食事の時はいつも静かだ。

 今日はいつも通り静かだ。


 三人は食べ終わる。

 

「じゃぁ、ちょっと昨日の獲物を剥ぎ取りに行ってきます。すみませんが、しばらくお世話になりますね」


 もう、覚悟は決まった。


「待ってください」

「なんだい? ヴァレリー君」


 ごくごく普通に、平々凡々に生きるための決意。


「僕を……弟子にしてください……!」



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