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第四話 ハンター 後編

前回のあらすじ

・ヴァレリー一行、山へピクニック

・△ポッチエローい

・虎出現コワーい

・独りぼっちコワーい

・お姉さん登場スゴーい

助けてもらった恩人に対して、滅茶苦茶に失礼なことを考えれるぐらいには、正直ほっとした。

 

「君ね! 命の恩人に残念な人ってちょぉっと失礼じゃなぁい?」

 

 かぁっと顔が熱くなる。

 

 またいつもの考えていることが口から出てしまう癖が、この状況で出るとは……。

 

 なんて俺は恩知らずなんだ……!!

 

 物凄く恥じた。

 相手は命の恩人だぞ……!

 

「ごめっ……んなさい、ごめんなさい、ごめんなさっ……い!! ひぐっ……ありっ……がとうございます。このっ……御恩は一生忘れませっ……ん」

 

 生死を左右する恐怖からの解放、命の恩人という大切な人への恥じらい、自身の悪癖への猛烈な苛立ち、何もできないただの子供という無能感。


 極限まで命の危機にさらされて、緊張の糸が解けたのかこの7歳の体には少しストレスが強すぎた。


 色んな感情が混ざり合って涙があふれていた。

 

 感情が昂ぶりすぎたみたいで、過呼吸がちょっと辛い。

 少し落ち着かないと。

 

「そ、そんな泣かなくたっていいのよ~! お姉さんも少し大人気なかったかも! だからっ、ねっ、ねっ? 泣くのやめよ! それよりあいつ! あいつをまずは倒す!!」

 

 雰囲気がふっと変わる。

  

「今度は逃がさない。うっかり子供まで巻き込むところだった。聞こえているか、黄金の王アーオ。我らは互いに業を重ねすぎた。しかし、生きるためでもある。ただ、罪は洗い流すことはできない。審判は死後の世界で神に委ねるとしよう。今我々が生きている世界は、力が法であり、力でしか守ることができない。人を殺めすぎたお前を赦すことはできない。創造神アルレリアよ、人の身にありながら御子に罰を下さんとする偉大なる森トーリエスリェーンの狩人ヴァレリア・オリビエリの業深き行いを見届け、之を赦したまえ」

 

 お姉さんの本気顔……かっこいい……惚れてしまいそう。

 

 ってヤバくねえか……?

 あの虎の魔獣、自分で矢を引っこ抜いて脱出してるんだけど……。

 

「驕り高き人の子よ。その忌まわしい力で我を殺めようというのか。実に穢らわしい。実に醜い、不愉快極まりない」

「もう逃がさない。貴方の手の内もわかった、決着をつけよう」

「ほざけ。人の身にありながら、この黄金の王アーオを愚弄した事を覚悟するが良い。貴様が伏す時は、その亡骸を不死人に仕立て、魂を残したまま里を襲わせ、後悔と懺悔の念を抱いたまま肉体が朽ち果てるまで使役してやろう」

 

 こいつ……!


 本性はこれか……恐ろしく醜悪極まりない。

  

 言い終えると同時に、魔獣の周りに、何かが集まっている。

 

 周りから力が吸い取られるような感覚。

 

 魔獣が口を開く。

 

 これは……!?



 詠唱を始めている……!?

 


「絶え間なく巡る揺り籠の守り手よ、汝の閃刃にて野卑やひなる獣を葬らん」

「その手は知っている」

 

 獣はお前だろう。

 頭の中で皮肉っていると、女の弓使いも後から始めていた詠唱を言い終える。

 

「私が土壁アースウォールで防ぐと次の瞬間には姿をくらますんでしょう? 同じ手は通用しない。万人の導き手よ、真言にて汝が影を示さん」

 

 魔獣の周囲の風がざわめきたち、魔獣を中心に軽いつむじ風が巻き起こった。

 

 なんだこれは……!?

 目の前の超常現象にちびりそうになる。

 

 つむじ風が止むと同時に……

  

  

 風が爆ぜた。

  

  

 周囲の地面や木々が、チェーンソーを押し当てたように深く抉れ、何十本もの抉れた筋がうねりながら放射状に周囲を切り刻んでいく。

 

 言うなれば、これは鎌鼬かまいたちだ。

 

 風の刃は俺と女の弓使いの目前まで迫る。

 

「盾よ」

 

 ぎゃりぎゃりと自然界の音とは思えない金属音を鳴らす。

 見えない盾に阻まれ、俺は風の刃から守られたようだ。

 

 虎の魔獣が忌々しく唸り、睨みつけると脱兎の如く逃げる。

 

 え、逃げた……!?

 

 女の弓使いは駆けながら短く詠唱する。

 

「剣よ」

 

 虎の魔獣の動きは、影というか線というか。

  

 正直、ほとんど動きが見えない。

  

 そっちかっ!? と思って視線を動かせば既にそこにはいない。

 

 気配でしか探ることができない。

 

 そして女の弓使いも同様の速さに見える。

 どちらが速いか、俺には判別できない。

 

 化け物と超人の戦いだった。

 

「絶望の嬌声、冥府の喚問、我が咆哮におののけ! ガア"ッ!!」

「絶え間なく詠う揺り籠の守り手よ。我を脅かす声を阻め」

 

 虎の魔獣、黄金の王オーアが咆哮した。

 魂が揺さぶられる死の咆哮。

 

 体が痺れて動かない。

 全身が物凄く強い重力で抑え込まれているみたいで、かなりしんどい。

 

 さっきの風の刃から守ってくれた見えない盾がなかったら死んでいたかもしれない。

 

 魔獣と弓使いが空中でぶつかり合う。

 

 激しい金属音を鳴り響かせ、宙で静止する。

 虎の魔獣が前足を振るうが、弓使いの見えざる剣に阻まれている。

 

 着地後、再び弾けるように距離を取る。

 

 女の弓使いは平然と追いかけまわしている。

 

 不意に、感じ、確信した。

 

 魔獣の抵抗虚しく、決着の時が近づいている。

 

「暗き地の底に眠る憤怒の主よ。其の身を揺るがし贄を喰らえ!!」

「熱き地の底に眠る大器の君よ。破滅の咆哮に動ずることなかれ。母なる大地に安寧を与え給え」

 

 大地が一瞬ぐらっと激しく動き、止まった。

 

 完璧に魔法を無効化(レジスト)した。

 

「何故だァッ!! 我が主神たる大地神ゴルディガよ!! 我が咆哮を聞き届けよ!!」

「あーあ、主神にも見放されちゃったね。これで終わりよ」

「貴様ァァッッ!!」

  

 最後の悪あがきと、牙を剥き出しにして必死に喰らいつく獣の姿があった。

 

 弓使いが振るう見えない剣に、黄金の王オーアの牙は穿たれた。

 

「鎖よ」

 

 黄金の王オーアは見えない鎖に捕らわれて、地に伏している。

 

「許さん……貴様ァ!! 聞けェ!! 黄金の王アーオの首を獲った事を誇り、そして……悔いるが良い……! 石よ! 鎧となせ!」

「チッ」

 

 弓使いが大きく舌打ちする。

 

 この期に及んでまだ何かしようというのか。

 瞬息で弓使いが矢を打ち込むが、石の鎧に阻まれる。

 

「狭間に潜みし死神ベルムッドよ、我が血肉、魂を捧げ、彼の者の胎を悪夢の汚泥で満たせ。愚かなる咎人に不浄の子をもたらさん」

 

 詠唱が終わると力尽きたのか、石の鎧はぼろぼろと塵になり、

  

「うぐっ……あ……ああ……うっ……あぁっ……」

 

 突如、弓使いが呻きだす。

 呼吸は荒く、二度三度と深く息を吐き、平静を取り戻す。

 

「……おいオーア、私に何をした?」

「……ザマアミロ、貴……様はもう……子……を産めぬ……人の子に……呪……い在れ……」

 

 ふん、と。

  

 さもつまらなさそうに、弓使いは、鼻息を一つ漏らした。

 

「残念でしたー。私は子供なんか要らない。私が子供なんて作っても不幸にするだけだから。ということでとっとと死ね」

 

 至近距離から同時に三発、矢が放たれた。

  

 側頭部、心臓、胴体下部。

  

 すべて致命傷なりえる箇所に。

 念には念を。

 

 あっけない最期だった。

 

 金色の虎の魔獣、黄金の王オーアはうめき声一つあげずに、獣のむくろとなった。

 

「見た目はすっごく綺麗なのに、中身は本当にくそったれなやつ。ようやく始末できた。逃げ回られてひと月もかかっちゃった」

「もう……死んでいるんですよね」

 

 言えなかった。

 

 最後の魔獣の悪あがきが、本当に言葉通りであるならば、不用意には聞けなかった。

 体の方は大丈夫ですか? とは。 

  

「うむ。安心していいよ。少年。山は危ないから来ちゃダメって親に教わらなかったかい?」

「ごめんなさい、教わりました」


 同情を誘うような言い訳はしたくなかった。

 

 両親が居ないとは。

 

「やんちゃしちゃうのが君ぐらいの年頃だよね。仕方ないね。一つ聞いてもいいかい? この近くってマルレイ村の近くで合ってる?」

「はい、そうです。ご案内しましょうか?」

「おっ! 助かるよ~よかったー! ついでに寝泊まりするところもあれば嬉しいんだけどな! ずっと野宿だったからちょっと疲れちゃってね」

「じゃぁうちに来ますか? 家は立派ではありませんが、幸い寝床には困らないので」

「おおお~! それはとっても助かるー! 君、名前なんていうんだっけ!」

「ヴァレリー。ヴァレリー・レムルス・ローレイです。二つ姓がありますが、貴族ではないです」

「私はヴァレリア・オリビエリ。奇遇だね! お互い、ファーストネームがなんだか似てるねえ!」

「あ、本当ですね。あはは……そういえばレイとサム大丈夫かな……」

「連れが居たのかい? この辺りには見当たらないようだけど」

「はい、魔獣から逃がすために斜面を下りさせて、沢から村へ逃げて応援を呼ぶようにお願いしました」

「それは早く君の無事を知らせてあげないと、心配させてしまうではないかー! ……よし! まずは君の村、マルレイ村へ急ごう! 一人で歩けるね? 少年」

「はい!」

 

 山道を下り、村へと向かう。

 

 村の大人たちが山へ向かってくるのが見える。

 爺さんお手製の剣やら甲冑やら身に着けている人もいる。

 

 大人たちの中から子供の影が二つ飛び出して、全速力で駆けてくるのが見えた。

  

 足が勝手に動いていた。

 

「サムーーーーーーー!! レイーーーーーー!!」

「ヴァルーーー! 生きてるかーーー!? 亡霊じゃないよな!?」

「ヴァル君生きてるっ! ヴァル君!! よかった生きてる……! よ、がっだ……うわ”あ”ぁぁぁん」

 

 抱きしめ合い、三人で生存を確かめ合う。

 

 生きて、帰ってきたのだ。

 

 その実感が体中を満たす。

 

 後から大人たちが追いついてきた。

 

「ヴァル君!! よかった、本当に心配したわ! 大丈夫? 怪我していない?」

「大丈夫です、怪我はありません、ヴァレリアさんが助けてくれました」

「あ、どうも~お初にお目にかかりますヴァレリア・オリビエリと申します~。わたくしハンターを生業なりわいとしておりまして、隣のスプル村の魔獣討伐依頼で、魔獣を探し、追いつめてからひと月。こちらのマルレイ村の近くの山まで追ってきた次第でございます~。お騒がせの魔獣はもう止めを刺してありますので、もう危険はございませんです~。魔獣の亡骸は、この子たちを送り届けましたら後ほど回収に参りますので今はそっとしておいて頂けると助かりますです~」

 

 ……猫かぶってる。

 

 別に猫かぶる必要ないと思うんだけどなぁ。


 だって英雄だもん。

 

「あれ、爺さんは知らないの?」

「もちろん伝えたわ! そうしたらびっくりしちゃって……。その……。腰を抜かしちゃったのよ。ローレイさん……。ヴァル君、あのね今ここに居ないことは責めないであげて。寝床に休ませているの。貴方の無事をずっと祈ってたわ」

 

 Oh……。

  

 爺さんすまねえ。

 心配かけちまったな……。

 

 明日は目いっぱい甘えよう。

 

 ─── 

 

 そのあとは、質問攻めだった。

 

 どんな魔物だったのか。

 どのあたりに出没したのか。

 どうやって倒したのか。

 どうやって二人だけ逃げることができたのか。

 etc…。

 

 夜遅くまで続き、レイのお母さんが珍しく怒りの表情を見せてお開き宣言をして、解散となった。

 

「さてさて、ローレイ少年のお家へ参ろうぞー! 楽しみだなー! そして久々の……屋根がある暮らし……。夜警戒しなくていいからぐっすり眠れそー」

 

 物凄くはしゃいでいる。

 是非とも寛いで頂きたい。

 

 何せ命の恩人だからな。

 

「何もない家ですが、どうぞおあがりください。家の中では靴を脱いで暮らしているので、そこで脱いでくださいね。ただいまー!」

「へ~~! 珍しいね!」

 

 とりあえず爺さんが寝てる寝所に向かう。

 

「ヴァレリー!! ヴァレリー! お前ェ生きてるんだな! そうなんだな!」

「うん、心配かけてごめん。お爺ちゃん、この人、命の恩人なんだ。泊めてあげて欲しいんだ」

「お爺さん初めまして、ヴァレリア・オリビエリです。不躾ながら、しばらく泊まらせて頂けないかとお願いに参った次第でございます」

「はああああああ……バカヤロー……お前が死んだら、ワシも後を追うかと、心配させやがってバカヤロー……うっ……うっ……うっ……」

「あはは……。先ずはそっちが先だよね……! ちょっと先走っちゃった」

 

 ヴァレリアさんは照れているのか、舌をぺろっと出し、はにかんでいる。かわE。

  

 爺さんはようやく落ち着いたのか、ヴァレリアさんの方に目を伏したまま話し始めた。

 

「命の恩人様、いっくらでも、泊まっていってくだせえ。もうこの家を自分の家だと思って頂いて構いやせん。この御恩は一生返せねえとわかっとりやす。何でも言ってくだせえ。この老いぼれにできることなら何でも命令してくだせえ」

 

 爺さんは話し終えると、首を起こしてヴァレリアさんの顔をまじまじと見つめる。 

 

「……って、あんた!? 今ヴァレリアって言ったか!?」

 

 

 おろ、ひょっとして爺さんの知り合いか……?

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