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第一話 初めての。

 この世界では前世というのが一般的に信じられているらしい。


 なぜかと言えば、きっと生前では考えられなかったファンタズィーな超常現象が実際に起こり得るからだろう。


 死んだ人がゴーストになって化けて出たり、高名な魔法使いが神話のように空を飛んだり、前の世界の常識では考えられない事象に対して、"そういうこともあるだろう"という程度の認識が一般的なものだ。


 だが一つ疑問がある。


 前世の記憶を引き継いでいる人間は、少なくともこの村には居ない。

 遠方の国の巫女の前世は竜神で、竜の巫女と呼ばれていると、村で一番物知りの先生が言っていた。

 まぁ眉唾ものだ。


 ただ、前世というのは実際に存在する。



 なぜなら、俺自身がたぶん、そう……だからだ。たぶん。



 生まれたばかりのころの、赤ん坊の頃の記憶はないが、見た事がない世界の記憶ならある。


 丸太程度の太さの石柱が道に沿って並び、その石柱のてっぺん同士を黒いツタで繋いでどこまでも続いている。

 車輪が四つついた自動車と呼ばれる乗り物が、石で舗装された道を行き交う。

 そして移動する箱型の乗り物、電車に乗ってぎゅうぎゅう詰めになって、これまた巨大な箱型の建築物の中に移動して、俺は仕事をしていた。


 色々な問題を解決したり、何か頭を悩ませることばかり考えていたようだが、仕事の詳細は覚えていない。


 ただただ、激しく苦痛だったことだけは覚えている。

 嫌悪していたのか、俺は。


 前の世界に……。


 前世のことを思い出そうとすると時折、幸せ……? だったような記憶も思い出す。


 いやらしく美しい裸の女を見て、オナニーをしている時。

 酒を飲んでいる時。

 一日中惰眠を貪っている時。

 肉を腹いっぱい食ってる時。


 だが幸せだと感じている場面に、友達や恋人、家族、親しい人の姿が見えない。

 なんて、寂しい、どうしようもない……前世だったんだろう。

 思い出すと悲しくなってくる。


 そう考えると今は幸せ……かもしれない。

 

 ふと前世について考えていると遠くから誰かが俺を呼んでいる。



「おーーーーーい、ヴァルーーー! 山にブドウ取りに行こうぜーーー!」


 とりあえず元気とバカが取り柄の親友、サム。7歳。同い年。

 

 ヴァルというのは俺のあだ名で、ヴァレリー・レムルス・ローレイが本名だ。


「えーーー! 昨日、山で迷いかけて死ぬとこだったじゃん! いいよ! 行こうぜ! うっふぇうヴぇひゃっほおおおおおおおいアババァ!!」

「うわああ! やべえ! 完全に魔物じゃん!! 逃げろ!! うぎゃあ!」


 俺はサムの元気に応えようとして、舌を出し頭を回しながら走り出す。


 この程度の年代の少年は、この程度のキチガイ一歩手前の行動が標準なのだ。

 きっとそうだ。と思う。


 今の俺は7歳。

 生前はたぶん30歳手前……ぐらいだったと思う。


 精神的には37歳。

 その親友が7歳……となるとちょっとなんだか可哀想な大人、という見え方もあるのは自覚している。


 もし精神年齢と見た目が一致していたら、親友と一緒にいるところを見られたら、児童愛護団体か何かに、性的な目で見ている変質者として勘違いされること間違いない、アグ〇スも待ったなしだ。


 だが、不思議なことに、肉体が若返ると精神年齢も引きずられるものらしい。

 三十代半ばの自意識と、年相応にふるまう自意識が同時に混在していた。

 

 どちらも俺自身だ。


 年相応にやんちゃなガキで居る自分もまた自分だった。

 だから転んで膝を擦りむいてしまった時も泣く。喚く。


 転んで膝を擦りむいて泣きわめく37歳。

 

 不気味だ。恐怖そのもの。


 だがしかし今の俺は愛らしい西欧系のベビーフェイスな少年。(重要)


 村長の家に遊びに行ったときに鏡で自分の顔を見せてもらったが、将来はイケメンになることをそこそこ期待できそうということに、どれほど歓喜したか……その時は喜びのあまりうれし涙が出た。


 生前では、学年でたぶん下から数えたほうが早いというレベルの部細工だったことははっきりと覚えている。

 あまりに辛く、そしてどうでもいいことだけははっきり覚えている。


 悲しい現実を。


 そう、あれは中学の二年の頃だ。

 放課後にマイ弁当箱を取りに、教室に戻った。


 給食がない学校だったのだ。 

 弁当箱は放置すると悪臭がしみついてヤバい。

 

 急いでいた。


 教室の中に入ると、クラス一美少女の常葉さんが居た。

 彼女は俺の顔を見るなりスプラッタ映画を見るような眼でこういって走り去った。


 「……ひっ。む、無理……! ご、ごめんなさい!!」


 なんのことかさっぱりわからない。

 ただ、とりあえずなんか傷ついた。

 

 壮絶に。


 あとからウワサで聞いたが、どうやら差出人不明のラブレターの待ち合わせに、運悪く鉢合わせしてしまったらしい。

 タイミングが悪い。俺じゃないのに。

 

 だが結局は、

 実際に俺が告白をしたら、

 

 「(ばっ化け物!)……ひっ。(生理的に)む、無理……! ご、ごめんなさい!!(死んでください!!)」


 ということになる、という現実を理解させられてしまった……心の準備や決意があったわけでなく、ある日唐突に。


 その日から俺は女性に対して諦めた。

 それまで望みがあったわけじゃないが、無意識的な希望的観測を捨てた。

 いつかきっと、って心の底では思っていたのかもしれない。


 心からの降伏宣言。


 きっと一生女性に触れることもないし、関わらない方がいい。

 近寄っただけで、ただ無暗に傷つけられるだけだ。


 切れたナイフってやつだ。

 

 両手両足縛ってリングに立ってタコ殴りにされるのと変わらない。

 

 殴り合うには両手両足が必要なのだ。

 右手は顔、左手は金、そして性格が足。

 全て揃って初めてリングに立てる。


 そしてどうにかしてKOした後は……

 

 クッソ……俺もあんなことやこんなことしたかったなぁ……

 


 本物の女ってどんな感じなんだろうなぁ……。


 

「ところでよ、ヴァル。なんかレイがうちで夕飯食べないか?って誘ってたぞ。準備してるらしい」


 急に現実に引き戻される。


 ナイスだサム。

 自己卑下とマイナス思考のメビウスの環から戻って来れなくなるところだったぜ。


 そしてサムが教えてくれたこのアケビのようなウリのような謎の果実は甘くてうまい。

 ついつい一心不乱にむしゃぶりついてしまう。


 だが、ブドウじゃなかったのか? それでいいのかサム?


 本来の目的は、目の前のニンジンに忘れ去られるものなのだろう。

 ニンジンではなくてアケビのような何かだが。



「あーなんだか悪ぃなあ。最近いっつも飯食わせてもらって。今日はサムも来るの?」

「知ってんだろ? 俺んちはかーちゃんが厳しいからな。ほかのうちに迷惑かけるなって。ヴァルんとこはいいよなー。じーちゃんだけだしな」


 この世界の俺には両親が居ない。

 物心ついた頃には祖父に育てられていた。


 サムはデリカシーのかけらもない。だが俺にはそれぐらいがちょうど良い。


 精神的に自立している前世の記憶もあるし、正直に言えば親の愛というものを知ってみたかったという意味で生きててほしいと思ったことはあるが、そもそも生前から親の愛とか知らなかったものだから喪失感というのはない。


 だから変に感傷的になられて、同情されても居心地が悪いというかむず痒いというのか、息が詰まる。


 清々しいまでのサムのデリカシーの無さは逆に心地よかった。


「えー! うちの爺さんも厳しいよ。この前、鍛冶道具で遊んでたら朝から日が沈むまで鍛冶仕事させられたからね……。なんか期待しちゃってさ。やはりお前も男だな……カカカ……よっしゃ打ってみるか! とか言い出して、やる気出しちゃってさ。そうじゃねえ! こうやって打つんだ! しっかり見とけ!!って。朝から日が沈むまで休まず、ずっと付き合わされるんだぜ?」

「へえ! 鍛冶とか面白そうでいいじゃん! うちなんて、水を汲まされたり、豚のフンをかきだして畑に撒いたり……くっせえんだよ! あいつら、掃除してるときもお構いなしにぶっ放すしよ!」

「うっへえ……きったねー! ……まあ結局は隣の芝は青いってやつか」

「なにそれ? 芝はふつう青いだろ?」

「あー、気にしないで、自分の奥さんより他の人の奥さんの方がかわいく見えるってこと」

「え!? ヴァルってお嫁さん居るの!? っていうか大人にならないと結婚できないんだぜ!?」

「ごめん。なんでもない、忘れて」

「え!? なに!? わかんない!」


 まあ7歳といえばこんなものだろう。

 「芝はふつう青い」はちょっと笑った。


 そりゃそうだ。そんな慣用句が通じるわけじゃない。


 ここは田舎の農村だ。


 黄色や白の塗りたてのペンキで彩られた、オシャンティーな分譲住宅が立ち並ぶ新興住宅街ではないのだ。

 当然きれいに刈り取られた芝や白い木の柵もないし、マッチョでイケメンな配管工は引っ越しして来ないし、突然起こる謎の自殺や殺人事件、品行方正な奥様の不倫、不審な交通事故なんてものはない。


 ここはのどかな農村だ。


 とりあえずサムは放っておいて、レイのお家にいこうかな。


「そろそろ暗いし、レイのとこ行ってくる」

「んじゃオレもかえろっと。明日はレイも連れてきてやるか!」

「レイはまだこの山道はきついんじゃないか? ま、サムが誘うなら俺は別にいいけど」

「ヴァルは素直じゃないなーー! レイはお前のこと絶対好きだぞ? 今日も来る途中で声かけたら、お前にすっげー会いたがってたしよ! 今日は家の手伝いがあったみたいだけどな」


 変なところだけませやがって……。

 

 相手は5歳だぞ……。

 37歳と5歳って犯罪以外の何物でもない。


 今の世界なら7歳と5歳のカップルなんて微笑ましいものだが。


 第一、生前だって女の子と交際どころか、まともに話したことすらない。

 仕事の時だけは仕事だと思えば、ぎりぎりどもらずに話せる。


 そうだ、仕事だと思えばいいのだ、仕事なのだ。



 つまるところ、怖い。


 女が怖い。



 まだ女の子ならまだ……大丈夫……きっと。

 妹なんて居なかったが妹のようなものだと思えばいいのだ。

 

 最近はそれでもレイのおかげで慣れてきた。


 俺の容姿は生前のようなファーストインプレッションで忌避されるものではない。

 その事実だけでも、大きな自信となっていた。


 ――――――


「こんばんはー」

「いらっしゃい、待ってたわよ。おてて洗ってらっしゃい」


 レイのお母さんは美人だ。

 正直いまのレイよりよっぽど性的対象として見てしまう。


 どう見ても十代後半~二十代前半だ。

 あと胸もデカい。E~F……いやGか……?

 腰も細い。

 くびれもある。

 足も長い。

 顔も小さい。

 ヤバい。


「ヴァル君、おそいよー! 早く座って! レイの隣ね?」

「う、うん。遅くなってごめん……」

「うふふ……この子ったら……ヴァル君も顔が真っ赤。照れちゃってかわいい……!」


 いいえ、奥さん貴女のほうがかわいいです……。


 しかし子供というのは慣れない。

 前世から苦手だったようだ。


「今日は旦那さんはいらっしゃらないんですか?」

「パパは今日はそんちょーさんのところだよー」

「今日は村の男で集まって酒盛りをするみたいね」


 こういう小さい村では交友を深めるのは重要な行事でもあるのだろう。

 社会不適合者の俺でも飲み会はちゃんと出ていた。

 

 交友が深まっていたかどうかはさておき。


「さて……。お腹も空いちゃったし、食べましょう。ヴァル君、遠慮しないでたくさん食べてね」

「はい、いつもごちそうになってすみません。ありがとうございます。うちの仕事は割と暇が多いので、今度畑仕事のお手伝いをさせてください」

「あら、本当? ありがとう、嬉しいわ。でもそんな風に畏まったり気を遣わなくていいのよ。貴方は私の息子みたいなものなんだから」

「明日はダメだよ! 明日はレイと山に行くんだよ!」


 レイのお母さんは本当に良い人だ。


 この世界の母さんには申し訳ないけど、この人が母さんだったら本当に幸せだったんだろうなって思う。

 レイのお父さんも寡黙だが優しい人だ。


 レイがいじめられているところを助けてからは、レイの両親は俺に本当の息子のように良くしてくれる。

 事あるごとに何かと気にかけてもらって、頭があがらない。

 

「山は危ないから許しません。ヴァル君とサム君もあまり深くに行ってはいけませんよ? 山は本当に危ないわ。私、ヴァル君が山から帰ってこなかったら、ローレイさんにどう言葉をかけていいのかわからないもの」


 祖父は息子とその嫁、つまり俺の両親を亡くしている。

 

 残ったのは俺だけ。

 その息子の忘れ形見の俺までなくしてしまっては……。


 悲しみを推し量ることはできないだろう。


 とは言え、山といってもそんなに深いところまでいかないから大丈夫なのに。

 家が見えるくらいの距離だ。


 レイのお母さんはやや過保護気味なんだよなぁ。

 

 そういうところも可愛い。

 レイのお母さんと結婚したい。

 真面目に。


 あれ……なんかレイが涙目になってほっぺを膨らまして真っ赤なリンゴみたいになって、こっちを睨んでいる。


 どうでもいいけど、ニラミリンゴっていうキャラクターを作ったら流行りそうだな。

 

 レイのお母さんも口に手を驚いた顔をして照れている。

 

 あれ……?


「……ヴァル君~~~~!!」

「あらやだ……! 結婚したいだなんて……! もうっ! 嬉しいけどダメよ? ……冷めちゃうから早く食べましょう?」

「え……!? いや! 違うんです! うそ!? 言ってた!? オーマイガッ!! ……頂きます……」

「ヴァル君ご飯抜きーーー!! 食べちゃダメ!」

「レイ……ごめん! 今度一緒に遊ぶから許して!」

「レイが遊んであげているの! 遊んでもらってるんじゃないの! もういいっ! ふんっ」


 レイは黙々とやけ食いし始めた。

 リスみたいになってる。


 今日のご飯はシチューだ。

 

 村で加工されたソーセージとジャガイモ、キャベツとよくわからないが白い野菜が入っている。

 カブのようだがカブではない。

 

 また、シチューといっても赤ワインや干しトマトなどが入っているのでスープは茶色に近い。

 香辛料の類は高級品なので入っていないが、素材同士の香りが見事に混ざり合ってめちゃくちゃ旨そうな匂いがする。


 っていうかそんな食レポはどうでもいい……。


 くそっ……やってしまったな……将来の幼馴染結婚フラグにヒビを入れてしまうとは……なんたる失態だ。


 レイのお母さんを見ればわかる通り、レイの将来はかなり有望だ。


 なんかお詫びのプレゼントでも考えておくか……。


「えっ!? プレゼントくれるの!? しょうがないなー! 許してあげる!」


 ……。


 考えていることがたまに口から出る癖があるのは自覚している。

 ただ、生前のことを考えるようになってから、一人で頭の中で会話することが本当に多くなった。


 それで独り言も増えてしまったようだ。

 

 とりあえずプレゼントの件は、アクセサリーの作り方でも爺ちゃんに教えてもらおう。


 金属アレルギーとかないといいな。

 鉄鍋とか触ってるから大丈夫だとは思うけど。


 しかしレイはまだ小さいというのに……現金なやつだ……将来が思いやられる。

  

 ───


 「ごちそうさまでした。美味しかったです、いつも食べてばかりで申し訳ないので、何かあれば呼んでください。僕にできることなら何でも手伝います」

 「じゃあ最初のお願いね。気にしないでいいのよ。また食べにきて。レイも喜んでるし。今度ローレイさんも一緒に連れてきてね。いつも研いでもらったりお世話になっているのに、きっと今頃一人で寂しがっているわ」

 「ははは、どうでしょうね。爺さんは結構一人が好きですからね……。今日だって村の集まりに行かずに家で酒飲んでますよ。団らんとか語らいとかそういうのが苦手なんですよ。鉄と話している方が気楽だっていつも言ってます」

 「それでもいいのよ。無理にでもいいから連れてきて頂戴。心配で仕方ないの。もう大分お年だし……」

 「わかりました。今度引っ張ってでも連れてきます」 

 「む、無理はちょっと言い過ぎね! でもお願いよ? ちゃんと言ってね……」

 「はい。よく言っておきます。では……」


 軽く会釈を済ませる。 


 「レイーー! またなー!」

 「やだーー! うちに泊まってぇ”ーー!」

 「はいはい。またなー」


 鼻水垂らしてらぁ……。

 やれやれだぜ。

 

 しかし……。

 

 ぐふふ、ついに俺にもモテ期が来たか。

 

 だが相手は5歳……。

 

 悲しくなんてないぜ……。

 10年でも20年でも待ってやらあ!


 希望を少しでも持っているような甘っちょろい魔法使いとはわけが違う。

 俺のような筋金入りの賢者には10年や20年なんて余裕すぎるぜ。


 「お母さん、けんじゃってなにー?」

 「とっても頭の良い人のことよー」

 

 ……。


 どこから聞かれていたのだろう……。


 死にたい……。

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