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悪魔のプロローグ

始まりの夜。反旗の夜。三度目の転生の夜。

 深夜。


 土間口の方から地震を音にしたような重低音が響き渡り、衝撃と音で目覚める。

 

 たぶん十二時頃。

 

 テレビや携帯、まして時計がないから時間がわからない。

 大分早い時間に起きてしまった。

 

 この世界の人間は朝が早いとはいえ、こんな時間に起きている者はまず居ない。


 こんな夜更けに、けたたましい騒音となれば魔物だろうか。

 しかし最近は滅多に現れていない。


 人間の訪問者だとすれば犯罪者か、夢遊病のジジイか。


 この村は夜這いという風習がないこともないが、俺のような引き締まったナイスボディの男には無縁だろう。


 いや、このナイスボディならありえるのか……!?

 前世からは考えられないほどのナイスガイだ。顔は中の中らしいが。

 

 大体あんな大きい音を立てて夜這いしにくるってどんな巨漢の女だよ……。


 漢なのに女とは。

 漢の娘ってことかなハハハ。


 勘弁願いたい。


 しかし、妻が拉致されてからひと月も経たないというのに、俺はくだらないことを考えれるほど中々図太いというのか、薄情というのか。


 自棄気味なだけかもしれないが。

 この状況ではやや軽薄と言える。


 爆音の原因と思われる影に脅えつつ、鍛冶場に隣接している土間口から外の様子をそっと伺う。


 月明かりに照らされて、細い女の影が見える。

 目を凝らす。


 

 目の前に悪魔がいる。


 

 体の向きは横に、顔だけ少し傾けて、俺を見ている。


 全身が熱を帯びる。


 一目見ただけで高揚するほどの美しい悪魔。

 肌はほんのり浅黒く、少女のような唇はほんのり膨らみ艶めいている。

 造形されたように通った鼻筋、鋭く甘い眼光、ラベンダー色に輝く瞳。


 目を合わせてから視線を離すことができない。


 これは悪魔だ。


 太陽教の教えでは忌むべきものとされている。

 

 悪魔は肌が浅黒いと、季節が二つ廻る度にやってくる神父が言っていた。

 悪魔と似た特徴を持つダークエルフは同様に関わってはならない忌むべき存在とされている。


 目の前の女はきっと悪魔だろう。


 ダークエルフの可能性もあったとして、同じヒトという枠組みにあってはならないと感じるほどに、完成されていた。


 完全な美は畏怖と恭順の対象となり得る。



「天使に伴侶を奪われた男よ。名を何という」



 その蠱惑的な声は清らかなせせらぎのような、耳障りの良い声に全身が支配されそうになっていた。

 言葉を発しよう口を開けるが喉が渇いて唾を飲む音以外、発することができない。


 しかし、

 

 なぜこいつは、

 

 俺の妻が拉致されたことを知っている……?

 


 疑問と猜疑心が頭を満たし、まともな自我を呼び起こす。 


「……お前は、何なんだ。レイの居場所を知っているのか」

「お前の質問に全て答える時間はない。一つだけ聞く、心して聞け」



 悪魔の最後の言葉には何らかの力が込められているに違いない。

 もう抗うことも言葉を発することもできない。



「お前の伴侶を取り戻す方法がある。私と契約し、伴侶を浚った天使を倒し、奪い返すのだ」



 契約……???


 こいつは何を言っている。何のことだ。何を約束するんだ。


 混乱している頭に、都合の良い言葉(伴侶を取り戻す方法)が入ってくる。

 

 考えるより先に、口から言葉が出た。



「レイを、取り戻せるのか……? 俺が……? もし取り戻せるのなら……俺ができることは何でもする。……なんだって、するさ!! ……なにが天使だ! クソくらえ!神様だって、構わない。人の女を奪って、神様面してるんだぜ、あいつら……! そりゃ悪神に決まってる。何度思った事かわからねえ。この世界の天使、神、ぶっ殺してやりたい。何度思ったか。わかるか……俺の、この憎しみを。この悲しみを!!」



 口から唾を飛ばしながら激昂する俺は、いつの間にか泣いていた。


 妻を天使に奪われたその日から、感情が決壊しないようにと、ずっと塞ぎ込んでいた。

 

 涙を流すまい、まだ望みは絶たれていないのだ、と。


 自身にそう励まし続けてきた。

 

 もう……ひと月経った。


 色んな人が俺に慰めにきたり感情を逆撫でしていった。

 お前らに俺の気持ちがわかるわけがない。


 望みなどないと、わかっていたのに。


 一筋の希望がいとも簡単に、悲しみを覆う仮面を打ち砕いた。

 想いが溢れ、鍛冶場の鉄粉と埃だらけの床に、大粒の雫がぽたぽたと滴った。



「肯定と捉える。契約の儀を執り行う」



 どういうことだ……!?

 

 俺はいつの間にか悪魔の目の前に移動している。

 

 周りは光の円、光の文字、魔法陣で煌き、その中心に悪魔と向かい合って立っている。



「我は月の神代。深淵の光より出でし者、炎を喰らう月の僕」


 体に何かが満ちる。なぜだろうか、何を言うべきか理解している。


「我は剣を研ぐ者。彼の地の王に仇為す者、月の僕の依代」


「遥かなる月、ルナステルラに請う。袂を分かち、之より契りを結ぶ」


「我が血、我が肉は汝に、汝が力、汝が魂は我に」


 最後の詠唱の一瞬、彼女と目が合う。


 なぜ……そんな、憐れんでいるような、悲しそうな目を――



 「捧げん」


 

 最後の詠唱が終わると同時に、光と熱が、体と周囲を包む。



 ――巻き込んでしまって、すまない。



 突然、悪魔は現れた。

 妻を取り返すために契約を持ち掛ける。


 悪魔との契約。

 

 大事なものを取り戻すためには悪魔と契約を結ばなければならない。

 

 これは取引だ。

 目的のために利用しているのだ。


 悪魔を忌むべきものとしている奴等こそが俺の敵だ。

 

 憎むべきもの。

 俺の妻を奪ったものたち。


 敵の敵は味方になり得る。

 一時的であろうとも協力関係を築くのにこれ以上の理由はない。

 

 ただ、妻を取り戻す。


 これだけが、俺の今の生きる意味。



 ―――



 意識が深い底からゆっくりと浮かび上がり、目覚める。


 知っている天井。知っている部屋。自分の部屋。

 ベッドで目が覚めた。昨日のことは夢だったのだろうか。


 くあ、と欠伸を一つ噛んで気づく。女が居る。俺はなぜか裸だ。


「きゃーーーーーー!」

「……お前はオカマだったのか」

「え、いや恥ずかしかったので照れ隠しでつい……」

「はぁ……私はこんなやつと契約してしまったのか……」


 契約。女はそう言った。浅黒い肌の女の悪魔。


「お前は悪魔なんだよな」

「ふん……気に食わんな。悪魔というのは太陽教の教えだ。私は月の精霊だ」

「月にも精霊って居るんだな……火とか水とか、風の精霊とかも居るのかな」

「ああ、居るぞ」


 独り言っぽく、ぼやいたことにも律儀に答えてくれる。


 あ、この人……たぶん良い人だ。


 人じゃないか。悪魔。


 悪魔じゃない、月の精霊サマ。


「そういえば、名前……ルナステルラ……さん?」

「それは私を創造された、お前らが月光神と呼んでいる御方の名前だ。私の名前はリーリィ」

「リーリィ……俺……私の名前は……ヴァレリーです」

「畏まらなくてもいい。敬意は態度で示さずとも心の内に宿していれば良いのだ、私にはわかるからな」

「わかった。ありがとう、リーリィ」 

「ふっ……案外まともな奴で安心した。これでただの外道だったら泣き寝入りしかない」

「俺のことを知っているわけじゃないのか。なぜ俺なんだ? ……なぜ俺と契約したんだ」

「きっと質問はたくさんあるだろう、今はただ寝ていろ。新しい体が馴染むまでな」

「いや、今は契約のことなんてどうでもいい! それより妻の居場所を知っているのか!?それだけは教えてくれ!!」

「場所はわからない。だがどこに居るのかはわかる」

「勿体ぶらないでくれ……!」


「天使の居る場所だ。そしてお前の妻は、妻をさらった大天使が居る場所に居るはずだ」

「それは……どこなんだ……」


 ああ、もっと聞きたいけどなんだか力が入らねえし、すげえ眠い。


「言っただろう、私にも居場所まではわからない。だが一つ言えることは太陽神は倒さねばならない。その道中にお前の妻も見つかるだろう」

「わかっ……た……天使……必ず……見つけ……」


 猛烈な眠気に意識が途絶えそう。ぐぬぬ。


 なぜこの悪魔、いや月の精霊リーリィは人が睡魔なのか何かに襲われて朦朧としている時に微笑んでいるのか。


 次に目が覚めた時、小一時間問い詰めてやりたい。


 そんなことを思いながら意識が途切れた。




物語は夜に紡がれる。歌詠みは昼に詠う。夕暮れに事は起こる。夜明けに幕は引く。




プロットが少したまったので、本文書き始めました。

これから徐々に投稿頻度あげていきます。

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